06. 2014年9月12日 04:23:32
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『21世紀の資本論』って、何が新しいの?飯田泰之明治大学准教授に聞く 2014年9月12日(金) 山中 浩之 『21世紀の資本論(Capital in the Twenty-First Century)』。フランス人の経済学者、トマ・ピケティ(43歳)の本が米国で大ブームだという。「資本主義は貧富の格差を生み出す宿命から逃げられない」ことを論じた本だ。日本でも経済誌が特集を組むなどブームが波及しているようだが、正直言ってなぜそんなに大騒ぎするのか分からない。「格差社会」や「ロスジェネ」といったバズワードで、さんざんみんなで話したじゃないか。いったいどこが新しいのだ? 明治大学の飯田泰之・政治経済学部准教授にお聞きしてみると「…そうですよねえ」と言う。あれ? (聞き手は山中浩之) 飯田 泰之(いいだ・やすゆき)氏 経済評論家、明治大学政治経済学部准教授。1975年東京生まれ。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程満期退学。駒澤大学経済学部 准教授などを経て現職。2007年より知の交流スペース「シノドス」の運営に参加。シノドスのマネジング・ディレクター、財務省財務総合政策研究所上席客員研究員も務める。専門は経済政策、マクロ経済学。著書に『経済学思考の技術』 『思考の「型」を身につけよう 人生の最適解を導くヒント』 『思考をみがく経済学』など。 ―― 原著を読破してから文句を言うのが王道だろうとは思うのですが、700ページの大著を英語で読み切る根気も語学力もないので…。 飯田:電話でも予めおことわりしましたけれど、私も、サマリーと重要そうな章しか読んでないですよ。 ―― では、そんなやつらが話し合うのだという前提で(笑)。日本のメディアに出ている話だけでの印象ですけれど、どうも米国では「資本主義体制下では、富裕層ほど豊かになりやすい」ということが発見として語られているらしいのですが、今ごろ気が付いたということなんですか、もしかして。 飯田:米国ではそういうことなんでしょうね。 ―― うはっ(笑)。 飯田:フランス本国では、ブームというほどでもないという話も聞きます。 面白いというより、とても真面目な本 ―― 日本で訳されている山形浩生さんに「面白いですか?」とお聞きする機会がありまして、そうしたら「本としては『各国で富の格差は拡大している』ということを厳密に、しつこく、むずかしく証明している本ですよ」と。じゃあ、何でこんな話題になっているんですか、クルーグマンが激賞しているそうじゃないですかと言ったら「クルーグマンは学者ですもん」と。 飯田:経済学者ならば「こういう証明の仕方があったか」という面白さがあります。さらにクルーグマンにとっては(米国では)数少ない流行したリベラルな経済論ですから、そりゃ応援したくもなるでしょう。 ―― 先進国は労働分配率が長期的に低下し、資本の蓄積が増えるほうが国民の所得の伸びよりも速い。資本の蓄積は富裕層に大きく分配される、でしたっけ。それを200年以上の期間に及ぶ統計データから証明し、「格差の拡大のメカニズムが、資本主義・市場経済にはビルトインされている」と。うーん…我ながら無学って怖いですね、こう聞いてもあまり驚けない。 飯田:米国では「そのぐらい格差があってもいいじゃん、逆転可能なんだから。脱出できない貧困、乗り越えられない格差は存在しないんだよ」という言説が支配的だったので、この視点が新鮮だという点は踏まえておかなければならないと思いますね。 ―― 面と向かって「いいや、この仕組みがおかしいんだ」と言われて驚いた。 飯田:「逆ホリエモン」「逆竹中平蔵」みたいなもんです。 ―― ああ、おふたりの主張は「米国なら当たり前、でも、日本では大ショック」でしたが、ピケティのお話はその逆だった。 飯田:という話なんじゃないかなと。もちろん、僕の勝手な想像ですけれども。 ピケティは半分だけ間違えているのではないか 飯田:「自助努力で乗り越えられない格差は存在しない」という“常識”、それが米国を支えてきたのですが、そこに疑問が呈された。やっぱり成功している人は、まあ、おおむね学歴が高い。あるいは、特殊専門技能を持っている。もしくは、親から継いだ財産や社会的基盤がある。「売れ残った馬車の幌用の布で、炭鉱夫用のズボンを作ったら世界的大企業になりました」とか、そういうことはもう、そうはないんですよ。 ―― リーバイ・ストラウスの伝説ですね。 飯田:『21世紀の資本論』は、12月に翻訳本が出るんですが、日本ではそんなに話題にならないと思うんです。今これだけ話題になっているのは、読んだ人が少ないからではないでしょうか。200年分の税務資料に当たるというファクトファインディングは大変なものだと思うけれど、出てくる結論は当たり前のことだった。 ―― では飯田さんもやはり「資本主義は必然的に格差を生む」と。 飯田:それは半分正しくて半分間違えていると思います。 ―― どういうことですか。 飯田:資本主義と言うより、人間の活動というものは、必然的に格差を生むんだと思うんです。 または、私的所有は必然的に格差を生む、と言ってもいいと思います。共産主義という、私的所有そのものを規制する社会体制が存続不可能だと歴史が示した今、「資本主義は格差を生む」と言うよりも、「人間の活動は格差を生む」、と言った方が正しいのではないかと。 ―― なぜでしょう。 飯田:「蓄積」が可能になったからです。 例えば100万円を持っている人と1万円しか持っていない人の間で、じゃんけんで1万円を取り合うというゲームをしたとしましょう。1万円の人は一番最初の1回で負けたらそこで終わり、1回勝っても2回どこかで負けたらもう終わりなんですけれども、100万円の人はたぶん… ―― 100回のどこかで勝ちますわな、確率の問題なんだから、負けられる回数が多い方が有利に決まってる。 飯田:ひとつひとつの勝負の確率が同じならば、元手がある方が絶対に有利です。 ―― 西原理恵子さんの『まあじゃんほうろうき』という漫画があるんですけど、「負けたら倍々プッシュしていけばいつかは勝てる。だからばくちは金持ちが勝つんだよ」という話が。 飯田:馬券のマルチンゲール理論みたいな話ですね。 ―― へえ。ちなみに飯田さんって賭け事は。 飯田:昔は暇だったのでパチンコとかスロットとか行きましたけど、あれって1日打ってないと意味ないので。 ―― えっ? バクチは(胴元の次に)“金持ち”が勝つ 飯田:特にパチンコが典型ですけど、「1000円で何回回るか」というのを見て、まあまあ回るところで長時間いないと意味ないんですよ。もっとも、賭け事は胴元が有利に決まっているので、負ける方が多いに決まっているんですけど。 ―― 「この台に座れば何とか浮くぞ」というのを見つけるためには、4〜5時間ぐらいかかるという発想ですか。 飯田:いや、蟹歩きをしてまぁまぁ回る台に座って粘るわけですけど、よい台を見つけてもそれがすぐ当たってくれるとは限らないので。 ―― ああ、そうかそうか。実は時間という「資産」をたくさん使えるやつが勝ちに。 飯田:いきやすいんですね。今はないそうですが、モーニング(すでに確変がかかっているなどの当たりやすい台を客寄せのために店が用意しておく)のために並ぶというのにも時間がかかりますからね。 ―― 勝つためには時間を使わなくちゃいけないゲーム。 飯田:うん。今はそうでもなくなったらしいですけど。 ―― ばくちもビジネスも、資産が多いほうが勝つ…というか、勝ちやすい。となると、勝てる可能性の強い金持ち側がどんどん勝つ確率が高くなっていくということに…。 飯田:そうなんですね。 ―― ということは格差は拡大する一方であると。 飯田:さらに言うと、リスクとリターンの取り方も金持ちかどうかで変わってきますよね。あるときYさんがこんなくじを引かないかと言われた。「2分の1の確率で1億円、2分の1の確率で0円のくじと、3000万円確実にもらえるくじ。どっちを引く」って聞かれたとき、残念ながら私は3000万円の方が欲しい。 ―― 私も絶対3000万円ですね(笑)。 飯田:期待値の面では圧倒的に損でも確実な方を選んでしまいますよね。しかし、3億円資産があるという人だったら、おそらく「2分の1で1億円」を選ぶと思いますよ。だって期待値は5000万円ですから。 ―― 2000万円もリターンの大きいリスクに賭けやすいのか。 飯田:そうです。手元に余裕があるからとりに行けるというリスクがある。私たちは生きて行く中でこういう無数の賭け、といって悪ければリスクに直面する。その度に多くの人は「平均すると損だが安定的」な決定を行い、お金持ちは「平均すると得」な選択を行っていく。 ―― それはいつか、金持ちの方がどんっと当たりますわな。 リスクを取れるのは持てる人、持てる会社 飯田:リスクを取ったものが勝つ、と世の中では言われているんですけど、リスクを取ることが出来るのはどういう人かという視点が全く欠けている。その結果、「100万円と1万円を持っている人で勝負をすると100万円のほうが勝ちやすい」というのが見えづらくなっているんですよね。その結果、お金を持っていない人が、2分の1で0円のほうを引いて「もう生活できません」と言ったら「それは自己責任だ」といわれかねないですから。 ―― 言われますよね。何で3000万円にしなかったんだと。 飯田:言い訳として言っておきたいのは、実はピケティはこのタイプの格差は、一応本で言及しているけどそれほど重視してないようなんですね。でも、僕はこれが格差が生まれる本質だと思っているんです。 ―― ピケティが言う格差というのは、勝負できる確率やリスク&リターンではないんですか。 飯田:ピケティの言う格差は、もうちょっとつかみどころがないんです。もちろんこれも1つの原因であると言っていますけれども、一番の理由は資本家側の収益率が高すぎる、正確には「資本収益率の伸びが労働からの収益の伸びより高い」という話、としています。 ―― いわゆる、労働分配率が低いということが問題? 飯田:そう。例えば100万円の利ざやが取れたときに、もうけが出た理由は「どこからどう見ても労働者が頑張ったおかげ」というのが30万円くらい、「どこからどう見ても機械設備の力です」という部分が30万円くらいだとしましょう。じゃあ、残りの40万円をどう分けるかというときに、当たり前ですが、どっちとも決めにくいグレーな部分が生じる。 ―― もちろんそうなりますよね。 飯田:そのグレーなところの交渉において資本の側に圧倒的に有利になっちゃっているという意見はあり得るでしょう。だから資本側の収益率ばかりが上がるというわけです。ざっくり言えば、社会体制から決まる資本側の交渉力が強すぎると言うことになるかもしれません。でも、僕はこれはちょっと疑わしいと思うんですよね。実際は。 「勝つこと」に特化しすぎるともろくなる ―― 労働需給のバランスで市場が調整するから、ピケティが言うほど格差は心配ない、というお考えなのですか? 飯田:いやいや、違います。「リスクを取ることが出来るのが金持ちである」という視点の方が格差必然論の理屈としては明快だ、という話です。 その上で「優勝劣敗で、リスクを取って勝っていったやつがまたお金を蓄積して、またさらなるリスクを取って、社会が成長していくんだ」という考え方は、一見合理的なように見えて僕は合理的ではないと思っています。 ―― ほう。どこがいかんのでしょうか。 飯田:「進化の袋小路問題」というのがあります。優勝劣敗、トーナメント制の勝ち上がり方式みたいなのをどんどん続けていくと、“現在の”経済体制にとって最も適応した企業、つまり、電力がいくらで為替がこう決まって福祉のシステムはこうで、世界の環境はこうで…というのにばっちり最適化されてしまった人・企業がどんどん生き残っていくことになるし、組織も同じように最適化していくことになる。 ―― まさにそれを目指して企業も、多くの会社員も働いているように思いますが。 飯田:そうするとどうなるか。ものすごくショックに弱い個人、組織、国家をつくってしまうんじゃないかと。「格差が生じたら何でまずいんですか」という言説は、原始的な、ナイーブな進化論に似ています。 ジュラ紀(約1億9960万年前〜約1億4550万年前)、白亜紀(約1億4500万年前〜6600万年前)の地球にとって最も適合性が高かったのは大型恐竜なんですよね。当時の地球にとって最高に適応していたので身体は大きくなり、数は増えた。そして、地球が新生代に入った途端に、どうしようもなくなって絶滅してしまいました。彼らは「進化の結果生き残れなかった」から「進化の袋小路問題」というわけです。 組織マネジメントにおいても、多様性、要するに「いろいろな人間を置いておく」意味というのは倫理・道徳的なものではないんです。会社の置かれた状況が激変したときに、「まあ、1軍の連中が全員だめになったけど、今度は2軍の連中がちょうどいい感じになってきた」とか、要は「保険」になるわけです。 「ばか枠」は組織の保険 ―― おっしゃりたいことはすごくよく分かります。私自身が、うちの会社にとってはいてもいなくてもどうでもいいやつだったと思うんですけど、ネットが始まってからわりと生き生きしている、とか、そういうことですよね。 飯田:(笑)。Yさんは分かりませんが、実際にとある元公社の大企業ではこの考え方、ダイバーシティが功を奏したそうです。公社時代は、そつなく、法律に詳しく、郵政省とコネが強く、みたいな人間が求められていたんですけど、わざと全然違うタイプもごっちゃり入れていたらしいんですよ。で、民営化後はそこが輝きだすという。 ―― 「ばか枠」とかいわれるヤツですよね。私はもろにそれだったからな。 飯田:でも、ばか…いや、変わった人枠は、状況が変わった際のリスクヘッジとして利くわけです。格差を放っておいてどんどん現在の状況で勝つためのアルゴリズムだけを回して先鋭化してしまうと、マクロで、例えばでっかくは日本国民、ちっちゃくは組織を考えたときに、極めてショックにもろいシステムをつくることになる。 ―― 辞めずにいてよかったです。 飯田:ちなみに「再分配」って、経済的な意味でいうと、今の社会にはあまりうまく適応してないような人間でも、それがどういう状況でのことかはまったく分からないんですが、「何か役に立つかもね」と、社会の中にいてもらう、そういうことでもあります。 ―― 小田嶋隆さんが、「30年間マンボばっかりやっていると、1回ぐらいブームが来るもんだよ」みたいなことを言ってましたね(笑)。 ※記事はこちら。 飯田:ああ、ずっとやっていると、その人に適合した時代が何かの理由で来ちゃったりすることもあるでしょう。 ―― 続けることがしんどくないことだから、ご当人もそんなに不幸せじゃなかったりして。 最大の課題は、土地の相続優遇をなくすこと 飯田:ということで、格差の再分配をセーフティネットと捉えれば、「チャレンジする際には保険がかかっていた方がいい」という効果もあります。 あくまで「チャレンジ」という部分に絞ったたとえ話ですけれど、日本国民全員が、全員さっきの平均5000万よりも3000万円、それどころか平均5000万円よりも数百万円を選択する社会になると、やっぱり社会は大きくは成長しません。1億円で2分の1の方が期待値はでかいわけですから、何百人も何千人もが同じゲームをプレーしていたら、それは0:1で2分の1を取った社会の方が長期的発展する確率が高いはずなんですね。 飯田:ある程度のリスクを取れる、許容するためには、再分配、セーフティーネットが必要だし、超でっかく出ると、再分配はシステム自体のロバストネスを高めていくことにもなるんです。 ―― 格差の存在は人間にとって必然なんだけれども、それを完全に是としてしまうと、逆に組織全体、国家全体がリスキーになってしまう。ヘッジとしてばか枠をつくる、再分配を効かすことが社会には必要なんだということですね。 飯田:はい、そうですね。 ―― ピケティは、その再分配の原資として、「グローバル累進課税」を提案していますね。富裕税を世界的に創設し、年0.3%〜10%を資本課税。年間所得50万ドルを超える人には、80%程度の税金を、という。 飯田:では、いざ「日本において格差とは何なのか」といったときには、米国のそれとは意味が全然違うという点に注意が必要です。1%と99%、つまりはスーパー大金持ちと一般庶民の格差はあるのですが、少なくとも現在の第一の問題ではない。社会を分断しかねないような大きな格差というのは、むしろ都市部出身か、または親が自己所有の住宅を持っているかという格差だと思いますね。これを是正するためには、相続における土地の優遇をやめること、または大幅に縮小すること。 ―― 飯田さんの持論ですね。 飯田:スーパーリッチに対する税率を高くするかどうかは、議論が分かれるところだと思います。グローバル課税ができればともかく、今の状況ではあまりにも高くすると海外逃避をするので意味がないんですね。そして相続税です。改正の方向ですが、まだまだ緩い。 ―― 横道なんですけど、「日本では、三代続くと何もなくなるような相続課税のきつさがあるから、パトロンになる金持ちが生まれず、文化が育たないんだ」ということを言う方もいますが、それについてはどう思われますか。 飯田:相続税なんてなくても三代繁栄続く家はそんなに多くないんですよ。「売り家と唐様で書く三代目」と、三代目で潰れても、しっかり文化蓄積は人間の中にもできている(笑)。 格差が消えないのは「平和のコスト」でもある ―― ただ、ある程度の資本蓄積というか、端的に言って「金持ちがいてくれないと、ちょっと変わったものが生まれないし育たない」というのはどうですか。 飯田:そりゃそうでしょう。金銭面以外でもリスクを取るのはやっぱり金持ちですから。でもその金持ちは入れ替わってもいいじゃないですか。「売り家と唐様で書く三代目」がたくさんいればいい(笑)。 ―― 同じファミリーである必要はないのか(笑)。あ、思い出しました。さっきのピケティのお話で、私が勝手に気になっていたのは、資本の方が収益率が高いというのは確かにそうなんだけど、格差というのは、何というんでしょうね、同世代間のものだと思うのですよ。「同じやつがずっと勝ち続けているわけじゃないじゃん」というところがちょっと気になるんですけど。 飯田:そうです。それは米国の、アメリカンドリーム系の議論のポイントなんですよね。「確かに格差はある。でも上の方は上の方で入れ替わっているからいいじゃないか」という。 ―― そういう風に考えるのか。 飯田:なんですが、どうも実際は入れ替わってないっぽいんですよね。 入れ替わる理由、つまり超巨大な名家の没落って「革命」であったり「戦争」であったりするんですが、もう世界規模の戦争がなくなって70年、さらに革命もまぁ先進国では当面ない。ですからなかなか難しいですよね、そういうのは。 ―― リーマンショックくらいでは、上っ面がはげただけと。 飯田:入れ替わりが止まってしまう、それはつまりは「平和の果実」であり、「平和のコスト」だと思います。 ―― 平和のコスト。格差のある程度の固定が。 飯田:「同じようなルールでずっと戦っていたら、それは金持ちが勝つに決まっとるやんけ」という。そのルールそのものが変わってしまうような変換というのが、現代では起きない。「だから革命と戦争を起こすべきである」とは誰も思わないでしょう。それが平和のコストであれば、平和によって生じた障害というのを埋めていくのが分配なんだ、と。 ―― その分配の方法としては。 飯田:いくつかありますが、やはり資本課税でしょうね。資本課税の方式は、資産税方式と相続税方式があります。基本的にどっちかを高くするんですよ。毎年毎年資産に課税するか、死んだとき資産に課税するか。 僕はどっちでもいいと思っているんですけれど、ビジネスのやりやすさという観点でいったら、相続税の方がいいんじゃないと。毎度毎度工場に課税されていたらたまらないので。ちなみに日本は事業用資産に固定資産税課しちゃってますけどね。 ―― ざっくり、どんな相続税制がいいと思われるんですか。 飯田:配偶者以外への相続控除を基本は維持したうえで、20%でどうですか、一律で。 ―― 2割の課税か。何か数字的な背景があるんですか。 飯田:まず日本全体で、将来的には相続財産がだいたい年間100兆円ほど発生します。 ―― そんなに? 飯田:現在80兆円発生していますが、早晩100兆円になります。死ぬ人が増えるから。 ―― ああ。高齢化は相続財産の急増も生むのか。 飯田:この100兆円の相続財産のうち、配偶者のもの、小規模な控除等を除いて、だいたい相続財産が、まあ75兆円としましょう、適当に。ここから20%を取ると15兆円出てきますね。 日本ではキャピタルフライトは起こらない ―― すごい額ですね。 飯田:だいたい消費税でいうと6〜7%分出てくるということですよね。いいんじゃないですかと。死んだということで、死亡消費税を支払う。 ―― 死亡消費税(笑)。ありましたね。去年話題になりました。 飯田:財政学者の井堀利宏先生(東京大学大学教授)のアイデアですが、昨年の伊藤元重先生(東京大学大学教授)のネーミングでかなり有名になりましたね。相続、子孫に財産を残すというのは一生に一度としかできない素晴らしい消費じゃないですかと。消費税を納めましょうよと。 ―― 一生に1回ね。いいかもしれない。 飯田:一生に1回だけ20%の相続税を、あ、消費税を納めてください。 ―― 「インフラもいろいろお使いになったことですし」と。 飯田:子孫の方も1000万円、しかも簿価で1000万円のものを200万円払ったら相続できるんですから、それぐらい我慢してもいいじゃないかと。それも払えないという人は、非常にキツい話ですが、そこに住んでいちゃいけないと思うんですよね。 ―― もっと社会全体に活用させてください、と、ご売却いただく。ふむ。相続財産のない人間のひがみですが、ばかな子ほど親はかわいいとかいいますけどね。「そんな日本にいたくないな」って感じにならないでしょうか。キャピタル・フライトってやつ。 飯田:海外流出は、実は日本人はほとんどしないと思います。なぜならば、日本の金持ちって、まず医者と弁護士なんです。 ―― …ドメスティックっぽいですね。 飯田:そう、そして地場産業の経営者。 ―― 超ドメということですね。 飯田:そう、海外に出てその能力を発揮して稼ぐ、ということがなかなか厳しい。医師免許は国際免許も取れるけれど、挑戦する人がどれくらいいるか。弁護士、地場産業はまあ、いわずもがなです。 ―― 地元に根ざしていることが大きなメリットになっている方たちということですか。なるほど、海外に出るのは大変そうだ。 飯田:ですよね。海外に出て行くのは超富裕層に何十%も課税した場合です。20%の相続税を、つまりは1000万、2000万節約するために国を捨てるというのは日本では考えづらいですね。相続税ゼロを主張する人は、固定資産税の大幅引き上げとセットじゃないと筋が通らないと思うんですが、そういう声はあまり聞きません。 日本は累進強化より資本課税を ―― ちなみに、ピケティは累進課税の強化を再分配の対策として挙げているそうですが。 飯田:言っていることはすごく説得的だしよく分かります。でも、ピケティの論点でいうと、日本の場合は証券等分離課税になっているので、所得1億円以上の人って一般的なサラリーマンより税率が低いんですね。特に去年までだと、証券分離10%だったので、投資収入はめちゃくちゃ税率が低かったんです。 ―― そうなんですか。 飯田:これはおかしいだろうと。包括課税すべきなんじゃないんですかと。累進は強化すべきですけれども、いわゆる所得税累進カーブをきつくするというのは、日本の場合はそのままでは受け取れません。なぜならば日本の場合は、資本所得には累進構造がないからです。 ―― お金をどこに持っているかといったらそこに持っているわけですもんね。「給料は100万円だけど、資本所得がすごいんだよね」という人に対しては、税率がめちゃめちゃ甘い、ということですか。 飯田:めっちゃ甘い。 ―― さっきのお話と重ねると、特に不動産は、相続で優遇され、税率で優遇され、と、資本が寝たまま温存される条件が整っているじゃないですか(笑)。 飯田:そうなんですよ。だから、やっぱり包括で課税する方式に変えてからじゃないと、ピケティの累進課税を強化せよ提案には乗れないですね。まあ、自営業の人は混然一体の累進課税になってしまっていますが。単に現行の日本の所得税制で累進をきつくしても、格差の解消には必ずしも結び付きません。日本における不平等は所得よりも資産から生じているという点を見逃してはならないのです。 このコラムについて キーパーソンに聞く 日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20140909/271039/?ST=print |