http://www.asyura2.com/14/senkyo165/msg/233.html
Tweet |
アベノミクスの奴隷政策の目玉は、「武器輸出」に「原発輸出」
http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-2806.html
2014.05.07 カレイドスコープ
やはり、予言されていた「あの男」とは、安倍晋三のことだったようだ。
「可能性」と「蓋然性」を巧妙に使い分けて国民を騙す政治家と学者たち
政治家ほど断定を避ける表現をする人々は他にいません。
「政治家は自分の言ったことに責任を取る」と言いながら、それを守った政治家は数えるほどしかいません。彼らには先天的に虚言癖があるのです。
謳うように嘘をつき続ける政治家ばかりになった今、彼らが断定的な表現を巧妙に避けるのは、十人十色の考え方をする有権者の心証を害すと得票に影響するからです。
彼らがよく使う言葉に「可能性」があります。
どんな政治家もこの言葉を使って自分の主観的な主張に、(権力の保持のためにやる)第三者の論評を取り入れ、あたかも客観性があるかのごとく「粉飾」する場合に、よく使われます。
それどころか、有名な小説家も、世論を動かす論客も、百戦錬磨のジャーナリストも、もちろん私のようなブロガーも、みんな「可能性」という言葉を本当によく使うのです。
しかし、この「可能性」という言葉がもたらす重大な誤謬(ごびゅう)によって、本来存在する危険性が非常に軽視されるという結果につながっているのです。
それを教えてくれているのが、帝塚山大学名誉教授・伊原吉之助氏の「可能性と蓋然性の混同」という記事です。
「可能性はあるかないか? ゼロでない限り、常に可能性は "ある" のです。多少や高低など、程度をいうなら蓋然性です。二つの概念を混同してはなりません」。
最近の新聞記事をみると、可能性を possibility ではなく、probability の意味で使っている例が多く見られます。
probability は普通、蓋然性とか「公算」と言います。「見込み」、「確からしさ」、「確率」ということもあります。
「可能性が高い(低い)」 という使い方は間違っていて、「蓋然性が高い(低い)」 と使うのが正しいということ。
テーブルの上に置いた紙の真ん中から直線を引き、その線の上に鉛筆を立てた場合、線の右側でもなく、線の左側でもなく、線の真上に鉛筆が倒れる場合があるのか、という問いに対して、「ある」とするのが「可能性」。
鉛筆が線の右側(あるいは左側)に倒れる場合は、どれほどの割合かを問う場合が「蓋然性」ということになります。
ちなみに、線の左右どちらでもなく、線の真上にきれいに倒れることもあるので、左右どちらも「蓋然性は5割」ではありません。
線の真上に鉛筆が倒れる場合は、ほとんどありませんが、「まったくない」とは言えないので「可能性がある」と言います。
原子力ムラの人々が、(どんな屁理屈をつけようとも)私利私欲のために原発を推進するときに必ずといっていいほど使ってきた方便に「ラスムッセン理論」があります。
「原子力発電所における大規模事故の確率は、原子炉1基あたり10億年に1回で、それはヤンキースタジアムに隕石が落ちるのを心配するようなものである」という例の仮想理論です。
ほとんど原発に隕石が落ちることなどないので、「無視してよい」という、この詭弁論理を編み出したのは、ノーマン・ラスムッセンというMITの教授でしたが、後になって彼がアメリカの原子力ムラから金をもらっていたことが分かりました。
確かに「確率は、原子炉1基あたり10億年に1回」かもしれないが、それは10億年という気の遠くなるような年月で1回という意味であって、明日かも知れないということが抜け落ちているのです。
私たちが、勝手に「それは10億年後にやってくる」と勘違いしてしまうからです。
しかし、1979年にスリーマイル島の原発事故にわって、このラスムッセン理論は虚構であることが証明されたのです。
さらに、自民党が元凶となった福島第一原発人災事故が起こってから、この理論は完膚なきまでに叩きのめされてしまったのです。
ところが、驚いたことに、深夜放送の政治トーク番組で、まだラスムッセン理論を引用して「想定外」を連呼する学者が2011年中には、たくさんいたのです。これには、さすがに悪寒どころか、戦慄さえ覚えたものです。これらの学者たちは原発を推進しておきながら、そんなことも知らなかったのか、という意味です。
ラスムッセンは、人間が「信じたくないことは過小評価する動物である」という“習性”を上手に使って、「10億年に1回」という「蓋然性」を「可能性」にすり替えたのです。
ラスムッセンが「可能性」と「蓋然性」という言葉を正しく使い分けのできる男であったなら、彼はこう言ったでしょう。
「原子炉に隕石が落ちる可能性は確かにある。でも、その蓋然性は極めて低く10億年に1回起こるかどうかである。
ただし、その1回が明日起こる可能性は確かにある」と。
このように彼が正式な論文で書いたとすれば、原子力ムラの人々はラスムッセン理論など、そのまま採用することはなかったのかも知れません。
しかし、ラスムッセンは、原子力発電で儲けようとする人々が触れてほしくない潜在的な危険性を上手に消し去ってしまったのです。それは「蓋然性」を「可能性」にすり替えることによって人々に誤謬(ごびゅう)を生じさせることによって成されたのです。
誤謬とは、「論理構造の誤った弁論を“無意識的”に行うこと」ですから、ラスムッセンに悪意はなかったということになって処罰されませんでした。
同時に、それを利用した学者も、「大センセの言うことだから」と盲信した人々も、なんら責任を問われることはないのです。
正確な言い方は、「原発は、もともと事故が起こるべくして造られる」です。
言い換えるならば、「原発を造れば必ず事故が起こる可能性はある。しかし、あなたが生きている間に起こるどうかの蓋然性がどの程度なのかは正確には誰にも分からない」です。
もっと正確に言うなら、「あなたが生きている間に原発事故が起こるどうかの蓋然性は、原子力で儲けたいと考えている人々が採用する欲望のパラメータによって決定される」ということです。
どういうことかというと、原発を認める人たち(高いコストで生産された原子力エネルギーの“受益者”である国民も含む)は、自分の子供たち、その次の世代の人たち、その次の…に無責任な人間たちである、ということです。
災害は常に人間が想像できない姿で現れます。
正常な想像力が欠如している人間にとっては、原発はこの世でもっとも危険でもっとも高価なオモチャに過ぎないのです。
原子力規制委員会は、ラスムッセン理論が破綻した今も小隕石が衝突する蓋然性は無視しています。
2013年2月に、ロシア中部のチェリャビンスクに小隕石が落ちました。
このときは、チェリャビンスク上空で謎の空中爆発を起こして数個の小隕石に分裂したことが、被害をおさえました。
宇宙は生きています。
科学者はこれからいくつの隕石が地表に落下するのか知りません。だから蓋然性が高いのか、低いのかさえ言えないということになります。
さらに隕石が落ちる蓋然性より、もっと「原発が壊れる蓋然性が高い」のが戦争が起こった場合です。実際に、気難しい隣国は日本の原発をターゲットにしていると報道されています。
先進国に行くたびに無用に気難しい隣国の戦意を煽る発言を繰り返す日本のトップは、その一方で、この連休中に婦人同伴で欧州6ヵ国を歴訪。そこで「積極的平和主義」というトンデモ伝道者となったのです。
さらに、「世界一安心な(最近は、ときたま「安全な」と言い出した)日本の原発」の海外輸出にいっそう拍車がかかっているようです。
「戦争を身近にする男」とは、やはりこの男のことだった
アベノミクスの第3の矢とは、「武器輸出」に「原発輸出」で間違いありません。
他国の罪もない国民を殺す「可能性」のある兵器を日本の誇る工業製品と自画自賛し、自国の子供たちをジワリジワリ死に追いやる「可能性」のある政策を強行するだけでなく、さらに大量の人々を死に追いやる「可能性」のある原発再稼働を推し進め、その優れた遺伝子を破壊し、大和民族の滅亡につながる「可能性」のある政策ばかり実行しているこの男はいったい、どこの国からやってきた?
彼の意気込みとは裏腹に、今日の前場の日経平均株価は332円の暴落で終わりました。アベノミクスの柱であったはずの「輸出の拡大」とはまったく逆の動きが出始めました。
つまり、アベノミクスは嘘なのです。
この断崖絶壁の真下に堕ちた日経平均株価を再び押し上げるために必要なことは、「日本の誇るハイテク人殺し兵器を大量に海外に売りさばきます!」、「世界一(安全とは言えないが)安心な日本の原発を海外に売りさばきます!」という日本のトップ(それは死の商人)の力強いメッセージを株式市場に送り届けることです。
こうなると、或る予言者が27年前に行っていた「戦争を身近にする男」についての予言が、ますます現実味を帯びてくるのです。
さらに、彼の政権は国民の資産である公的年金で株式投資を行い、日本株を吊り上げようとしています。
さらにさらに、定額使い放題の残業代ゼロ法案「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入に本格的に着手し始めました。
でも大丈夫!
仕事に疲れてボロボロになった若者たちのために、政府はちゃんと次の職場を用意してくれそうですから。それは「戦場」。
ほらほら、兜町の証券会社の本社ビルの電光掲示板をじっと見ているお爺ちゃん。あなたの買った株は上がりましたか?
確か、孫の学資のために今まで貯めた年金を株式投資に投じたのでしたっけね?
でも、その孫は戦場に行かされる「蓋然性」が非常に高いのです。あなたが株を買って虚構のアベノミクスを支えることによって…。
それはそうと、お爺ちゃん、あなたが死んだときは死亡税がかかるかもしれないことを知っていましたか?この政権は、お爺ちゃんが死んだときにも「死亡消費税」が取れるように法案の検討に入ったのです。
それで、運よく株で儲けた小金は、果たしてお孫さんの学資に回るのでしょうか。
私は、はっきり予言しましょう。
お爺ちゃんが銀行に預けてある虎の子の預金にも、この政権は「貯蓄税」という新税をかけたがるでしょう。
つまり、最後のなけなしの金もウォール街とシティーのご主人様のために株に投資しろ、ということですね。
どういうことだか分かりますか?
本当の成長戦略のアイデアの一つも出せない愚鈍な男の政府は、とうとう最後に国民の命を「石炭」として燃やして、落ち込んだ株価を上げようとしているのです。
いくら購買力平価(PPP)で日本がインドに抜かれて世界第4位になったからといって、ここまでやるのは、「やぶれかぶれの発狂経済」と揶揄されかねないでしょうね。
▲上へ ★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK165掲示板 次へ 前へ
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。