01. 2015年1月08日 14:46:16
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ウクライナ情勢を左右する人口400万の小国 「ユーラシアのジョージア」で起きている知られざる重大事件 2015年01月08日(Thu) 前田 弘毅 「改称」問題が日本で話題になったグルジアも、現地では比較的静かな新年を迎えたようだ。2014年秋には2度グルジアを訪れる機会を得たが、国防相交代と与党連合再編という一波乱はあったものの、2年前の選挙による政権交代や、前年の大統領と首相交代など権力構造そのものについて大きな変化は生じなかった。 首都トビリシからもくっきりと見える大コーカサス山脈の雄峰たち(5000メートル級) しかし、本稿後半でも述べるように、ウクライナ問題の波及や遺跡破壊とナショナリズム問題など、ユーラシアの地政学問題を強く感じさせる出来事も起こっている。
さらに、ウクライナ問題との連関だけではなく、例えば、イスラム国の有力指揮官にもグルジア出身者が存在する(『ロシア・ユーラシアの経済と社会』2014年11月号の拙稿参照。なお、「中東・イスラーム諸国の民主化」データベースに新たにグルジア項目を追加した。 我々が抱きがちな〜VS〜など二項対立というナイーブな見方を調整するためにも、2015年のユーラシア政治を考えるうえでこの小国の動きに一層注意を払う必要がある。一方、日本グルジア二国間の交流もまた深まりつつあるので、新年最初の回では、まずこの話題について触れよう。 文化交流の促進 グルジア現地では歌舞伎など日本の文化コンテンツはソ連時代以来変わらず絶大な人気を誇る。 ほとんど日本では考えられないほどであり、たびたび触れているが、例えば日本と聞いて近松門左衛門(と特に芥川龍之介、安部公房など、ほかに大島渚や三島由紀夫、黒澤明など)の名前をほとんどの知識人がすらすら口にするほどである。2014年秋にも歌舞伎舞踊のコンサートが開催され、大変な人気を博したようである。 一方、日本においても、2014年秋には大相撲でのグルジア出身の栃ノ心関の復活という嬉しいニュースがあった。日本にとってはくやしい話だが、ラグビーでもグルジアが日本に勝利して、テストマッチ連勝を11で止めるなど、人口約400万の小国ながらグルジアのスポーツ魂は健在である。 また、グルジアの自然派ワイン(ヴァン・ナチュール)がフェスティヴァンという東京の大きなイベントで大々的に紹介された。「ジョージア・ワイン」は実にフランスとイタリアに次いで多くのワイナリーとその生産者が参加し、大いに盛り上がった。 グルジアではグルジア人だけではなく米国人やフランス人も移住して自然派ワインの生産に近年真剣に取り組んでいる。ワインの故郷と言われるグルジアで生産された甕醸造の独特かつより自然な味わいのワインが直接紹介されたことはたいへん喜ばしい。 トルコ東部イシュハン教会遺跡。この2年間で大規模な改修工事が行われた このイベントではジョージア・ワインとして紹介されている。
前回国名変更問題について触れたが、筆者は議論なしの安易な変更には反対なものの、案外旧ソ連やユーラシアの地政学とは無縁の、こうした文化・経済事象からジョージアの呼び名も広がっていくのかもしれない。 トルコ航空に加え、カタール航空利用によるドーハ経由でもグルジア訪問が可能となり、2014年秋には日本人の観光客も増加したように聞いている。 筆者は一昨年夏に続いてトルコ東部のグルジア教会遺跡を訪れたが、今回は美しい紅葉もすっかり堪能した。文化や芸術、観光や食を通じた交流はまさに日本にも大きなプラス価値をもたらすと思われるので、今後の発展がますます期待される。 ユーラシア地政学とグルジア このように新年らしい明るい話題で終わってもいいが、グルジアを観察する意味は、無論それだけにとどまらない。 冒頭でグルジアの政治が落ち着いている点について触れた。しかし実際には様々な話題に事欠かない。大統領と首相の軋轢は前回触れた通りだし、今回滞在中にはさらに2つの大きな問題が話題になっいた。 いずれもユーラシアの要衝であるグルジアの宿命を強く感じさせる出来事である。 まずはウクライナ情勢に関連するものである。 12月半ば、ウクライナで政権側について戦闘に加わっていたグルジア兵が戦死した。この件について、グルジアの国防省が声明を発したが、グルジアのミハイル・サーカシビリ前大統領とその支持勢力による煽動を強く非難する内容であり、物議を醸すことになった。 トルコ東部イェニラバト教会遺跡から望む穏やかな光景 日本ではウクライナ情勢について様々な報道がなされているものの、上記の事情をすぐに理解することは容易ではないだろう。
実はウクライナの現在の内閣には、計19閣僚の中に米国、リトアニア、グルジアの外国出身者3人が入っている。 保健相に任命されたグルジア人のアレクサンドル・クヴィタシュヴィリ氏は、サーカシビリ政権で保健大臣とトビリシ国立大学総長の要職を歴任した人物である。政権交代に伴い、総長職を退いていたが、今回ウクライナ国籍を付与されたうえで閣僚として迎えられた。 サーカシビリ前グルジア大統領自身、今回の組閣時にウクライナ政府の副首相職を打診されたがグルジア国籍を失うことを理由にこの依頼を断ったと述べている。また、サーカシビリ政権時に内務省の第1次官を努めたエカテリネ・ズグラゼ女史が、やはり今回ウクライナ内務省の第1次官に任命された。 彼女の上官であり、サーカシビリ政権の大番頭であったヴァノ・メラビシュヴィリ元内務大臣(その後、首相、政権下野後は野党幹事長を歴任)は現在グルジアで獄中にある。 そして、当然グルジア国内での復権を虎視眈々と狙う前政権とその支持勢力に対するグルジア現政権のリアクションは、サーカシビリ前大統領に対する複数の嫌疑による訴追と国際指名手配に向けた取り組み強化である。 無論これはウクライナ情勢を巡るある種のサイドラインストーリーであろうし、この出来事をとって単純な親米と親露派の綱引きのみを想定してはならない。 また、このコラムでもたびたび触れられているように、単純な善玉・悪玉論ではもちろんないが、日本で想像する以上に、旧ソ連圏内外の政治情勢が連動していることは明らかであり、一国を超えて情勢を観察することが一層必要である。 鉱山開発と遺跡の保護 もう1つ大きな議論を巻き起こしたのは、グルジア東南部ボルニシに位置するサクドリシ鉱山の開発問題である。 グルジアの考古学者が世界最古の金鉱とみなすこの鉱山で遺跡を破壊して実際に金の採掘が行われたが、これに学生らが激しく抗議したうえ、政治問題としても浮上したのである。 行政上は、2013年に保護文化財リストからこの遺跡が外され、2014年には文化相が実際の採掘を許可しており、瑕疵はなかったとされる。 しかし、きちんとした考古学的な調査が完了することなく、遺跡が破壊されたことについて、疑問の声が上がった。また、ゴーサインを出したタイミングや、イヴァニシュヴィリ前首相時に検事総長を務めた人物が採掘企業側の弁護にあたるなど、疑問符がつく側面も実際にあるようだ。 また、ボルニシにも近いドマニシはドマニシ原人の遺骨発見で世界的に著名であるし、金採掘はギリシア神話の時代から金羊皮伝説と相まってグルジアとは縁の深い話であり、少なくとも一部のグルジア人のナショナルプライドを大きく刺激してしまった。 激しいテレビディベートを現地のテレビで見たが、採掘を擁護する側も「古代人も利用していたのだから、現代の我々も利用して金を採掘しよう」と一見もっともだが、遺跡保護派には火に油を注ぐような発言もあった。 富豪政権に対する反発も垣間見え、国会での調査も決まり、事態はより複雑な展開を見せつつある。 環境保護運動とナショナリズムの関係は旧ソ連時代からたびたび注目されてきたテーマである。未年だからというわけではなかろうが、グルジアで採れる金をめぐる今回の遺跡破壊問題は今後も尾を引くことが予想される。 世界の耳目を集めるウクライナ情勢とグルジア一地域の文化財保護と経済開発の両立問題はスケールこそ違え、旧ソ連空間のネイション空間構築問題において連動する。 また、2014年末には、ウラジーミル・プーチン大統領の腹心として知られるイーゴリ・セチン氏が会長を務めるロスネフチがグルジア・ポチ港の石油基地などを所有する企業に出資するというニュースも飛び込んできた。 セチン会長は、地域におけるエネルギー供給に積極的な役割を果たすと意欲的なコメントを発した。 サーカシビリ政権の閣僚を登用するウクライナ政府とグルジア石油利権に本格的に出資するロスネフチ。旧ソ連・環黒海地域の情勢は、2015年は入ってもより一層複雑な動きを見せることが予想されるのである。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42601
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