03. 2014年11月07日 05:37:31
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【第515回】 2014年11月7日 長野美穂 なぜオバマは“ゲティスバーグ以来”の惨敗を喫したか メディアが報じ切れない米国中間選挙「真の論点」 ――ジャーナリスト・長野美穂 米国中間選挙の開票は、まるでオセロゲームの勝負のようだった。民主党優位のはずの「青い」州があっという間に共和党の色「赤」にひっくり返り、米国の政治地図が赤色に塗り替えられたのである。投票結果は共和党が圧勝し、上院も下院も過半数を制覇した。有権者から「ノー」をつきつけられたオバマ政権の今後はどうなるのか。現地メディアが伝え切れない今回の戦いの争点、そして米国の政治の行方を、独自の視点からリポートする。(取材・文・撮影/ジャーナリスト・長野美穂)民主党はゲティスバーグ以来の惨敗? 国民がオバマに突き付けた重い審判 中間選挙直後に会見で語るオバマ大統領。民主党の敗北で心中やいかに?(Photo:AFLO) 共和党圧勝から一夜明けると、カンザス州の保守派向けラジオトークショーのホスト、ジョセフ・アシュビーは放送でこう絶叫した。
「我々共和党員がこんなに狂喜乱舞してるのは、ロナルド・レーガンが49州で圧勝した1984年以来だ! そして、民主党がここまで惨めに負けたのは、ゲティスバーグの戦い以来だ!」 4年ごとに行われる大統領選の中間の年に、全米で一斉に新しい上下院議員や州知事が選ばれる米国中間選挙。米国連邦議会では、任期6年の上院の3分の1、任期2年の下院の全議席が改選される(詳しくは下の図表を参照)。その投開票が、さる11月4日に行なわれた。 (上)選挙の投票日は常に火曜日。投票所は朝7時から夜8時までオープン。 (下)地元小学校の図書室が即席投票所に そもそも、今回の中間選挙の最大の争点は、議会の上院で過半数の議席を取れていなかった共和党が、過半数を占めるために必要な6議席を獲得できるかどうか、だった。2010年の中間選挙において、共和党が下院で過半数を獲得した結果、議会で上下両院の多数派が異なる「ねじれ現象」が続き、多くの法案や政策が停滞して、米国民は不満を募らせた。
今回、共和党が上院でも過半数を制すれば、「ねじれ」は解消する。しかし、「大統領と政権への中間評価」という意味合いを持つ中間選挙で敗北することになれば、オバマ政権と民主党にとって大きなダメージとなる。まさしく米国政治の今後を左右しかねないイベントなのだ。そんな「分水嶺の戦い」で国民がオバマに突き付けた選択は「ノー」だった。共和党が圧勝し、上院も下院も過半数を制覇したのだ。 この結果を受け、全米の「激戦地」は歓喜と悲哀の渦に巻き込まれた。たとえば、前回のレポートで詳しく紹介した選挙戦の激戦地の1つカンザスでは、選挙日直前まで共和党の現職州知事の支持率が30%台に急降下し、また同州の共和党の上院議員も議席を失うのでは、と危ぶまれていた。
だがフタを開けてみれば、共和党は上院で必要な6議席より1席多い7議席を確保。危ぶまれていたカンザスでも勝ち、さらにコロラドやアイオワなど、前回までの大統領選でオバマ支持が強かった州でも、現職の民主党候補を破って新陣地を拡大する快挙を成し遂げたのだ。 有利のはずだったカンザスでなぜ? オバマと距離をとった民主党議員 (上)オバマケアと独立系のグレッグ・オーマン候補をバッシングするテレビ宣伝。(中)カンザスで流れたポール・デイビス候補に対するネガティブ広告。(下)これは反対に、デイビス候補を支持する広告。同じ被写体でも写真の明るさが違う 「こんな形で負けるなんて、全く想像してなかった」
カンザス州民主党代表のジョアン・ワグノンは、電話の向こうで言葉に詰まった。開票開始直後にはリードしていた民主党の州知事候補ポール・デイビスが、不人気だったはずの共和党の現職州知事サム・ブラウンバックに、50%対46%の得票差で敗れたのだ。 全米のメディアが注目し、統計学を駆使するデータ分析ジャーナリストのネイト・シルバーが「勝つ」と予測したカンザス民主党の候補は、なぜ負けたのか。 ワグノンはこう言った。 「共和党は私たちの3倍の選挙運動費を使い、『民主党に投票することは、オバマに再度投票することと同じ』と宣伝し、私たちを大統領と必要以上に結びつけた。そして、ネガティブなテレビ広告で州民の不安を煽った」 エボラ熱やイスラム国、シリアへの対応で、後手に回った観のあるオバマ大統領の支持率がジリジリと下がる中、各州の民主党候補らは、オバマに応援演説を頼まず、人気の落ちてきた大統領と同一視されないように細心の注意を払っていた。 だが民主党候補が、党の親玉であるオバマと全く関係ない者として完全に距離を置き、有権者の前で自身をアピールすることは可能なのか? 「それは……無理だと思う」 ワグノンはそう答えた。 「チェンジ」を提唱して国民から圧倒的な支持を受け、大統領に当選した1期目のオバマと、支持率がジリ貧となった現在のオバマ。どちらも党から切り離せないのがジレンマだ。 民主党の票田だった女性を 取り込んだコロラドの共和党 一方、保守派向けラジオ番組ホストのアシュビーは、リスナーたちに向けて、さらにこう叫んだ。 「今回の選挙では、共和党は史上最年少の女性下院議員を当選させ、さらに共和党の黒人女性議員を初めて下院に送り込むことに成功した。女性の活躍を後押しするという戦いでも、共和党は民主党に対して、ノルマンディー上陸レベルの勝利を見せつけたのだ!」 本来、女性票や黒人票の多くは民主党に流れるのが常だ。だが、コロラド州の上院選挙では、共和党のコリー・ガードナーが女性票も取り込んで、現職の民主党のマーク・ウダルを破った。 地元の政治運動に詳しいコロラド大学デンバー校のチャド・カウッツアー教授は、同州の民主党の敗因をこう分析する。 「コロラドの民主党は、闘う前から諦めていた。州内の公立学校内への銃持ち込み禁止を求める規制や、移民法改正案など、若者たちの票を十分集められるホットな案件を州民投票にかけることを、民主党はあえて避けた。これらの法案を取り上げてほしいという市民の嘆願署名も無視して……」 若者不在。それが大統領選挙と違う中間選挙のアキレス腱だ。今回の選挙で投票した有権者のうち、30歳以下の若者はたった13%だった。一方、60歳以上は35%を占めた。 カウッツアー教授によれば、コロラドのキリスト右派のなかで特に中高年層を「投票に行かねば」と駆り立てた「非常に効果的なエサ」が、中絶関連の懸案だったという。 「『胎児は人間か』『どこからが命を殺すことなのか』という、中絶反対派にとって見逃すことのできない案件が住民投票で決められるとなれば、保守派は必ず家を出て投票所に向かうから」 そして、それは大当たりした。 米最高裁で「中絶は合法だ」と歴史的な判決が下って久しいが、共和党支配が明確となったキリスト右派の強いコロラドで、「今後、中絶クリニックへの締め付けが増えていく心配がある」と教授は言う。 大統領の地元イリノイまでもが 共和党候補に制される前代未聞 若き共和党員のウェズリー・ウィリアムズ。共和党の勝利を確信し、選挙ボランティアに励んだ さらに、オバマの地元・イリノイ州では、民主党現職州知事のパット・クインが、大金持ちの共和党候補ブルース・ラウナーに敗れた。
オバマのホームタウン、シカゴの街を擁するイリノイ州が、共和党支配の「赤色」になることなど、4年前に誰が想像しただろうか。 民主党の牙城、マサチューセッツでも州知事が共和党に敗れた。経済と雇用が上向きになったとはいえ、給与が上がらない生活に対する市民の不満が募り、エボラ熱やテロへの不安も高まる。 オバマ政権への怒りや異議申し立ての動きが、今回共和党が浮動票や無党派票を取り込んで勝てた大きな理由なのは、もう明らかだ。 ただ今回、上院と下院の過半数を勝ち取り、オバマをレイムダック大統領にした共和党は、もう現政権への「反対派」ではいられなくなった。両院を支配したら、今度は実際に法案を通すための具体的な仕事が待っている。今後、米国の政治はどこへ向かうのだろうか。 オバマケアを白紙に戻せるか? 拒否権行使も匂わす大統領との対峙 「上院の過半数を取ったら、オバマケアを必ず白紙に戻す」 そんなスローガンで、国民医療健康保険制度に反対する保守派の票をかき集めてきた共和党だが、連邦上院のリーダーとなるケンタッキー州の共和党ミッチ・マカノー議員は、投票日前に「オバマケアはこのまま残るだろう」とうっかり口を滑らせ、保守派から「弱気すぎる」と批判されていた。 今回無事再選されたマカノーは、当選翌日に「米国のジョブマーケットとヘルスケアに害をもたらすオバマケアを白紙に戻す」と、オンライン版のウオールストリート・ジャーナル紙のオピニオン欄に意見を載せ、「タフ」な上院リーダー像を慌ててアピールした。 (上) カリフォルニア州で投票を呼びかけるリサ・サンドバンク。(下)サンタモニカに立ち寄ったオバマ大統領を一目見ようと、道に立って待つ住民たち 一方、オバマは開票後の記者会見で、医療改革法案の微調整には応じる方針だが、「法案を白紙に戻す法案には私はサインしない」と断言。大統領の拒否権を行使することを明確にした。
オバマケアを法案として成立させ、国民皆健康保険に近い医療制度を法として成立させたのが、オバマ政権の最大の功績だとすれば、オバマが年内にもう1つどうしても実行したい公約が、移民法改革だ。 選挙前の10月末、カリフォルニア州のハリウッドを民主党の資金集めのために訪れたオバマは、ハリウッド俳優の家に立ち寄る前に、サンタモニカのコワーキングスペースを訪れ、ミレニアルズと呼ばれる若い世代の起業家たちとディスカッションした。 世界中から優秀なエンジニアや起業家が集まるシリコンバレーを例にとり、「米国で学位を取った優秀な人材がそのままこの国に残れる道筋を提供するためにも、移民法を改革しなければ」と語り、移民法改革を阻止しようとする共和党を「自殺行為だ」と激しく批判した。 カリフォルニアには、子どもの頃、親に連れられてメキシコ国境を越えてきた違法移民が特に多い。米国で育ちながら10代や20代になった今も、米国籍がない若者がたくさんいる。そんな彼らに永住権と市民権の道を与える「ドリームアクト」と呼ばれる政策を「大統領特別命令」として実施したオバマだが、それだけでは「選挙前の公約を果たしたことにならない」と見る支持者も多い。 本格的な移民法改正を求める声も 米国経済に大きな変化は出ない? オバマに2回投票し、今もオバマ支持を貫くトーヤ・コリンズ 「大統領にはあと2年間で、もっと大規模な移民法改正をきっちり実現してほしい」
そう言うのは、過去の大統領選で2回ともオバマに投票してきたサンタモニカ住民のトーヤ・コリンズだ。 「小学校教師として、オバマの教育政策には不満はたくさんあるし、何とかしてもらいたいけど、あと1つ彼が現政権で大きな仕事をやり遂げられるとしたら、それは移民法改正だと思うから」 オバマは、開票後の記者会見では「上下院のコントロールを獲得した共和党のリーダーたちが何を達成したいのか、よく聞いて協力したい」と言いながらも、年末までに大統領特別命令を発令してでも移民法改正をプッシュすることを断言した。 「共和党がどう思おうと、もう待っていられない」というのがオバマ政権の本音だが、それに対して上院リーダーになるマカノーは、「大統領特別命令のゴリ押しは、移民法改革を進める上で、井戸の水を汚す毒にしかならない」と発言していることもあり、今後、真っ向から対決する可能性もある。 移民法改正がワシントンの議題としてヒートアップするなか、全米の国民の関心事のトップは、やはり何といっても経済だ。 今回の中間選挙を経て、共和党が両院をコントロールするようになると、米国経済にどんなインパクトをもたらすのか。 ファーストユニオンバンクなど数々の銀行のチーフエコノミストを歴任し、その「当たる経済予測」が米経済メディアから引っ張りだこのエコノミスト、ジョエル・ナローフに、この点を直撃してみた。 「共和党が両院を支配しても、それほど大きなことができるわけではない。せいぜい、ちょっとした税制改革と最低賃金を何とかするくらい。共和党云々とは関係なしに、来年の秋までにアメリカ経済はさらに大きな本格的な伸びを見せるはずだし」という分析が返ってきた。 さらにナローフは、「オバマケアが今後、白紙に戻ることはあり得ない」と断言する。 「白紙に戻す、というのは、共和党の政治家が何とかして自分が再選されたいから使った選挙レトリックに過ぎない。これまで無保険だった1200万人の国民が保険に入った今、それを法律改正でなかったことにはもうできない。オバマがホワイトハウスを去る2017年の1月にも、この1200万人は保険に入ったままの状態でいるはず」 米国のエネルギー経済を左右する キーストーンパイプラインの行方 そしてさらに、米国の石油、天然ガス資源などの発掘の鍵を握り、エネルギー経済を左右する、キーストーンパイプラインはどうなるのか。 多くの共和党の候補者たちは、カナダと米国を結ぶこの石油パイプラインを通すという公約で、商工会議所やビジネス関連から大きな票の後押しを受けて当選しているのだ。 「キーストーンパイプラインは、たとえ通ったとしても、実はほとんど米国経済には関係ない」とナーロフはバッサリ切る。 「石油精製やパイプライン事業など、利益を直接受ける業者は多少潤うかもしれないが、たとえパイプラインが貫通したとしても、その恩恵を大きく受けるのは実はカナダだけ。パイプラインがあっても、米国の資源輸出にはプラスにならない」 また、もしパイプライン計画が頓挫すれば、オバマが環境保護に動いた証拠だ、と判断され、「オバマの株が多少上がるだけだ」と言う。 「政治が及ぼす経済効果を見るときは、ワシントンから利権を得て、自分に都合のよい結果を引き出そうとする利益グループの存在や、そのグループの宣伝文句を割り引いて考えないと」とナーロフ。 宣伝と言えば、今回の選挙は「史上最もカネのかかった中間選挙」と呼ばれ、40億ドル近くの献金が共和党と民主党にばらまかれた。 そのなかでも、カンザス州ウィチタに拠点を置く大企業、コーク・インダストリーズの共同オーナーである大富豪のコーク兄弟の名を、有権者から聞かない日はなかった。 大富豪コーク兄弟のコーク産業のテレビCM。コーク兄弟は反オバマケアに広告費をつぎ込んだ コーク兄弟はオバマ政権や、オバマケアに賛成した民主党候補者を徹底的に批判するテレビ宣伝に、巨額の資金を投入してきた。
「コーク兄弟がバックについてると思われる民主党批判のテレビ宣伝を見ると、気が滅入る。ネガティブなコマーシャルをもう見なくて済むという意味では、選挙が終わって良かった」と、コロラド大学のカウッツアー教授は言う。 「毎日毎日、テレビをつければ、30秒ごとにおどろおどろしい音楽と暗い映像のコマーシャルが流れてきて、コロラドでもそれが何ヵ月も続いた。資金を提供する側はネガティブ宣伝が効くと思っているから流すのだろうが、一度見ただけで嫌悪感を感じる場合が多く、むしろ全く逆効果だと思う」 ニュースの裏側に見えるパワーバランス 米国の政治はどこへ向かうのだろうか? オバマ大統領は、上院のリーダーとなるケンタッキー州の代表、マカノー議員と一緒に「(ケンタッキー)バーボンでも飲みながら、今後のことを話そうかと思う」とジョークで語っていたが、これまでオバマと数回しか対面したことがないと報道されている新上院リーダーとオバマの駆け引きが、いったいどうなるのかも見物だ。 米国民は「何もなし遂げられない議会」に嫌気がさし、すでにしびれを切らしているからだ。 「来期の議会発足数ヵ月以内で共和党がまともな法案を通過させられなければ、今までオバマに向いていた非難といらだちは、これから集中して共和党に向かうだろう」とナーロフは予言する。 「共和党圧勝」「民主党惨敗」としか伝えられないニュースの裏側を深堀りすると、実は表面だけを見てもわからない微妙なパワーバランスの上に米国の政治が存在していることがわかる。今回の中間選挙で、オバマ政権が逆境に立たされたことは間違いない。しかしだからと言って、共和党が野放図に勢力を伸ばせるわけでもなさそうだ。 米国の行方は、日本を含む世界の未来を左右すると言っても過言ではない。今後もかの国の政局を注視していく必要がある。 http://diamond.jp/articles/-/61759
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