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「弁護人による告発」と「司法取引」制度の導入 〜悪質融資詐欺の告発で虚偽の贈賄自白の背景に迫る〜
http://nobuogohara.wordpress.com/2014/09/08/%e3%80%8c%e5%bc%81%e8%ad%b7%e4%ba%ba%e3%81%ab%e3%82%88%e3%82%8b%e5%91%8a%e7%99%ba%e3%80%8d%e3%81%a8%e3%80%8c%e5%8f%b8%e6%b3%95%e5%8f%96%e5%bc%95%e3%80%8d%e5%88%b6%e5%ba%a6%e3%81%ae%e5%b0%8e%e5%85%a5/
2014年9月8日 郷原信郎が斬る
藤井美濃加茂市長の事件、9月4日の第4回期日で公判前整理手続が終結し、第1回公判は9月17日午後4時から開かれることが決まった。
我々弁護団は、その第4回期日の直前、市議時代の藤井市長に30万円の賄賂を供与したと供述している人物(以下、「贈賄供述者」と言う。)を、有印公文書偽造・同行使、詐欺の事実で名古屋地方検察庁に告発した。
「弁護人による告発」というのには違和感をもたれる方もいるかもれない。一般的には、被疑者、被告人の権利を擁護に、不当な処罰を免れさせる役割を担うのが弁護人であり、処罰を求める「告発」という言葉は似つかわしくない。
しかし、今回の藤井市長の事件では、弁護の対象である被告人の藤井市長と対立する供述を行う贈賄供述者の告発を行うことは、弁護活動にとって極めて重要な意味を持つものである。
藤井市長は、贈賄供述者から現金を受け取ったことは全くないと、収賄の事実を全面否認し、一貫して潔白を訴えている。我々弁護人の役割は、藤井市長が現金を受け取っておらず無実であることを明らかにすることであり、そのために、現金を渡したとの贈賄供述者の供述が信用できないことを立証していくことが必要となる。
贈賄供述に関しては、供述が不合理な変遷を重ねていること、供述内容と現場の状況とが一致しないこと、同席者の供述とも符合しないことなど信用性に重大な問題がある。
しかし、その問題は、単に「信用できない」ということだけではない。我々弁護人にとっては、贈賄供述者の虚偽自白の動機、なぜ藤井市長に現金を渡したなどというウソの贈賄自白をしたのかという点を解明することが最大の課題だと考えている。それは、藤井市長の潔白を信じるすべての人々が望んでいることである。
■「ヤミ司法取引」の疑い
虚偽の贈賄自白の動機について、当初から注目していたのが、当初の逮捕事実の金融機関からの融資詐欺の立件・起訴に関して、警察・検察と贈賄供述者との間で、「ヤミ司法取引」が行われた疑いであった。
逮捕時の報道によれば、金融機関から受けた融資は4億円を超えるとのことであったが、実際に立件・起訴されているのはごく僅かに過ぎない。他の融資詐欺を不問にすることの見返りに、藤井市長に対する贈賄供述が引き出されたのではないかという疑いがあった。
その点を、弁護人側から、公判前整理手続で「予定主張」として提示し、主張関連証拠として、詐欺罪で逮捕された後の贈賄供述者の供述調書等すべての開示を請求したところ、検察官から証拠開示された。
開示された供述調書によると、贈賄供述者の融資詐欺は、関係機関の代表者印等を偽造、受注証明書、契約書等を偽造して、地方自治体、医療機関等から受注したように偽って銀行、信用金庫など10の金融機関から融資金を騙し取るという、この種の融資詐欺の中でも最も悪質なものであることがわかった。通常であれば、警察、検察等の捜査機関は、融資を行っていた金融機関すべてから被害届の提出を受けて、騙取した融資金の行方等を追及する等徹底した捜査を行うのが当然である。ところが、2月6日の最初の逮捕事実及び3月5日の再逮捕事実に係る2件の合計2100万円の融資詐欺及び有印公文書偽造・同行使の事実しか立件、起訴されていないことがわかった。
約4億円の融資には、騙し取った融資金の返済のために新たに融資詐欺を行った「借り換え分」も含まれているが、それだけ悪質な融資詐欺であれば、借り換え分も含めてすべて立件するのが通常の捜査・処理のはずだ。
それなのに、僅か2件の融資詐欺だけしか立件・起訴されず、その融資詐欺の捜査が終了する直前に、「藤井市長に対して賄賂を供与した」という内容の贈賄自白の上申書が作成されているのである。
そして、驚いたことに、立件・起訴されていない融資詐欺の中には、真実は、美濃加茂市小中学校への設置に向けて営業活動を行っているに過ぎないのに、既に、同市において設置が決定され、工事が発注されているように偽って、銀行から合計4000万円の融資を受けた事実が含まれていた。
藤井市長の事件で、贈賄供述者からの請託と内容とされたのが、美濃加茂市の小中学校への雨水浄化設備の設置の働きかけだったことからすると、この融資詐欺の事実は、贈収賄の犯罪が本当に行われたのだとすれば、動機にも密接に関連するもので、収賄事件の捜査の過程で捜査の対象にすることが不可欠のはずなのに、捜査された形跡が全くない。しかも、同融資申込みにおいては、美濃加茂市教育委員会委員長の公印が偽造され、同委員会名義の発注書が提出されており、市長が収賄で起訴されている美濃加茂市は、その有印公文書作成・同行使の事件についていえば被害者の立場にあることになる。
それに加えて、その4000万円の融資には、信用保証協会の保証付き融資が含まれており、融資詐欺にかかる被害は公的機関にまで及んでいる。公益的な観点からも積極的に捜査の対象にするのは当然だ。
このように贈賄供述者の融資詐欺に対して、通常の刑事事件ではあり得ない捜査・処理が行われた理由は何なのか。それは、贈賄自白を引き出したことと関係があるのではないか。それによって藤井市長に現金30万円を渡したなどという虚偽の贈賄自白が引き出されたのではないか。
■悪質融資詐欺が立件・起訴されない理由は何か
公判前整理手続で、検察官に、多くの融資詐欺が立件・起訴されていない理由の説明を求めた。それに対して、検察官からは、2件以外については被害届が提出されていないことを示す書面が証拠開示されただけだった。つまり、上記一連の融資詐欺について既に起訴されている2件以外について立件・起訴が行われていない理由は「被害者の金融機関の被害申告が行われていないこと」だけしかない、それ以外の説明は全くできないということなのである。
では、そのような悪質な融資詐欺に遭いながら、金融機関側が被害申告をしないのはなぜなのか。贈賄供述者が行ったような、偽造の印鑑を使って公文書や契約書まで偽造して融資金を騙し取るというような詐欺は、金融機関にとって絶対に許せない犯罪のはずだ。そのような犯罪が横行し、金融機関が「食い物」にされたら、預金者への責任など果たせなくなってしまう。それなのに、なぜ、金融機関から、贈賄供述者の犯罪のごく一部しか被害届が出ていないのか。合理的な理由もないのに被害届が出されないとすれば、それは、「金融機関としてのコンプライアンス問題」ではないか。
私は、藤井市長の主任弁護人として、美濃加茂市から浄水設備を受注したように偽って4000万円の融資金を騙し取った上記の事件について、被害者である金融機関のコンプライアンス統括部の責任者に対して、被害申告が行われていない理由を尋ねる質問状を送った。
その金融機関のコンプライアンス統括部の責任者は、金融機関のコンプライアンス についての著書も出している人物だった。何らかの理由の説明が行われるのではないかと期待したが、送られてきた回答書は、「個別の融資案件についてはお答えできない」という木で鼻をくくるような回答だった。
■悪質融資詐欺の「弁護人による告発」
このような経過で、我々藤井市長の弁護団は、上記の4000万円の融資詐欺を検察庁に告発をすることにしたのである。
この「弁護人としての告発」は、弁護人が担当している藤井市長の収賄事件において、被告発事実の融資詐欺の事件が適切に捜査・処理され、贈賄供述がいかなる経過でいかなる動機で行われたのかについて明らかにすることが、真相を明らかにするために不可欠であるにもかかわらず、被害者の金融機関から被害届が出されていないことだけを理由に捜査の対象にすらされず、当該金融機関も被害届を出さないことについて何の説明もしないことから、適切な捜査・処理を求める法的手段として行ったものだ。
公判前整理手続後の記者会見で、この告発について言及したところ、「開示証拠の目的外使用ではないか」と質問した記者がいたが、ここでの「目的」を理解していない。我々弁護人は、藤井市長被告事件の開示証拠に基づき、同事件の真相解明のために不可欠と考え、刑事事件の捜査・処理に関する手続として刑訴法に基づく告発を行ったのであり、目的に沿った開示証拠の活用そのものである。
■法制審特別部会提言による「司法取引」制度化との関係
このような場合の「弁護人による告発」は、平成26年7月9日の法制審議会特別部会の提言により、関連法案の国会への提出が予定されている「捜査・公判協力型協議・合意制度」の導入とも密接に関係する。
この制度が導入されると、検察官と被疑者・被告人との間で,一定の財政経済関係犯罪等について、「被疑者・被告人が他人の犯罪事実を明らかにするため真実の供述その他の行為をする旨及びその行為が行われる場合には検察官が被疑事件・被告事件について不起訴処分,特定の求刑その他の行為をする旨を合意」を行うことができる。そして、「被告事件についての合意があるとき又は合意に基づいて得られた証拠が他人の刑事事件の証拠となるときは,検察官は,合意に関する書面の取調べを請求しなければならない」とされており、この「合意に関する書面」とともに、合意に基づいて得られた証拠を他人の刑事事件で証拠請求することができる。
つまり、検察官と被疑者・被告人との間で、他人の犯罪事実を明らかにするための真実の供述を行わせるために、当該被疑者・被告人の不起訴処分や求刑を軽くしたりする「司法取引」を導入する法改正が行われようとしているのである。
今回の事件で、贈賄供述者やその弁護人と警察、検察との間で、融資詐欺の立件・起訴の範囲を限定することの見返りに藤井市長の贈賄自白が引き出されたとすれば、導入されようとしている「司法取引」そのものだとも言える。
■現行制度における「事実上の司法取引」の存在
我が国では、検察官が公訴権を独占し、訴追裁量権を持っているので、犯罪事実が認められる場合でも、事件を立件しないで済ますことや不起訴処分(起訴猶予)にすることが可能である。
そのような訴追裁量権を背景にした「事実上の司法取引」というのは、これまでも行われてきた。特に、特捜部等が行う検察独自捜査や、検察主導の捜査においては、検察官と被疑者や弁護人との間で、検察官が捜査・処理に関して被疑者に有利な裁量を働かせることで、被疑者から、他人の刑事事件についての供述を引き出す方法は、相当程度使われてきた。そのような「事実上の司法取引」において、被疑者・被告人の立場で顕著な働きをするのが、「ヤメ検」と言われる検察OBの弁護士である。
しかし、実際に、「事実上の司法取引」が行われたことが明らかになることはほとんどなかった。そのような「取引」によって引き出された供述によって不利益を受ける「他人」の刑事事件の公判でそれが問題にされても、「取引」の当事者がその事実を否定するので、その立証は困難だった。
もっとも、このような「事実上の司法取引」は、透明な手続で「司法取引」を行う制度がなかったために、すべて不透明な方法で行われ、その存在が公式に明らかになることはなかったということであり、それが内容的に不当なものだったかどうかとは別の問題である。社会的にも極めて重要な事件を明らかにする供述を引き出すために、他の手段によっては得られない供述を引き出したという「事実上の司法取引」が行われるケースもあったであろう。
■「捜査・公判協力型協議・合意制度」による「司法取引」の透明化
今回の提言を受けて導入されようとしている「捜査・公判協力型協議・合意制度」というのは、従来行われてきた「事実上の司法取引」を、合意書の作成・証拠取調べ請求という形で透明化するものであり、逆に言えば、透明な手続による司法取引が導入されることにより、透明化できない不公正な「事実上の司法取引」が行われないようにすることも、実質的な制度目的と言えるであろう。
かかる意味では、本件のように、約4億円の悪質極まりない態様の融資詐欺を不問に付すことで、30万円の市議時代の現職市長への贈賄自白が引き出され、しかも、その自白の信用性に重大な問題があるという事例は、導入されようとしている「捜査・公判協力型協議・合意制度」が想定している「司法取引」とは全く似て非なるものであり、まさにこのような「取引」が行われないように制度設計していくことが、同制度を適正かつ公正な制度にしていくために不可欠だと言える。
■証拠開示・検審「強制起訴」による不当な「事実上の司法取引」の防止
今回、このように容認される余地のない「司法取引」が、「弁護人による告発」によって問題にされることになったのは、2004年の刑事訴訟法改正によって導入された公判前整理手続によって、「主張関連証拠」として弁護人の主張に関連する証拠の開示請求がすることが可能になったからである。
その結果、開示された証拠によって弁護人が「不当に立件・起訴されなかった疑いがある事件」を把握し、それに対し「弁護人による告発」が行われたのであるが、もし、その告発事件に対して検察官が適切な捜査・処理を行なわず、不起訴処分にした場合には、2009年の検察審査会法改正で導入された検察審査会の起訴議決(いわゆる「強制起訴」)の制度が機能することになる。当然、不起訴処分に対しては、検察審査会への審査申立が行われることになり、市民から選ばれた審査員によって、不起訴処分の社会的相性が審査されることになる。審査の結果、起訴すべきとの議決が2回行われ、強制起訴ということになれば、最終的には、「事実上の司法取引」によって不問に付されようとしていた事件の処罰についての判断を、裁判所が下すことになる。
つまり、近年、裁判員制度の導入に先立って公判前整理手続が導入されて証拠開示制度が拡充されたことと、同じく、裁判員制度の導入と同時に検察審査会による起訴議決制度が導入されたことという、二つの制度改正によって、今回の事件のような「弁護人の告発」が、不当な「事実上の司法取引」に対する防波堤的な役割を果たすことが可能になったと言えるのである。
■「透明な司法取引」に対する司法判断と「事実上の司法取引」に対する弁護人の告発
近く関連法案が国会に提出され、「捜査・公判協力型協議・合意制度」が導入されれば、合意文書の作成・証拠請求という形で透明化された「司法取引」について、裁判所による判断が重ねられていくことになるであろう。そこで問われるのは、@「司法取引」によって一定の犯罪を不問に付し、それによって「他人の犯罪事実を明らかにするための供述」が得られ、その「他人の犯罪事実」の処罰を行おうとすることの社会的相当性、A「他人の犯罪事実を明らかにするための供述」が真実なのか否かの2点である。
同制度導入前の今回の藤井美濃加茂市長の事件では、弁護人側から、「事実上の司法取引」が行われた疑いを主張し、大きな争点となっている。そこで問われている「約4億円の悪質融資詐欺を不問に付すことで、贈賄供述者から現職市長の市議時代の30万円の収賄についての供述を得ようとしたことの社会的相当性」は上記@に相当し、それによって得られた贈賄供述者の供述の信用性に重大な問題があり「真実かどうかが疑わしい」というのが上記Aに相当する。
関連法案が成立し、「捜査・公判協力型協議・合意制度」が導入された後に、もし、検察官と贈賄供述者及びその弁護人の「合意」が行われ、贈賄供述者の贈賄供述が引き出されたのであれば、「合意書」と贈賄供述の取調べ請求を受けた裁判所が、上記@、Aについて判断を行うことになるであろう。
しかし、本件で疑われている「司法取引」は、@、Aのいずれの点からも、透明化された手続によっては凡そ許容しがたいものでる。もし、検察官と贈賄供述者弁護人との間で、そのような取引を行おうとするのであれば、現在はもちろん、上記制度導入後であっても、「事実上の司法取引」の手法によることになるであろう。上記制度導入後においても、その制度に基づく「透明化された司法取引」としては認められようがないものが、従来通り、検察官と弁護人との間で「事実上の司法取引」として行われる可能性も全くないとはいえないのである。
その場合、その「事実上の司法取引」をあぶり出す手段となるのが、今回、我々藤井市長の弁護人がとったのと同様の、公判前整理手続における「『事実上の司法取引』の疑いについての予定主張」「主張関連証拠としての開示請求」、そして、「弁護人による告発」というスキームなのである。
■告発事件に対する捜査・処理で検察の真価が問われる
日本の刑事司法に「司法取引」としての「捜査・公判協力型協議・合意制度」を導入する法案が、近く国会に提出されようとしている今、全国最年少市長の収賄事件として注目を集めた藤井市長事件の公判が開始され、上記Aの贈賄供述の信用性を最大の争点とする審理が始まる。
同事件に関連して行われた贈賄供述者による悪質融資詐欺に対する「弁護人による告発」に対して、検察当局がどのような捜査・処理を行うのか、それが不起訴とされた場合に、検察審査会でどのような判断が行われるのかは、「捜査・公判協力型協議・合意制度」の制度の内容を固めていく上でも、その運用を検討していく上でも、重要なテストケースとなる。
我々弁護人は、贈賄供述者の告発状を、最高検、名古屋高検、法務省刑事局にも「名古屋地検に対する適切な指揮監督」を求めて参考送付した。
そこで、今回の告発に対して検察が組織としてどのような判断を行うのか、それによって、新たな刑事司法の時代に対する検察の真価が問われることとなろう。
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