01. 2014年11月18日 07:13:35
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「MBAが知らない最先端の経営学」 「世界がグローバル化した」「フラット化した」という言説のウソ 2014年11月18日(火) 入山 章栄 本連載は、昨年まで米ビジネススクールで助教授を務めていた筆者が、欧米を中心とした海外の経営学の知見を紹介して行きます。 さて昨今メディアを見渡すと、どこもかしこも「グローバル化」という言葉だらけです。「世界はグローバル化している」「世界は狭くなっている」とはよく言われますし、「フラットな世界」という表現も目にします。 しかし、これらは多くの場合その正確な定義や検証がないまま、印象論と言葉だけが先行している気がするのは私だけでしょうか。「グローバル」や「フラット」は、日本のビジネスパーソンへの強迫観念になっている印象すらあります。 実は、海外の経営学(そして経済学)では、「現在の世界は、我々がなんとなく思い込まされているグローバル化とはかなり違う状況になっている」という事実が、次々に示されているのです。今回は、特に3つの事実を紹介しましょう。それは、「世界はほとんどグローバル化していない」「世界は狭くなっていない」「世界はフラット化していない」の3つです。 現実は「世界一国化」と「鎖国」の間にある まず「世界はどのくらいグローバル化しているのか」について考えてみましょう。 そもそも「グローバルな状態」とは何でしょうか。この定義に切り込みながら経営学に新しい視点をもたらしたのが、米ハーバード大学ビジネススクール教授だったパンカジュ・ゲマワットが2003年に「ジャーナル・オブ・インターナショナル・ビジネス・スタディーズ」に発表した論文です。 この論文でゲマワットは、「完全にグローバルな状況とは、経済活動が何もかも統合されて一体化されることだから、それは世界がまるで完全に一つの国になったかのような状態のことである」と定義しました。 この真逆になるのは「世界中の国々が全く経済交流を行わない」、いわゆる鎖国状態です。すなわち、グローバル化とはあくまで程度論であり、現在はこの「世界中の完全な一国化」と「鎖国」を両極端としたスペクトラム上のどこかにある、ということになります。 そしてゲマワットは、貿易、資本流出入、海外直接投資などあらゆるデータの傍証を持って、「世界の現状は、未だこのスペクトラム上の「鎖国側に極めて近い状態にある」ことを示したのです。仔細については論文を読んでいただくとして、ここでは中でもGDP(国内総生産)と貿易データを使った説明を紹介しましょう。 世界は、グローバル化していない ゲマワットは、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の経済学者ジェフリー・フランケルが2001年に発表したデータ分析の結果を引き合いに出します(注1)。 例えば、2000年の米国のGDPの世界GDP総計に占める割合は、約25%です。「世界の生産」の4分の1を米国が賄っているわけです。もしここで、世界中が1つの国になったような状態、すなわち「完全なグローバル化」が実現していたらどうでしょうか。 この場合、世界中で完全なモノ・サービスの行き来があって分業が行われるので、米国は自国で生産する部分以外の全てを他国からの輸入で賄うはずです。すなわち「完全なグローバル」下では国内需要のうち75%は輸入となるはず、ということになります。 しかし実際のデータをみると、米国の需要に占める輸入の割合はわずか12%前後です。同様に、日本は2000年時点で世界総生産のおよそ12%を占めていますから、理論的な輸入/GDP比率は88%ぐらいのはずですが、現実はわずか7〜8%程度です。 もちろんこの論法には幾つかの強い仮定があるのですが、とはいえ、現実の世界が「完全なグローバル化」からほど遠い状況にあることは明らかでしょう。ゲマワットはこのような傍証の数々をもって、「世界はグローバル化しておらず、あくまでセミ・グローバル化(中途半端なグローバル化)の状態にある」ことを明らかにしたのです。 世界は「狭く」なってきているか 第2の勘違いは、「世界は狭くなってきている」という通念です。ビジネスにおける「狭さ」とは、国と国の間の「物理的な距離」が経済活動に及ぼす効果のことです。「国と国の距離の壁を超えてビジネスを行いやすくなっている」と感じるからこそ、「世界が狭くなってきた」という表現が使われるはずです。 国際的なビジネス活動の代表は、貿易取引です。国際貿易において国と国の距離が障害になることは、1970年代から経済学で盛んに実証されてきました。国同士の距離が遠ければそれだけ物流コストがかかりますし、取引時の情報のやりとりも難しくなります。 この点を検証するため、経済学者は世界中の国同士の貿易データを使った統計分析を行い、各国の経済規模や貿易政策などをコントロールした上でも、やはり2国間の距離が遠いほど、国同士の貿易量にはマイナスの影響を及ぼすことを示して来ました(グラビティ・モデルといいます)。 ここで問題なのは、その時系列的な変化です。例えば現在は40年前と比べれば、国際間の輸送コストは低下しており、情報技術の進展で国同士の情報のやりとりも飛躍的にスムーズになっています。だとすれば、過去に見られた「国同士の距離の貿易量へのマイナス効果」は低下していると予想されます。 ところが実際に検証してみると、その傾向はむしろ逆で、国同士の距離のマイナス効果が年々強くなっていることが示されたのです。これを明らかにしたのは、国際経済実証研究の大家である加ブリティッシュ・コロンビア大学のキース・ヘッドが仏INRAのアンセリア・ディスディエールと2008年に「レビュー・オブ・エコノミクス・アンド・スタティスティクス」に発表した論文です。 世界は「狭く」なってはいない 先に述べたように、国の間の距離の貿易量への影響についての統計分析は、1970年代から多く行われてきました。ヘッドたちは、過去に発表された103の実証研究から得られた1467の推計値を集計してメタ・アナリシス分析を行いました(メタ・アナリシスについては本連載の2013年12月配信分などを参考)。 彼らの分析によると、例えば1970年代のデータを使った研究では「距離の違いによる貿易量の変化の弾性値」は平均で0.9となりました。これは国と国の距離が1%ポイント長くなることで、貿易量が0.9%ポイント減ることを意味します。そしてこの弾性値は、1990年代以降では0.95に上昇しているのです。この論文をヘッド達は以下のように締めくくっています。 These findings represent a challenge for those who believe that technological change has revolutionized the world the economy, causing separation to decline or disappear. これらの結果は、「技術の進歩により(距離による)『世界経済における国々の間の分断』が減ってきている」と信じている人たちへの、挑戦的な結果といえるだろう(筆者意訳)。 さて、ヘッドの論文は2001年までのデータを使っています。ではインターネット取引が充実している現在でもやはり距離の影響はあるのでしょうか。実は、インターネット取引も距離の影響を受けやすい、という研究成果も得られています。 カナダ・トロント大学のベルナルド・ブラムとアヴィ・ゴールドファーブが2006年に「ジャーナル・オブ・インターナショナル・エコノミクス」に発表した論文では、1999年末から2000年3月までに米国と他の国の間で行われたインターネット上のデジタル製品・サービスの取引量と各国の距離の関係を統計分析しており、その弾性値は1.1となりました。先のヘッドの研究の弾性値(0.9〜0.95)よりもむしろ大きな値なのです。インターネット取引だから距離の影響を受けない、とはいえないようです。 世界はフラット化していない さらにグローバル化のパターンについても、新しい知見が出てきました。それは、「グローバル化はフラットか、スパイキーか(フラットの逆で、ギザギザしているという意味)」という視点です。 最近は、モノ・カネ・人などが世界中のあらゆる国・地域でまんべんなく行き渡ることを、「フラットな世界(Flat World)」という言葉で総称することがあります。この言葉は、ジャーナリストのトーマス・フリードマンが2005年に発表した著書で使い、今や世界中で使われています。耳障りもよいので、日本のメディアでも使われるようです。 しかしこれに対して、多くの経営学者(経済学者)たちは、フリードマンのこの感覚的な主張を批判しています。先のゲマワットがまさにそうです。ゲマワットは先に述べたような傍証から世界はセミ・グローバリゼーションにあり、フラットになどに全くなっていない、と述べます。UCLAの国際経済学者エドワード・リーマーも、2007年に「ジャーナル・オブ・エコノミック・リタラチャー」に発表した論文の中で、様々な角度から「フラット化する世界」を手厳しく批判しています。 さらにトロント大学のリチャード・フロリダは、多くの学術論文やメディアへの寄稿を通じて、「世界中の経済活動、特に知的活動や起業活動などは、特定の都市など狭い地域への集中が進んでいる。すなわち世界はむしろスパイキー化しつつある」と主張しています。 ベンチャー・キャピタルの国際化に見られる矛盾 国境を超えたビジネス・投資にも、フラットではなくスパイキーな傾向が見られることを示したのは、筆者がニューヨーク州立大学バッファロー校のヨン・リーとピッツバーグ大学のラビ・マドハヴァンと共に、2011年に「ストラテジック・アントレプレナーシップ・ジャーナル」に発表した論文です。この論文で、私とリー教授・マドハヴァン教授は、米国を中心としたベンチャー・キャピタル(VC)の国際投資を統計分析しました。 そもそもVC投資というのは、ローカル化する傾向があります。なぜなら、ベンチャー・キャピタリストは投資先を選定するために投資候補の起業家に何度も会う必要がありますし、投資後も頻繁に投資先企業の経営をチェックし、経営指導することもあるからです。人間同士の密な交流を必要とするビジネスなのです。 したがってベンチャー・キャピタリストは、距離が近いスタートアップに投資しがちです。ハーバード大学のポール・ゴンパースとジョシュ・ラーナーの推計によると、米国はあれほど広大なのに、スタートアップ企業とそのリーディング・インベスターのベンチャーキャピタル(VC)企業の距離の中位値はわずか94キロしかありません(注2)。この近接性を好む傾向により、シリコンバレー、ボストン、シアトルなどの特定の地域にVC投資が集中する「スパイキー化」が起きるのです。 ところが近年になって、米国から海外へのVC投資や、逆に海外VC企業の米国への投資が急速に増えてきています。これまでローカルでスパイキーだったVC投資で、グローバル化が進展し出したのです。 この矛盾を説明するために、筆者たちは「スパイキーな国際化(Spiky Globalization)」という新しい国際化のパターンを提示しました。 これからはスパイキーなグローバル化が進む? これは「VC投資のような、情報集約型で人と人の交流を必要とするビジネスの国際化は、国と国の間で起きるのではなく、ある国の特定の地域と別の国(の特定の地域)で集中して起きるのではないか」という考えです。 例えば、米国と台湾は近年VC投資や起業家の交流が盛んですが、これは米国全土と台湾全土で起きているのではありません。米国の中でもカリフォルニア州のシリコンバレーという極めて狭い地域と、台湾の新竹というこれまた狭い地域の間で起きているに過ぎません。 この点を検証する端緒として、筆者たちは、米国の各州と世界各国のあいだのVC投資の流れを集計しました。そして、各州や各国のVC投資地域としての重要性をコントロールした指数(intensity indexといいます)を計算した結果、ある特定の米国の州と海外の特定の国の組み合わせで、指数が著しく高くなる傾向を見つけたのです。 例えば先に述べたように、台湾と関係が強いのはカリフォルニア州です。インドはニューヨーク州との関係が特に強くなりました。イスラエルとニュージャージー州も非常に関係が強く、これは同国と同州で共にバイオ・ベンチャーが盛んなことが影響していると考えられます。 この「スパイキーな国際化」の分析は端緒についたばかりであり、さらなる研究が求められます。しかし、これは今興隆している多くのスタートアップ活動やVC投資がそうであるように、ビジネスが情報集約型になって人と人の密な交流が重要なほど、「国と国」という広すぎる単位でグローバリゼーションを捉えることにそもそも意味がなく、「ある都市と別の国(のある都市)の間の関係」という視点が重要になることを示唆しています。 単純な「グローバル化論」に惑わされないために 今回は、世界の経営学で示されている「グローバル化」について、我々が持っている感覚的な通念を打ち破る研究成果を紹介してきました。「グローバル化」と聞くと、私たちはどうしても、「世界がまるで一国のように繋がって」「世界中で万遍なく取引され」「国と国の距離は縮まっている」と思い込みがちです。しかし、冷静にデータを分析していくと、そのようなグローバル化の捉え方は単純にすぎるのです。 このようなグローバル化の事実は、我々のビジネスを考える上でも示唆を与えてくれるはずです。例えば、先のゲマワットはAAAという企業分析のフレームワークを提示し、国際化する企業は「特定の国への集積」「それぞれの国への適応」「国の違いを生かした裁定」の3つを活用することが重要と述べています(注3)。これは「世界が完全なグローバル化にはほど遠い」からこそ生まれた考え方です。 また、VCのように人と人の密な交流が重要な分野で「スパイキーな国際化」がさらに顕著になるなら、「他のどの国にビジネス展開するか」ではなく、「自分がどの都市にいて、海外のどの都市でビジネスを展開するのか」という視点がより重要になるはずです。 これら3つの事実が、みなさんの「グローバルな」ビジネスを再考する上で、何らかのヒントになれば幸いです。 注1:Frankel, J. A. (2001) Assessing the Efficiency Gain from Further Liberalization. In Porter, Roger B., Pierre Sauve, Arvind Subramanian & Americo Beviglia Zampetti, (eds.) Efficiency, Equity, and Legitimacy: The Multilateraltrading System at the Millennium. Brookings Institution Press: Washington, D.C. 注2:Gompers, P.A., Lerner, J. (2004) The Venture Capital Cycle. MIT Press: MA. 注3:Ghemawat, P. (2007) Redefining Global Strategy. Harvard Business School Publishing: MA このコラムについて MBAが知らない最先端の経営学 ピーター・ドラッカー、フィリップ・コトラー、マイケル・ポーター…。日本ではこうした経営学の泰斗は良く知られているが、経営学の知のフロンティア・米国で経営学者たちが取り組んでいる研究や、最新の知見はあまり紹介されることがない。米ニューヨーク州立大学バッファロー校の助教授・入山章栄氏が、本場で生まれている最先端の知見を、エッセイのような気軽なスタイルでご紹介します。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141114/273829/?ST=print
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