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現在は武蔵大教授/(C)日刊ゲンダイ
元NHK永田浩三氏 「安倍政権の局支配が着実に進んでいる」
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2014年9月22日 日刊ゲンダイ
局内は昔に比べて息苦しくなっている
菊池寛賞、芸術祭賞など、賞を総ナメにしたNHKの敏腕プロデューサーは、安倍首相らが「圧力」をかけたとされる「番組改変事件」のあと、NHKを去った。再び、注目を集めているのは、OBたちが連帯し、「籾井勝人会長辞任要求」の署名を突きつけたひとりだからだ。署名数は1527人。事務局によると、OB10人に1人が署名に応じた計算になるという。NHKでいま、何が起こっているのか?
――過去にもNHK批判はありましたが、1527人もの辞任要求は初めてではないでしょうか。
専務理事経験者、放送文化研究所の元所長、放送支局長経験者、それから看板キャスターや有名なアナウンサーだった退職者が名を連ねました。OBたちは「このままでは安倍政権の『NHK支配』が進んでしまう。何とか歯止めをかけたい」という切なる願いで署名をしたのでしょう。署名集めの中心は、私より10年ほど先輩たちで構成する「放送を語る会」です。NHKの番組について精緻なウオッチングを続けており、「集団的自衛権を報じたNHKのニュースはおかしい」という批判の声を受けて、関連のニュース・情報番組を検証しました。
――公正、中立な報道ではなかった?
集団的自衛権のニュースで、与党側の主張の時間が114分に対し、反論側が77秒という動かぬ証拠を突きつけたこともあります。籾井勝人会長は「個々の番組で公正、中立のバランスを取らないといけない」と言っていますが、100対1はどう見ても異常です。
――籾井会長就任以来、こうした動きが露骨になった印象を受けます。
去年の秋、安倍首相の覚えめでたい経営委員4人が送り込まれ、その結果、籾井会長が就任した。籾井会長は就任当日の会見で「(国際放送で)政府が右と言ったら右を向く」などと発言し、批判が続出した。しかし半年以上経っても辞めないどころか、5月と7月の人事で会長にすり寄る管理職が重用された。今回の内閣改造でも高市早苗総務相は「領土問題を国際放送で伝えてもらう」と就任早々に発言しています。危険なサインで安倍政権の「NHK支配」が着実に進んでいるようにみえます。
■現役職員には言論の自由がない
――OBは声を上げていますが、現役の職員はそれでいいんですかね?
NHKの現役職員には言論の自由がないのです。朝日新聞では、池上彰さんの記事をいったん載せないと判断した時、多くの現役記者がツイッタ―で「おかしい」と発信しました。朝日では世の中に自由に発言できる記者がいますが、NHKにはそういう制度はない。堀潤さんがNHKの原発報道批判をつぶやいたことで結果的にアナウンサーを辞めることになりましたが、NHKでは広報が了解しないと、職員が個人的に取材を受けることも、集会で一市民として発言することも許されていないのです。
――それは昔からですか?
昔はもっとおおらかでしたね。50年代の水俣病事件では、チッソを相手に闘う患者支援団体「水俣病を告発する会」の先頭にNHK職員が立っていました。当時に比べると、今は非常に息苦しくなっています。
――番組制作に対する、上からの圧力はどうですか?
NHKは戦争の旗振りをした反省から敗戦後、出直すことになりましたが、“政府のお先棒担ぎ”という体質は残りました。70年代にロッキード事件が起きた時もNHK会長が田中角栄元首相にご機嫌伺いに行ったものだから、職員は一斉に反発し、137万人の署名を2日で集めました。現場は経営に対して、その時々に闘ってきたんです。上層部も、途方もない取材の中で、真実に迫ろうとする現場の矜持は分かっているので、苦々しく思いながらも、どこかのところで現場を尊重してきたんです。それが崩れたのが慰安婦問題を取り上げた01年の番組改変事件です。
籾井会長に恥じらいはゼロです
――『ETV2001』のシリーズの「戦争をどう裁くか」ですね。永田さんは総括プロデューサーという立場でした。
上の命令で放送直前に番組が劇的に変わった。この時、NHK幹部は今の安倍総理らに会い、その足で現場に戻って改変の指示を出した。NHKは「自主的に変えた」と言っていますが、外形的事実を見れば、「政治家に放送前に会って意見を聞いた直後、決まっていた番組の骨格を大幅に変える」という手荒なことが行われたのです。真相はいまだ不明ですが、これを自主的というのは無理で、政治介入と考える方が自然です。放送前日、伊東律子番組制作局長は、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」が編さんした「歴史教科書への疑問」という本のページを開き、「言って来ているのはこの人たちよ」と告げました。そこには、「若手議員の会」の前事務局長だった安倍氏らの名前が列挙されていました。伊東さんは「政治家が言って来ているのだから、分かってね」と恥じらいを持って伝えました。しかし籾井会長にはそうした恥じらいはゼロです。
■吉田証言なくても従軍慰安婦問題は存在する
――NHKは番組改変事件後、13年以上も慰安婦関連番組を作っていません。番組制作の自由も損なわれているのですか。
90年代、NHKは慰安婦問題の番組を何本も放送しました。慰安婦問題の何がわかっているのか。「この際、NHKや朝日の壁を越えて、一緒に考えよう」という検証番組を作ればいい。金学順さんが91年に名乗り出て、93年に河野談話が出るわけですが、慰安婦問題を知る人の間では吉田証言がいかにズサンかは知れ渡っていました。ETV2001も吉田証言をまったく扱っていません。いま朝日新聞を批判する人は「あの報道で日本ははずかしめられた」と主張していますが、すでに吉田証言を重視する専門家はいませんでした。NHKの慰安婦関連番組を再放送すれば、すぐに分かることです。朝日批判のもうひとつの理由である「挺身隊と慰安婦の混同」の経緯は複雑です。朝日だけが間違ったのではない。「日本軍と一緒に身を挺して戦う女性の挺身隊員に慰安婦も含まれていた」という受け止め方はずっとありました。「戦争――心の傷の記憶」(98年8月14日放送)で紹介された姜徳景さんは、挺身隊員として富山の軍需工場「不二越」で働いた後、松代大本営で慰安婦の仕事をさせられた。「いい仕事がある」と言われて行ったら、慰安婦の仕事だった。強制連行の有無だけではなく、甘言や嘘、移動の自由の剥奪などトータルの人権侵害に目を向ける必要があります。
――NHKはこの署名で変わりますかね?
籾井会長は「慰安婦関連番組は流さない」という方針かもしれませんし、現場は自粛を続けるかもしれません。それでは、多様な番組を制作するという公共放送の責務の放棄です。NHKの機能不全は、国民に不利益をもたらす。今回の署名が会長辞任に直結することはないにしても、経営陣が100%無視することはできない。われわれOBは「現役職員にはなんとか踏ん張って欲しい」という切なる思いを署名に込めて、エールを送っているのです。
▽ながた・こうぞう 1954年生まれ。東北大卒。NHKに入局後、教養、ドキュメンタリー番組制作に携わり、「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」のプロデューサーとして活躍、数多くの賞に輝く。2009年、NHKを早期退職。武蔵大学教授(メディア社会学)。「NHKと政治権力」(岩波現代文庫)「ベン・シャーンを追いかけて」(大月書店、10月刊行)など多数。
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