02. 2014年11月08日 15:12:55
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『from 911/USAレポート』第678回 「「オバマ大敗」の中間選挙、今後の政局は?」 ■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 『from 911/USAレポート』 第678回 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (冷泉彰彦さんからのお知らせ) もう一つのメルマガ、「冷泉彰彦のプリンストン通信」(まぐまぐ発行) http://www.mag2.com/m/0001628903.html (「プリンストン通信」で検索) 先々週から先週までの内容を簡単にご紹介しておきます。 第035号(2014/10/28) 政治的「本籍」と「現住所」の関係とは? 慰安婦問題、名誉回復への<情念>をどう理解するか? 連載コラム「フラッシュバック69」(第19回) 日本の太平洋航空網は大丈夫か? Q&Aコーナー 第036号(2014/11/04) 日米野球を展望する どうなるアベノミクス「後半戦」? 連載コラム「フラッシュバック69」(第20回) 「地方再生原論」まずは総論から 70年安保とは何だったのか? Q&Aコーナー JMMと併せて、この『冷泉彰彦のプリンストン通信』(毎週火曜日朝発行)も同 じように定期的にお読みいただければ幸いに存じます。購読料は税込み月額864 円で、初月無料です。登録いただいた時点で、当月のバックナンバーは自動配信さ れます。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ それにしても、オバマの民主党は「派手に」負けました。本稿の時点では、上院 で共和党が52、民主党が45(未決定が3議席)、下院では共和党が243で、 民主党が180(未決定が12議席)、知事も民主が3つ減らして、共和党が3つ 増やすという結果ですから、何とも一方的です。 これで共和党のミッチ・マコーネル上院議員が「多数派の上院院内総務」として 巨大な権力を手にすることになります。下院も共和党が議席を伸ばして戦後最大の 250に到達する勢いですから、正にオバマのホワイトハウスは窮地ということに なります。 これがジェネラル・エレクション(大統領選を含む総選挙)であれば、「ランド スライド(地滑り的)」勝利とでも言うところですが、今回はそうした言い方はあ まり聞こえてきません。基本的に中間選挙の場合は、野党がいくら勝っても、大統 領の権限が前に立ちはだかっているので、そこで政権を取ることにはならないので す。ですから「ランドスライド」という形容が適当ではないということがあります。 これに加えて、今回の中間選挙に関しては特殊な事情があります。それは、歴史 的な「低投票率」という問題です。まだ暫定的な数字しか出ていないのですが、多 くの報道では恐らく34%程度というショッキングな水準になっているようです。 4年前の「ティーパーティー登場劇」で盛り上がった中間選挙では40.9%であ り、これは中間選挙としてはここ数回の中では高率でしたが、いずれにしても平均 して40前後は行くというのが普通だったからです。ちなみに、大統領選が加わる 「ジェネラル・エレクション」の場合は、これより10%高い50前後になります。 そんな中で、現在言われている数字がかなり正しく、今回が34%ということだ としますと、これは大変な問題です。まず、勝った共和党への信任というのは、か なり消極的なものだということになります。その一方で、2008年にオバマを大 勝させた「女性、若者、マイノリティ」が投票所に来なかったということで、オバ マにも改めて不信任が突きつけられたという形になります。 これに加えて、2008年の大統領選と比較しますと、20%近い票が「寝た」 ということは、この票が動くようですと、2016年の大統領選では「何でも起き 得る」ということが言えます。つまり、今回共和党が勝ったからと言って、この勢 いで2016年の大統領選が有利になるということは、「全くと言っていい」ほど 「当てはまらない」のです。 ところで、仮に34%というような低投票率ですと、多くの国では「憲政の危機」 だというようなことになるわけです。ですから、解散制度のある国では「もう一度 解散して民意を問え」という話になりますし、例えば日本の場合ですと、多くの新 聞が「棄権した人を叱責する」ような社説を掲げたりもします。 ですが、アメリカではそうしたことは全く起きません。一つには、憲政、つまり 憲法に決められた「民主主義のゲームのルール」に関しては、国民の間に絶対的な 信任があるということがあり、もう一つは、その憲政への信任の中で「棄権が出た」 という現象も一つの民意の表れとして、誰もが冷静に受け止めているということが あります。 簡単に言えば、今回の34%という低投票率の中での共和党の上下両院での圧勝 というのは、「それ以上でも以下でもない」ということです。共和党はこの議席を 使って権力を行使していいわけですが、同時に投票所に来なかった巨大な票を含め た民意の全体に反した政治はできません。そうした制約の中で、これから政治のゲ ームをオバマも、共和党の両巨頭(ミッチェル上院多数党院内総務、ベイナー下院 議長)もプレーしていかなくてはならないのです。 低投票率ということには、共和党が「必ずしも勝利者でない」ということに加え て、もう一つの意味があります。それは、具体的なある政策について、民意が判明 したということは「ない」ということです。例えば2006年の中間選挙において、 共和党は大敗しましたが、そこでは「イラク戦争遂行」が争点として問われ、民意 はこれに対して「ノー」を表明しました。 また2010年の中間選挙では「景気の戻りが遅い」ということに加えて「不況 下にどんどん財政赤字が拡大するのはダメ」という民意を受けて、均衡予算への模 索が始まっています。 ですが、今回はそうした具体的な民意は「ない」のです。ですから、例えばブッ シュ大統領が2006年にはラムズフェルド国防長官(当時)を更迭して、具体的 にイラク戦争の方針転換を図ったとか、2010年にはオバマ大統領が議会に率先 して「財政規律諮問委員会」を作るといった動きに出ていますが、今回はそうした 「具体的なリカバリー策という手」は使えないということになります。 一部には、「オバマが格差是正ができなかったから」という点を敗北の理由に挙 げているような解説もありますが、これも曖昧です。確かに民主党の消極的支持者 は「格差是正ができなかった」と怒って棄権していると思われます。ですが、共和 党への投票行動ということそのものは「格差の是正は政府がすることではない」と いう思想を認めたことになるわけで、この点でも民意のありかは曖昧です。 では、具体的にこれからの政局はどうなっていくのでしょうか? とりあえず、選挙が火曜日に終わった週内の動向としては、ホワイトハウスと共 和党の双方が色々なメッセージを出して、いわばアドバルーンを上げている格好で す。まず上院で多数党の院内総務に内定しているミッチェル議員は「今後は政府閉 鎖を招くようなことはしない」と表明しています。これは「最初はお行儀よく」と いうこと、そして一連の予算バトル騒動では共和党が世論から見放されたことを受 けてのものと理解ができます。 一方で、ベイナー下院議長は「オバマケア(国民皆保険制度)の廃止、キースト ーン・パイプラインの承認、そして国家債務の圧縮を断行する」と息巻いており、 こちらは議席を背景にした対決モードというところです。 こうした共和党の硬軟取り混ぜたメッセージに対して、オバマ大統領は「対話を 重視する」として、共和党の主要な議員をランチに招待して懇談したりしています が、一方で国民向けのメッセージとしては「政策には変更はなし」ということを言 い続けています。これに加えて、「今回の改選議席は史上最悪の割り振りだった」 と選挙区の組み合わせに責任転嫁するなど、本当に対話の姿勢があるのか、まだ腰 は定まっていないようです。 そんな中、具体的にはどんな対立点があるのでしょうか? 実はたくさんあります。本当に沢山あるのですが、先ほど申し上げたように、中 間選挙として「政策に関して民意が表明された」という格好にはなっていないわけ で、全ては今後の与野党折衝に委ねられることになります。 まず税制の問題があります。包括的なテーマとしては「税体系の簡素化」という 提案が共和党から出ていて、内容的には個人に関する減税の恒久化、そして法人減 税という話です。現時点では、オバマの方は「個人に関する減税は合意へ向けて交 渉してもいいが、法人減税はイヤ」という立場です。 勿論、この「減税」には条件があって、与野党合意している中長期の財政規律に は反しないということになっています。では、どうして減税論議が可能なのかとい うと、景気が良くて税収が好調だからです。では、その延長で本当に減税を決めて いいのかということになると、全ては年明けの景気動向によるということになると 思います。 次は、エネルギー問題です。基本的に与野党がシャープに対立しているのは、オ バマ政権が環境問題を理由に国内のエネルギー開発に規制をかけているためで、こ の点では双方譲れない雰囲気になっているのです。中でも、天然ガス移送の主要幹 線である「キーストーン・パイプライン」に関しては、オバマ政権が規制をかけて ストップさせているという状況が続いており、この点で妥協ができるかは注目点で あると思われます。 医療保険改革、つまりいわゆる「オバマケア」に関しては、今回の大勝を受けた 共和党としては「廃止に追い込む」と意気盛んですが、仮に廃止となれば改革で恩 恵を受ける層にしてみれば「いきなり不利益変更になる」わけです。特に、巨大な 民主党の消極的支持層が猛反発するのは目に見えているわけで、共和党としては 「党内と支持者向けには、廃止・廃止と大声で騒ぐ」一方で、実際の行動に関して は様子を見ながらということになると思います。 そもそも、ここ数年の共和党は下院で「オバマケア廃止法案」を通しては、上院 で否決されてきたわけです。それが「上下両院で通し」ても大統領に拒否権を行使 されるということに変わるだけで、オバマの任期中は基本的には動けないと思われ ます。 経済の関連では、銀行規制の問題が大きいと思います。リーマンショックの後の 金融危機で「公的資金を入れた」以上は、「大きすぎて潰せない」銀行には、危険 な投資行為はご法度という形で厳しい規制が導入されています。共和党としては、 この規制を何とか「取り払いたい」一方で、オバマとしては2008年以来の経緯 からして譲れないという格好です。 妙な綱引きになっているのが移民法問題です。今回の中間選挙に関して、オバマ は「大統領令によって不法移民の合法化を強行」するかどうか迷って、一説によれ ばそのためにヒスパニック票の離反を招いたということなのですが、では共和党は こうした改革に反対であるかというと、決してそうでもないわけです。 今は、共和党としてもヒスパニック票は無視できない中で、問題は「仮に歴史的 な移民法の改革ができた」として、それが「民主・共和どちらの功績になるのか?」 という点が綱の引っ張り合いになっているわけです。だったら、両者が仲良く実施 へ向けて行動すればいいとも思うのですが、そこは政治という魑魅魍魎の世界であ って、視界は極めて不良です。 外交に関しては、やはりISIL(「イスラム国」)の問題が大きいわけですが、 オバマとしてはイランでロウハニ政権という穏健派の政権ができている中で、何と かイランとの対話へ持って行こうとしています。ISILはイランも敵視して挑発 行為を繰り返している一方で、ISILの「被害者」としてイランが警戒している クルド勢力が「必要以上に自立してしまう」ことに関しては、どうしてもイランと の調整が必要なためです。 ですが、共和党は一貫して「イランのイスラム共和国は、アメリカの仮想敵」と いう姿勢を崩そうとはしていません。核開発問題と、イスラエル敵視政策だけでな く、そもそもイラン革命前後の経緯からしてもアメリカと「直接対決する敵」とい う認識を捨てていないのです。ですが、ISILへの対策ということでは、そうば かり言っていられないわけでオバマは焦っているのですが、今回の選挙で勝った共 和党としてどう出て来るかは注目されます。 いずれにしても、現在の政局は非常に奇妙な状態になっています。民意としては、 選挙で大敗させることでオバマ政権への不信任を突きつけた一方で、歴史的な低投 票率ということで共和党もまた決して信任されていないという状況が作り出されて います。また各選挙区の戦いが、各選挙区の地域事情によってバラバラに戦われた ために、政策に関する民意の出方が曖昧になっているわけです。 では、これから先は、オバマ大統領、ミッチェル院内総務、ベイナー下院議長と いった「それぞれのボス」が丁々発止のやり取りをしながら、それこそ「寝技」や 「水面下の駆け引き」などが続いて、要するに個人の政治的な交渉力の「見せ場」 となっていくのでしょうか? また、それに2016年へ向けて野心を抱いた大統 領候補たちが絡んでいくのでしょうか? 確かにそうした「政界ドラマ」という要素はあるのは間違いありません。ですが、 政治を大きく動かすのはそうではないと思います。全ては、年明けの景気にかかっ ているからです。年明けに、アメリカが「QE明け」の中でも安定的に成長してい くのか、またその前に年末商戦をここ数年なかったような「勝利ラッパ」の鳴るよ うな状態に持っていけるのか、その方が重要です。 景気の好調が続くようですと、与野党合意も比較的成立しやすくなるでしょうし、 特に税収増の中では政策の自由度も高まるでしょう。ですが、2015年に大きく 景気の腰が折れるようですと、政局は一気に流動化することが予想されます。いず れにしても、選挙の結果は出ましたが、選挙後の政局はまだ始まったばかりと言え ます。 ---------------------------------------------------------------------------- 冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家(米国ニュージャージー州在住) 1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。 著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空 気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『チェンジはどこへ 消えたか〜オーラをなくしたオバマの試練』。訳書に『チャター』がある。 最新作 は『場違いな人〜「空気」と「目線」に悩まないコミュニケーション』(大和書房)。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。 ◆"from 911/USAレポート"『10周年メモリアル特別編集版』◆ 「FROM911、USAレポート 10年の記録」 App Storeにて配信中 詳しくはこちら ≫ http://itunes.apple.com/jp/app/id460233679?mt=8 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●編集部より 引用する場合は出典の明記をお願いします。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ JMM [Japan Mail Media] No.818 Saturday Edition ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【発行】村上龍事務所 【編集】村上龍 【発行部数】92,621部 【お問い合わせ】村上龍電子本製作所 http://ryumurakami.com/jmm/
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