05. 2014年10月31日 07:34:42
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DOL特別レポート 【第511回】 2014年10月31日 長野美穂 保守の金城湯池カンザスで今、何が起きているのか? 米国中間選挙の最激戦地で占うオバマ政権の未来図 ――ジャーナリスト・長野美穂 4年ごとに行われる大統領選の中間の年に、全米で一斉に新しい上下院議員や州知事が選ばれる米国中間選挙。その投票日まであと4日となった。民主党と共和党の激戦が繰り広げられるなか、今注目を浴びているのは、牛肉とコーンの産地、中西部のカンザス州だ。保守の共和党が圧倒的に強いはずのこのレッド・ステイトで、現職の大物ベテラン共和党政治家2人が民主党と独立系の若手候補に敗れるかもしれないという、前代未聞の異変が起きているのだ。カンザスの投票結果は、ワシントンのオバマ政権の今後のパワーバランスを左右するインパクトになると言われている。米国の政治は、果たしてどこへ向かうのか。運命の鍵を握るカンザスに飛び、現地で住民と候補者の生の声を聞きながら、今後の政局を占う。(取材・文・撮影/ジャーナリスト・長野美穂)オバマ政権の行方を左右する中間選挙 カンザスでいま、何が起きているのか? 州都トピカの州議会。州知事オフィスはこの中にある 地平線の彼方まで広がるとうもろこし畑と、放牧的な大地で草を食む真っ黒な牛たち。そんなのどかな田園風景を眺めつつカンザスシティから数時間車を走らせると、人口約40万人を擁する同州最大の都市ウィチタに着く。
かつて、第二次世界大戦中に日本の国土に爆弾を落としたボーイング社製のB‐29戦闘機の多くがこの街で製造されていたため、ウィチタは「米国の航空産業の中心地」として栄えてきた。 だが9.11テロの後には、航空産業の需要が落ち込み、航空機製造の減少で大きな打撃を受けた。 そのウィチタの中でも特に貧しい黒人住民が大半の地域で、民主党所属の州知事候補であるポール・デイビスを囲みタウンミーティングが開かれていた。 「我々は、あと4年間も今の州知事のサム・ブラウンバックの政治を我慢できない。黒人やラティーノ、移民や貧乏人を徹底的に痛めつけ、金持ちだけを優遇してきたブラウンバック支配にノーをつきつけるのは、今しかないんだ」 黒人とヒスパニック系住民が中心となる地元コミュニティ団体のカルロス・コントラレスがマイクを握ってそう宣言すると、集まった100人ほどの住民たちは「そうだ!」と拳を振り上げた。 共和党員が敵のデイビス候補を支援!? 現州知事ブラウンバックの深い苦悩 (上)ポール・デイビス州知事候補。教師である両親に育てられたことを強調。(中上)「デイビスを支持する共和党員です」というサイン。このサインはあちこちで盗まれ話題になった。(中下)黒人・移民・ヒスパニック系コミュニティがデイビスを後押ししている。(下)タウンミーティングでデイビスの質疑応答に聴き入る有権者ら 壇上のポール・デイビスは、「ブラウンバックがもし再選されたら、この先5年間でカンザスは10億ドルの財政赤字を抱えることになってしまう。そのしわ寄せは、公立学校教育費のさらなる財源カットだ」と警告した。
このデイビス、民主党員でありながら、敵陣である共和党の公職についている党員180人以上から支援を取り付けた“異例“の候補者なのだ。 味方のはずの共和党員の一部から背を向けられた現州知事のサム・ブラウンバックの苦戦ぶりに、全米から驚きと注目が集まる。 もしこの知事選で彼が再選されず、保守王国カンザスの牙城が崩れるようなことがあれば、同じく再選を狙う同州の連邦上院議員で共和党の大ベテラン、パット・ロバーツも、共に落選してしまうかもしれないからだ。 連邦議会上院で過半数の議席を取れていない共和党にとって、今回の中間選挙の最大の目標は、何としても上院の過半数議席を獲得すること、そして「オバマケア」を白紙に戻すことだ。 そのためには、共和党は連邦上院での過半数確保のために必要となるあと6議席を、勝ち取らなければならない。それができなければ、今後2年間、民主党の上院支配が続くわけだ。 今回の中間選挙は、50州全てで上院選挙が行われるわけではない。カリフォルニアやアリゾナなど多くの州では上院議員選挙はなしで、下院と州知事選挙が行われることになっている。 つまり、今回上院議員選挙のある州の投票結果が、今後の国政を左右することになるというのが、この選挙の最大のポイントなのだ。 伝統的に共和党の圧勝が固いカンザスで、万一ロバーツが議席を1つ落とせば、全体で見た場合、新たな6議席の獲得が非常に難しくなる。そのドミノ現象を起こしそうな台風の目が、ブラウンバックだ。 このサム・ブラウンバックとは、いったいどんな人物なのか? バリバリの保守派らしく、中絶や同性婚には絶対反対のブラウンバックは、2010年に州知事に当選するまで、カンザス州代表の上院議員として14年間ワシントンで国政のど真ん中にいた。 狂牛病騒ぎで日本が米国産牛肉の輸入制限をしたときに、「カンザス州民は毎日カンザスビーフを食べているけど、病気になったりしていない。だから輸入制限をせずに解禁して、我々に競争させてほしい」と訴えたのも彼だ。 米最高裁の判事の承認プロセスにも影響力を持つ上院司法委員会の主要メンバーだった彼は、当時若き連邦上院議員だったオバマが足下にも及ばないほどの権力を米国議会内で持ち、将来の共和党大統領候補と噂されるほどだった。実際、ブラウンバックは2008年に大統領選出馬も一時表明したぐらいだ。 所得税で成果を出せず教育費をカット 人気が地に落ちた元大統領候補の素顔 いつかは大統領になりたい――。そんな野望を持つアメリカの政治家がぜひ経験しておきたい職歴は、なんと言っても「州知事」のポジションだ。 国政でいくら権力を強めても、それは所詮ワシントン内でのこと。自分の選挙民が住む地元に密着した政治で手腕を認められなければ、州政府の力が強いアメリカ政治界では「経験不足」と見られかねないからだ。 カンザス民主党会長のジョアン・ワグノン。ブラウンバックが当選するまで州議会の財務官だった ブラウンバックは2010年に州知事に当選すると「所得税大幅カット」に取り組むと宣言した。カンザス民主党の代表を務めるジョアン・ワグノンは、今でも4年前のその光景を覚えている。
「サムが当選した次の日、当時州政府の財務担当官だった私のオフィスに彼が来て『所得税を廃止しようと思うんだけど、君、どう思う?』と聞いてきたの。私は『知事、無理ですよ。州の歳入が激減して収支バランスが合わなくなります。支出を大幅にカットしなければならなくなりますよ』と即答したのを覚えてる」 しかし、ブラウンバックは「実験」と称して所得税減税を断行した。特に高額所得者の税率を6.5%近くから5%に減らした上、ビジネス減税はさらに大規模に行った。 だが、ビジネス減税で経済活性化に成功したテキサスのように、州外から企業が次々にカンザスに本社を移転してくる結果にはならなかった。そこがブラウンバックの大きな誤算だった。 カンザス全体で固定資産税が3億ドルも上昇 共和党員の逆鱗に触れる大誤算に 「そこでサムがやったのは、公立小学校から高校までに割り当てられた教育費支出をごっそり削るという暴挙だった」とワグノン。 しかし、州の法律では「州は一定以上の教育費を州の財政から負担しなければならない」と決められている。教育費を極限までカットできないように州憲法の歯止めがついているわけだが、それを満たす税源が足りず、自治体ごとの固定資産税を上げて歳入を増やすしか道がない。 ウィチタ州立大学のエドワード・フレントジェ教授の調査によれば、ブラウンバックの政権下における最初の3年間で、カンザス全体の固定資産税は3億ドル跳ね上がったという。これが、不動産資産を持つ多くの共和党員の逆鱗に触れてしまう。 (上)州都トピカの高校生フットボールチームの試合。公立学校の教育予算が州知事選挙の争点だ。(下) 高校生のサムは自分に選挙権がなくても、デイビス支援のため選挙民の家を訪ねている 一方、公立学校の教育の現場では、教師たちの賃金カットや学校の統廃合が行われた。カンザスの教師達の給料は全米50州中で約43位と下から数えた方が早い。
「僕の通う高校は、遠くの高校と統合され、通学時間に30分以上運転しなければならなくなった」と言うのは、ウィチタの高校に通う17歳のサム・エッケルだ。「しかもここ3年で学校給食の質はガタ落ち。ひとクラスの人数は倍近くに増え、教師のリストラで先生の数が減らされた。サム・ブラウンバックの政策は、僕の高校生活をとことん惨めにしてくれたよ」 18歳未満のエッケルには投票権がない。だが彼は、ポール・デイビスのチラシを持って近所の家のドアをノックし、住民たちに投票を呼びかける。 「僕はもうすぐ高校卒業だけど、妹がまだ高校1年だから、あと3年間も妹に惨めな思いをさせるわけにはいかないからね」 「学校生活がとことん惨めになった」 反ブラウンバックに立ち上がる学生たち (上)大学生のグレース。民主党事務所でデイビス応援の電話ボランティア中。(下)「自分が選挙運動に関わるとは夢にも思ってなかったけど、今回だけはやらなきゃ」と語る民主党ボランティア 州都トピカにあるワシュバーン大学の1年生、グレース・フォイルズは、民主党の選挙事務所で有権者らに毎日数時間電話をかけ、住民に投票を呼びかけていた。
「うちの大学は教師志望の学生が多いんだけど、公立学校の現場の教師達がリストラに遭っているのを見ているとじっとしていられなくて。カンザスが好きだからこそ、このひどい現状に甘んじていられない」と彼女は語った。 現在、世論調査では支持率でブラウンバックよりも若干リードしているデイビスは、12年間の州議会でのキャリアを持つ42歳の州下院の総務担当だ。ブラウンバック政権下で、民主党と共和党の党派を超えて人脈を築いてきた実績はあるが、デイビス個人の知名度はそれほど高くはない。 ブラウンバックの不人気が、デイビスに少し有利に働いているだけだと見る共和党員らもいる。 「民主党はまるでデイビスがカンザスの教育現場の救世主かのような宣伝をしているけど、それはとんでもない誤解。教育費をカットする法案に過去に賛成の票を投じたのは実はデイビス本人なのに、彼は決してそれに触れない」と言うのは、ウィチタ州立大学の4年生で共和党員のブレイク・カーペンターだ。 カーペンターは「州の財源のうち68%がすでに教育費に使われているのに、これ以上教育費を増やしてその他の公共サービスを削るのはナンセンスだ」と言う。 また、ブラウンバックがどんなに不人気であろうと、多くの共和党員はブラウンバックに必ず投票するとカーペンターは見る。特に保守派が自分たちの価値観のコア部分である「小さな政府」「減税」「中絶反対」「銃を持つ権利」などのポリシーを犠牲にしてまで、民主党候補に投票することは決してないと、我が身を振り返っても思うからだ。 カーペンターら保守派にとって、民主党候補に投票することはオバマにパワーを与えることになり、「それだけは絶対に避けなければならないこと」なのだと言う。 この先もっとデイビスに流れる票があるとすれば、穏健派の共和党員の票である可能性が高い。「共和党が党内の穏健派をしっかり掴んでいるときには、私たちカンザスの民主党にまず勝ち目はない。でも、それが揺らいでいる今、ブラウンバックは自らの将来をぶちこわしたと言える」と州民主党代表のワグノンは分析する。 大リーグのロイヤルズのユニフォームを着て、ラストスパートの票集めに走るブラウンバック州知事 カンザスシティ近郊の鉄鋼工場を訪れて選挙演説した58歳のブラウンバックは、地元大リーグのカンザス・シティ・ロイヤルズのユニフォームを着て現れた。ワールドシリーズ出場の快挙を果たし、全米優勝を狙うロイヤルズの圧倒的な人気にあやかりたいという欲が一目瞭然だ。
「デイビスに投票することは、オバマに投票することと同じ。地元にもっと職をつくり出して企業を誘致するために、そして私たちが信じる“小さな政府“を実現するために、レーガンの理想を踏襲する私にどうか投票してほしい」と、ブラウンバックは声を大きくした。 上院議員選挙で共和党が戦うのは ヘッジファンド出身の大金持ち候補 (上)カンザス商工会議所の敷地内には上院議員パット・ロバーツ支持のサインが。(中)パット・ロバーツの応援演説のために登場したブラウンバック。ふたりは共和党同士の運命共同体か。(下)高級ショッピングモールで開かれたロバーツの選挙演説のスタッフ 一方、そんなブラウンバックとペアを組むように、ロイヤルズの野球帽を被って選挙運動をしているのが、カンザス州代表で米国上院議員のパット・ロバーツだ。78歳の超ベテラン議員のロバーツが再選をかけて闘う相手は、ヘッジファンド出身で大金持ちの45歳、共和党でも民主党でもない独立系候補のグレッグ・オーマンだ。
「オーマンは独立系なんかじゃない。オーマンはオバマに献金した過去がある。つまり、オーマンに投票するということは、リベラルな民主党に投票するということなんだ。私のように、カンザス州民のために長年尽くしてきた実績は、ハリウッドで資金集めをしているオーマンにはない」とロバーツは言う。 ロバーツが選挙演説に立ち寄ったプレイリー・ファイヤーという名の高級ショッピングモールには、安いファストフードの店が一軒も見当たらなかった。オーバーランド・パークというカンザスでも最も裕福な地域に集まった支持者の多くは、中流以上の暮らしぶりの中高年の白人男女だ。デイビスが貧困地域で票集めをしているのとは、かなり対照的だ。 「打倒オバマ」に燃える保守派たち。宝石商のマイク(右)とチック(左)の2人 ロバーツの演説を聞きにやってきた宝石商のチック・サーマン(70歳)は、レーガン前大統領の選挙運動以来、実に40年ぶりに政治集会に参加したという。「もしオーマンが当選するようなことになれば、取り返しがつかないからね」とサーマンは危機感を隠さない。
「私の両親はアルコール依存症で、我が家には資産なんて何もなかった。私が今の資産を築けたのは、自分でゼロから額に汗して働いてきたからだ。誠実に一生懸命働く、それがコンサバなカンザス民の精神だ。ロバーツのことは正直そんなに好きではないけど、オバマの税金ばらまき政策を止めるには、上院を何としても共和党で固めなければならないから」 「私はカンザスを愛する保守派だ」 正体を現さない敵を牽制するロバーツ 4期目を目指すロバーツ(右)と、第二次世界大戦で海軍軍人だった89歳の共和党員ベンさん(左) ロバーツが応援団として選挙運動に引っ張り出したのは、第二次世界大戦で軍人として闘った91歳の元カンザス上院議員、ボブ・ドールだった。
老齢のドールがジョーク混じりに語り出すと、その隣に立っている70代のロバーツは相対的に若く見える。高齢化が進む共和党陣営は、フレッシュなオーマン候補に対抗するためには「経験」と「軍体験」を打ち出すのが鉄板のお約束だ。 ロバーツは繰り返し言った。 「私は元海兵隊員だ。そしてカンザスを愛する保守派だ。あなたたちは、私がどんな人間かもうよく知っているはずだ」 対する独立候補のオーマンはビジネス推進を掲げているが、彼自身が大金持ちであること以外、多くの州民は彼のことを実はよく知らない。 カンザス商工会議所が支持したのは、オーマンではなく「キーストン・パイプラインを必ずカンザスに通して資源にアクセスする」と確約したロバーツだった。70代のロバーツが選挙演説ツアーで広いカンザスを横断しつつ、田舎のコーヒー店やアイスクリーム店に立ち寄って人々と握手し、選挙活動をするのに対し、若手のオーマンの生の声を聞いたことがある州民はあまりいない。 (上)ロバーツ支持のサインが庭にある家。ジョンソン郡にある州で最も裕福な住宅街で。(下)無所属で立候補したグレッグ・オーマンの宣伝カー。彼の選挙事務所内は「撮影不可」と言われた 今回の取材で、筆者がオーマン陣営に取材を申し込んでも、オーマンの広報担当はオーマン陣営のイベントスケジュールを一切公開しなかった。ブラウンバック、ロバーツ、デイビスらには本人に直接質問できる機会があったが、オーマンの選挙事務所では、中に入ってボランティアの1人に話しかけただけで、すぐに「メディアは出てってくれ」と激しく追い払われた。
オーマンの演説には、選ばれた少人数だけが参加でき、メディアからはできる限り距離を置きたいという意向が伝わってくる。 「自分がどんな人間かを州民に広く知られてしまっては、オバマや民主党とのつながりがはっきりしてしまって、独立系の化けの皮がはがれてしまうから、表舞台に登場するのを避けているようだ」とカーペンターら共和党支持者は分析する。 だが、皮肉なことに、オーマンの名前はロバーツ支持者が流すテレビコマーシャルで連日連呼されて、有権者の耳にイヤでも残るのだ。オーマンに対するネガティブ・テレビキャンペーンが過熱すればするほど、共和党がオーマンを強く警戒していることが浮き彫りになるというパラドックスだ。 米国の政治はどこに向かうのか? 激戦地帯に下される運命の審判 あと数日で、カンザス州民の判断が下る。ブラウンバックが辛くも州知事として生き残るのか、それとも共和党レッドから民主党ブルーに州の色がガラリと変わるのか、全米が注目している。 冒頭で述べたように、カンザスの投票結果はワシントンのオバマ政権の今後のパワーバランスを左右するインパクトになる。米国の政治は、果たしてどこへ向かうのか。中間選挙の投開票日は、わずか4日後に迫っている。 ちなみに、ワールドシリーズに湧きまくるカンザスシティの街は、球団チームカラーのブルーのTシャツで、青一色に染まっていた。 http://diamond.jp/articles/-/61473 |