http://www.asyura2.com/14/senkyo166/msg/278.html
Tweet |
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140601-00012617-president-bus_all
プレジデント 6月1日(日)16時15分配信
浅尾慶一郎(あさお・けいいちろう)
1964年生まれ。87年東京大学法学部卒業後、日本興業銀行入行。92年スタンフォード大MBA取得。98年参議院議員初当選。2009年衆議院議員初当選。今年4月より現職。
エリートで家柄もよい。東大法学部から興銀へ。曾祖父は政治家。父親は元イタリア大使。藤井裕久元財務相の遠縁にあたる。新進党から1996年に衆議院旧神奈川4区から出馬。落選するも、98年の参議院選挙、神奈川選挙区で民主党から初当選。
かつての後援会長は藤井氏の同級生。藤井氏のバックアップもあって地盤を固め、メディアでも論客として注目された。エリートゆえの権力欲であろう、一国一城の主を目指し、2003年の神奈川県知事選に出馬を画策。ところが民主党からは松沢成文氏が出馬となり、党の支持が受けられないとわかると、なんと、自民党に接近して支持を得ようと暗躍した。しがらみにはとらわれないタイプのようだ。しかし、この計画は発覚。藤井氏は当時、自由党と民主党との合併を進め、浅尾氏の活躍にも期待していただけに激怒。浅尾氏の謀略は頓挫し、民主党に留まった。
すると、次は、衆院への鞍替えを計画。理由は「参院議員では大臣になりにくい」だそうだ。09年の衆議院選挙で神奈川4区から出馬を模索。別の候補と調整がつかないとわかると、今度は、あっさり民主党を離党。藤井氏の説得も聞かず、みんなの党に移って鞍替え当選を果たした。徹底して組織にとらわれないタイプだ。
みんなの党の目標は「しがらみのない改革」。自らの価値観にもぴったりなのだろう。政策能力は高く、借入金問題で自爆した渡辺喜美氏の後継として代表に就任した。しかし、弱小政党。渡辺氏は自民党との連立を模索したが、浅尾氏も「党の政策を与党であれ野党であれ一緒にやろうともちかける」と渡辺路線を否定しない。
代表としてどう権力に接近するか。孤高の政界渡り鳥に、初めてマネジメント能力が問われることになった。
鹿吉大基=文 時事通信フォト=写真
▲上へ ★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK166掲示板 次へ 前へ
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。