02. 2014年10月09日 07:34:07
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円安が狭めるアベノミクスの政策手段村嶋帰一・シティグループ証券チーフエコノミストに聞く 2014年10月9日(木) 渡辺 康仁 来年10月からの消費増税の判断が迫る中、景気の後退が現実味を帯びてきた。期待された円安効果も肩透かしに終わる公算が強まっている。シティグループ証券の村嶋帰一チーフエコノミストは、円安進行によって安倍政権の政策手段が狭められたと指摘する。(聞き手は渡辺 康仁) 円安・ドル高が急激に進み、一時1ドル=110円を付けました。この展開を多くの人は予想していなかったのではないでしょうか。 村嶋 帰一(むらしま・きいち)氏 シティグループ証券投資戦略部経済・金利戦略グループ チーフエコノミスト。1964年生まれ。1988年に東京大学卒業、野村総合研究所に入社。1993年に経済企画庁(現内閣府)に出向し、月例経済報告や経済白書などを担当。2002年に野村総合研究所を退社し、日興ソロモン・スミス・バーニー証券に入社。その後、日興シティグループ証券、シティグループ証券へと社名変更。(写真:清水盟貴) 村嶋:為替は相対価値ですので、日米双方の要因が動かす可能性があります。8月以降の円安は、日銀の追加緩和への期待の高まりなど日本サイドの要因によってもたらされたものではありません。米国の景気の足取りがしっかりしてきて、米連邦準備理事会(FRB)がまずは資産買入れプログラムを終了し、その後、利上げに動いていく可能性が強まったことが背景にあります。
FRBのコアメンバーの発言も夏場くらいから変化し始めています。イエレン議長は筋金入りのハト派でしたが、8月頃から軌道修正を図っている感じがあります。米連邦公開市場委員会(FOMC)の議事録や記者会見を見ても、金融の正常化を従来考えていたよりは速いペースで進めるべきだという議論が出てきています。こうした動きが米国の実体経済の正常化と相まってドルを押し上げたと言えます。 いわゆるアベノミクス相場が始まった当初は、円安に対して海外から「通貨安競争だ」という批判もありました。日米欧の状況は変化しているのでしょうか。 村嶋:米経済の強さに見合う形で金融の正常化が進むのであれば、それに伴ってドルが上昇するのは自然だという認識は共有されていると思います。それと同時に、中央銀行が通貨安を景気や物価のために使っていい国や地域があるとすれば、それは欧州中央銀行(ECB)だという認識もある。ですから現時点では為替を巡る摩擦が生じていないのでしょう。 円安・ドル高はまだ進む可能性がありますか。 村嶋:そこが今、大きな問題になっていると思います。日本の政策当局や政治家の間で一段の円安に対する懸念が出ています。円安が全体としてマイナスになっているかどうかは議論の余地がある難しい問題です。少なくとも、日本国内の分配に大きな影響を与えるという見方はできます。中小企業や非製造業、そして家計から大企業製造業にかなり大きな所得移転をもたらすことは間違いありません。 政治的には円安によって悪影響を受ける人たちに関心が集まっています。米国サイドの要因によって緩やかに円安・ドル高が進むのであれば、ある程度は受け入れ可能でしょうが、日本当局が主体的に円安に誘導する可能性はだいぶ小さくなっています。 来年6月の円相場は1ドル=115円を予想 1ドル=100〜105円程度が居心地のいい水準なのでしょうか。 村嶋:日本経済全体として105円と110円のどちらが望ましいかというのは、なかなか難しい議論です。円安・ドル高が日本の貿易収支に与える影響を2000年と2013年の貿易構造を前提に試算してみました。 10%の円安・ドル高になると2000年時点では貿易収支は1.6兆円改善しました。しかし、2013年には10%の円安・ドル高によって貿易収支は1.5兆円悪化します。企業の海外シフトが進んだことなどで、円安になると所得の流出が顕著になります。 ただし、所得収支が円安で増えて、仮に賃金で家計に還元されるとこの符号が変わる余地もあります。円安・ドル高が本当に日本経済にマイナスかどうかは議論の余地が多く、今後変わり得る面もあります。 1ドル=115円程度の円安があり得ると予測されています。 村嶋:来年6月末時点の円相場は115円と予想しています。その後は基本的に安定して、若干の円高になる。113円や114円程度を想定しています。
115円を超えてさらに円安・ドル高が進むような展開になると、日本の当局も口先介入などによって歯止めをかける可能性があります。「為替相場は安定的に推移するのが望ましい」といった発言が出て、円安が進みにくくなることも考えられます。 安倍晋三首相も円安の効果は両面あるという趣旨の発言をしています。重い発言のように聞こえました。 村嶋:安倍政権の経済政策の大きな枠組みはここへ来て変わってきているように見えます。改造内閣が発足する前の今年8月までの基本的なコンセプトは、企業部門、特に大企業製造業を活性化して、そこを起点に経済全体の再生を図るというものでした。 ところが9月に内閣改造をしてからは、分配の問題に舵を切っている。来年春の統一地方選から秋の自民党総裁選まで、重要な政治日程が控えていることが一つの要因です。それと同時に、消費増税のインパクトが政府が考えていたよりも大きかったことが背景にあります。例えば都市と地方であれば、政治的には地方にフォーカスせざるを得ないという状況です。 日銀は来年1月にETFの買い増しに動く 民主党は格差拡大で政権を突き上げる方針です。円安が格差を助長している面もありませんか。 村嶋:結果的にそうなってしまったということでしょう。まだ3本目の矢である成長戦略を十二分にやり遂げていないという立場からすれば、急に舵を切るのは早いのではないかという議論もあります。一方で、そもそも政策自体に無理があったという見方もありますから、かなり議論は分かれるでしょうね。 ただ、2012年12月に安倍政権が発足した時と比べると、政策の自由度が限られてきたのは否めません。あの時は初期条件が大幅な円高・ドル安でしたから、金融政策を通じてそれを修正するという目的があった。それ以外にも財政など色々な政策手段がありました。 これに対し、現在の状況では円安は政策的なオプションにはなりにくくなってしまいました。つまり日銀は円安に結びつくような政策は打ち出しにくいということです。具体的には、国債の購入量を増やしてバランスシートを拡大する政策はオプションにはなりえないでしょう。 財政政策について言えば、2013年度補正予算に加えて2014年度の当初予算の執行を前倒ししていますので、今後何もしなければ公共事業は10〜12月期、遅くとも来年の1〜3月期から鋭角的に落ちていきます。 しかし、建設業での深刻な人手不足や供給制約が発生していることを考えると、落ち込んだ公共事業の水準を引き上げることは難しくなっています。そう考えると、アベノミクスの1本目と2本目の矢はかなり尽きてきているのです。 景気に働き掛けられる政策はないのでしょうか。 村嶋:日銀の政策は、国債ではなくリスク資産を買い入れることは考えられます。基本的にはETF(上場投資信託)しかありません。株式をもっと大量に買うのは選択肢になると思います。私どもはそういった政策が来年1月に実行されるのではないかと見ています。 財政面では、地方経済や低所得者、中小企業などが問題になってきていますから、そうしたところに所得を直接的に移転したらどうかという声が出てくる可能性があります。政治的にはその流れになることが十分考えられます。 消費増税は「予定通り」が美しいシナリオ 安倍政権は10%への消費増税を予定通り決めると見ていますか。 村嶋:増税をやるかやらないかどちらかを選べということになると、最終的にはやるのではないかと見ています。やらないことに伴うダウンサイドとやることに伴うダウンサイドを考えた時に、政治的なコストなどを考えると見送ることに伴う潜在的なコストが大きいと思います。 消費増税を決めた時の流れはどうなるか。12月10日くらいに安倍首相が増税を決めて、財務省は大きめの補正予算を組む。その後、呼応する形で日銀が追加緩和を打ち出す。私どもが日銀が1月に動くと予測しているのはそういう理由があります。さらに法人税減税も12月の税制改正で決まる。大企業はその恩恵も受けますから、来年の春闘は安倍政権にまた協力しようという形になる。ある意味では美しい、皆がそれなりに納得できるシナリオになります。 ところが安倍首相が増税を見送れば、まず補正予算は難しくなる。財務省は補正のつまみ食いは好ましく思っていないはずです。自民党税調は消費増税が法人税改革の前提になるという認識を持っているでしょうから、法人税減税も怪しくなる。日銀の大規模緩和も「財政規律が維持されているから」というロジックですから、追加緩和もやりにくくなる。法人税減税がなければ企業は春闘で協力する可能性は低くなる。 そういったことを考えると、皆がコンセンサスを形成できそうなのは消費税を引き上げる方です。ただし、増税の判断がかなり微妙になるくらいに経済状況は悪化していると思います。 8月の鉱工業生産は前月比1.5%低下しました。 村嶋:ショッキングでしたね。自動車大手が10月から減産するというニュースも出ています。需要が戻ってくるという想定で減産を遅らせていた企業があるとすると、これからその影響が出てくることも考えられます。7〜9月期の生産が落ち込むことは間違いないと思いますが、10〜12月期にどこまでリバウンドするのか、あるいはしないのかがポイントになってきます。 今年1月をピークに景気は既に後退しているという見方も徐々に増えています。仮に後退局面に入っているとすると、短期で終わりそうですか。 村嶋:このままずるずると下降が続くとは思いません。長期化する可能性は比較的低いと見ています。ただ、仮に1月をピークにいったん下げ止まったとしても、次回の消費増税で今回と同じようなことが起こることもあり得ます。まだ可能性に過ぎませんが、来年7月あたりに景気が再びピークを付けて調整することも考えられる。悩ましい状況ですね。 このコラムについて キーパーソンに聞く 日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20141008/272296/?ST=print |