http://www.asyura2.com/14/senkyo172/msg/438.html
Tweet |
決めつけとサラリーマン化が新聞の病因と東京新聞論説副主幹
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20141006-00000011-pseven-soci
週刊ポスト2014年10月17日号
朝日新聞の誤報問題が尾を引いている。週刊誌には本誌を含めて毎週、続報が出るし、テレビも「たかじんのそこまで言って委員会」や「朝まで生テレビ!」が扱った。
これは朝日の問題だが、朝日にとどまらず、実は新聞一般に共通する病因もあるのではないか。取材した朝日関係者や番組で同席した朝日OBたちの話を聞きながら、私はそう思うようになった。
それは2点ある。まず「スタンス先行」の報道姿勢だ。朝日は故・吉田清治氏のデタラメ話を16回も報じた。1989年に現地の新聞が事実無根と報じているのに、その後も論説委員がコラムでとりあげ、同氏を「腹がすわっている」とまで持ち上げている。
元慰安婦の告白についても、話の内容が会見や裁判でコロコロと変わっていたのに、記者は録音テープの話を聞いただけで記事にした。あきらかに取材が甘い。
そうなったのは「旧日本軍の悪行を断罪する」という記者や論説委員のスタンスが優先されたからだろう。主張が先にあって、肝心の事実確認がなおざりにされたのだ。
そんな姿勢は原発事故の吉田調書報道にも共通している。担当した記者は自分の著書で「これは原発放棄事件だ」と断定的に書いている。「原発を放棄しようとした東京電力を批判する」というスタンスが先にあった。
取材は白いキャンバスに絵を描くような仕事ではない。記者が問題意識をもって「これはこういう話ではないか」という仮説を基に取材を始める。だが多くの場合、仮説は事実によって裏切られる。そこでどう仮説を修正し、新たな事実を掘り起こせるかが記者の力量である。
自分の立場に固執するとどうなるか。仮説を修正できず、主張に都合がいい事実だけをつまみ食いするようになる。誤報はこうして起きた。
2点目は「記者のサラリーマン化」だ。朝日関係者の1人は「社内がヒラメ集団化している」と私に語った。池上彰氏のコラム掲載拒否問題では社長が感想を漏らして、担当役員が最終判断したという。役員は社長の顔色を気にしたのではないか。
スタンス先行もヒラメ集団化も朝日だけの問題ではない。たとえば、私が在籍する東京新聞は「赤旗よりも左」と言われている。スタンスが先行している場合はないか。
ヒラメ集団化は言い換えると「読者を向いて仕事をしていない」という話である。断言するが、新聞記者ほど顧客を気にしないサラリーマンはない。記者がだれに向けて記事を書いているかといえば、デスクである。
デスクたちに評判がよくないと、出世競争に勝てない。花形の特派員になれないどころか、悪くすると飛ばされる。デスクはといえば部長の、部長は局長、局長は役員、役員は社長の顔色を見て仕事をしている。それでは社内のチェック機能が働かない。
これはどこにでもある話だが、新聞は独立性を錦の御旗に掲げているから、余計に勘違いがひどくなる。「客の気持ちなど関係ない」といわんばかりなのだ。残念ながら、これが現状ではないか。
今回の朝日事件で何を教訓にすべきか。「読者あってのジャーナリズム」という原点に戻る。これに尽きると思う。政府と戦うから独立性が保てるのではない。読者が支持してくれるからこそ自由な議論を展開できるし、ときには政府とも戦えるのだ。
このコラムだって読者の支持がなければ、あっという間に終了である。あらためて自戒したい。
文/長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ) 東京新聞・中日新聞論説副主幹。1953年生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院卒。規制改革会議委員。近著に『2020年 新聞は生き残れるか』(講談社)
▲上へ ★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK172掲示板 次へ 前へ
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。