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※ 日経新聞「経済教室」の連載記事
ロシア国家主義と欧州
(1)G8への参加停止 秩序形成 試み頓挫
ウクライナ情勢をめぐってロシアと欧米の関係が冷え込んだ。武力を背景にクリミア半島を編入し、冷戦後の国際秩序を乱すロシアに、欧米は制裁圧力を強めている。
一連の対ロ制裁で象徴的といえるのは、主要8カ国(G8)の枠組みから当面、ロシアを除外するという決定だ。3月にオランダのハーグで開いた主要7カ国(G7)の緊急首脳会議で打ちだした。ロシアが方針を変更し、意味のある議論ができるまで続ける。
G8化はもともと、冷戦終結後の1991年にG7首脳がロンドン・サミットにソ連のゴルバチョフ大統領を招き、「G7プラス1」会合を開いたのが発端だ。ゴルバチョフ氏は「ソ連と世界経済の一体化」こそが大きな利益だったと、回想録で振り返っている。
ソ連崩壊後もこの流れは続いた。ロシアは98年からは経済を含めたすべての会合に出席し、G8の完全な一員となった。上智大学の上野俊彦教授はG8化について「ロシアを自由、民主主義の方向に引っぱり、仲間に引き入れて冷戦後の国際秩序の形成をめざす欧米の試みだった」と評する。
こうした試みは、ロシアの参加停止で事実上頓挫。ロシアは「G8にしがみつくことはない」(ラブロフ外相)という。「プーチン大統領はもともと、欧米の上からの目線に反発していた」(上野教授)だけに、修復は容易ではない。
今年のG8首脳会議は本来、冬季五輪のあったロシアのソチで開く予定だった。G7は代わりにブリュッセルで来週、首脳会合を開く。焦点はロシアへの対応だ。
(編集委員 池田元博)
[日経新聞5月26日朝刊P.17]
(2)NATOの東方拡大 敵意の象徴と認識
ロシアがウクライナに強硬姿勢を貫く主な理由の一つに、北大西洋条約機構(NATO)への加盟阻止が挙げられる。
プーチン大統領はクリミア半島のロシア編入を表明した3月の演説で、「NATO水兵の客としてセバストポリを訪れるなど想像もできない」と語った。クリミアのロシア黒海艦隊基地を断じてNATO勢力圏に置かせないとの発言だ。
冷戦時代、欧州ではソ連を盟主とするワルシャワ条約機構と、米国を中心としたNATOという2つの軍事機構が東西で対峙していた。冷戦の終結に伴い、東側のワルシャワ条約機構は1991年に解体した。
一方でNATOは存続し、かつ東方へと加盟国を増やしてきた。「欧米は我々をだました」(プーチン大統領)との不満がロシアには根強い。
米国のクリントン元大統領は、97年にヘルシンキで開いた米ロ首脳会談で当時のエリツィン大統領が、NATOの拡大対象から旧ソ連圏を外す秘密裏の約束を求めてきたと明かしている(回想録「マイライフ」)。
この会談でロシアはポーランド、ハンガリー、チェコのNATO加盟を認め、見返りに主要8カ国(G8)の地位や世界貿易機関への加盟支援をとりつけた。
NATOには結局、旧ソ連のバルト3国が2004年に加わった。加盟国は現在、28カ国に上る。東京財団の畔蒜泰助研究員は「ロシアはNATO拡大を、西側による敵意の象徴と受け止めている。ウクライナまで加盟すれば安全保障上の脅威にもなるので、ロシアも引かない」と指摘する。
(編集委員 池田元博)
[日経新聞5月27日朝刊P.27]
(3)プーチン大統領の変身 「欧米と対等」が軸に
ロシアはクリミア半島の編入に続き、ウクライナ東部の国境地帯に約4万人規模とみられる兵力を結集させた。
防衛研究所の兵頭慎治・米欧ロシア研究室長は「ロシアが欧州通常戦力(CFE)条約をいまも順守していたなら、こうした軍の展開には(欧米への)事前通告が必要だった」と指摘する。
CFEは欧州に展開する戦車や重火器、戦闘機などの通常戦力を削減する条約で、冷戦終結後の1992年に発効した。欧州の安全保障面での信頼醸成措置だった。
だが、加盟国ごとに上限を設定する方式にした条約修正案は未発効のままで、2007年にはロシアのプーチン政権が条約の履行を停止してしまった。米国が欧州で配備を進めるミサイル防衛計画に反発したためだ。
兵頭室長は「ロシアが旧ソ連圏への北大西洋条約機構(NATO)拡大を軍事的な圧力でけん制するなら、今後もCFEが邪魔になる」とみる。
プーチン大統領は当初から欧米との対決姿勢をむき出しにしてきたわけではない。カーネギー財団モスクワセンターのドミトリー・トレーニン所長は「米国との同盟化とロシアの欧州化が、00年の大統領就任直後のプーチン外交の柱だった」と分析する。
こうした路線は米英が主導し、ロシアが反対した03年のイラク戦争などを経て修正された。いまや、欧米との対等な関係を強調する「ロシアの完全な主権化」(トレーニン所長)が基軸になっているという。「大国ロシア」の復活を掲げるプーチン外交の裏に、根深い欧米不信が横たわる。
(編集委員 池田元博)
[日経新聞5月28日朝刊P.27]
(4) エネルギーの相互依存 ドイツ、制裁に慎重
外交や安保で冷え込むロシアと欧州の関係を経済の側面からみると、別の風景が広がる。
プーチン政権の外交指針「ロシアの外交概念」には、欧州連合(EU)を「主要な貿易・経済相手、重要な外交パートナーとして協力の深化に関心を払う」とある。
ロシア連邦税関庁によると、2013年の対外貿易総額のうちEUとの貿易が49%を占めた。アジア太平洋地域は25%、旧ソ連の独立国家共同体(CIS)諸国は14%だ。
ロシアの輸出の大半は原油、天然ガスなどの燃料エネルギーで、13年はCIS向けを除く輸出の75%に上る。欧州向けが中心で、石油天然ガス・金属鉱物資源機構の本村真澄主席研究員は「とくに天然ガスは昨年、欧州の全需要の30%をロシアが供給した」という。
ロシア国営のガスプロムによれば、欧州への国別の天然ガス供給量はドイツがトップ。続いてトルコ、イタリアの順で多い。ウクライナ危機をめぐる対ロ制裁で欧米に温度差が目立ち、なかでもドイツが制裁に慎重なゆえんでもある。
西欧へのロシア産ガス輸出はソ連時代の1968年に開始。「欧州は成熟市場で、今後はガス輸出の増大は見込めない」(エネルギー研究所のタチヤーナ・ミトロワ部長)ものの、半世紀近くも続く経済の相互依存は容易に切れない。
主要7カ国(G7)は今月初め、エネルギー相会合でロシア依存の低減を決めた。本村研究員は「数値目標はなく具体性もない。経済原則からみて、安いロシア産をやめる企業はいない」と合意の実効性に懐疑的だ。
(編集委員 池田元博)
[日経新聞5月29日朝刊P.26]
(5) EUか関税同盟か 複眼的視点が必要
ウクライナ危機は、欧州連合(EU)への統合路線の是非をめぐる国内対立が発端だ。ロシアがウクライナに介入する背景には、EU接近をけん制し、自ら主導する「関税同盟」に引き寄せる狙いもあるといわれる。
ロシアは2010年、旧ソ連のベラルーシ、カザフスタンとの間で域内関税をなくす関税同盟を発足。15年にはユーラシア経済同盟に格上げし、将来はEUのような経済圏をめざす構想を描く。
東京外国語大学の鈴木義一教授は「モスクワを中心にした単一経済だったソ連が分断され、ロシアが受けた不利益は大きい。もともと補完関係の強かったところに共通の経済圏をつくろうとするのは当然だが、とくに相互依存が強いウクライナ抜きでは十分に機能しないだろう」と語る。
では、ウクライナをめぐるEUとロシアの綱引きは双方の関係をどこまで悪化させるのか。
ロシア・ユーラシア政治経済ビジネス研究所の隈部兼作所長は「ロシアには流通インフラの整備などを通じて、欧州とアジアの懸け橋を担い、経済を発展させる思惑がある。その意味でEU市場はロシアにとって今後も重要だ」と指摘する。
ウクライナ危機のさなかの先月上旬、シュワロフ第1副首相率いるロシアの大型代表団がベルリンを訪問。リスボンからウラジオストクに至る経済空間の可能性を探る「東方フォーラム」に出席した。
外交・安保で対立しつつも、経済でしっかりとつながる。ロシアと欧州の関係は複眼的にみていく必要があるだろう。
(編集委員 池田元博)
=この項おわり
[日経新聞5月30日朝刊P.31]
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