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小泉政権で内閣法制局長官を務めた阪田氏/(C)日刊ゲンダイ
阪田元内閣法制局長官「ルビコンを渡れば歯止めが利かない」
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/151814
2014年7月14日 日刊ゲンダイ
集団的自衛権の行使に向けて暴走する安倍政権。有識者からも反対、批判の声が湧き上がっているが、中でも傾聴に値するのがこの人だ。法制局長官を辞した後、月刊誌「世界」で集団的自衛権行使容認に反対を表明。安倍政権のやり方にも真っ向から反対を突きつけている。今度の閣議決定をどう見るか。日和った古巣、内閣法制局をどう思うか。今後の国会審議の行方なども聞いてみた。
――今度の閣議決定をどう思われましたか?
ルビコンを渡ってしまったな、と思いましたね。政府は集団的自衛権を行使するとしても憲法9条(平和憲法)の規範は守られると言っています。つまり、あくまで自衛のためであって、「国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」に限定している。集団的自衛権の行使といっても、日本は100のうち、5ぐらいしか使わない。そういう感覚なのでしょうが、私に言わせれば、集団的自衛権と個別的自衛権とでは大きな違いがある。そこには高い壁があって、今回はそれを越えてしまったんです。これを越えると、ローマまで続く道の途中で止まることができるのだろうか、と危惧しています。今、歯止めをかけたつもりでいても、世界のどこかで紛争が起きて、米軍が出動するとなると、自衛隊が出ていけるのかどうか、必ず議論になる。量的な歯止めだと利かなくなる恐れがあります。
――元法制局長官として、9条の規範は守られている、というのはゴマカシだと?
それは「根底から覆される危険」が何を指すのかによります。国の存立が脅かされ、なおかつ、国民の生命も、自由も、幸福追求の権利も、すべてが覆される明白な危険がある。こういう限定ですから、すぐにでも日本が攻撃されるような状況を指すのだと考えるべきです。だとすれば、自衛のために集団的自衛権を行使しても、憲法9条の規範性は残るといえますが、遠い公海上での米艦船の防護もやる、ホルムズ海峡の機雷掃海にも出ていく。こういうことであれば、話は違う。この集団的自衛権行使の要件はただのお経になってしまいます。国会では、まさにそこが確認されなければいけません。
■機雷掃海までやるなら平和憲法放棄
――機雷掃海までやるんであれば、平和憲法の放棄になるということですね?
ホルムズ海峡からの油が止まったとして、それで直ちに国の存立が脅かされるのか。備蓄もあるのに、それを理由に集団的自衛権を行使するのであれば、何でもできることになってしまう。「満蒙は日本の生命線だ」と言って自衛を叫んだのと同じ理屈です。
――安倍首相は他国の戦争には参加しないと言っていますが、国民はそこが信用できないわけですよ。
そもそも、集団的自衛権の行使とは、他国の防衛のために一緒に戦うことですからね。集団的自衛権を行使する際には政府が決断し、宣戦布告をするわけです。その後、日本として、どういう手段、やり方があるかという議論になる。でも、それって相手国次第ですよね。日本はこれしかやらないつもりになっていても、相手が本土を攻撃してきたら、全面戦争になってしまう。また、一緒に戦っている国だって、それぞれ役割分担があるわけです。朝鮮半島有事の際には、韓国が個別的自衛権を、米国が集団的自衛権を発動する。日本も集団的自衛権を行使するにしても、各国で役割分担が出てきますから、日本が勝手に「これだけしかやりません」と言えるのか。常識で考えて、無理ですよ。誰が見てもおかしな理屈なのに、官邸には理解されない。とても残念です。
――無理な理屈をこじつけて、解釈改憲という禁じ手を使う理由がわかりませんね。
日本を取り巻く安全保障の状況が変わって、本当に集団的自衛権を行使しなければ、日本国民の生命や財産が守れないのであれば、堂々と9条を改正するべきです。それが政治の王道でしょう。どうしてそうしないのか。きちんとした答えが返ってこないんですね。時間がない、間に合わない、などと言うが、日本が攻められれば、個別的自衛権で防衛出動するわけです。何が間に合わないのかさっぱり、わかりません。
――それなのに、安倍首相の私的諮問機関、安保法制懇は「これまでの政府解釈が間違っていた」と結論づけていましたね。もうむちゃくちゃな理屈というか、歴代法制局の議論を全否定しましたね。
法制局の役人に責任を押し付けようとするなんて、おかしな話ですよね。そういう解釈を是としてきたのは歴代自民党政権です。法制局は政府の一機関ですから、内閣の意向を離れて勝手に理屈を述べるわけがない。
――そこも伺いたいところです。多くの国民は安倍政権のやり方に憤慨していると同時に、法制局って、なんていい加減なところだって思っていますよ。これまでの政府解釈を百八十度変えて、国会答弁できるのか。そもそもトップを代えれば、解釈も変わるのか。その辺はどうなんですか?
内閣と法制局の関係は上司と部下です。ですから内閣が断固やる、ということをゼロ回答で突き返すのは正直、しんどいと思います。法制局とは理屈の役所ですから、どうすれば、従来の憲法解釈と整合的に説明できるかを一生懸命考えます。その意味で、今度の閣議決定は「国家の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆されるとき」と限定しましたから、従来の解釈の延長線上、つまり広い意味での自衛権の範囲内という位置づけはできると思います。だからといって、これが正論だと言ってるわけじゃありませんよ。
■小松前長官人事は首相の配慮
――でも、安倍首相はトップを小松一郎前長官に代えて、強引な解釈変更を押し付けようとしたんじゃないんですか?
あの時点では、集団的自衛権を行使するとして、どういう理屈にするかが見えていなかったのだと思います。何しろ、安保法制懇は政府解釈が間違いだという考え方ですからね。そうなると、これまでの法制局長官では国会答弁できつくなる。今まで言ってきたことを否定するわけですから。部外から小松さんを連れてきた人事はある意味、安倍首相のご配慮だったという気もします。しかし、その後、現役の法制局の人がそれなりに努力して、ぎりぎりの落としどころを議論した。最終的に従来の延長線上で説明できる理屈にして、小松長官も納得され、官邸の説得にも努められたということではないでしょうか。
――ぎりぎり、延長線上なのかどうかが怪しいんじゃないですか?
そうです。だから、これからの国会で議論を深めなければいけない。
――政府が9条の規範性を逸脱する事態を想定していることが明らかになれば、国会審議にも影響が出てくるでしょうか?
もともと自公は同床異夢ですから、そういう議論になれば、両党間の考えの違いがはっきりする。国民的議論も盛り上がってくると思います。いずれにしても、憲法とは統治権力を縛るものですから、縛られる張本人が好き勝手に変えていいわけがない。9条においてそれをやるということは、平和主義をやめるということです。これは国民の気持ちとはかけ離れたものではないでしょうか。
◇さかた・まさひろ 1943年生まれ、70歳。東大法卒、大蔵省入省。大臣官房審議官を経て、2004〜06年、小泉内閣で内閣法制局長官。現在は弁護士。
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