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ポストGゼロ、米中冷戦の危機 ブレマー氏に聞く
2014/12/24 2:15
冷戦終了から25年、世界は新たな秩序を見いだせずにいる。リーダー不在のまま迷走する世界を「Gゼロ」と呼んだのが、米政治学者イアン・ブレマー氏。一体この四半世紀で何が狂い、これから何が起こるのか。世界の構造変化と、「ポストGゼロ」への見通しを聞いた。
――25年前に勝利したはずの資本主義と民主主義は色あせてしまったようにも映ります。なにが原因でしょうか。
「理由はさまざまだ。まず米国の民主主義と自由市場主義が多くの人々を失望させた。米国は手本を示して世界をリードする力も意思も失ってしまった。イラクやアフガニスタンでの戦争、最高裁までもつれ込んだ2000年の大統領選挙をめぐる混乱、2008年のリーマン・ショックと金融危機、数々の金融不正などが原因だ。米国家安全保障局(NSA)によるスパイ活動が暴露されたスノーデン事件などは、さらに打撃が大きかった」
「第2に中国モデルが一応は成功しているのも大きい。自国政府に満足している人々は米国より中国人のほうが平均では多いのではないか。35年にもわたり、これだけの成長を遂げた国があることは、西側の民主主義、資本主義の勝利で人類の歴史が終わったとする(米政治学者フランシス・フクヤマ氏の)解釈に、無理があることを示す」
「ロシアでは米国など外国から不当に扱われていると感じている国民の不満を背景に、独裁的な指導者が絶大な支持を得ている。中東地域でも一方ではイスラム原理主義が、他方では独裁的な政権が勢いを増している。東南アジアや南米、東欧などの多くの国々では民主主義が浸透したが、世界全体がその方向に進んでいるとは言い切れない」
■創造的破壊の時代
――大きな歴史の流れの中で、今の世界をどう表現すべきでしょう。
「今、世界は創造的破壊の時期にある。地政学的上の秩序にとどまらず、国や個人のレベルでも創造的破壊が起きている。一般の市民が政治的意思を表明し、世に知らしめ、変化をもたらす力は、以前とは比較にならないほど大きくなった。この変化に対し、世界では3つの全く異なる反応が起きている」
「第1は中央における権力の弱体化だ。米国が典型例だが、中央では大統領も議会も不人気で法律も通らない。一方、州や自治体のレベルでは移民、エネルギー、貿易、薬物対策、同性婚など多くの分野で経済・社会制度面での対応がとられている。自治を求める動きが広がる英国や、カナダ、スペインのほか、地方の指導者が首相や大統領になったインドやインドネシアの例も、分権化の1つの表れだろう」
「第2の反応は、これと全く逆の中央での権力強化だ。もとから独裁的、強権的な国々では市民の要求が増した反動により、そうした傾向が特に強まっている。経済の改革を進めながら政治面の自由化は止まったままの中国や、プーチン大統領と取り巻きに権力が集中するロシア、アラブの君主が実権を握る中東湾岸諸国でも似た現象がみられる」
「第3が、政府が忠誠心をもつ一部の国民の方ばかり向いて政治を行っている結果、国全体を統治しきれず、失敗国家になっているような事例だ。イラク、シリア、アフガニスタン、イエメンのほか、いくつものアフリカ諸国でそうした傾向がみられる」
――権力の分散、集中、そして混沌という3つの動きが同時に起きていると。
「権力の分散、権力強化、そしてエントレンチメント(引きこもり、保身)と呼ぶべきかもしれない。興味深いのは自由民主主義の国家と独裁的な国家の差が一時より広がっている点だ。中国やロシアと、米欧や日本の制度は近づくどころか、どんどん差が広がってゆくはずだ」
■先進国の「中国化」?
――先進国が、中国の国家資本主義をまねるような兆しはないでしょうか。
「存在感を増した中国がノーと言えるようになり、米国が自由市場主義に基づく経済ルールを世界に広めようとしても難しくなった面はある。その結果、米国や他の国々が、より戦略的で、産業政策のように映る対応をとるようになるかもしれない。そもそも日本などは、その方法で工業化を進めてきた」
「米国は違う道を歩んできたが、政府によるIT(情報技術)分野の扱いや米国家安全保障局(NSA)とヤフー、グーグルといった大手IT企業との関係をみれば、米政府は明らかに戦略的な重要分野を意識し関与を強めている。つまり米国の自由主義経済が一方にあり、他方に国家資本主義があるはっきりした構図ではない。中間に位置する国々があり、また1つの国の中でも産業分野ごとに政府の関与に濃淡がある」
――米政府も特定の分野に対しては、中国政府のように振る舞う傾向があると。
「そう。ただ米国と中国では、大きな違いもある。中国では国家が企業を支配するが、米国では企業が国家を支配する傾向がみられる。企業は多額なロビー活動の資金を投じて事実上、規制や政策を左右し、企業が寡占もしくは初期の独占企業のように振る舞うことを可能にしている。他の企業の利益を損なう動きで、とりわけ外国企業は不利益を被る」
■Gゼロは始まったばかり
――リーダー不在の国際秩序を「Gゼロ」と命名したのが約4年前。その後の世界は、どう動いてきたとみますか。
「Gゼロの傾向はますます強まっている。Gゼロの原因には米国、その同盟国、そして新興国の大きく3つの要素がある。まず米国に関しては外交上の不手際が、米国の対外コミットメントへの覚悟に疑問を投げかけた。最近の例では、化学兵器の使用疑惑を受けた対シリア制裁のぶれが挙げられる。中国が一方的に防空識別圏を設定した直後の米政府の姿勢も、日本に懸念を抱かせた。オバマ大統領が本気で外交政策に取り組んでいないのは明かだ。むろんイラクやアフガンでの失敗から、米国民が不毛な戦争の泥沼を避けたがっているのをよく理解してのことだろう。米シェール革命を受けて米国内で原油を大量生産できるようになったことも、米国民の外交への無関心を助長している」
「米国の同盟国はどうか。ドイツが欧州のリーダーとしての力を強めたことは、米国と欧州の協力を以前より難しくしている。ドイツは世界を商業的な観点からみる傾向がある。例えば対中関係でも、米国が地政学、安全保障も含めた全体像をみて対応するのと対照的に、ドイツは2国間の通商関係という狭い視野でとらえがちだ。フランスも政権が戦後で最も不人気で、今は国内問題で手いっぱいだ。米国とより親密な英国も、スコットランドの分離独立問題などで忙しうえ、他の欧州連合(EU)各国との距離もある」
「一方、新興国は20年前、10年前、あるいは5年前と比べても力をつけた。だが彼らの多くは米国とは政策の優先順位も価値観も明確に異なる。最たる例が中国で、責任のある大国として振る舞うよう求める米国にノーとの立場をとり続けている。今後も中国は存在感を増すし、欧州では政治、経済面の混乱が続く。米国でもオバマ政権はあと2年続く。Gゼロはまだ序の口といえる」
――冷戦期より世界は不安定にみえます。どんなリスクが想定されるでしょう。
「米国が覇権をもっていた世界に比べ、Gゼロの世界は安全でなくなった。冷戦期はキューバ・ミサイル危機のような核戦争の危険もはらんではいたが、それさえ回避すれば総じて安定していた。Gゼロの世界はもっと不安定だ。大国間の戦争はないだろうし、第3次世界大戦も起きないだろうが、各地で戦闘は頻発し、難民も増える。過激派、無法国家や独裁者が活動する余地も広がった。ロシアや中東地域、イスラム過激派を含めたテロ組織など危機の震源地はさまざまだ」
■大規模危機が新秩序生む?
――Gゼロの世界はどのくらい続き、その後どのような秩序が生まれるとみますか。
「Gゼロは永遠には続かないし、冷戦のように何十年も続くとは思わない。ただ次の秩序が見え始めるまであと5年、ともすると10年はかかるかもしれない。次にどんな秩序ができるか占ううえで、大事な要因の1つが米中関係の行方。もう一つが、残りの国々が、どのような役割を果たすかだ」
「個人的には米中関係はやや悪化するだろうとみている。経済面では関係改善の余地があるが、政治、安全保障、文化面では関係を悪化させる要因が多い。一方、米中以外の他国が果たす役割は、より大きくなるはずだ。米国も中国も、長期間にわたり大きな役割を担いたいと思っていないからだ。その結果、直近の半世紀に比べれば、インドや日本、ドイツといった国々が、世界秩序の中で果たす役割が増すだろう」
――何がGゼロを転換させるきっかけとなるでしょうか。
「2つのシナリオが考えられる。まず中国がより強くなるのに伴い、米国も他国が定めたルールや機構を受け入れるシナリオだ。つまり米主導の世界からのパワーバランスの転換を反映した新たな制度や機構が作られ、体制が少しずつ進化する展開だ」
「もう1つが、手に負えない大きな地政学的な危機が起き、国際社会やその一部が、何らかの新たな秩序を構築せざるを得ない事態に追い込まれるシナリオだ。きっかけはイラクやシリアなどの中東地域の紛争かもしれない。南シナ海での争い、北朝鮮の内部崩壊を受けた米中の争いなど、アジア地域が震源になる可能性も否定できない。気候変動による想像を絶するような大災害が引き金になるかもしれない。エボラ・ウイルスのような病原菌の大規模な拡散や、制御不能なサイバー戦争などで、各国が協調して対応せざるを得なくような事態だってありうる」
――つまり触媒ですね。新秩序のもとで米国の役割はどうなるでしょう。
「そう。きわめて大規模な危機が、新たな秩序を誕生させる触媒になる可能性がある。もっとも新秩序のもとで米国が以前のような地位を回復することはない。米主導の世界秩序は終わった。世界ではグローバル化とアメリカ化が並行して進んできたが、グローバル化は進行する一方、アメリカ化の時代は過去のものとなった。G7(主要7カ国)体制とも呼ばれた秩序は、その実、米国が友好国を巻き込む形で率いた“G1プラス”だった。だが今や、それ以外の国々の力が大きく膨らんだ。中国が国内改革に成功すれば単独で米国によるG1再構築を阻むことができるし、仮に失敗しても米経済への打撃はあまりに大きく、G1再構築ところではなくなる」
■米国は“小粒”なリーダーに?
――米国は、リーダーの座を降りるということでしょうか。
「米国は今後も指導力を保つだろうが、問題はそれがどの程度の範囲に及ぶかだ。西半球にとどまるのか。アジアに焦点を絞り、欧州への関与を減らすのか。同盟国全体を視野に入れるのか、一部に限定するのか。環太平洋経済連携協定(TPP)は米国の指導力の1つ方向性だ。アジア太平洋地域での米軍事力の強化もそうだ。一方、北大西洋条約機構(NATO)は10年先を見通せば、残っていないかもしれない」
「もう1つ大事なのは米国がどんな手段で指導力を発揮するかだ。つまり一国主義をとるのか、多国参加型で指導力を発揮するのかだ。金融面での優位をてこに、他国に言うことを聞かせようとするのか。監視やサーバー能力を使って方針に従うよう迫るのか。それとも他国を巻き込み、新たな安全保障の秩序や、経済、ネットなどにかかわる新たな基準やルールを共同でつくろうとするのか。どうなるかは、まだ見えてこない」
――米政府内で、ある種の方向感は出つつあると思いますか。
「オバマ政権は、外交戦略を遂行したがっていない。国内での政策を優先するために大統領に選ばれたとの意識が強いからだ。クリントン前国務長官は外交戦略を実施しようとしたが、政権を去った。オバマ大統領の外交政策は基本的にリスク回避型だ。受け身であり、米国の出番を限定しようとしている。だから政権内で米国の指導力のあり方や、その方法について意思が統一されているとは思えない」
――来年は次の大統領選に向けた論戦が本格化します。外交政策への影響は。
「対外政策は、大統領選の主要な論点になるとみている。ふつう米有権者は大統領選で外交問題にそう関心を払わない。しかしクリントン氏が出馬すれば、オバマ大統領の下で外交を担った彼女の役割に注目が集まり、共和党は大統領の失敗の責任を押しつけようとする。当然、今後の対外政策のあり方にも影響するだろう」
「ただ、大統領は米外交政策を左右する要素の1つにすぎない点に留意すべきだ。確かに米大統領は外交政策に大きな力を発揮するし、有能な外交チームや議会の支持があればなおさらだ。だが、外交政策はしばしば米国民からの反対に直面する。米国では社会の格差が広がり、多くの米国人は対外介入的な戦略は自分たちのためにならなかったと感じている。米外交政策において大統領の役割は大きいが、できることには限りがある」
■ゴルバチョフは間違い
――ゴルバチョフ元ソ連共産党書記長など多くの人々が、米国とロシアの間で新冷戦が起きると懸念を表明しました。
「ゴルバチョフ氏は間違っている。キッシンジャー元米国務長官、キャメロン英首相などもそうした趣旨の発言をしているが、新冷戦は起きないだろう。まずロシアには以前のような力がない。第2に欧州各国はロシアとの対立で経済への悪影響が広がっており、本気で米国を支持しない。第3に米国も本音ではウクライナ問題などを巡って戦う気はない。プーチン・ロシア大統領は冷戦を欲しているが、米国は戦いを望んでいない」
「第4に、仮にプーチン大統領がやり過ぎれば、中国がなだめるだろう。中国はロシアが米国を世界中で敵に回すような事態は望んでいない」
――なぜでしょう。
「中国は今は根気よく待つのが得策だからだ。経済は成長しており、人口も13億を超える。黙っていても、各国が寄ってくる。経済力、軍事力のほか、それなりのソフトパワーもあり、在外中国人の力もある。戦争や対立に身を投じなくても国力も影響力も強まり、思う通りに事態を動かせるようになる。国が衰退し、5年後、10年後の力が今日より小さくなるロシアとは違う。中国にしてみれば、順調に航海中の船をあまり揺さぶらないでほしいとの思いだろう。ロシアが少しばかり米国を困らせるのは構わないが、問題児のようにはなってほしくないのだ」
■「米中冷戦」に懸念
――将来、米中間で冷戦が起きる可能性はあるのでしょうか。
「長期では、米中の冷戦のほうが大きな心配事だ。今日はそう深刻な事態ではないが、5年後、10年後のポストGゼロの世界で、米国と中国が決定的に異なる2つのブロックに分かれる可能性は十分にある」
――中国は米国と肩を並べる超大国になるのでしょうか。
「そうはならない。例えば10年先をにらめば、中国は米国をしのぎ最大の経済大国になっているだろう。だが軍事力は米国のほんの小さな割合にとどまる。技術力も、エネルギーの生産力も、外交力も、ソフトパワーも、文化力もしかりだ。大学の水準も米国にはるかに及ばず、国民1人あたりの生活水準も、まだまだ低水準だろう。だから中国は超大国になっても、経済規模だけが突出した超大国にとどまる」
――イスラム国の増勢にみられるように、イスラム過激派が力を増し、西側先進国の若者を勧誘する動きもみられます。西側の民主主義へのアンチテーゼにも映りますが。
「イスラム国は、国家を宣言したことで大きな間違いを犯した。領土をもったことで、それを防衛し、統治する必要が生じている。その負担は大きく、成功させるのは難しいので、わりと早い段階で彼らは断念することになるだろう。そして、もとのテロ組織に戻るだろう。テロ組織としては、彼らはこれまでで最も力が強く、資金も潤沢で、武器も豊富で、訓練もされている。世界中から人々を集めるだけの能力もブランド力もあり、きわめて危険だ。その危険が最も直接に及ぶのは、中東だ。欧州でも失業した若者らの不満が募り、イスラム教徒の移民がうまく社会に同化していないから影響が及ぶ。だから心配ではあるが、米国、日本、その他の西側の民主主義国全体が挑戦を受けるとは思わない」
(聞き手は米州総局編集委員 西村博之)
イアン・ブレマー氏 米スタンフォード大で博士号(旧ソ連研究)。1998年に世界の政治リスクを分析する調査会社ユーラシア・グループ設立。著書「『Gゼロ』後の世界」で主導国のない時代を、「自由市場の終焉」で資本主義と国家資本主義の相克を論じた。45歳。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM29H3P_S4A201C1I00000/
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