01. 2014年10月30日 07:26:32
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イギリスとスコットランドはこれからどうなる?「民主主義の刷新」、それでもくすぶる対立の火種 2014年10月30日(木) 山崎幹根 山崎幹根(やまざき・みきね) 北海道大学公共政策大学院教授。1967年生まれ。北海道大学大学院法学研究科助教授を等経て、07年より教授、現在に至る。博士(法学、北海道大学)。主な著書に『「領域」をめぐる分権と統合 スコットランドから考える』(岩波書店、2011年)など。 投票日前日にグラスゴー中心部に集まる、独立賛成派の人々 今年の9月、スコットランドで行われたイギリスからの独立を問う住民投票は、反対が多数を占め、連合王国の分断という事態はひとまず回避された。 住民投票に至る経緯を振り返ってみれば、地域における自己決定権の確立を、言い換えれば、「民主主義の刷新」を目指した運動であった点に最大の特徴がある。スコットランド議会で政権党である地域政党のSNP(スコットランド国民党)を中心とした独立賛成派の主要勢力は「ナショナリスト」と呼ばれるが、スコットランド人はエスニック・マイノリティではないし、イギリス政府に文化、言語、宗教の次元で抑圧されているわけではない。 今回の住民投票は、いわゆる「民族自立」の運動ではないこと、さらに、従来のSNP支持者や独立論者をこえた広範な市民の共鳴があったからこそ、45%もの独立賛成票が集まったことに留意しなければならない。 平行線をたどった両派の主張 ここで改めて両派のキャンペーン合戦を概観すると、賛成派は不特定多数の人々に積極的に働きかける草の根運動を至るところで展開したのに対し、反対派はサイレント・マジョリティを固めるとともに、メディア報道を通じて独立に伴うリスクや不確実性を訴える戦略を行使した。 一方、双方の主張はかみ合わず、「水掛け論」に終わったきらいがある。 最大の争点であった通貨政策をめぐる論争に関して、賛成派は、「独立後のスコットランドがイギリスととともに、ポンドを引き続き使用する通貨同盟が両国にとって経済的な安定を確保できる最善の方法だ」と主張した。これに対して、独立反対を唱える保守党・自由民主党、そして労働党は、独立後のスコットランドとのポンドの共同使用というアイデアを一様に拒絶した。 通貨とともに大きな争点となったのは、北海油田から産出される石油・ガスから得られる税収の見通しであった。 賛成派は、「いままでイギリス政府が得てきた北海油田の税収とスコットランドに配分された公共支出額が釣り合っていない」と批判、北海油田の税収のほとんどがスコットランドの独自財源になれば、独立後のスコットランド市民は、年間1000ポンド(約17万円)※1 の恩恵があると主張するとともに、法人税の減額を公約に掲げた。 一方、反対派は、賛成派の試算は北海油田から得られる税収を過大に見積もっていると、批判したうえで、逆にスコットランドはイギリスに留まることによって市民一人当たり年間1400ポンド(約24万円)の利益を得られると反論した。 こうした独立後のスコットランドの経済的自立の基礎的条件をめぐる論争の他、スコットランドのEUへの加盟の可否、核兵器を搭載した原子力潜水艦の撤去の是非について広範な議論が展開されたものの、これらの争点のほとんどは、スコットランド政府とイギリス政府、イングランド銀行、あるいはEUなどの関係機関が協議を重ねた上で合意を得なければ結論が導きだせないような難題であり、キャンペーン中の両派の主張は平行線をたどった。 反ウェストミンスター感情と民主主義の刷新 それではなぜ、85%という驚異的な高い投票率、そして45%もの独立賛成票が集まったのだろうか。これを読み解くキーワードとなるのが「民主主義」である。 昨秋、SNP政権は独立という一大プロジェクトの全体像を示した白書を刊行した。その中で、ロンドンの国会、すなわちウェストミンスター議会によってスコットランドに関する重要な政策が決められている現状を打破し、民主主義の刷新を強調していた。 そして、1945年以来、68年間のうち34年間もの間、スコットランドで多数派を形成しない政党が全国レベルでは政権党となり、スコットランドを統治してきたと批判、こうした「民主主義の欠陥(赤字)」※2 を是正するために独立が必要であると主張した。 スコットランド政治において「民主主義の欠陥(赤字)」と「反保守党支配」は、90年代の議会開設運動の際にもキーワードであった。周知のとおり、1979年に保守党のサッチャー政権が登場した後、イギリスの行政制度や経済の構造を大幅にかえる改革が次々とすすめられた。 重厚長大型産業や炭鉱を抱えていたスコットランドは、失業者の激増をはじめ大きな打撃を被った。その中で最も大きな影響を与えたのが、サッチャー政権が進めた人頭税の導入であった。こうした80年代から90年代に至る過程で、スコットランドでは政権党である保守党の支持率が急速に低下し、回を追うごとにスコットランド選出の与党保守党議員が少なくなる一方、野党の労働党、自由民主党、スコットランド国民党の議席が増えた。 この頃からスコットランド市民の反保守党感情は根強くなり、現在でもスコットランド選出の国会議員59名のうち、保守党議員はわずか1名である。 こうして、スコットランドでは市民が国会議員を選出しているにもかかわらず、自分たちの声が政府に届かないという一方で、スコットランドの政治や社会を大きく変える改革が次々と押し付けられる事態は「民主主義の欠陥(赤字)」と呼ばれ、90年代の議会開設運動の際のキーワードであったのだが、賛成派はこの用語を、独立運動を正当化する論拠として用いた。 先に触れたように今回のキャンペーンの最中、保守党、自由民主党ら政権党の閣僚や労働党の幹部は、独立後のスコットランドとの通貨同盟を一蹴、ポンドを使用できないスコットランド経済が混乱に陥ると警告した。ところが、こうした言説はネガティブ・キャンペーンの様相を強く有し、確かに独立に伴う経済的な不安を刺激したが、同時にスコットランド市民の反発を買うことにもなった。 その結果、スコットランドで高い支持率を誇り、多数の国会議員を送り続けてきた労働党も「保守党と同類だ」と批判されるなど、「ウェストミンスターの全国政党対SNP」という対立の図式を作り上げてしまった。さらに、銀行経営者による独立後の本社機能撤退や、スーパーマーケットの値上げの示唆がキャンペーン戦の終盤にメディアを通じて伝えられた。こうした一連の報道も、市民の不安をあおるとともに、反感を高めた。 実際、現地で独立を支持する人々が挙げていた理由の多くが「民主主義」、「自己決定権の確立」、「反ウェストミンスター」であった。こうしたことから、労働党のメンバーまたは支持者でありながら、今回の住民投票においては独立賛成に回った人々も少なくない。投稿結果を見ても、労働党支持が強固であるはずのグラスゴー市において、独立賛成派が多数となったことは象徴的な事象である。 重ねられた小規模な市民集会 これに対して賛成派は、ロンドンの中央政府・議会のコントロールを離れ、独自の福祉政策や経済政策を実行することが、貧困を解消する公正な社会、核兵器を撤去した平和な社会を実現し、スコットランド市民の利益にかなうと訴えた。 例えば経済政策では、企業誘致や起業、職業訓練などの産業政策の権限はすでにスコットランド議会に移譲されているが、公定歩合の設定や法人税をはじめとする税制などマクロ経済政策に関する権限は依然としてロンドンの議会や政府に留保されていることから、賛成派はこうした権限のあり方が金融セクターの集積するロンドン中心の経済政策に偏重し、スコットランド経済の実情に合致していないと批判してきた。 また、福祉政策に関しては、「イギリスは世の中で最も不平等な社会の一つである」と批判、児童福祉サービスの拡充、公営の医療保健サービス(NHS)の維持、最低賃金の引き上げ、郵便事業の民営化の見直しなどを公約として掲げ、より公正な社会の実現を訴えた点も特徴と言える。 キャンペーンの終盤に至り、独立反対を唱える全国政党の側は戦略を転換、キャメロン首相はスコットランドを訪れて国民の一体性を情に訴え、また、ブラウン元首相が前面に登場し、公営の保健医療サービスを維持するためにこそ独立に反対すべきだと説得した。 そして、キャメロン首相、ミリバンド労働党党首、クレッグ自由民主党党首が、スコットランド議会に対する一層の権限移譲を約束するなどして、反対派に対する働きかけを強めた。 ところで、民主主義という観点から付記すべきは、このような賛成、反対両派によるキャンペーンのみならず、ローカル・ミーティングと呼ばれるコミュニティ・レベルでの小さな集会が各地で行われていたことである。 さらに、グラスゴー市内には、独立の賛否を語り合うための「イエス・バー」が出現したし、議論を深めるための「レファレンダム・カフェ」が市民の寄付によって開かれていた。今回、投票が認められた16歳以上の若者たちも含め、スコットランド市民は、こうした機会に、そして学校や家庭で、議論を重ね、自らの選択をおこなったのである。このような集会が通常の選挙戦で開催されることはなく、スコットランドでも珍しい現象であった。 これからのイギリス政治とスコットランド政治のゆくえ 独立が否決されたことによってイギリス分裂の危機はいったん遠のいた。しかしながら、今後のイギリス政治、スコットランド政治には波乱要因がいくつも存在する。 その第一は、キャメロン首相らが公言したスコットランド議会に対する権限移譲の見通しである。 実は、スコットランドへの権限移譲を進めれば進めるほど、それをイギリスの国家統合といかに両立させるかという難問に直面する。 すなわち、同じイギリスにありながら、立法権を移譲された地域議会を持つスコットランドと、持たないイングランド、という差によって生ずる問題がますます目立つことになる。 これはウェスト・ロジアン問題と呼ばれてきた。スコットランド選出の国会議員は、イングランドのみに関わる法案の採決に加わることができる一方、イングランド選出の国会議員は、スコットランドにのみ関わる法案のほとんどがスコットランド議会で立法されるため、法案の採決に加わることができない。 スコットランドでは議会開設以降、大学の授業料の無料化や高齢者ケアの無料化など、イングランドと異なる独自の公共政策を実施してきた。さらに市民一人あたりの政府支出額も全国平均を長年、上回っている。その上、スコットランドに一層の権限移譲を行えば、こうした違いがますます目立ち、イングランド選出の、とりわけ保守党の国会議員からの批判を強めることになる。 こうした政治的状況の中、来年早々にスコットランド議会に対するいっそうの権限移譲を行うための法案をまとめることができるであろうか。もし、権限移譲がキャメロン政権によって履行されない事態になれば、再びスコットランド市民の反ウェストミンスター感情を刺激し、独立運動を覚醒させることになろう。 第二に、来年5月には総選挙が控えているが、仮に保守党が再び政権党となれば、キャメロン首相によってイギリスがEUに留まるかを問う国民投票が実施されることになる。周知のとおり、緊縮財政をすすめてきた保守・自民連立政権の支持率は低迷している。これに対して、イングランドでは現政権への不満を「反EU、反移民」を主張するUKIPという政党が吸収しつつある。 ますます離れていく両者の政策 このようにイングランドにおいては、保守党とUKIPが、EUと移民政策をめぐって、「右」に引っ張られる形で政治的な競争を繰り広げている。これに対してスコットランドでは、従来から公的セクターに対する信頼度が高い社会民主主義的な政治文化が強く、SNPと労働党が「左」に寄った形で競合している。 現在、スコットランドの労働党は党勢が失速気味であるのに対し、SNPは独立が否決された後も、党に加入する人々が増加するなど、勢力に衰えを感じさせていない。なお、先の独立運動では、SNPは親EUの立場であることは無論、スコットランド経済の活性化のために2万人余りの移民を受け入れることを表明していた。来年の総選挙の結果、そしてEUと移民政策の取扱われ方次第では、ますますスコットランドとイングランドとの方向性の違いが明白になるし、新たな独立運動の火種となるかもしれない。 不均一な権限移譲と国家統合との両立を図る理念と制度を今後、どのようにイギリス政府が、そしてスコットランドの側が見出してゆけるのか、あるいは、独立に向けた第二幕の始まりとなるのだろうか。来年の総選挙、再来年のスコットランド議会選挙を通じて繰り広げられる論戦の行方にますます注目してゆく必要がある。 ※1 1ポンドを170円として換算。 ※2 原語はdemocratic deficit であり、文脈によって「赤字」、または「欠陥」の訳語を用いるが、本稿では両方の訳を併記した。 このコラムについて スコットランドから学ぶ「新しい国」の作り方
2014年9月の「スコットランド独立選挙」は、国際政治の複雑さ、ローカルとグローバルの関係、民主主義の新しい面を見せてくれた。これから先「国家」は、どのようにして作られ、バージョンアップしていくのか。気鋭の国際政治学者のみなさんに、スコットランドを題材に語っていただく。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141022/272908/?ST=print
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