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自殺者数、失業と強い相関
松林哲也 大阪大学准教授、上田路子 シラキュース大学研究助教授
<ポイント>
○日本は経済状況と自殺数に強い相関関係
○政府・自治体の予防対策にも効果の可能性
○日本の対策事業の規模は依然十分でない
内閣府は先日、2013年の日本の自殺者数が2万7276人(男性1万8783人、女性8493人)だったと公表した。12年、自殺者数は15年ぶりに3万人を割り込んだが、13年はさらに約500人下回った。1978年以降で最も多かった03年(3万4427人)からは21%減となる。
なぜ自殺は減少傾向にあるのだろうか。可能性の一つとして日本経済の復調がある。90年以降の完全失業率と自殺者数は正の相関関係にあることがわかる(図参照)。景気が悪化し失業率が上昇すると自殺者数も増加し、逆に失業率が低下すると減少する傾向にある。
この傾向は、原因・動機別自殺者数からも確認できる。警察庁のデータによると「経済・生活問題」を原因・動機とした割合は09〜13年にかけて、約25%から約18%に減少している。一方、「健康問題」を原因・動機とした割合は同期間中約46〜48%で推移し、ほとんど変化していない。
世界各国や日本を対象としたこれまでの研究は、経済状況と自殺の間に強い関係があることを示唆している。一般に、所得水準が低かったり経済危機に陥ったりした国や地域ほど自殺率が高くなる。
たとえば、08年のリーマン・ショック後に金融危機に陥った国において自殺率が上昇したことが報告されており、日本でも97〜98年の金融危機時に自殺者数が約35%も急増している。所得水準や経済成長率と自殺率との負の関係については、中高年男性(45歳以上)において特に強くみられる。
失業も個人の経済的困窮や精神的・肉体的疾病リスクの上昇につながるため、危険因子になりうる。実際、失業者や年金生活者を含む無職者の自殺率は有職者に比べて格段に高い。
警察庁のデータによると、10年の40代男性全体の自殺率は10万人当たり45.13だが、無職者の場合約230であり、5倍近い水準となっている。よって、失業者が増えると自殺率も上昇する傾向が予想され、実際に既存の実証研究の多くにおいてそのような関係が見いだされている。
経済状況に関して特筆すべきは、他の経済協力開発機構(OECD)加盟国と比べて、日本の自殺率が経済状況とより強い相関関係を持っていることである。
日本においては、1人当たり国内総生産(GDP)・所得格差・景気・失業率などの経済変数と自殺率との相関関係が他国よりも強い。したがって、日本経済の復調が自殺の減少につながった可能性は高い。
経済状況の好転に加え、政府や地方自治体が実施してきた対策が自殺の減少に結びついた可能性もある。
日本で自殺対策が本格的に開始されたのは06年からである。同年に国の対策の基本的枠組みを定めた「自殺対策基本法」が制定され、07年には同法に基づき、政府が推進すべき対策の指針をまとめた「自殺総合対策大綱」が閣議決定されている。基本法と大綱は、失業、倒産、多重債務、長時間労働など精神的健康の悪化につながる問題を抱えた人に対する相談・支援体制の整備・充実を求めている。
このような国レベルの予防プログラムには効果があることがわかっている。筆者が25年分の21カ国のデータを分析したところ、国家レベルの対策が実施された国では実施後に自殺率の低下が見られたものの、国レベルの対策を特にしていない国においては減少傾向がなかった。この結果を日本に当てはめるならば、政府が対策に取り組んだことが、遅ればせながら自殺の減少につながったと考えることもできる。
加えて、09年度以降の地方自治体による積極的な取り組みが大きく寄与している可能性もある。
地方自治体による対策事業には「地域自殺対策緊急強化基金」(以下「基金」)が非常に大きな役割を果たしている。地域の実情に即した対策の実施を目的として、内閣府は09年度に100億円の基金を創設し、全都道府県に配分した。
これにより、都道府県は11年度まで基金事業として対策を実施するほか、市町村などに補助金を交付できるようになった(のちに67億円積み増し期間延長)。基金事業の内容は基本的に地方自治体に任されており、各自治体が工夫しながら様々な対策をとってきた。
筆者と東京大学の澤田康幸教授の一連の研究によると、自治体の基金事業のいくつかは一定の効果を上げている。たとえば、名古屋市では多重債務問題などの具体的な相談窓口を掲載した配布物を広範囲に駅などで配布したところ、自殺者数が減少した。
また、基金による財政支援を受け、自殺防止に効果があるとされる青色灯を駅ホームに設置した鉄道会社では、設置駅の自殺が減少している。さらに、因果関係までは証明できないものの、基金の各都道府県への配分額と自殺率の減少幅には相関があることも明らかになっている。
今後も経済状況が上向きであれば、自殺者数は引き続き減少することが期待できる。加えて、政府や自治体のより積極的な予防対策は問題の解決に向け重要な意味を持つだろう。
日本における自殺対策はまだ緒についたばかりであり、一定の効果を上げている可能性が高いとはいえ、規模は依然十分ではない。単純な比較には注意を要するものの、たとえば、交通事故対策関連事業には自殺予防対策関連予算の20倍以上が計上されているが、死者数のみで判断すると、交通事故は自殺の6分の1以下の規模である。
また、地方自治体が地域の実態に即した対策を引き続き実施できるよう、政府は基金の継続などを通じて財政的な支援をすべきである。筆者らの調査によると、基金創設以前の34道府県における自殺対策の事業規模は創設後の15分の1以下であり、国の支援がなくなった場合、地方自治体による対策の規模が大幅に縮小する可能性が高い。
規模を拡充することに加え、内容の充実も重要である。それには次の2点が欠かせない。
まず、これまでの対策は精神疾患が自殺の主要な原因であるという想定のもとで立案・実施されてきたが、そうした対策に加え、そもそも精神疾患の原因となりうる社会経済的要因(例えば経済危機や失業)が人々の自殺リスクに与える悪影響を軽減するために、セーフティーネット(安全網)の拡充といった対策が求められる。
加えて、労働と雇用をめぐる環境の改善なども含めた総合的な政策が必要不可欠である。たとえば、若者の自殺率は近年増加傾向にあるが、その背後には労働環境の悪化があると推測される。
20歳代の自殺率は98年から11年の間に18.3から24.3と約33%上昇しており、原因・動機別にみると、20歳代では過去5年間に「勤務問題」の割合が最も増えている。若者を取り巻く労働環境を含めた社会経済的要因を取り除くような政策が実施されるべきである。
次に、効果的な政策の設計のためにエビデンス(科学的根拠)の蓄積と活用を重視すべきである。一般的に効果的だと思われている取り組みでも、その効果が科学的に証明されているものはごく一部に限られる。効果的な取り組みを判別し、それらを優先的に実施していく必要がある。
そのためには、日本や世界各地で実施された過去の対策事業が実際に自殺者数の減少に寄与したかどうかを厳密に検証し、得られた知見を今後に役立てていくことが不可欠である。専門家によるエビデンスの蓄積と、それを政府・自治体関係者や民間団体が効率よく活用できるシステムの設計が急務である。
まつばやし・てつや テキサスA&M大博士(政治学)
うえだ・みちこ MIT博士(政治学)
[日経新聞2月20日朝刊P.20]
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