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都知事選で最も重要なこと
都知事選での最も重要なことは何か。それはエネルギー政策だ。脱原発と言ってもいい。ただし、心情的に脱原発が必要だと言うつもりはない。また、将来の原発事故の危険性を言い募る意思もない。純粋にエネルギー政策だけで考えても、今脱原発が圧倒的に有利だからだ。その理由は大きく分けて二つある。
一つは原発のコストの高さだ。アメリカではどうか。原発の安全確保のためのコストは高くなっていて、現実の送電費用などを考えると実際の原発での発電コストはアメリカの化石燃料の安さもあって完全に火力発電コストを上回っている。そのため、実際に経済上の理由でアメリカでは原発廃炉が電力会社によって相次いで決定されている。日本ではどうか。送電費用などを入れたコストが公開されていないために、具体的に数値を示すことが出来ないが、東京電力が山谷を超えて新潟県の柏崎刈羽原発から関東地方へ送電しているそのコストは火力発電での送電費用と比べて相当に高いはずだ。ちなみに、福島第一原発事故後、いろいろな場で議論されてきた電源別発電コストは実態を反映したものではない。
まず事業を計画してから実際に発電を開始するまでのコストが考えられていない。自然エネルギーについて、やっと環境評価のやり方を変えて数年で済むような方式に変わりつつあるが、実際に用地を確保してから環境評価を始めるわけで、その間の金利負担などのコストが、火力発電にしても原子力発電にしても、再生可能エネルギーにしてもきちんと考慮されていない。二番目は送電費用だ。原子力が最も影響が大きいはずだが、遠隔地から高電圧での送電をしているので、その設備建設費や保守費用は大変に高い。また送電ロスもある。三番目はバックエンド費用であり、廃炉費用や使用済み核燃料の処理コストだ。これらはあまり高くないとされているが、どれもまだ未実現の費用であり、国内で本格的に大型の商業用原子力発電炉が廃炉過程に入っていないので、その費用が確定していないため、甘い査定で費用を少額に見積もっているだけだ。そして、バックエンド費用の内、最も問題なのは使用済み核燃料の処分費用であり、再処理するにしてもガラス固化体をどうするかとか、再処理した結果出来たプルトニウムをMOX燃料として使った場合、そのMOX燃料の使用済み核燃料をどうするかなど、そもそも技術的に解決できていない課題が多くある。更に、例えば火力発電のバックエンド費用なら、老朽化した火力発電設備を取り壊してスクラップ処分する費用が大部分であり、それが終われば、それ以降に発生する費用はないが、原子力の場合は、数千年、数万年と言った期間に渡り、核廃棄物を安全に保管する必要があり、いわゆる文明が始まったときから現在までの期間以上の時間、保管コストをかけて安全な状態に放射性廃棄物を自然環境から隔離する必要がある。しかも、放射性廃棄物の大部分は重金属毒性を持っていて、重金属毒性は永遠に消えない。重金属毒性を考えたら、永遠に地下水などに触れない環境に隔離する必要がある。これらのコストは一時期にのみ発生するものではない。何百年、何千年、何万年に渡り一定の金額で発生することが予測される。しかも、途中で想定外の事故が起こる可能性もある。地下に作った処分場が地震などで破壊されたら、環境の回復を図るためにはとんでもないコストがかかるであろうし、そもそも、回復が可能かどうかさえ分からない。また、気が付かないうちに放射能漏れが起こってしまっていて、気が付いたときにはもう環境汚染が回復不可能なまで進んでしまっていることだってあり得る。こういったことがあるため、世界一の原発大国であるアメリカでさえ、未だに高レベル核廃棄物処分場の建設が実現していない。ユッカマウンテンの処分場は計画段階であり、工事は途中で中止されている。また、ニューメキシコ州カールズバッド核廃棄物隔離試験施設(WIPP)という施設で地層処分がされているとされるが、これは軍事用核廃棄物用の施設であり、そのため、ほとんど情報公開はされていず、実際に処分されているかは疑わしい。更に、フィンランドのオンカロにおいても、最近、規制当局が実際の処分には慎重さを求めていることが明らかになった。(http://mainichi.jp/select/news/20140207k0000m040135000c.html)
よって、原発のバックエンド費用は、まず、当面必要な費用として、原子炉建屋などを除染して解体する費用が数千億円、そして、その原子炉から出た核廃棄物を何らかの形で保管処分する費用として数百億円から数千億円が必要となり、その後は毎年毎年数十億円ていど積み立てをして、保管施設の維持管理をし、例えば50年後に乾式キャスクの詰め替えが必要になった場合の費用を用意することになる。これが少なくとも数千年は必要になる。年間10億円として、1000年積み立てのみと考えても、この費用は1兆円になる。もし1万年なら10兆円だ。しかも、これは原子炉一基当たりのコストであり、原子炉が増えれば、運転期間が長くなればそれだけ増加する。
最後に、事故時のコストがある。チェルノブイリ事故や福島第一原発事故を見ても、事故時のコストは莫大であり、その他の電源に比較して、全く比較にならない深刻な被害を与える。
原発が安い電源だというのは、安易に安全性を評価して原子炉を建設し、運転して発電するまでのコストを考えているにすぎない。日本では、これに送電コストを入れると一気に跳ね上がり、仮に事故時の費用を無視しても、バックエンド費用を考えると全く割に合わない。
もともと、原子力発電は単に軍事用のプルトニウム生産を問題化させないために行われたのであって、最初から経済合理性のあるものではなかったと考えるべきだと思う。
脱原発が今どうしても必要な理由の第二番目は次のようなことだ。まさしく細川氏が主張されている通り、脱原発をして自然エネルギーによる都市生活を実現することが出来れば、それこそが日本だけでなく、世界の未来を拓くものになるからだ。太陽光・太陽熱や風力は安定的な発電ができないが、潮汐発電や波力発電もある。地熱発電も東京都内で可能だ。更に、線路や高速道路など、または普通の通路を車両や人間が通行することを利用して発電する方法もある。省エネもまだまだできるだろう。都市のエネルギー自立が出来ることが重要であり、資源を巡って争ってきた人類の歴史を全く異なった段階へ引き上げることが出来る。今後、日本も含めてほぼすべての国が高齢化に向かうことも明らかであり、平和な地球社会を築くことが出来るかどうかはとても重要なことだ。そして、自然エネルギーによる発電はまだまだ技術開発が可能であり、都市のエネルギー自立は可能性が十分にあることなのだ。
このことについては、実を言うと、夢としてだけではなく、自立が経済的にも迫られている。つまり、財政赤字が究極的なところまで来ていて、これ以上借金で経済を回すことが出来ないのだ。多分、非常に甘く見ても10年もしないでこのままでは、財政破たんし、大変な円安になる。自分の意見としては、数年以内に財政破たんする。つまり、脱原発が必要だというだけでなく、輸入に頼っている火力発電からの脱却が必要であり、そのためには、例えば海洋風力発電を利用した水素生産をして、燃料電池を積んだ車を利用するといったことも含まれている。東京と言う大都会でエネルギー自立が出来れば、世界のほぼどこでもエネルギー自立が可能になる。
産業としても、日本は既に発展途上国と普通の家電製造で競争することが出来ない。総合的な生活の仕方としてエネルギー自立を実現するような家電が必要であり、そういったものを開発することが出来るはずだ。簡単に言えば、環境そのもの、都市空間そのものとしてのエネルギー自立だ。それを支える工業製品群は多岐にわたり、その開発こそ日本が挑戦するべきものだ。
脱原発は非常に大きな課題だろう。クリアするべき障害は多い。しかし、今のまま原発を維持していても、そして、たとえ運転停止をしたままであっても、このままでは次の事故がやがて起こることは目に見えている。それは日本中が地震の活動期に入っているからだ。原子炉は大きな川の河口に作られていることが多く、それは活断層に沿って立地していることを意味している。
危機はある意味チャンスでもある。危機を乗り越えるためにはその本質をきちんと見る必要がある。危機に目をそらさず、自然エネルギーによるエネルギー自立を目指すべきだ。
2014年02月08日23時15分 武田信弘 ジオログのカウンターの値:42678
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