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戦争になると、人は殺し合う。敵の街や文化を壊す一方で、自らの国も深く傷つく。過去の戦争がもたらした「加害」と「被害」の歴史とどう向き合い、伝えていけばいいのか。終戦から間もなく69年。各地で模索が続いている。
42歳の女性教諭「子どもたちが『日本人は戦争で悪いことをしたのだから、被害を受けても当然』との印象を持たないでしょうか」
38歳の男性教諭「子どもたちに『考える材料』を提供できるのでは?」
大阪府と大阪市が共同出資する大阪国際平和センター(ピースおおさか、大阪市中央区)に先月下旬、3人の小学校教諭が訪れた。8月末の平和学習で、6年生が見学するコースの下見だった。意見を交わす3人の視線の先には、旧日本軍が中国や朝鮮半島でかかわった「加害行為」をとらえた写真が並んでいた。
裸の死体、積み重なる人骨、鉄条網に置かれた生首……。旧日本軍が多くの人を殺した歴史を生々しく伝えていた。子どもたちに加害の側面を強く押しつけることにならないか――。3人の意見はまとまらず、見学コースに含めるかどうかの結論は出なかった。
3人がいたのはA〜Cの三つある展示スペースのうちのBで、テーマは「15年戦争(満州事変〜太平洋戦争)」。Aのテーマは戦争による被害を伝える「大阪空襲と人々の生活」、Cは今も世界で続く紛争とその原因を説明する「平和の希求」で構成される。
なかでもBのような加害行為を伝える展示は公立博物館では珍しく、1991年に開館したピースおおさかの特徴でもあった。
こうした加害展示は評価の声がある一方、自民党が全国の公立平和博物館を調査した報告書(96年)でピースおおさかを名指しし、「偏ったイデオロギーに基づく展示」と批判。保守系の団体から「自虐的」「偏向」といった指摘が相次ぐようになった。
戦後70年に向け、ピースおおさかは9月に休館し、来年4月までに館内を一新する。被害や復興の展示スペースを中心にする一方、加害の展示は大幅に減らす予定だ。
加害展示の維持を求める市民団体「ピースおおさかの危機を考える連絡会」の浅田義信さん(78)は「加害の展示がなくなることは単なる改装ではなく、ピースおおさかが示してきた平和教育の根本を変えてしまう」と懸念する。
すでに加害の展示の表現を弱めた施設もある。
埼玉県平和資料館(埼玉県東松山市)は昨秋のリニューアルで、「昭和前期」(45年8月15日まで)の年表の項目を92から13に減らした。削った項目には、旧日本軍が侵略したアジア各国の地名や南京大虐殺が含まれていた。
資料館に常駐する県広聴広報課主幹の石坂俊郎さん(55)は「埼玉の戦争体験を伝えることが主題。戦争の全体像を伝えることはメーンテーマではない」と話す。
戦争の加害と被害の両面が偏らないように伝える取り組みも進む。
川崎市平和館(川崎市)は南京大虐殺や慰安婦に関する展示が批判されたこともあったが、4月のリニューアルでは変えなかった。専門調査員の暉峻(てるおか)僚三さん(48)は「自分の犯罪歴をあけすけに話す人がいないように、自国の負の歴史は受け入れがたい。それでも意識し、知ることが将来の紛争を防ぐ」と言う。
NPOが運営するピースあいち(名古屋市)は7年前、ピースおおさかの展示を参考に開館した。愛知の空襲被害や細菌戦部隊「731部隊」の人体実験などをパネルで説明している。
館長を務める野間美喜子さん(75)は「会費や寄付で運営しており、行政の意向に左右されない」としたうえで、こう続けた。「日本の加害がなければ、空襲もなかったかもしれない。加害も被害も間違いだったと伝えることで、戦争を繰り返してはならないというメッセージになる」
長崎市の岡まさはる記念長崎平和資料館も加害の展示に力を入れる施設の一つだ。理事長の高実康稔さん(74)は「原爆の投下は正当化できない。だが、加害も直視しなければ、アジアの人たちに『手前勝手』と思われてしまう」とし、被爆地だからこそ日本による加害の歴史を伝える必要性を強調する。
立命館大国際平和ミュージアム(京都市)は来館者に最初に見せる映像で「被害と加害の両面を知ることはアジアの人と関係を築くために必要」と呼びかけている。学芸員の兼清順子さん(37)は「何が事実なのか、若い人には見分ける力を身につけてほしい」と話している。(花房吾早子)
■各地の博物館で戦争展示に関わる原田敬一・佛教大教授(日本近代史)の話
加害の展示の縮小や削除を求める人は一定数いる。そうした中で上がる保守や右寄りの団体の声に押され、自己規制してしまう博物館も少なくない。なぜ、日本が戦争に関わったのか。平和教育できちんと説明し、被害と加害を含めた戦争の全体像を示していくことが必要だ。
http://digital.asahi.com/articles/ASG886RLVG88PTIL01Y.html?iref=comtop_6_02
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アジア太平洋戦争における日本の加害責任も見ようとする考え方は「被害・加害両面史観」といえる。この加害者責任をなかったことにしようとする考え方は、「一面的被害者史観」と名付けることができる。日本人はあくまでも「罪のない被害者」だという考え方である。
戦争における被害者としての視点は毎年いやというほど繰り返し放送されるが、加害者としての視点はまず放送されることはない。だから中国人の反日感情の背景が多くの日本人には理解されない。日本人は知らなくても過去に日本人から受けたこの恨みを中国人は決して忘れはしない。
日中戦争当時、日本人が中国人に対して組織的に行なった数々の残虐行為が、日本国内においてこれから暴れることはないだろう。
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