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安定に向かいそうなウクライナ
2014年9月19日 田中 宇
http://www.tanakanews.com/140919ukraine.htm
9月16日、ウクライナ議会が、EUとの経済関係を強化する連合協定を批准した。批准とともに協定が発効し、EUがウクライナから輸入する製品の関税が引き下げられた。この協定は、最終的にウクライナがEUに加盟することを視野に、ウクライナとEUが関税引き下げなどの貿易や投資の自由化を盛り込んだもので、当初は昨年秋に締結される予定になっていた。
当時のウクライナのヤヌコビッチ政権が、EUとこの経済協定を結ぼうとした矢先に、ロシアが横やりを入れ、EUとの協定を結ばずロシアと協定を結ぶなら巨額の支援をしてやると持ちかけ、ヤヌコビッチは昨年11月末、EUでなくロシアの提案に乗った。この転換に怒ったウクライナの極右主導の反露勢力が、米国の支援を受けてヤヌコビッチ政権を転覆する運動を開始し、今年2月にヤヌコビッチ政権を倒して極右主導の新政権を樹立したところから、今のウクライナ危機が起きている。 (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動)
EUとの経済協定の問題はウクライナ危機の発火点であり、ウクライナ議会がEUとの協定を批准して発効させたことは、ウクライナをめぐるEU(欧米)とロシアとの引っ張り合いが、EUの勝利とロシアの敗北に終わったことを示している。ウクライナはロシアから遠ざかり、EUに近づいたと、英国などの新聞が報じている。 (Ukraine approves historic EU deal, breaking ties with Moscow)
しかしよく見ると、事態の本質は微妙に違う。ウクライナ議会がEUとの協定を批准する4日前、EUとウクライナ、ロシアの代表がブリュッセルで交渉し、EU連合協定の最も重要な部分の一つであるウクライナとEUが自由貿易協定(FTA)を締結する条項を協定から外し、FTAの締結を再来年まで延期し、FTA以外の事項だけウクライナ議会が批准することが決まった。ウクライナを経済面で自国の傘下に置き続けたいロシアは、EUとウクライナがFTAを締結することに特に反対していた。FTA以外の経済協定はロシアにとってさほど脅威でなく、FTAが除外されたことは、ウクライナをめぐるEUとロシアの経済陣取り合戦で、ロシアが勝ったことを意味していると報じられた。 (EU-Ukraine integration pact postponed till 2016 after talks between Moscow, Kiev & Brussels)
ウクライナ議会がEUとの協定を批准したことは「EU(欧米)の勝利」と報じられ、その直前に協定からFTAが外されたことは「ロシアの勝利」と報じられている。この経済戦争は、どちらが勝ったのか。この疑問についてドイツの放送局ドイチェベレの記事は、ウクライナで議会がEU協定を批准した直後、FTAが外された状態で批准されたことに抗議して外務次官が辞任したことを紹介している。交渉を担当した外務次官が、ロシアの圧力に屈して大事なFTA条項を外してEU協定を批准せねばならなくなったことを敗北と感じて辞任した以上、今回の件はロシアの勝利だというわけだ。 (Russia, West delay key element of EU-Ukraine trade deal)
FTA条項の要点は、ウクライナがEUからの輸出品の関税を大幅に下げることだ。ウクライナは冷戦後にソ連から独立したものの、ロシアとの経済的な一体化が残っており、ウクライナにEUの製品がほとんど無税で入ってくると、それはそのままロシアに流入し、ロシア経済に打撃を与える。だからロシアはFTAに反対し、FTA条項を外さない場合、ウクライナを経済制裁すると脅した。ウクライナはロシアの脅しに屈し、EUとの協定から輸入関税撤廃のFTA条項を外した。
これだけ見ると「悪の帝国」ロシアが、帝国から自立したい善良なウクライナに圧力をかけて屈服させた話になる。しかし、この交渉にはEUも入っている。EUは、ロシアをことさら敵視してウクライナの政権を転覆して危機を起こした黒幕の米国と「同盟関係」にある。EUとロシアが対立し、EUとウクライナの協定が結べないままだと、米国がEUを引っぱり込んでますますロシアを敵視・制裁し、その悪影響はEU自身が最も受けてしまう。 (◆危うい米国のウクライナ地政学火遊び)
EU(独仏)は、ロシアとの敵対が激化することを好まない。今のように米欧とロシアが敵対していると、米国が欧州を傘下に入れたままロシアと恒久的に対立し続ける冷戦構造が復活し、EUは対米従属から離脱できず、EUが進めたい政治統合やその先にある対米自立も、米国が作る新たな冷戦構造によって妨害されたままになる。米国がウクライナ危機を誘発してロシア敵視の構造を再強化したのは、EUが統合して対米自立していくことを阻むのが隠れた目的だ。 (◆NATO延命策としてのウクライナ危機)
このような、米国がEUに対して隠然と行っている迷惑行為を乗り越えるためには、EUがウクライナにおけるロシアとの敵対を解消せねばならない。しかし同時に、EUがロシアに対して屈服したかたちになると、米政界を牛耳る好戦派が怒ってEUを非難し、EU内に残存する対米従属的な勢力も、ドイツのメルケルらEU指導部を非難する。だからEUは、形式的に、ウクライナとの経済協定を締結し、ロシアに屈服していないことを象徴的に示さねばならない。
このあたりのことはプーチンのロシアも良く知っている。だからロシアは、EUがウクライナと経済協定を結ぶことを認めた。しかし同時にロシアは、自国の面子や利権が尊重されることも求めた。両者の折衷策として、ロシアに不利になるFTAの締結を先送りして「ロシアの勝利」とした上で、FTA以外のEU経済協定をウクライナが発効させて「EUの勝利」にするという、玉虫色の解決がはかられた。昨秋来のウクライナ危機の発火点であるEUとの協定が、欧露の和解のもとで発効したことで、危機は解決への第一歩を踏み出したといえる。ロシアがウクライナ経由でEUにガスを再輸出する件についても、交渉が再開することになった。 (Russia, EU, Ukraine may hold gas talks on Sept. 26 in Berlin)
欧露関係の改善を感じさせる今回の解決について、米国からは何も目立った批判が出ていない。米国は欧露の関係改善の始まりを黙認している。たぶん、関係改善がもっと進展して不可逆的になってから、米国は急に騒ぎ出すだろう。手遅れになってから騒ぐ稚拙な(隠れ多極主義的な)やり方が、近年の米国の常だ。 (ウクライナでいずれ崩壊する米欧の正義)
米政府は、欧露和解を黙認する一方で、米国の石油会社(メジャー)がロシアで石油ガス田の開発に参画することを禁じる対露経済制裁を発動した。メジャーは2週間以内にロシアから撤退せねばならない。この制裁はロシアの石油ガス産業を困らせる名目で、短期的にロシア側は困窮する。だが長期的に見ると、米国勢が撤退した穴埋めに、中国やBRICS、欧州大陸諸国などの石油会社が入ってくる。ロシアから撤退させられ、利権を失って損をするのは米国企業の方だ。ロシアの石油ガス開発から米国勢が撤退するのは自滅的だと、石油業界の内部から警告が発せられている。 (Fresh sanctions will freeze big foreign oil projects in Russia) (Former BP CEO Warns "Sanctions Will Bite West" As US Gives Majors 14 Days To Wind Down Russian Activities)
今回の動きには、もう一人重要な人物が関与している。EUとロシアが相互の面子を立てつつうまく和解しようとしても、ウクライナ自身が反露的(米国傀儡的)な極右政権だと、和解に反対し、欧露間の謀略を壊してしまう。ヤツェニュク首相は極右の反露派だ。抗議の辞任をしたウクライナの外務次官も、たぶん反露派だ。次官が抗議した相手は、ヤツェニュク首相よりさらに上にいるポロシェンコ大統領だろう。以前の記事に書いたように、ポロシェンコはおそらく「隠れ親露派」であり、プーチンと諮って今回の欧露和解への道に協力している。 (ウクライナを率いる隠れ親露派?)
ポロシェンコは5月の大統領選で勝利し、大統領に就任した直後の6月はじめ、今回議会が批准したEUとの協定に署名した。彼は今回の議会批准も礼賛し、反露・親欧米の姿勢をとっている。しかし、この姿勢は人気取りのための表面的なものだ。彼は、欧露和解策としてのFTA抜きのEU協定の発効を押し進めただけでなく、ロシアの仲裁を受けてウクライナ東部の親露派勢力との停戦・和解にも乗り出している。 (ウクライナ軍の敗北)
ポロシェンコは3年間の期限つきで、東部の親露派に自治拡大を認めた。東部の地元勢力に警察権を与え、事実上、東部の親露派武装勢力がそのまま地元の警察として治安維持にあたることを認めた。 (Ukraine Grants `Special Status' for East to End War)
もともと士気が低いウクライナ政府軍の兵士の多くは、停戦や和解に安堵しただろうが、親露派を皆殺しにしようと東部におもむいて内戦を戦ってきた極右の民兵とその上司たち(政界の極右政治家)は、このポロシェンコの和解策に激怒している。ロシアに譲歩した上でのEUとの協定締結に対する不満と合わせて、ポロシェンコを非難する抗議集会が首都キエフで発生している。 (Ukraine President's Days Numbered After Broad Accusations Of "Betraying National Interests")
しかし、極右がポロシェンコから権力を奪うことは日に日に難しくなっている。厭戦気運が強まっていたウクライナの世論は、極右を支持しなくなっており、極右の支持率はひと桁台に落ちている。ポロシェンコはこのような極右の凋落を見た上で、10月に議会選挙を行うことを決定している。極右のヤツェニュク首相は、極右の再起を狙って新政党を立ち上げて選挙に臨む構えだが、支持拡大は難しい。選挙で勝ちそうなのはポロシェンコ自身の政党だ。ウクライナはポロシェンコのもとで、政権から極右を排除して内戦を終わらせる安定化に向かっている。 (`War' and `peace' factions split Ukraine politics)
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