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http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20140521-02/1.htm
「総理大臣である私は国民の命を守る責任がある」──悲願の集団的自衛権の行使容認に向けて号砲を鳴らした安倍首相。行使容認こそが平和への道と強調するが、友好国への救援は日本が再び戦禍に巻き込まれる怖さもつきまとう。安全保障政策の第一人者で、首相の元懐刀が、集団的自衛権をめぐる議論の落とし穴を語った。
安倍さんが再び首相になられて1年半になりますが、なぜ他国を守るために武力を使う「集団的自衛権」を認めさせたいのか、さっぱりわかりません。「国際情勢が変わった」「国民の命を守るには法改正が必要」と言われますが、抽象的だし、非現実的です──。
こう語るのは、元防衛官僚で、2004年の小泉政権から麻生政権までの5年間、内閣官房副長官補として安全保障と危機管理を担当した柳澤協二氏(67)。イラクへの陸自派遣や、インド洋への海自補給艦派遣に深く関わった。柳澤氏は、はじめから結論ありきで、集団的自衛権の解釈改憲を進めようとしている安倍首相の姿勢に、不安を募らせる。
祖父の岸信介首相が1960年に日米安全保障条約を改定されました。でもまだ不十分で、米国とイコールパートナーではない。それを解消するために、いま自分の手で集団的自衛権を行使できるようにするんだ!という情念で走っているとしか思えない。その本心を隠して、「国際情勢の変化」で突破しようとするから、さまざまな矛盾が生じるし、一種の胡散(うさん)臭さが付きまとうのだと思います。
安保法制懇は5月15日、「限定的に集団的自衛権を行使することは許される」として、憲法解釈の変更を求める提言を安倍首相に提出。首相も同日の記者会見で、行使容認の必要性をアピールした。
会見で安倍首相は「現実に起こり得る事態に対応して、万全の備えがないといけない」と強調されました。でも私はかねて政府や安保法制懇が挙げる事例というのは、現実に起こり得ないことだと思っています。
柳澤氏が問題視したのは、安倍首相が会見でパネルを使って例に出した朝鮮半島有事と見られる「邦人輸送」。首相は「船に乗っている子どもたち、お母さん、多くの日本人を助けることはできない。本当にいいのか」と情に訴えた。
首相はパネルまで使って「海外で紛争が発生し、邦人を米輸送艦が日本に送ろうとしているとき、攻撃を受けるかもしれない。でも日本人自身が攻撃を受けていなければ自衛隊はこの船を守ることができない」と説明しました。具体例を出して、集団的自衛権の必要性を訴えたかったのでしょう。でもこの想定は起こり得ない、おかしなものです。
そもそも日本政府や外務省は紛争が起きる前にその情報をキャッチすることができるし、知ったらすぐに在留邦人に退避勧告を出して民間機などで帰国させる。それから残った人、大使館員などの日本への輸送になりますが、仮に危険な状況が続いているのであれば、落ち着くまで安全な場所に退避していてもらうのが鉄則です。
銃弾が飛び交い、敵に狙われるかもしれない危険な状況で、わざわざ輸送なんかしませんよ、普通は。事態が落ち着いてから輸送すればいいんですから。圧倒的な戦力差で、制空権、制海権を米軍が押さえているでしょう。それなのに首相は「邦人を輸送する米軍機や米艦艇の護衛をしなければならない。そのためには法改正が必要」と言っている。前提そのものが成り立っていないんですよ。
安倍首相は「他国と協力すれば、抑止力が高まる。戦争に巻き込まれることがなくなる」と説明したが、提言は最大の「抑止力」である米軍が攻撃される想定だ。
首相会見で熱弁
リスク示されず
米軍を本気で攻撃する相手がいるとしたら、米艦艇でなく、在日米軍基地をたたくでしょう。攻めるなら横須賀基地を攻めますよ。日本だって真珠湾を真っ先に攻撃したのは、停泊している海軍がいちばん脆弱(ぜいじゃく)と知っていたから。横須賀基地が攻撃されれば、それは日本有事になる。
素人が国民受けしやすい事例ばかり考えているから、米国も望んでいない、防衛官僚だったら恥ずかしくて言えないような事例ばかり出てくる。妄想と言わないまでも、素人が無理やりつくりだした理屈。理解できないですよ。
安保法制懇の提言や首相会見では、リスクやデメリットが示されていない。国民にリスクの判断を求めないなら一種の詐欺的な行為だと思います。
安倍首相は会見で「南シナ海では中国と、フィリピン、ベトナムの領土問題を巡る対立が続き、東シナ海でも日本の領海への侵入が相次いでいる」と中国の脅威も指摘した。だからこそ、集団的自衛権を行使できるようにしておくべきだという論理だ。柳澤氏は「冷戦時代のソ連のほうがはるかに脅威だったが、集団的自衛権の行使を米国から求められなかった」と指摘する。
政府や有識者は中国の軍事費が10年前の4倍、13兆4千億円に達したことを強調します。
でも尖閣諸島が奪われたり、日本に弾道ミサイルが飛んできたりすれば、これは日本の防衛の問題なので個別的自衛権で対応できる。
冷戦時代は極東にソ連軍がいて、米国がいて、アジア太平洋における最前線に日本がいました。当時、米国から何を求められていたかといえば、米軍基地を含めた日本自身をしっかり守ってくれということです。集団的自衛権の行使ではありません。日本は個別的自衛権で国土を堅守することで、米国の世界戦略上のニーズに応えていた。
近年、中国が強くなったとはいえ、米国からのニーズは変わっていない。日本列島から沖縄を通って台湾につながるライン、いちばん重要な部分に日本が存在している。いまの米国と中国の軍事力の差は大きいですが、冷戦時代の米国とソ連の軍事力はほぼ均衡していた。それでも当時、集団的自衛権の行使を米国から求められなかった。
先月来日したオバマ米大統領も「尖閣は安保条約5条の適用範囲内」と言った。5条は日本への武力攻撃があった場合、日米両国が共同で対処すること。尖閣は日本の個別的自衛権の問題で、足りない部分は米国が控えているよ、というメッセージです。
行使容認すれば
もう断れない
今回、安保法制懇が政府に出した提言には「集団的自衛権の行使は、6条件を全て満たすことが前提」と記されている。いわば“歯止め”だ。(1)密接な関係国が攻撃を受ける(2)攻撃された国から要請がある(3)放置すれば日本の安全に大きな影響が出る、とした上で、行使にあたっては(4)首相が総合的に判断する(5)国会の承認を受ける(6)攻撃を受けた国とは別の国の領域を自衛隊が通る場合は、その国の許可を得る──、となっている。しかし、自衛隊の活動範囲については一切触れられていない。派遣される地域が際限なく広がる可能性は残ったままだ。
歯止めをかけるなら最低限、地理的な範囲を限定することが必要。たとえば「日本周辺において」とか。世界中どこで何が起こるかわかりませんから、地域を限定するのは必要なことです。でも提言には書いていない。
仮に米国がウクライナで軍事行動を始めたら、それは国際秩序の破壊につながることへの対応ですから、米国が日本に「集団的自衛権を使えるようになったんだろ。サポートしてくれ」と頼むこともあるかもしれません。そうなると日本は断れないですよ。断ったら日米同盟にひびが入る。
ウクライナだってシリアだって、米国が本気で介入に乗り出せば、地理的な距離が遠くても日本はお付き合いしないといけなくなる。集団的自衛権の行使容認というのはつまり、日本が米国に「何でもします。どうぞ言ってください」というのと同じなんです。
皮肉なことに集団的自衛権行使を容認すれば、対等な日米関係どころか、対米依存が強まりそうだ。
集団的自衛権を行使してほしいという他国からの要請を断ることもできるとしていますが、助けを要請されているのに断るとなったら政治的なダメージは計り知れない。他国からの反発もあるでしょう。結局、集団的自衛権は歯止めが何もきかなくなってしまう。
また一度でも行使されれば、活動範囲は拡大していくでしょう。ベトナムと中国での領土問題をめぐる対立がより深刻な状況になり、「日本は出せるじゃないか」と言われて日本が出撃して中国と戦闘になれば、中国は沖縄にミサイルを撃ち込む大義名分ができる。そんなリスクを冒してまでやるんですか、と言いたい。
安保法制懇の座長は元駐米大使の柳井俊二氏。メンバー14人はいずれも行使容認に賛成の人ばかりだ。柳澤氏は、安保法制懇のメンバーからは「自衛隊を出動させることの重み」が感じられないと指摘する。
私は2004年から09年まで内閣官房副長官補として、官邸の安全保障戦略の実務を取り仕切ってきました。当時、何をいちばん悩んでいたかというと、自衛隊出動の命令は総理がするんだけれども、総理に進言する立場として、もし仮に自衛隊を出動させて犠牲者が出た場合、自分も道義的責任は免れないということでした。
大義なし続けば
自衛隊崩壊も
自衛隊を出動させるというのは危険に直面させること。隊員には親もいて妻もいて子どももいて、家族がいる。だから万が一、何か起きたときは、道義的な責任は免れません。でもいまの安保法制懇のメンバーには、そういう生身の人間の命を失わせるかもしれない命令を出すということに、ためらいがないように見える。
とにかく集団的自衛権を行使できる理屈を考えよう、安倍首相の期待に応えようという姿勢なのではないでしょうか。
ひとたび命令を受ければ、自衛官は黙って任務を遂行する。国土、国民を守るためという前提が外れれば、どうなるのか。ただでさえ外交下手な日本政府の対応に翻弄(ほんろう)されかねない。
自衛隊が「大義はよくわからないけど、お付き合いだから行かされる」というのなら、組織はもたないですよ。隊員は自国を守りたい、災害時の人命救助をしたいという人がほとんど。よそで戦争をすることを望んで入隊する人はまずいません。そんな戦争マニアのような人はそもそも採用されない。自衛隊を辞める人が続出し、組織そのものが崩壊する危険性もあります。
自衛隊の立場からすれば、危険な任務を負わせようとするのであれば、それこそ裏口入学以下の、政府解釈による変更でなくて、憲法改正という王道を歩まなければならない。しっかり国民のコンセンサスを得て、憲法上定められた手続きによって憲法を変えました、というような進め方をしてもらわないと。今のプロセスでは命がけの仕事なんてできるわけがない。
集団的自衛権のほか、ことの判断に迷う「グレーゾーン事態への対処」も浮上。尖閣諸島での中国との対立を念頭に・日本領海で外国潜水艦が潜ったまま退去しない・漁民を装った武装集団の離島上陸──も法整備を検討する。ただ、現在でも自衛隊の「海上警備行動」「治安出動」(警察活動)で対応可能だ。
そもそも米輸送艦を守るなど個別の細かな話を、政府与党の幹部が集まってするんじゃなくて、もっと大きな戦略的な観点でどうしていったらいいのかを考えていただきたい。
日本が集団的自衛権を使うというのは他国の軍事紛争に手を貸す国になるということ。世界から見える日本の国柄としての姿が大きく変わる。そのことが良いのか悪いのかということをきちんと議論しないといけないんです。
本誌・一原知之、金子桂一
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