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原発推進と、集団的自衛権議論との矛盾
http://blog.livedoor.jp/analyst_zaiya777/archives/52583897.html
2014年05月18日 在野のアナリスト
米ニューヨーク・タイムズ紙が安倍政権の集団的自衛権にむけた動きを「民主主義的な手続きを完全に損なう」と報じたことに、駐米大使が反論文を投稿、菅官房長官も批判しています。独善的な体制、体質をもつ政治をしていると、他国の声に敏感になるのはどの国でも同じです。
中国がベトナムの反中の動きを「避けることのできない責任」と批判しました。中国の言い分は、尖閣も南シナ海も、すべて自分たちのものだから、それに対する反対の動きはすべて悪、という論調です。これが独善的で勝手な言い分であることは論を待ちませんが、中国も国際社会の声には敏感です。後ろめたいことをしている人間は、正論を怖れるか、正論に強弁で対抗する、というのが人間の性です。その一方、自分をもち上げ、チヤホヤしてくれる相手には相好を崩す。蝋人形館として、世界的に展開しているマダム・タッソーが、安倍首相の蝋人形を作成、展示します。フジTVの日枝会長との関係も揶揄されますし、議院内閣制の日本で個人がフィーチャーされるのもどうか? と考えますが、権力者はわが世の春を、像として残すのが大好きのようです。
昨日は『呪い』などとしましたが、原発と安全保障は相反するものであり、その両者を推進する安倍政権は、大きな矛盾を抱えています。例えとして、北朝鮮から日本の民間人がのる米艦船攻撃、そのときでも海自は米艦を守れない、と記者会見で語りました。民間人が脱出のために乗船しているなら、それを通告し、安全に航行できるよう相手に諮ることも可能です。それも無視し、攻撃してくるような相手を想定する、というケースは極めて稀な例といえるのでしょう。
一方で、日本が原子力協定を結ぼうとする越国の場合、仮に中越戦争になったとき、真っ先に狙われるのは原発でしょう。攻撃の費用対効果が極めて高いからです。しかし人道的見地からすれば、そんなことは起きそうにないレアケースです。つまり北朝鮮は、民間人ののる船に攻撃する、中国は原発へ攻撃する、というのは、ともに人道的見地から可能性の少ない話なのです。しかし安倍氏は、一方は起こる可能性を指摘し、もう一方では起こらないと仮定しています。
国際的に緊張が高まっているのなら、原発輸出などできないのです。中国のようなWスタンダードの国と、安倍氏の語る安全保障と原発の話は、Wスタンダードという意味で実によく似ています。そしてそれは福島の双葉町も協力した、岡山大などの調査グループがとったアンケートで「鼻血が多い」という結果が出ていたことも、同様です。つまり学術的にも正式に発表されているデータと、国や双葉町がとった行動には、矛盾が生じている。そうなると、国が無知なのか、知っていてデータを隠しているか、どちらかしか疑われない。今度は、国がそのデータの信憑性や正確さを証明しなければならない状況に陥った、ともいえるのでしょう。逆に、それができなければどうして漫画を批判したのか? ということに説明がつかなくなってしまいます。
国際的に緊張が高まっているのに、どうして原発を輸出するのか? 原発が攻撃されない保証があるのか? それは国内とて同様の話です。民間人をも攻撃する国が、どうして原発を狙わない、と言えるのか? 軍艦だから攻撃される、というのなら、民間船をチャーターするか、赤十字船だとはっきり示して航行すれば済む話です。可能性の軽重をもって政策を変える、というのは最もリスクの高いものであり、そのバランスが崩れたとき、大きな人災を引き起こすことにつながります。
マキャベリの君主論でも、巧言令色の徒を側近にすること、を戒めるべきとします。翻って安倍政権に協力するのは、そんな人物ばかりです。蝋人形をつくられ、喜んでいるばかりでなく、自分の主張することの矛盾、不整合について説明しなければなりません。それがなければ、利権者の操り人形として、使い捨てられて終わり、安倍氏の春はそんな懸念が強まってきているといえるのでしょうね。
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