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2014-07-15 08:45:22
判決のキモを下々の言葉で翻訳すると、こうです。「われわれ役所がないといえばないんじゃ。あるというなら、お前たち庶民が『ある』という証拠を出してみろ」。民主主義を標榜する社会でこんな判決をまかり通らせていいものでしょうか。
朝日新聞の本日朝刊は、こう報じました。「判決の中で最高裁は、行政機関が『存在しない』と主張する文書の公開を裁判で求める際には、請求側がその存在を立証する責任がある、との初判断を示した」と。
問題の「文書」とは、1972年の沖縄返還で日米両政府が交わした「密約」文書です。当時の毎日新聞、西山太吉記者が大スクープし、時の佐藤栄作総理が頭から湯気を立てんばかりに激怒した一件です。
外務省は一貫して、「そんな(密約)文書は存在しない」と、はねつけてきました。
ところがその後、米国側が秘密にしておく期限切れで公開した外交文書の中にこの密約文書があることを、琉球大の我部政明教授が見つけました。外務省の当時の責任者のサインもあるものです。
だから、米側の公開文書の中からそのコピーを取って最高裁なりに提出すればいいようなものですが、今回の判決の最大の問題点は、「請求側の立証責任」を求めた点です。
これを認めてしまえば、今後、市民側が文書開示を求めても、役所側が「ない」といえば、文書があることを市民側が立証しなければならない。そんなことを市民側が立証するのは、ほとんど不可能です。
最高裁は、立証が不可能なことを承知で、市民側に「役所が『ない』といえば、『それはないのだ』という”正義”をまかり通らせるというルールにするというのです。役所側は、隠し放題です。都合が悪ければ、すべて「ない」と言えば済む、役所ほくほくのルールとすることにしたのです。
これは、特定秘密保護法とあいまって、ひとえに役所の立場を守るルールです。
つまり、「民は余らしむべし。知らしむべからず」の社会を作ると、官僚勢力が堅い決意で決めた結果と見えます。
正義の最後のよりどころであるはずの最高裁判所が出した”権威ある”最終判決は、4人の裁判官が全員一致で決めたものです。裁判長は、千葉勝美氏。
最高裁が先頭に立って、「非情報開示社会」の旗振りをしています。
わたしたちは、こんな社会に生きているのだということを胆に銘じておく必要があります。
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