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「日本は変わらなかったのである。政治家も官僚もメディアも学者も。そして国民も。:兵頭正俊氏」
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2014/7/17 晴耕雨読
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戦時中にも知識人の講演はあった。
そのときはコツがあった。
そのまま喋ると、誰からその情報を得たか、と憲兵につかまる。
それで、英字紙から得た、と最初に断ってから喋ると、その後の追及はなかった。
とにかく軍人か憲兵が必ず聞いている、と思って講演したようだ。
つまり半分は嘘の講演だった。
日本の軍隊では、新兵がよく殴られた。
とりわけ強く殴られたのは、学徒動員の新兵だった。
おそらく大学生への複雑な気持ちが、暴力に繋がったのだろう。
棍棒で殴られて、腰骨を折られた者も多かったという。
実は、こういった連中が戦後に教壇に復帰してきて、またぞろ生徒を殴り続けた。
知識人が、戦時中に地方に公演に行って、旅館に泊まる。
便所の扉の鍵がない。
取っ手もない。
なぜだかわかりますか。
金属のものは、すべて政府に供出させられたからです。
まだ敗戦の1年以上も前の話ですが、この時点で負け方を考えないとね。
米国が、日本人は負け方を知らないと。
その通りです。
戦時中、国民のなかで人気があったのは、会合であった。
そこでいろいろと情報が集まってきた。
人びとはそこで辛うじて真実を知ることができた。
この頃から、すでに新聞・ラジオは信じられていなかった。
最近になって嘘をつきだしたのではないのである。
敗戦が近くなると、3人以上人が集まるところでは、人びとは本音を語らなくなった。
必ず憲兵に通報されるからだ。
驚いたことに、国のトップクラスでもそうなっていた。
負ける話はできなくなっていった。
これが日本精神である。
最後まで空元気で、勢いのいいことばかりいわないと、わが身が危ないのだ。
戦時中、日本の兵器が劣っていてダメだという東大学者を、他の東大御用学者たちは学内から追い出した。
そして官僚のいうことに従った。
今の原発と同じである。
大勢は、文科省と原子力村の側に立っている。
日本は変わらなかったのである。
政治家も官僚もメディアも学者も。
そして国民も。
敗戦1年前、『中央公論』に、30代の官僚から圧力が加わる。
民間の社長を辞めさせて、官選の社長をおくためである。
皆さん、なぜだと思いますか。
内務省が酒を飲む機会を作るためです。
新社長に恩を売って利権を作り、飲む機会を作るためでした。
日本の上の方は戦う状態ではなくなっていたのです。
改憲論者には、米国の押し付け憲法だから、自前の憲法を、というのがある。
もし作れたらそれもいいのだろう。
しかし、自民党の憲法草案など見ると、現行憲法より古く、国民を幸福にするものには仕上がっていない。
敗戦間際の日本の知識人を見ると、今の憲法よりいいものは作れなかったと断言できる。
敗戦1年前、外国から日本に帰国した人が、会う人ごとにいわれたこと。
「日本が世界一です」。
これは、現在でも、犬HKを初め、テレビがことあるごとに国民を洗脳することばだ。
「為政者に文句をいうな。政治に口出しするな。黙って従え」といっているのである。
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