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ローレンス・サマーズと舛添要一は似た者同志(神州の泉)
http://www.asyura2.com/14/senkyo163/msg/711.html
投稿者 かさっこ地蔵 日時 2014 年 4 月 04 日 08:32:17: AtMSjtXKW4rJY
 

http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2014/04/post-23db.html
2014年4月 4日


両者が似ていると言っても、この二人について詳しいわけではない。何となく類似性を感じたから正直に書いてみる。ローレンス・サマーズ(ラリー・サマーズ)についてウィキペディアを見れば、有名なアメリカの経済学者であり政治家だとある。クリントン政権後半期には財務長官を3年間務め、得意分野は財政学、労働経済学、金融経済学、マクロ経済学だという。

サマーズは2005年1月に、科学と工学分野の高位レベルの研究者に男性が多いことへの説明として三つの仮説を提示したそうである。

@ 男性の方が女性よりも、困難な仕事が要求する時間的拘束や融通性を受け入れる傾向がある。高位にいる女性は結婚していないか子供がいない率が明らかに高い。

A 次に、論争的ではあるが、極端なレベルにおける男性と女性の本質的な能力の違い。科学と工学への関心の傾向、能力、或いは好みは男性の間のほうが広い分布が見られる(つまり男性の方が非常に得意/非常に不得意の間のばらつきが大きい)。

B 親の養育態度のような社会化や差別。に、

この仮説で問題視されたのはAの「極端なレベルにおける男性と女性の本質的な能力の違い云々」であったが、これが女性差別問題を引き起こした。信憑性は分らないが、サマーズはいくつかの分野で女性は男性と同じ"生得的な能力"あるいは"天賦の才"を持たないと言ったらしいが、これがメディアと大学で激しい反応を引き起こしたという。

一方、日本の舛添要一氏について、福島瑞穂氏の「福島みずほのどきどき日記」(2014年01月31日)にはこう書いてある。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

僕は本質的に女性は政治に向かないと思う。たとえば、指揮者、作曲家には女はほとんどいない。女が作曲した曲に大したものがない。なぜか、と考えてみ ると、実は指揮者は政治家に似ていることに気づいたわけ。オーケストラを統率する能力は、女性は男性より欠けているわけです。

作曲家が少ないのも、論理構 成をして様々なパーツを上手にワンパッケージにまとめる能力がないから。これはシングル・イシュー・ポリティックス(単一争点政治)とも関係してくる。」 「それから、体力の差ということでいえば、政治家は24時間、いつ重要な決断を下さなければいけないかわからない。

そのとき、月1回とはいえ、たまたま生理じゃ困るわけです」「女は生理のときはノーマルじゃない。異常です。そんなときに国政の重要な決定、戦争をやるかどうかなんてことを判断されてはたまらない。(BIGMAN1989年10月号「増殖マドンナ議員は日本をダメにするか!?)
http://mizuhofukushima.blog83.fc2.com/blog-entry-2436.html
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

以上の両者の女性にかんする見方は、若干舛添氏の方が過激な表現ではあるが、よく似ているとは思わないだろうか。男女両性の生得的な差異については、デリケートな事であるから発言には注意を要する。男女は生物学的な違いを除けば総合的にはどこからどこまでも同じであり、いかなる差異もないというのは性差を無視しているが、その文脈を生得的な能力の多寡や差異に帰一させるのは間違いなく暴論であろう。

ところで、プラトンの国家論には「洞窟の比喩」というのがある。これもウィキペディアを参照するとかくのごとくである。

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地下の洞窟に住んでいる人々がいる。明かりに向かって洞窟の幅いっぱいの通路が入口まで達している。人々は、子どもの頃から手足も首も縛られていて動くことができず、ずっと洞窟の奥を見ながら、振り返ることもできない。入口のはるか上方に火が燃えていて、人々をうしろから照らしている。

火と人々のあいだに道があり、道に沿って低い壁が作られている。……壁に沿って、いろんな種類の道具、木や石などで作られた人間や動物の像が、壁の上に差し上げられながら運ばれていく。運んでいく人々のなかには、声を出すものもいれば、黙っているものもいる。……
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

解説としては、洞窟に住む縛られた人々が見ているのは「実体」の「影」であるが、その影を実体だと思い込んでいる。「実体」を運んで行く人々の声が洞窟の奥に反響して、この思い込みは確信に変わる。同じように、われわれが現実に見ているものは、イデアの「影」に過ぎないとプラトンは考えた。

素粒子物理学や宇宙論を研究するアメリカの女性物理学者・リサ・ランドール氏は、5元理論を唱えて世界的に注目を浴びた。その理論によれば我々が住むこの3次元(時間要素加えて4次元)は、5次元世界という広大な空間の膜のようなものであり、その膜宇宙からは、より拡張した5次元を観察できない。この5次元を想定すると宇宙の四つの力の中で重力が異常に微弱である理由や、ある種の素粒子が消滅してしまう理由も説明できるという。

我々は常に『プラトンの洞窟』に住んでいて、影絵を実態だと思い込んでいる。

今後、リサ博士の理論がどう展開していくか楽しみだが、もしかしたら現代物理学を人類史的なジャンプ(跳躍)に導くかもしれないのだ。このような世界には性差はないと思う。

さてサマーズ氏と舛添氏には、女性観の他にもう一つ似ているところがある。それは両者が新自由主義者であるということだ。東京都知事になった舛添氏は、安倍首相や竹中平蔵氏と気脈を通じあいながら、国家戦略特区に邁進している。完全にグローバル資本の手先と化しているのだ。

一方、サマーズ氏はグローバリストたちの代弁者として輝かしい経歴がある。竹中平蔵氏がこの人物の影響を受けていないはずはない。ところが、最近、このサマーズ氏がウォール街に変調をきたすような発言を吐いていることは注目に値する。

資本主義の将来にかんして、ワシントン・コンセンサスのトップを歩んでいたサマーズ氏は、昨年11月のIMF年次総会で、「資本主義は『長期的な停滞』の罠に陥ったのではないか?」と疑問を投げかけたとある。どうやらこの発言が、リーマンショックを招来したグローバリゼーションへの否定と受け止められ、1%のグローバリストたちに波紋を投げかけているようだ。

詳しくはここで。↓
http://www.diplo.jp/articles14/1403liberaux.html

サマーズ氏と舛添氏が奇妙に類似的だとすれば、舛添氏も即刻「国家戦略特区」を放棄して、反ウォール街的な都政に舵を切ったらいかがだろうか。…って、無理か。


 

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