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2014年01月18日
明日はいよいよ名護市長選の投票日だ。日曜日の深夜には、安倍政権崩壊の幕が切って落とされるだろう。今後2年半ものあいだ、安倍晋三に日本国を破壊され続けられては堪ったものではない。覆水盆に返らずに至っては、国家の原型さえ見失ってしまう。沖縄県では、仲井真と云う知事が県民に対し、前代未聞の裏切りを行い、名護市長選における辺野古基地反対派である稲嶺現市長陣営の団結を強固にさせ、自民が推薦する末松候補陣営には四分五裂の逆風が吹いているようだ。現地の新聞社と朝日新聞の共同調査では、稲嶺優勢は変わらない情勢を示している。ただ、過去の名護市の選挙を分析すると、基地賛成派、反対派の基礎票は拮抗しているので、大きく差がついても3000票差くらいかもしれないので、幾分ひやひやする場面もありそうだ。
ただ今回の選挙においては、公明党が自主投票を選択、岩盤だった5,000票の内、末松が固めた票は1000程度なので、残り4000票がどのようになるかである。心情的には、稲嶺支持が多いのが現実のようだから、2000票は稲嶺に行くと読めるだろう。つまり、本来の基礎票による差は1000だが、創価学会の2000票が稲嶺に流れるだろうから、3000票の差がつくと読む。その上さらに、名護市民への世論調査では、自民党への支持率は15%であり、全国平均の35%を大きく下回る。裏切りユダ・仲井真知事の支持率に至っては、57%から24%に激減している。まさか、この規模の選挙にまでムサシの読み取り機は導入されないだろうから、不正選挙の可能性を深く憂慮する心配もなさそうだ(笑)。
名護市民の選択が日本を変える、と言っても過言ではない重要な選挙である。まさに国政選挙の幕開けだ。お願いしますよ、名護市民の皆さん!日本の未来は、あなた方の選択で決定するのです。宜しくお願い申し上げます。ところで、安倍政権崩壊の第二幕になる東京都知事選の方だが、細川候補や宇都宮候補へのネガキャンが凄まじいようだ。どのネガキャンも、大衆心理を悪用した些末な話題のオンパレードだが、最も人間性そのものを疑いたくなるような舛添要一へのネガキャンが少ない点が気にかかる。
細川陣営も、宇都宮陣営も、紳士的振る舞いを矜持としているのだろから、菅官房長官や石破幹事長のような下品で浅ましい態度は取れないのだろう。それはそれで立派な行為だが、舛添の過去の行状や発言を追いかけようともしない、マスメディアの態度は奇異だ。致し方ないので、筆者がマスメディアに成り代わり、舛添要一へのネガキャンをしておこう。以下に、週刊ポストの記事を拝借、下半身お化けぶりを紹介しておく。その前に確認しておきたいが、自民党は党として、舛添への「除名処分」を取り消したのだろうか?幾ら調べてみても、除名処分取り消しの情報が見当たらない。「除名処分」したままの政治家を全面支援する自民党って、どういう公党なンだね、石破君!
≪ 類い稀な男性的魅力を持つ舛添要一氏 結婚3回で子供は5人
首都の顔を決める都知事選挙。有力候補の一人と見られているのが無所属での出馬を表明した舛添要一・元厚労相(65)だ。実は舛添氏、類い稀な男性的魅力を持っているようで、「永田町イチの艶福家」として知られているのだ。
舛添氏の最初の結婚は1978年、相手はフランス人女性だった。出会いは、舛添氏が東大法学部政治学科を卒業後、パリ大学研究所やジュネーブ高等国際問題 研究所の研究員を歴任したヨーロッパ留学中のことだった。帰国後の1979年、舛添氏は31歳の若さで東大教養学部の助教授に就任。だが、プライベートも 順風満帆とはいかず、1981年に破局を迎えている。
1986年に再婚した相手はというと、いまや政治家として全国区の知名度がある片山さつき・参院議員だ。片山氏は大蔵省(現・財務省)入省後、フランス国立行政学院に留学。帰国後の27歳の時、東大助教授の舛添氏とお見合い結婚した。結 婚当時は“ミス大蔵省”との呼び声も高く、後に女性初の主計官も務めた。そんな片山氏は結婚生活について、最近のインタビューでこう振り返っている。
<舛添さんと結婚したことがそもそも間違いであったと思います。愛のない結婚をしてはいけないということ。私の人生における大変大きな間違いだった>(『婦人公論』2013年2月22日号)
そう振り返る結婚生活はわずか2年3か月で終わりを告げる。離婚の理由を片山氏はこう打ち明けている。 <慌しく始まった結婚生活でしたが、「平穏」だったのは最初の数週間だけ。「遅く帰ってきやがって!」突然、彼は怒鳴り始めたんです>(『週刊新潮』2010年5月6・13日号)
一旦怒り始めると、舛添氏は怒鳴る、手当たり次第にモノを投げつける、そして、ある時にはいくつものサバイバルナイフを片山氏の目の前にズラーッと並べたこともあったという。 <彼は、ナイフの収集が趣味だったんです。しかも、そのうちの一つの刃先を私に向けたことまであります。(中略)結局、結婚から3か月ほどで、弁護士に離婚を相談しました。すると、弁護士の調査で彼には愛人が、そして彼女が妊娠中であることも分かった>(同前)
その「妊娠中の愛人」を仮にA子さんとしよう。A子さんが東大の学生だった時、舛添氏が指導教官という立場で知り合った。すぐに「もう妻(片山氏)とは別れるから」と舛添氏がA子さんに猛アプローチ。押されるまま付き合い始めたA子さんは1988年、男児を出産した。A子さんの知人が当時の状況を振り返る。 「A子さんの存在を知って激怒した片山さんが、バッグに包丁を忍ばせてA子さんと舛添氏がいた部屋に怒鳴り込んできたことがありました。真っ先に部屋を飛び出した舛添氏が逃げ込んだ先は、もうひとりの愛人B子さんの部屋だったそうです」
A子さんの子供を舛添氏が認知したのは1990年。認知するまでの2年間に、B子さんが女児を出産、さらに同時期に他に2人の女性とも交際していたことがわかったという。目まぐるしい女性遍歴の末、舛添氏が15歳年下の現在の夫人である雅美さんと再々婚したのは1996年だ。
なお、その前 年にB子さんは2人目の女児を出産した。もちろん父親は舛添氏。その後、雅美夫人との間には、2000年に長女、2003年に長男が生まれている。振り返 ると、結婚は3回、離婚は2回。2人の愛人が産んで認知した子3人と、雅美夫人との間の子2人を合わせると、舛添氏には計5人の子供がいることになる。 ≫(週刊ポスト2014年1月24日号)
これで舛添へのネガキャンは終わらない。まだまだ続くのである(笑)。舛添は知る人ぞ知る無類の競馬好き。政界進出前は馬主として競走馬を多数保有し、97年のサプライズパワー、98年のアトミックサンダーと、保有馬が 2年連続で東京ダービーを制したのである。この金は何処から捻出したものなのだろう。その上にだ、障害を抱える婚外子の養育費問題で調停中なのである。月22万円だった養育費を減額しろと要求しているという。資産がゆうに10億円ある男が、障害のある自分の子供の養育費を削ろうというのだから、恐るべき人間性の持ち主だ。その調停に出す書類に、僕の月収は月10万しかないと云う書類を用意したそうだ。猪瀬どころの話ではない。麻生内閣発足時の「閣僚資産報告」では3億5千万の資産を保有していた。
この3億以上の公開資産以外に、世田谷の豪邸や数か所ある別荘は、「舛添政治経済研究所」所有となっており、カウントされていないのだから、10億資産は噂ではない。到底、障害を抱える子供の養育費を値切る必要性がないのは明らかだ。舛添の過去の発言には、聞き捨てならない多くの言葉も吐いている。タレントとして稼ぎまくっていた時代には、北九市で生活保護を受けていた実姉の養育の一部負担要請、2万円程度の負担を要求されたが、あっさり拒否している。この男、厚労大臣だったんだよ!色々と言い訳していたが、公人としてとるべき態度でないのは明白。
年越し派遣村で世間が大騒ぎして、宇都宮などが大活躍をしていた時、舛添は「怠け者に税金を払うつもりはない」と嘯いている。過去において、日本の原子力技術は最高であり、「もんじゅ」などは最高峰の技術を証明しているとまで言い切っている。今回の都知事立候補の経緯をみても判るが、猪瀬の辞任を織り込み済みで動いた気配が濃厚なのだ。昨年6月に突如、次期参議院選の出馬を見送ると表明、新党改革の代表まで降りてしまった。猪瀬辞任を見越した、参議院選不出馬とみるべきである。
なぜ、公明党が早々に舛添支持を出したのかと云えば、公明党又はS学会が、警察検察マスメディアの内部動向を把握した上での結果と読むべきである。S学会が警察・検察に多くのシンパを育成し、送り込んでいるのは周知の事実であり、徳洲会と猪瀬までは、必ず捜査が及ぶと確信があったのだろう。ゆえに、あれほど大胆にも、参議院選不出馬を選択できたのである。ネット情報によると、同氏の現在の奥さんは、S学会の幹部だそうである。つくられたシナリオに花を添える話題である。下半身の元気さを強く否定するつもりはないが、日本で何本かの指に入る卑劣漢であることは疑いようがない。首都東京の顔になど間違ってもしてはいけない候補である。舛添であるなら、田母神候補の方が質がいい。
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