01. 2014年11月22日 17:13:33
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『from 911/USAレポート』第678回 「年末の総選挙、米中間選挙と比較すると?」 ■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 『from 911/USAレポート』 第678回 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (冷泉彰彦さんからのお知らせ) もう一つのメルマガ、「冷泉彰彦のプリンストン通信」(まぐまぐ発行) http://www.mag2.com/m/0001628903.html (「プリンストン通信」で検索) 先々週から先週までの内容を簡単にご紹介しておきます。 第037号(2014/11/11) 転換点の11月 大傑作には届かなかったノーラン監督『インターステラー』 連載コラム「フラッシュバック69」(第21回) G型大学はアカデミックでいいという発想こそ超L型 Q&Aコーナー 第038号(2014/11/18) 沖縄問題の「対立軸」、45年前と現在 3QGDPマイナスの衝撃 連載コラム「フラッシュバック69」(第22回) 書評『さようなら、オレンジ』(岩城けい) Q&Aコーナー JMMと併せて、この『冷泉彰彦のプリンストン通信』(毎週火曜日朝発行)も同 じように定期的にお読みいただければ幸いに存じます。購読料は税込み月額864 円で、初月無料です。登録いただいた時点で、当月のバックナンバーは自動配信さ れます。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 一方は議院内閣制の総選挙で、他方は大統領制の下での議会だけの選挙というこ とで、憲政の仕組みが違いますから、全く位置付けは別の選挙になります。ですが、 今月の初めに行われたアメリカの中間選挙と、昨日解散された日本の歳末選挙とは、 全く無関係ではないと思います。 勿論、アメリカで中間選挙があったから安倍首相が解散に踏み切ったということ はないし、アメリカの結果が日本に影響することもないと思います。あくまで別の 国の別の憲政の枠組みの中での選挙です。 ですが、構造的にはかなり似ている部分はあるのです。 まず、結果として政権交代がなさそうという点です。アメリカの場合は、大統領 が任期の途中ですから政権交代はないですし、日本の場合も現在の情勢では一気に 政権が代わるという可能性は低いと思います。仮に自民党が相当に議席を減らした 場合に、安倍首相が辞任したとしても自民党の新総裁が連立を拡大して政権を担う 可能性が濃厚だからです。いずれにしても、政権交代のなさそうな選挙という点が 似ています。 何よりも、そうした条件の中で、現政権の信任を問う選挙だという点は、まさに 共通です。 さらに言えば、現政権がある種の成果を挙げたことの評価を問うたり、あるいは 大きな判断をするにあたって国民の意思決定を受けるという、明確な選挙のテーマ が「ない」ことも共通しています。 一方で、アメリカの場合は、中間選挙の結果を受けて2016年の大統領選への 動きが本格化しています。日本の場合も、仮に与党の勝利が「薄いマージン」であ った場合には、2017年4月の「10%」の是非がやや揺れる格好となる中で、 2015年の景気動向次第では「政局」となることも十分にあるでしょう。つまり、 今回は「政権選択ではないが、次の政権選択の序章にはなる」という点も、共通し ています。 景気が争点だということも同じです。更に、株は高く、雇用もそれなりに改善し ている中でありながら、社会一般には好況感はなく、政権への不満が出てきている という点も一緒です。 経済政策に関しても共通した構図があります。アメリカの場合は、2008年の 「リーマン・ショック」を受けて、オバマ政権は連続した「リベラル経済政策」を 続けてきました。その一つは、金融危機にあたっての公的資金注入であり、公共投 資などの「景気刺激策」であり、更に通貨政策としては、バーナンキ前連銀議長に よる「QE」でした。 日本の場合は「アベノミクス」ということになるわけですが、さすがに金融危機 というのは90年代から2000年代の初頭に克服してきており、この時期の日本 ではとりあえず「公的資金注入の是非」論争はありませんでした。ですが、残りの 点に関しては、「第一の矢」はアメリカのQEに、「第二の矢」はアメリカの「景 気刺激策」と完全に重なります。 ちなみに日本の場合は、アメリカとは対立軸がずれており、アベノミクスのよう なリベラルな通貨・経済政策は、リベラルな政治勢力よりも、むしろ保守の立場に なるわけです。そうした「ねじれ」はさておき、オバマ政権と全く同じ構図がある わけです。 それは「通貨の供給量を極限まで増やしたり、公費を投入して公共工事を行うな どケインズ政策をやっても、なかなか効果が上がらない」という批判を受けている ということです。 この問題を詳しく見ていくと、4つの問題が出てきます。まず、通貨政策ですが、 (1)通貨価値の下落(ドル安、円安)の副作用をどう見るか?(2)マネーの流 れがバブル化するのをどう抑制するか、そして緩和の出口をどうするか?というの は、大変な問題だと言えます。 また、景気対策に関しては、(3)公共工事などの「刺激」が一過性に終わる危 険はないか?(4)結果的に財政赤字・国家債務を積み上げるだけに終わらないか? という問題も共通です。 こうした4つの問題が難しい課題だということも、日米の状況はよく似ています。 実際に日米の野党が政権を批判する場合のロジックが、この4点をめぐる議論だと いうことも、非常に似ています。 ここまでの議論を総括するならば、現政権への信任を問う選挙だということ、現 政権がリベラル経済政策(非常に強めの金融緩和+ケインズ政策)を続けてきたの に社会に好況感が浸透しない、そこで現政権としては「批判に対して受身」になら ざるを得ない、そのような点で、アメリカの中間選挙と日本の師走総選挙は似てい る、いやもっと言えば「同じ構造」だと言っていいと思います。 構造が同じだとして、個別の議論に入ってみるとどうでしょう。例えば今申し上 げた4つの論点について見てみることにしましょう。 まず(1)の通貨の下落ということですが、この点に関しては違いがあります。 アメリカの場合はエネルギー源の多様化が進んでおり、「ドル安」の悪影響が緩和 されていたことや、輸入に関してはユーロ安が並行していたとか、中国でのアメリ カ向け製造コストの高騰を使って「少しだけ」ではあるものの製造業のアメリカ回 帰などもあり、全体的に「ドル安のマイナス面」は緩和されています。エネルギー や原材料などで円安の弊害が目に見える形で出ている日本とこの点は違います。 次に(2)のバブル化ですが、アメリカではこれはかなり警戒しなければいけな いわけです。ここまでの大規模なQEをやって、その結果としてここまでの株高を 演出してしまうと、万が一「出口戦略」に失敗すると大混乱が生まれてしまいます。 この点に関しては、特に連銀議長の交代にあたっての人選であるとか、色々なこと がされています。一方で日本の場合は、良くも悪くもバブルが発生するところまで も行っていないと言えます。 では、(3)の公共工事の「一過性」という問題はどうでしょう。これはアメリ カでは深刻な問題です。2009年から行ったオバマの景気刺激策は、結果的に建 設業などの雇用を生みましたが、「期限付きのプロジェクト」が終わるとその効果 が消滅したなどと大きな批判を生みました。ただし、この問題は今回の選挙の争点 というより、2010年の「ティーパーティー躍進」の中間選挙で大きな問題にな っています。 一方で日本の場合は、90年代からの「公共投資をしてもリターンが取れない」 という根深い「病気」に苦しんでいるわけで、今回の「第二の矢」でも様々な議論 がありました。これに加えて、必要な工事でも「人手不足のために進まない」とい う問題も発生しています。いずれにしても、こうしたケインズ的な政策に伴う困難 という問題は日米共通の論点であるのは間違いありません。 最後が(4)の国家財政の問題です。この問題が政局の大きな軸となっていると いうことも、日米共通の現象です。議論の構図はかなり違います。アメリカの場合 は、とにかく「均衡財政」をどう実現するかが毎年のように与野党のバトルになっ ています。 与野党の対立構図も、「民主党は大きな政府、共和党は小さな政府」ということ で明確であり、明確であるがゆえに妥協が難しいわけです。民主党は福祉の拡大を 主張する代わり、財源として再分配の効果も含めて富裕層への課税強化を志向しま す。一方の共和党は「福祉を中心に歳出カットを強く主張する一方で、その分だけ の減税を要求する」わけで、双方ともに筋が通っていますが、対立は激しいわけで す。 一方で日本の場合は、消費税率の問題に集約しているという構図です。では、歳 出カットの方はどうかというと、これは社会保障費が圧倒的であるためにカットを 政策にするのは難しいわけです。議員定数削減とか、府と市の合併であるとか、象 徴的な政策論が目立つのは、本格的な行革は政治力学の中で困難になっているとい うことがあると思います。 財政に対する「大局観」も違います。アメリカの場合は、財政再建を行う動機と いうのは「万が一の場合に備えた財政の自由度確保」という観点が大きいと思いま す。万が一というのは安全保障という意味であり、とにかく地球規模の危機が起き た際にアメリカが主導的な対処ができる、そのためには財政に余裕を持っておきた い、少なくとも2009年の最悪の状態からは画期的に「改善しておきたい」とい う動機があります。 一方で日本の場合は、最悪の場合は円と日本国債の世界市場における信認喪失、 ハイパーインフレという危険性を意識しなくてはならないわけです。英国病や過去 100年のアルゼンチンの浮沈といったケースに近い破綻により、先進国のポジシ ョンから脱落する危険性、それは数年単位の危険ではないにしても、その危険を意 識するのであれば、財政再建は急務です。勿論、そうした中期的な危機感というの は、意識の下に沈んでおり、表面的には社会保障費負担の能力という問題が大きい わけですが、いずれにしても危機の度合いはアメリカとは比べものにならないぐら い深いわけです。 ということで、(1)から(4)の各論点それぞれに関する議論の構図は、日米 では相違があります。ですが、全体として成熟社会に到達した中で、政府のファイ ナンスで問題を解決する余力はもうあまりない国家が、財政や通貨の問題で苦しん でいる、しかもその問題そのものは「複雑すぎて、抽象的にすぎて」大衆社会の間 接民主制を通じて「うまく意思決定ができない」という困難を抱えているというこ とでは、全く同じであると言っていいでしょう。 また「短期的な利害」を優先すると「中長期では弊害」がでてくる、そうした問 題について世論をどう説得するかの苦しみという問題もあります。 この政策の論点が「複雑すぎて、抽象的に過ぎて」選挙の争点にしにくいという ことでは、軍事・外交の問題も同様です。 アメリカの中間選挙では、オバマは「ISILの跋扈を許した」とか「ウクライ ナで対ロシア政策を誤った」などと色々な批判を浴びたわけです。要するに「弱腰 だ」というわけです。では、シリアのアサド政権がサリン使用疑惑で大きな問題に なっている時期に、オバマが「強気に出て」おり、それこそシリアの「反政府軍」 に協力していたら、それこそISILに手を貸していたわけです。 またISILに対して強力な軍事的対抗措置を加える中で、仮にクルドの自立性 が「あるレベルを超える」ようですと、トルコとイランが黙っていないでしょう。 そのイランに関しては、共和党は「今でも敵視をデフォルト戦略」にしていますが、 折角穏健派のラウハニ政権ができているわけですから、ISIL対抗の問題も含め て対イラン制裁を順次終わらせるような交渉というのは、必要であるわけです。 ウクライナに関しては、西側が強気に出てロシアと対抗姿勢を強めるということ は、魑魅魍魎渦巻くこのウクライナの財政事情、脆弱な経済の事情に対しても、コ ミットの増量を行う、つまりリターンの薄い投資を余儀なくされるわけです。それ がアメリカの「国益」にかなうかどうか、これは誰が大統領でも慎重になるでしょ う。一方で、対ロシア戦略といことでは、現在の「原油安」状況の方が、大砲や戦 闘機よりももっと本質的にロシアの勢力を削いでいるとも言えるわけです。 いずれにしても、そうした国際情勢の複雑さを考えると、オバマはそんなに誤っ たことはやっていないわけで、問題は国民に説明ができていないということです。 彼ほどの優秀な頭脳と、コミュニケーション能力を備えた大統領にして、そうした 説明と対話が難しくなっているというのは、大きな問題でしょう。 一方で日本の外交に関しては、何よりも今回の中国との対話の再開という問題が 大きいわけです。安倍首相は、習近平主席とも、李克強首相とも会談を行って関係 を改善していますが、その意味合いというのは実に複雑です。例えば、小笠原の問 題があり、いわゆるサンゴ密漁船の動向と関係改善の動きには何らかのリンクがあ るわけです。そんな中、過去の関係が悪化していた時期には、安倍首相はナショナ リズムを求心力にして中国と我慢比べをしていた一方で、今回は関係改善に成功し た、この手法に関して賛否を問うのは難しいと思います。 この問題は、19世紀の隠密外交が所詮は大破綻をもたらしたとか、国民感情の 沈静化をしないと関係は安定しないという総論としては、私は批判をするべきだと 思いますが、例えば「密漁船の取り締まりが手ぬるい」とか「対北朝鮮外交や対ロ シア外交に甘さがある」というような批判は、印象論としては可能ですが、歴史的 に清和会がやってきた手法の範囲を出るものではなく、またそれに対抗する大きな 見取り図があるわけでもなく、国民に分かりやすい対立構図として説明するのは非 常に難しいわけです。その結果として、「手ぬるいからダメ」とか「平和外交では ないからダメ」というような左右対立を前提とした陳腐な論争しか出てこないこと になります。 こうした軍事外交の問題が、うまく選挙の争点には乗ってこない、その一方で軍 事外交の問題で政権がうまく自分の立場を世論に対して説明することも難しいとい う問題は、日米で全く共通であると言えます。 いずれにしても、この2014年の11月から12月に起きつつある、アメリカ の中間選挙と、日本の総選挙は、非常に似ています。財政出動や金融緩和の効果を、 どう社会全体に納得させるかという困難、複雑な世界情勢を大衆政治のカルチャー の中での意思決定プロセスに乗せていくことの困難、そうした困難の感覚が現政権 への批判エネルギーとしてあり、しかしその出口はない、そうした「社会の方向性 の見えない不安」ということがそこにあるからです。 ---------------------------------------------------------------------------- 冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家(米国ニュージャージー州在住) 1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。 著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空 気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『チェンジはどこへ 消えたか〜オーラをなくしたオバマの試練』。訳書に『チャター』がある。 最新作 は『場違いな人〜「空気」と「目線」に悩まないコミュニケーション』(大和書房)。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。 ◆"from 911/USAレポート"『10周年メモリアル特別編集版』◆ 「FROM911、USAレポート 10年の記録」 App Storeにて配信中 詳しくはこちら ≫ http://itunes.apple.com/jp/app/id460233679?mt=8 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●編集部より 引用する場合は出典の明記をお願いします。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ JMM [Japan Mail Media] No.820 Saturday Edition ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【発行】村上龍事務所 【編集】村上龍 【発行部数】92,621部 【お問い合わせ】村上龍電子本製作所 http://ryumurakami.com/jmm/
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