03. 2014年9月16日 07:13:54
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カジノ解禁で潤うのは誰か?1兆5000億円市場の皮算用 2014年9月16日(火) 西頭 恒明 今秋の臨時国会で、超党派の国際観光産業振興議員連盟(IR議連)が中心となって提出した「統合型リゾート推進法案(カジノ法案)」の成立が予想されている。ホテルや国際会議場、カジノなどのエンターテインメント機能を備えた統合型リゾート(IR)施設を作り、外国人観光客を誘致し、地域の活性化や税収の向上を図ろうという狙いだ。 外資系投資銀行のリポートには「1兆5000億円市場」といった試算の文字が躍り、東京、大阪、沖縄などが候補地として挙がっている。一方で、ギャンブル依存症の増加や治安の悪化など、「負の側面」を指摘する声もある。 ここでは経済効果や地域活性化の観点から、「カジノ解禁」で思惑通りの果実を得られるのかどうかを探るため、海外のカジノ事情に詳しいジャーナリストの出井康博氏に話を聞いた。出井氏は「善良な外国人観光客が増加し、湯水のようにカネを落としてくれるなどという、そんな甘い話はない」と言い切る。 (聞き手は西頭 恒明) 秋の臨時国会で、いわゆる「カジノ法案」の成立が見込まれています。円安や2020年の東京五輪開催という追い風もあって、このところ外国人観光客の増加が目立っています。1兆5000億円市場という試算もあるようですが、「カジノ解禁」によってさらに外国人観光客が増え、経済効果が得られるのでしょうか。 出井: 1兆5000億円というのは米シティグループが昨年8月に発表したリポートに出てきた数字です。東京は都知事が難色を示していますが、この東京と大阪、沖縄の3カ所にカジノができた場合、収入(客の負け分)を「年間約134億ドル〜150億ドル(約1兆3400億円〜1兆5000億円)」と試算しています。 ほかにも米系投資銀行のゴールドマン・サックスが同じく1兆5000億円市場と見積もっていますし、ある仏系の投資銀行に至っては約4兆円と試算しています。IR施設全体の経済波及効果については約7兆円とする予測もあります。 出井康博(いでい・やすひろ)氏 1965年岡山県生まれ、早稲田大学政治経済学部卒業後、英字紙記者を経てフリーのジャーナリストに。著書に『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』など 私はこれまでマカオやシンガポールのカジノを取材してきましたが、この市場規模予測は極めて根拠が乏しく、説得力がないとみています。さらに試算の前提自体が、多くの人が想定しているカジノの姿とは全く異なっているんです。
シティグループのリポートを詳しく見ると、1兆5000億円の市場規模のうち、外国人客からの収入は約33億ドル(約3300億円)に過ぎません。残りの8割近くは日本人客という想定なんです。1兆5000億円という数字を独り歩きさせているカジノ推進派も、なぜかこの部分には全く触れようとしません。 パチンコ市場を根拠に試算 カジノができれば外国人客が落としてくれるカネが増えて、経済効果が生まれるのだと、多くの人は期待しているでしょう。しかし、8割が日本人客からの収入だという予測は、何を根拠にしているのですか。 出井:パチンコ市場です。シティグループは、日本で約1260万人いると言われるパチンコ愛好者が平均で年23万円負けていることなどを根拠に、だいたいその半分の690万人の日本人客がカジノに訪れ、1人につき17万円負けると想定しています。すると年間約1兆1700億円の規模になります。 しかし、同じギャンブルとはいえ、そもそもパチンコとカジノは全く事情が異なります。パチンコは1万1000店舗が全国に点在しています。一方、今計画されている国内のカジノは2〜3カ所程度。地方からわざわざ東京や大阪、沖縄までカジノ目当てに出かける人がどれだけいるのか疑問です。説得力の低い試算だと思います。 シンガポールやマカオに進出した米系のカジノ運営会社は、日本への進出にも積極的だと言われています。彼らも日本を訪れる外国人ではなく、日本人客目当てなんですか。 出井:米ラスベガスのカジノメジャーの1つ、ラスベガス・サンズは「日本に1兆円投資する」などと言っています。ほかの米系カジノも日本への進出に期待を込めています。 私はマカオなどでこうしたカジノ企業グループのCEO(最高経営責任者)らに取材したことがありますが、彼らが皆、関心を持っているのが日本のパチンコ市場なんです。投資銀行のリポートを見ているからでしょうね。パチンコ市場からカネを奪い取ろうという考えなのです。 ですから、彼らに「外国人専用のカジノだったら、日本に進出するか」と尋ねると、「うーん」と黙り込んでしまう。人口が多い東京に作って、日本人客を多く引き寄せることを狙っていますから、地方への進出にもあまり関心を示しません。 2002年にマカオでカジノが解禁されて以来、アジアでは一大カジノブームが巻き起こり、2010年にシンガポールでも開業しました。フィリピンや韓国、ベトナムにもカジノがありますし、台湾でも候補地が1カ所決まり、近く建設される予定です。米系のカジノ企業にとって、まだ解禁されていない日本はアジアで最後の有望な地なんです。 マカオやシンガポールでは、カジノは成功しているようです。 出井:マカオは35軒で年間4兆5000億円、シンガポールは2軒で6000億円の収入を得ています。米ラスベガスが約40軒で6500億円ですから、その凄さが分かります。もっとも、シンガポールはカジノができた2010年の直後こそ観光客が大幅に増え、収入も急増しましたが、ここ2〜3年は収入が頭打ち状態です。それだけに日本への期待も大きい。 中国人VIPを呼び込めるか 日本はシンガポールのカジノを手本にしようとしています。マカオやシンガポールのカジノをご覧になってどのような印象ですか。 出井:カジノでは一般客が入れる大きなフロアだけを見ていても全貌はつかめません。一般客フロアとは別に設けられたVIPルームがカジノの収入の柱になっているからです。私も関係者に話をつけて何度か潜入したことがありますが、一般客フロアとは全く違う雰囲気でした。ディーラーと客が1対1で勝負していて、1回のゲームで桁違いのカネが賭けられているのです。こうしたVIP客からの収入はシンガポールで約5割、マカオでは7割に達すると言われています。 欧州のカジノは一種の紳士クラブのようなもので、非常に規模が小さい。米国はホテルや国際会議場などを備えたIR型が主流ですが、客単価はせいぜい150ドル(1万5000円)程度にとどまります。それがシンガポールでは約400ドル、マカオに至っては1500ドル以上です。アジアのカジノは欧米とは異なり、依存度の高いVIPルームにどれだけ客を呼べるかに成否がかかっています。 シンガポールなどは世界中からの一般観光客がカジノに大挙してやってくるような印象がありましたが…。 出井:繰り返しになりますが、普通の観光客が少し増えたくらいでは、カジノの収入には大きな変化はありません。では、「VIP」とはどこの誰なのか。 VIPルームを使う客の大半は中国人です。マカオにカジノができた2002年頃から、中国は急速に経済発展を続けてきました。その過程で巨大な富を手に入れた中国人VIP客こそが、アジアのカジノにとって最大の上得意なんです。 日本のカジノ議連の議員たちは「外国人客を誘致する」とは言いますが、「中国人VIPに来てもらう」とは絶対に言いません。でも、もし外国人客を誘致してカジノを成功させようとするならば、中国人VIPを呼び込むほかありません。皆さん、富士山や東京・浅草を観光するような善良な普通の外国人がカジノに来て、湯水のようにカネを使ってくれると思っているのではないでしょうか。そんな甘い話はありません。 日本でカジノを作ったとして、中国人VIPを呼び込めるものでしょうか。 出井:言葉の問題が障壁になるでしょう。中国人にとって、マカオやシンガポールは言葉の問題がありません。台湾で現在計画されている初のカジノも、中国に近い離島に開業することになっており、こちらも中国人目当てなのが鮮明です。中国語があまり通じない日本にわざわざ来なくても、中国人VIPにしてみれば遊ぶカジノはいくらでもあるわけです。 日本側から見れば、別の問題も生じます。カジノはマネーロンダリング(資金洗浄)の温床になっているとも言われています。中国人VIPの中には、それを目的にカジノに来る人もいるかもしれない。それでも、積極的に誘致を図るのでしょうか。 税収増も期待薄 となれば、市場規模の試算の根拠は曖昧だったにせよ、カジノを解禁するならパチンコや公営ギャンブルと競合しながら日本人客を相手にするしかありませんね。 出井:日本人を主な相手にするのであれば、3軒のカジノで1兆円の収入を得るのも不可能だと思います。シンガポールでさえ2軒で6000億円だからです。 仮に1兆5000億円規模だった場合、シンガポールと同水準の課税率で2400億円の税収が見込まれると言われています。これが3分の1程度の規模にとどまれば、税収は800億円くらいにしかなりません。 それも海外から収入を獲得するのではなく、ほとんどが日本国内であれば、新たな消費を喚起するわけでもないでしょう。カジノで負けた分、何か別の消費を抑えなければなりませんから。ですから、カジノ解禁によって日本経済や地域経済が潤うなんてことはあまり期待しない方がいいと思いますね。 日本にはカジノの運営ノウハウがないので、米系などのカジノ企業に権利を委ねるか、合弁で運営するしかありません。カジノで得られた幾ばくかの利益も、おそらくは彼らに吸い上げられることになるのではないでしょうか。 外国人のカネを狙っていながら、日本人の富を吸い上げる結果になってしまうわけです。でも彼らカジノ企業とて、目算どおりに事業を進められるかは怪しい。 法案成立より先に国民の議論を 結局、カジノ解禁で誰が潤うのでしょうか。 出井:統合型リゾートを建設するゼネコンは儲かるでしょう。また、プロジェクトファイナンスなどで一枚かみたい外資系投資銀行も潤うでしょう。ですから、カジノ解禁をあおるようにリポートを作成しています。 経済効果にそれだけの疑問の付く見方がある中で、このまま秋の臨時国会でカジノ法案が成立してしまうのは拙速なように思います。 出井:台湾ではカジノ法案を成立させる前に、候補地でカジノを受け入れるかどうかの住民投票が実施されました。最初の候補地では否決され、2カ所目でようやく可決された後、法案がまとまりました。 日本では既に税金を投じてカジノ誘致に動き始めた地方自治体もあります。国会でも、カジノ議連を中心に「とにかく法案を成立させよう、細かなことはそれからだ」という風潮が見られます。でもここで焦って法案を成立させるより、もっと国民の間で議論を重ね、カジノがもたらすメリットやデメリットを見極めるべきだと思います。 このコラムについて キーパーソンに聞く 日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20140912/271211/ |