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2014-06-30 08:30:48
安倍という男が明日7月1日に憲法9条を踏みにじる閣議決定をします。集団的自衛権を実際に使えるようにします。アメリカ軍から、「行ってくれ」という注文が来たら、「よろしおま」とくっついて、戦争しに行きます。
我が国が直接ねらわれたわけでもないのに、自衛隊がQ国のミサイルを撃ち落とそうとミサイルを発射する。あるいは、Q国の人間を殺しに行く。国民の税金を使って。
すると当然、Q国も日本の自衛隊基地にミサイルを撃ち込む。ミサイルの応酬。分が悪くなれば、Q国は日本の沿岸に立ち並ぶ原子力発電所にミサイルをぶち込むことも考えるでしょう。
あるいは、もっと大規模になれば、東京や大阪、名古屋、福岡などの大都市にミサイルを撃ち込むことだってないとはいえません。
安倍政権が、「必要最低限の武力行使」などという文言でごまかしていますが、戦争が始まれば、「必要最低限」などという文言は吹っ飛んでしまいます。
日本の国民は、まさかそんなことは起こるまい、とタカをくくっているのでしょうか。緊迫感が薄いのが実情です。
毎日新聞は特集ワイドで先日、半藤一利さんへのインタビュー記事を掲載、そのなかで半藤さんが「ノ―・リターン・ポイント(引き返せぬ地点)」について触れています。
先の太平洋戦争では、真珠湾攻撃の3年前、昭和13年(1938年)に成立した「国家総動員法」がノー・リターン・ポイントだった。「この法を境に日本は『戦時国家』となり、戦争に突っ込んでいった」と指摘しています。
そして、毎日の記者が、「今は解釈改憲こそが、私たちの『ノー・リターン・ポイント」ですか」という問いに、「静かにうなずいた」というやりとりを記していました。
つまり、明日が「ノー・リターン・ポイント」。
記者が、解釈改憲の先の国のかたちを問うと、「私は死んでいますから」とけむに巻かれた。それでも「死んだ後のこの国は」としつこく食い下がったら、半藤さんは一瞬、真顔になり、言葉に力を込め、「だからこそ、生きている間はそうさせねえぞ、って」。
「一人一人に今できることは何なのか。半藤さんはこちらを見つめ、こう言った。『戦争の芽をつぶしてかかるしかないですね。自分の目で見つめ、戦争の芽だと思うものを見つけたら、一つ一つ』」。半藤さんは、ぷちんぷちんと丹念に芽をつぶす仕草をしたそうです。
かつてイザヤ・ベンダサン(山本七平)は著書「日本人とユダヤ人」の中で、「日本人は奈落の底に落っこちて、頭をぶつけないと芽が覚めない」と指摘しました。
今回はノー・リターン・ポイントのルビコン河を渡ったら、どこまで突き進むのか。そこにどんな不幸が待ちうけているのか。繰り返す歴史――。
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