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「この道しかない」「やればできる」「皆さん、共に進もうではありませんか」。いずれも安倍晋三首相の決め言葉だが、三つ並ぶと不穏な感じもする。安倍政権が私たちに歩ませようとする「この道」とはどんな道か。総花的政策という「お化粧」の奥に透ける一貫した方向性、素顔を政治学者の豊永郁子さんに解き明かしてもらった。
――安倍政権の1年半あまりをどう見ますか。
「少なくとも表面的には、『案外穏健で手堅い』という印象です」
――特定秘密保護法や集団的自衛権の行使容認、残業代ゼロという働き方の導入など、過激で危なっかしい政策ばかり目につきますが。
「確かに人を驚かせる思い切った政策を打ち上げます。けれども、特定秘密法では国会にチェック機関を設けるなどして、一応のかたちを整えた。集団的自衛権でも行使条件をかなり限定した。残業代ゼロも、当面は年収1千万円以上の専門職が対象と強調する。あれこれ言われ、もまれる間に『結構おとなしい線に収まっている』との見方もできます」
――それは甘い見方では?
「指摘したいのは、安倍政権の老獪(ろうかい)さです。派手な政策を次々と打ち上げるのは、指導力と実行力を印象づけ、政権への支持を保つため。政策はあくまで政権維持のための道具、という姿勢です。だから実は融通がきく。でも、思ったより穏健だからといって、安心はできません」
――どういうことでしょうか。
「政策を打ち上げたこと自体の効果があなどれない、ということです。例えば、残業代ゼロ政策。当面の適用対象を限定しても、時間制限のない働き方を制度化すること自体のインパクトは大きい。ブラック企業の問題などが深刻化する中、政府は無給の長時間労働を認めている、というメッセージを出すに等しい」
――政策がもたらす社会的影響に鈍感、ということですか。
「鈍感というより、政策への態度が安易なのでしょう。熱い要望のある政策や格好よく見える政策を取り上げる。だから、労働環境を悪化させるような政策を打ち出す一方で、出産・子育てと仕事の両立をうたうという矛盾も平気でやる。本当に両立を目指しているのなら、長時間労働の制限に力を注ぐでしょう。政権の本音は『職場でも家庭でも、もっと働け』ということなのでしょうか。現実を無視しているし、人権への配慮も感じられません」
「『解雇特区』の構想にも驚きました。企業に対して解雇を規制する法律は、弱い立場にある個人を保護する重要な法です。解雇特区ができれば、その地域の人々は法の保護が受けられない。法の下の平等・法の支配に明らかに反します」
――安易に政策を打ち上げたことが矛盾を生じさせている、と。
「だけど『政権を浮揚させ、首相の地位を盤石にする』という政治的な目的にはピタリ焦点が合っています。アベノミクスも、消費増税による増収の機会をうまく利用して一瞬、『大きな政府』の幻を見せている。短期的な景気てこ入れが名目だから、恣意(しい)的なバラマキができる」
「成長戦略でも、官民ファンドなどを設立し、政府主導で民間への投資を進める政策が目白押しです。民間は政府の方針に翻弄(ほんろう)され、政府に近い業界や事業者が幅をきかせるでしょう。官民協働という手法も、政府との『お付き合い』を民間に強いるものです。民間が政権の顔色をうかがう傾向が強まるでしょう」
■ ■
――かつての「護送船団方式」を思い出させますね。
「今や、様々な業界が安倍政権との関係づくりを競っている。経団連の政治献金呼びかけ再開は、象徴的です。環太平洋経済連携協定(TPP)を巡る『聖域なき』交渉も、農業団体を政権への接近に走らせた。かつて自民党の支持層だった業界・利益団体は、小泉政権下で『抵抗勢力』として切り捨てられ、一部は民主党に流れた。それらを安倍政権は政策の『アメとムチ』で再編成し、政権基盤を固めようとしています」
「安倍政権は、まるで発展途上国で見られる『開発独裁』を夢見ているかのよう。経済発展のため、という名目で行政が主導権を握り、事業者に号令をかけ国民を働き詰めに働かせる。内政だけでなく、外交にも非民主主義的なトーンがあります」
――どういうことですか。
「安倍首相はすでに49カ国を訪問していますが、欧州の民主主義国との関係が比較的薄い一方で、非民主的な国家との関係づくりに熱心です。市民への弾圧や独裁化が問題になっている海外の首脳との親密さをアピールする映像には、何度かぎょっとさせられました。今の世界で、経済外交に精を出す姿も異様です」
「中国への牽制(けんせい)などの戦略的意図もちらつかせますが、『安倍政権は、非民主主義体制と親和性が高いのでは』という疑念が消えません。それを裏打ちしているのが、靖国神社や歴史認識の問題などで、首相が戦前・戦中の反自由主義・反民主主義の体制を肯定しているかのように見えることです」
■ ■
――安倍政権は米国との同盟関係も重視しています。「反民主主義」とは言い過ぎでは。
「東西冷戦の時代には、共産主義でなければ、自由主義陣営の一員を名乗れた。でも今は、各国が『リベラル・デモクラシーの国なのか』が問われています。その前提となるのが、『法の支配』の徹底と『人権』の尊重です」
「ここでいう『法』も『人権』も、その内容は一国、一議会、一内閣が好きに決められるものではありません。けれども、安倍政権は集団的自衛権の問題では、閣議決定が憲法の解釈を決められるかのように振る舞い、『法の支配』をないがしろにした。慰安婦問題でも『人権問題』という視点が不十分です。さらに雇用政策では、法も人権もあってなきが如(ごと)しです。安倍政権は果たしてリベラル・デモクラシーを理解しているのか。国内外の人々が安倍政権に感じている不安の大元には、この疑念があるように思います」
――日本が自由民主主義の国であることは、揺るがないのでは?
「私だってそう信じたい。だけど、特定秘密保護法はどうか。いろいろ制度を付け足してうわべは整えても、条文がもつ効果はそのままです。特定秘密が『政府で働く人々を民主的統制も法も及ばないところにおく』怖さは変わっていない。そしてそのような秘密を決める権限が、各行政機関に大盤振る舞いされている。米国の同種の法律と比べても政府に甘い。安倍政権は信じろと言うが、信じるに足るだけのことをしていない」
「安倍首相は『秘密が際限なく広がり、生活が脅かされることはあり得ない』と簡単に言います。でも、いつどこで『政府が秘密にしていること』にぶつかり、どんな不利益を受けるか分からない。私たちの行動はおのずと制約されてしまう」
「暴力的なスローガンのデモをくり返す極右的な運動から支持を得ているかに見えることも、安倍政権への不信感を生んでいます。特定秘密法は、政権のおどしとさえ感じられた。そして、そうした社会で、急速に広がりかねないのが、『官僚制化』と呼ばれる現象です」
――誰もが官僚のようにしゃくし定規に振る舞うということですか。
「その通りです。特定秘密法の問題に限らず、『何かすると、後で思わぬ形で責められる』という空気が広がっている。そんな状況では、人は決められたこと、言われたことしかしなくなる。誰かの指示や自らが属する集団の流れに従うのが安全だ、となる」
「残業代ゼロの勤務を拒むと、リストラされるかもしれない。だから黙って受け入れる。事業者も政府の顔色をうかがい、号令されるだけになる。社会に自由はなく活力など生まれようがない。今の社会に息苦しさや閉塞(へいそく)感があるとすれば、原因はそんなところにあるのではないか。安倍政権はそうした傾向に乗じ、拍車をかけているように思えます」
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――私たちはそれに対して、どう向きあえばよいのでしょうか。
「三権分立の基本に戻るようですが、司法と議会に鍵はあります。理不尽な法令や行政府の行為について、どんどん裁判が起きる、政党だけでなく個々の議員への働きかけもどんどん起こる。さらにメディアの役割も重要です。メディアが独立を保ち、問題点を伝え続ける。自由民主主義の国であれば、こうした方法で政権を抑制できるはずです」
「政権が安易な政策を連発することへの対策としては、英国で行われてきた『ホワイトペーパー方式』が有効かもしれません。政策立案にあたって、現在は専門家や利害関係者からなる審議会が議論するのが建前ですが、この審議会の形骸化が甚だしい。代わりに、政府が政策提言を『ホワイトペーパー』という文書の形で公開し、それを野党や専門家などの団体が文書で批判する。公開された文書でのやりとりだから、論争もきちんとしたものになる。議論が蓄積し、次の政策、次の政権に生かされる。現実離れした軽はずみな政策は出しにくくなるでしょう」
(聞き手・太田啓之)
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とよながいくこ 66年生まれ。早稲田大国際学術院教授。著書「サッチャリズムの世紀」でサントリー学芸賞受賞。他の著書に「新保守主義の作用」。
http://www.asahi.com/articles/DA3S11391078.html
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