01. 2014年9月14日 06:12:14
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もう一つのメルマガ、「冷泉彰彦のプリンストン通信」(まぐまぐ発行) http://www.mag2.com/m/0001628903.html (「プリンストン通信」で検索)先々週から先週までの内容を簡単にご紹介しておきます。 第027号(2014/09/02) 秋入学という光景 アメリカは「反テロ戦争」に戻っていくのか? 連載コラム「フラッシュバック69」(第13回) 次期戦闘機F35問題と日米関係 Q&Aコーナー 第028号(2014/09/09) スコットランドは「独立」するのか? 租界という危険思想 連載コラム「フラッシュバック69」(第14回) 高市早苗氏とアメリカ Q&Aコーナー JMMと併せて、この『冷泉彰彦のプリンストン通信』(毎週火曜日朝発行)も同 じように定期的にお読みいただければ幸いに存じます。購読料は月額800円+税 で、初月無料です。登録いただいた時点で、当月のバックナンバーは自動配信され ます。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ もう「あの日」から13年となりました。ここ数年、年を追うごとに「911の 周年行事」は全国レベルでの関心は薄れていき、NY周辺(とDC、ペンシルベニ ア)のローカルな行事になっていました。ですが、今年の「911」は、その地元 であるNYでも扱いが小さくなり、行事自体も更に一層、遺族主体の静かなものに なっていった印象です。 一つの大きな変化は、911の直後に選出されて翌年から慰霊祭を12年にわた って仕切ってきた、マイケル・ブルームバーグ前市長が任期満了で退任していると いうことです。政治色を排して厳粛さを保つ工夫など「慰霊祭の伝統」を作ってき たブルームバーグ市政が終わったことで、一つの時代がまた過去へ消えていったよ うにも思います。 今年の慰霊祭には、そのブルームバーグ氏も、更に前任のジュリアーニ氏も来て いましたが、更に輪をかけて質素なものとなり、スピーチも詩の朗読もありません でした。国歌独唱と遺族による犠牲者の氏名読み上げ、そして鐘の音とともに行わ れる4回の黙祷、それだけの儀式となっています。 昨年に開館した「911記念館」がこの911当日も遺族のためにオープンにな るほか、夕暮れからは2本の「光の塔」のセレモニーは行われるなど、「あの日」 を思い起こす行事はあるにはあるのですが、直後の時期のものとは大きな様変わり をしています。 一番の変化は、その記念館を含む「ワールド・トレード・センター跡地」の整備 がほとんど完成したということでしょう。ツインタワー再建の意味合いを込めた 「ワン・ワールド・トレードセンター」という米国で最も高いビルは今年オープン する予定で、建物はほぼ完成しています。何よりも記念公園が「一対の追悼の池」 そして「記念館」を中心に静かな空間として整備され、通常は完全に一般公開され ているということでしょう。 この記念公園に先週訪れる機会があったのですが、慰霊祭の前週ということもあ り、沈痛な面持ちの遺族の方々も散見される一方で、全国、全世界からの観光客が 大勢入場しており、その表情はリラックスしていて記念写真を取る人も多く、極め て日常的な空間になっていました。 この「13年」という年月は、そうした変化の中にあるのだと思います。やがて、 「ワン・ワールド・トレードセンター」がオープンし、102階に出来るという展 望フロアーに観光客が行き来するようになれば、そして官民の多くのオフィスが入 居して多くの人びとが通勤するようになれば、落ち着いた「新しい日常」が出来て いくのだと思います。 その9月11日は、少々蒸し暑かったり薄雲が出たりしていたのですが、翌日の 12日は快晴となり、この季節、東海岸特有の真っ青に澄み切った「クリスタル・ ブルー」の空となりました。ふと「あの日」の記憶が濃厚によみがえると共に、 「あの日」を契機としてアメリカが突っ込んでいった「戦時の日々」の感覚、ある いは「戦時」への「恐れの感覚」が戻るのも感じたのです。 戦時への「恐れ」の感覚というのには理由があります。この「911の13周年」 の前夜に当たる9月10日の夜、東部時間の午後9時にオバマ大統領はホワイトハ ウスから全国へ向けてのTV演説を行い、「ISIS(「イスラム国」あるいはオ バマの言い方によればISIL)」を壊滅するまで追い込むと宣言、敵の本拠は 「どこであろうと」攻撃するとして、シリア領内のISIS拠点への空爆を宣言し ました。 このシーンですが、まるで2002年の再現とも言えます。2002年の9月11 日、NYが、そして全米が「911の一周年」に沈痛な思いを感じていた中で、そ の日の夕刻にブッシュ大統領は「自由の女神像」をバックに、TV演説を行った、 12年前のその記憶が蘇るのを感じたからです。 そのブッシュの演説の内容は「イラクのサダム・フセイン」に対して、厳しく敵 視をする「まるで翌年のイラク戦争へ向けての宣戦布告」のようなものでした。確 かに、その年の年初にブッシュは、唐突に「悪の枢軸三か国」を名指しで批判し始 めイラクへの敵視をしていましたから、多少の予兆はあったのです。 ですが、一般的には「911はアルカイダ」であって「フセインは無関係」とい うのは当時でも常識であり、唐突な感じは免れませんでした。そして、その200 2年9月から、国連を通じてブッシュはイラクのフセイン政権は「大量破壊兵器を 持っている」と決めつけて行き、2003年3月にはイラク戦争の開戦に至ります。 ですが、そこまで記憶を辿って行くと、やはり現在と2002年の当時では全く 世相が異なるのを強く感じます。「TVで空爆を宣言するオバマ」と、911の慰 霊の公園を包んでいる穏やかな時間、そのどちらが「2014年の現在」を代表し ているのかといえば、それは「穏やかな時間」の方だと思えるのです。 例えば、この9月11日のニュースで、例えばNBCの朝の『トゥデイ』の場合 を例に取りますと「911の13周年」というのは4番目でした。オバマの「シリ ア空爆宣言」も3番目であり、トップニュースは「義足ランナー」ことオスカー・ ピストリウス被告の恋人射殺事件の判決で「殺人罪は無罪」という速報、そして2 番目はNFL(プロ・アメリカン・フットボール)のスターであるレイ・ライス選 手のDV問題でした。 911よりも、シリアのISISよりもDV問題の方が扱いが大きいというのは、 これはどう考えてもアメリカに流れている時間が「平時」であることを意味します。 ちなみに、DVの問題(ピストリウスの事件もこの問題に関係します)が芸能ゴシ ップのレベルのニュースであるというわけではありません。個人の感情と、社会的 な人権の問題が複雑に入り組んだDVという深刻な問題に向き合うのは、社会全体 が「戦時」では難しいわけで、そうではないということです。 そう言えば、2001年の9月11日は火曜日で、事件の起きる直前の「平和で あった」午前7時台のニュースでは、女優アン・ヘッシュの同性愛問題でした。こ れも、芸能ニュースというよりも、当時はまだ確立していなかった同性間の交際に 関する人権問題も絡んだ報じられ方もしていたように思います。その頃の「平時」 の感覚が蘇っているのを感じます。 勿論、アメリカは段階を追って「戦時」の感覚から脱してきたということも言え ます。確かに2001年の「911」の直後から、特に10月のアフガン戦争勃発 以降は「ブッシュによる戦時の政治」というムードに全米が覆われており、その支 持率は圧倒的でした。その勢いに乗ってイラク戦争が戦われたのです。 その「戦時の感覚」ですが、例えば2003年夏にはハワード・ディーン候補に よるブッシュ批判が一時的に支持を受け、2004年の大統領選でジョン・ケリー 候補が善戦する中で、少しずつ緩和されていったように思います。そして、200 5年の「ハリケーン・カトリーナ被災」の対応を巡ってブッシュ政権の権威が失墜 する中で更に薄らいでいき、同時にイラク戦争の戦況が悪化する中で厭戦ムードが 強まって行きました。 そして2008年にはオバマが大統領選に勝利する一方で、その選挙の直前の9 月にはリーマン・ショックが発生、以降のアメリカは内政、とりわけ経済と雇用が 異常事態となる中で戦争どころではなくなっています。アフガンへの一時的な増派 もありましたが、アフガンもイラクも撤兵への流れとなっていったのはある意味で 当然でした。 やがて、下落を続けた株は2009年3月から反転、悪化の一途であった雇用も 2011年後半からは徐々に好転して行きました。やがて株は史上最高値ゾーンに 入っていき、雇用も現在では6%台の前半で安定し、先週発表になった8月の雇用 統計では6.1%まで回復しています。 たぶん、現在のアメリカの世相に見られる「落ち着き」というのは、ブッシュ時 代以来の「戦争の雰囲気」がないだけでなく、リーマン・ショック以来の経済や雇 用が「明日はどうなるのだろう?」という「根源的な不安感」も薄らいである、そ のためなのでしょう。その意味では、今やっと「久しぶりにリーマン・ショック以 前の、そして911以前の、一息つける穏やかさ」を獲得できているのかもしれま せん。 では、今回の「対ISIS作戦」そしてその手段としてのシリア領内への空爆と いう問題を契機に、アメリカは改めて、この「平穏な世相」を捨てて戦時へと向か うのでしょうか? この問に関しては、答えは「ノー」であると思います。 そのような覚悟はアメリカの世論にはないし、オバマ政権にもないし、オバマを 何かと「弱腰だ」と批判する野党の共和党にもないと思います。何故なのでしょう か? それはオバマと共和党の対立の構図を見れば見えてくるように思います。 確かに現在のオバマは、漠然とした「弱い大統領」あるいは「失敗した大統領」 という烙印を押されています。その表面には、外交の問題があります。具体的には、 (1)アラブの春を支持したのは甘い。まずリビアでは反カダフィ勢力を応援した が、その中にはアルカイダ系が存在し、結果的に北アフリカの混乱を招くだけだった。 (2)エジプトでもムバラク打倒の結果、公選ではモルシ政権が出来てしまい結果 的にクーデターで出来た軍政を支持するしかなくなった。 (3)漠然とパレスチナの肩を持つような発言をしたためにイスラエルの不信を買 い、かえって中東情勢を悪化させた。 (4)シリアで西側フレンドリーな反アサド勢力を、もっと早く支援していればI SISも出てこなかっただろうし、アサド政権に化学兵器を放棄させるためにロシ アの助けを借りることもなかったはず。 (5)ウクライナは、もっと早くヤヌコーヴィチ政権の「悪質な親ロシア性」を見 抜いて、親欧米政権を作って支援していれば、こんな大混乱にはならなかった。 (6)スノーデンも、早期に身の安全を保障して米国に帰還させれば、ロシアの外 交の「秘密兵器」に使われることはなかった。 (7)そもそもイラクからの撤兵をしなければ、スンニー派の中からISISなど という怪物が生まれることもなかったはずだ。 とまあ、並べてみればいくらでも「批判材料」は出てくるわけです。例えば、日 本の世論の中からも「こんな弱腰大統領では心配だ」という声が聞こえてきます。 印象としては、これだけ並べれば確かにそんなイメージになるのかもしれません。 ですが、ではこうした「チェックポイント」に関して、他に選択肢はあったのか というと、それは「ない」のです。 まず「アラブの春」に関して言えば、独裁政権を支えて秩序を維持するという戦 略はいつまでも可能ではありませんでした。シリアに関しても、米国とNATOは 散々色々なオプションを検討した結果として、不介入という態度で来ています。イ ラク撤兵はアメリカの強い世論を受けてのものですし、ウクライナに関しては、あ のいい加減な政府の金勘定の面倒を見てまで自陣営に強く引き寄せる意思決定は、 アメリカもEUも出来る相談ではなかったはずです。 その意味で、オバマはそれぞれの局面での最善手は打ってきているのです。では、 どうしてここまでイメージが悪いのでしょうか? 例えば米国国内でも悪く言われ ることになるのでしょうか? その原因は経済にあります。確かに今は、具体的には2014年に入って連銀の イエレン体制の下で「基本は緩和路線のリベラルなリーダーシップによって、QE の出口戦略が実施される」という流れを、市場がほぼ100%信認したという時点 で、一つの安定に到達したと言えます。失業率の6.1%というのは、その結果で す。 では、久々にアメリカが落ち着いているとして、それはオバマの功績だという評 価が出てきているのでしょうか? それが「サッパリ」なのです。 要するにここまで来るのに「時間がかかり過ぎた」ということです。 とにかく「チェンジ」をするんだと言って2009年に大統領に就任してから6 年弱の間、景気と雇用に関しての不満がアメリカ社会に充満していたのですが、 「戻りが遅い」「遅すぎる、ゆっくり過ぎる」という痛みと言いますか、不満がず っと続いており、それがオバマをサンドバッグのように叩き続けたのです。 その結果として、発足時には十分に蓄積されていたはずのオバマの政治的資産は、 どんどん奪われてしまい、反対に野党共和党のエネルギーとして蓄積されていった のです。 具体的には議席として、それは現れています。今回の11月の中間選挙で負けれ ば、議会での選挙では大雑把に言って三連敗となり、仮に上院の過半数まで失えば、 完全に「ねじれ議会」になってしまうわけです。 このような状況の下でアメリカの政局に関しては、次のような指摘ができます。 まず現在の景気でも世論には不満が残っています。ましてこの景気が頭打ちとな って再び下降するようだと、政権に対しては激しい不満が出るだけでなく、次期大 統領は相当の確率で野党の共和党が有利になるでしょう。 その裏返しとして、アメリカの世論は「景気を動揺させてまで」再び複雑な国際 情勢に「戦争」という形で介入する気は「ほとんどない」という指摘ができると思 います。 つまり、オバマの「ISIS撲滅」とか「シリア領内への空爆」というのは、極 めて限定的な作戦であり、それはアメリカ世論が「今、再び戦時への回帰」という ことには、全く支持をしていないということを受けていると見るべきです。 では、中間選挙が終われば、アメリカは2016年の大統領選に突入していくわ けですが、その対立構図はどうなるのでしょう? 仮に国際情勢がこのまま混沌としたままで景気が大崩れしない場合は、ヒラリー が有利。つまり「大きな政府の内政+軍事外交はリベラル的なタカ派路線」になる ように思います。 つまり、現状維持で軍事外交だけ、もう少し積極的に振れるという格好での変化 になるでしょう。仮にヒラリーが出ない場合も、例えば「左のポピュリスト」エリ ザベス・ウォーレンなどは、ここへ来て軍事外交面ではタカ派的な言動にシフトし ていますが、その辺の「時代の空気」を読んでのことだと思います。 一方で、仮に景気が大きく後退した場合は、共和党がホワイトハウスを奪還する ことが濃厚。その場合は、「軍事外交保守派」ではなく、新世代による「より孤立 主義」のクールな新機軸が出てくる可能性が大であると思います。 911の13周年というタイミングで、やや中期的な前後のアメリカの政局を考 えてみましたが、やはりどう考えても現状のアメリカには「戦時への回帰」を求め る理由はありません。その意味で、オバマの「シリア領内空爆」という宣言は、 「イラクへの地上軍の本格派遣はしない」という消極策を継続する宣言であると理 解するのが妥当であると思います。 ---------------------------------------------------------------------------- 冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家(米国ニュージャージー州在住) 1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。 著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空 気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『チェンジはどこへ 消えたか〜オーラをなくしたオバマの試練』。訳書に『チャター』がある。 最新作 は『場違いな人〜「空気」と「目線」に悩まないコミュニケーション』(大和書房)。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。 ◆"from 911/USAレポート"『10周年メモリアル特別編集版』◆ 「FROM911、USAレポート 10年の記録」 App Storeにて配信中 詳しくはこちら ≫ http://itunes.apple.com/jp/app/id460233679?mt=8 |