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[創論]ウクライナ危機 日ロ関係は
北方領土、変化望めず モスクワ国立国際関係大教授 ドミトリー・ストレリツォフ氏
ウクライナ危機が日ロ関係に影を落とし始めた。ロシアの対日外交の位置づけはどう変わるのか。北方領土問題を抱える日本はどうすべきか。日ロ関係に詳しいモスクワ国立国際関係大のドミトリー・ストレリツォフ教授と、外務省で日ソ、日ロ交渉に携わった京都産業大の東郷和彦教授に聞いた。(聞き手は、モスクワ=石川陽平、編集委員 池田元博)
――ウクライナの危機によって、ロシアの国際的立場が揺らいでいます。
「ロシアはこれまで欧米社会に属し、主要8カ国(G8)の一員だと感じていたが、こうした国際関係の体制は大きく変化した。ロシアは西側諸国から独立し、欧米の文明に属さず、自国の利益と考えるものに基づき行動する国とみなされるようになった」
「危機がどこまで深刻になるかは予測できないが、ロシアの将来にかなり危険な影響を与える可能性が生じている。ロシアは欧米と対立する新たな国際関係からある程度は利益を得られるが、外交的、経済的に後退し、国際社会で敗北者になりかねない」
――危機はロシア外交にどんな転換を促しますか。
「プーチン政権はアジア重視の外交を加速する。反ロシアで結束する欧米との関係の悪化を補うため、アジア諸国の優先順位を引き上げる。資源エネルギーの供給先が欧州からアジア太平洋地域に移りつつあり、ロシア外交の東への転換はすでに進んでいた。ウクライナ問題でアジア・シフトに拍車がかかる」
――日本政府はロシアと中国が急速に接近するのではないかと懸念しています。
「中ロ関係は経済と政治の両面で進展していくが、ロシアは中国に過度に依存したくない。対等な中ロ関係を損なう恐れがあるからだ。中国からロシアが、天然ガスなどの輸出交渉で価格面の譲歩を迫られたり、尖閣諸島を巡る日本との対立で中国の立場を支持するよう求められたりする可能性がある。ロシアにとっては中立を維持し、アジア太平洋諸国との関係を多様化することが国益にかなう」
――日本政府も欧米に続いて対ロ制裁を発表しました。
「ロシア政府は日本が自らの利益に反し、米国の圧力を受けて表明した措置だと理解している。日ロの首脳間には良い個人的関係がつくられている。安倍晋三首相が西側の主な指導者の中で唯一、ソチ冬季五輪の開会式に出席したことも忘れていない。日本は今後も外圧にできるだけ屈しないで、自らの国益にもとづいて実利を追求すべきだ」
「ウクライナの危機はまだ日ロ関係に大きな影響を与えていない。4月末に予定されていた岸田文雄外相の訪ロの延期も、一時的な現象だ。ロシアも日本も関係の悪化を望まず、長期的なエネルギー協力の確立に期待している。今年の後半には前向きな動きが出てくると予想している」
「ただ、ウクライナ情勢が悪化し続ければ、今秋に予定されるプーチン大統領の訪日が無期限に延期される懸念は残っている。農業や医療など幅広い分野で協力の進展や合意が準備されているが、両国関係に損失を与えかねない」
――ロシアによるウクライナ南部クリミア半島の編入は、日ロ間の懸案である北方領土問題の前進に影響を及ぼすという見方があります。
「全く別の問題だ。クリミア問題は1991年のソ連崩壊に伴い(ウクライナとロシアが独立して)起きたものだが、日ロの領土問題は第2次世界大戦の結果として生じた国境を巡る対立だ。ロシアは(『4島がロシア領になった』ということを含む)大戦の結果は揺るぎなく、ウクライナ危機後も疑問にさらされることはないと考えている」
――安倍首相は今秋のプーチン大統領の訪日で領土問題を打開することに強い意欲を示しています。
「日本との領土問題に対するプーチン氏の考え方はよく知られている。解決に向けた基礎となるのは(平和条約締結後に4島のうち歯舞、色丹の両島を引き渡すとした)56年の日ソ共同宣言であるという立場は変わっていない」
「領土問題でプーチン氏の基本的な姿勢を変えるような状況の変化は何も起きていない。日本側はロシアが2島引き渡し以上の『2+アルファ』で妥協することを期待しているが、プーチン氏は譲歩に見合うだけの大きな配当は得られないと考えているだろう。しかも、日ロ関係は経済や地政学上の実利に基づいて発展しており、この流れは領土問題と関係なく続く」
「ロシアでは伝統的な価値を重んじる保守化の傾向や愛国主義が強まっており、プーチン政権を支えている。こうした保守主義と愛国主義は、国家の主権や領土の統一を支持すると主張する。クリミア半島を取り戻す一方、同様にロシア人が暮らしている領土を日本に引き渡すというのは論理的におかしい」
Dmitri Streltsov ロシア科学アカデミー東洋学研究所で博士号。専門は日本政治や日ロ関係。50歳。
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中ロの接近 注意必要 京都産業大教授 東郷和彦氏
――ウクライナ情勢をめぐり、米欧とロシアの対立が深まっています。
「いまの状況を新冷戦と評する向きもあるが、その見方は根本的に間違っている。冷戦は第2次世界大戦後の米国とソ連の核対立、イデオロギー対立を意味するからだ。冷戦の終結で米ソの核対立は終わった。米国は超大国として残り、ソ連は自壊した。冷戦終結から25年が過ぎ、世界情勢は大きく変化した。一番変わったのは中国の台頭だ。ウクライナ問題を考える前提として、中国ファクターを考慮しないと対応を見誤る」
――ウクライナ問題が中国とどう関係するのですか。
「主要7カ国(G7)が最も気を付けなければならないのは、不必要にロシアを刺激することで、ユーラシアに本当の意味での中ロ同盟を形成させてしまうことだ。さらに中ロにイランを加えた枢軸ができてしまうと最悪だ。中ロ関係は表面的には極めて良好だが、プーチン大統領は中ロの全面的な連携は望んでいない。G7はロシアを批判しつつも、穏便なところにとどめてつなぎとめ、台頭する中国にロシアを不必要に接近させないことが重要だ」
――だが、米欧はロシアへの制裁圧力を強めています。
「日本の役割が大きい。日ロはともに、西欧文明と独自の文明の間で引き裂かれてきた歴史の共通性がある。地理的にも近い中国が台頭するなか、ともに自分の国のアイデンティティーを考えざるを得なくなっている。近年の日ロの接近は、領土問題や経済だけでは説明できない歴史的な必然性がある。日本が国の思想の根幹に関わるロシアとの歴史、文明論的な共通性に着目し、米国も欧州も出せない独自のメッセージをロシアに発信することは可能だ」
――それは、どのようなメッセージですか。
「平たくいえば、ウクライナであまり無茶(むちゃ)をしないでほしいということだが、米欧と日本では違う言い方があるはずだ。ロシアもウクライナ東部に軍を投入するつもりはないという。本音だろう。ウクライナ問題で日本は内政上の課題も、複雑な利害もない。いわば身軽な日本が言ったほうが、ロシアには効果的だ。日本の発信は、G7全体にもプラスになる」
――ロシアは日本の声に耳を傾けるでしょうか。
「ロシアはG7の中でいまのところ、日本に理解ある姿勢をとっている。対ロ制裁でも日本は、米国の後に発動し、内容もより控えめにした。ロシアの反応も控えめだ。そもそもプーチン大統領が日本を重視する理由の一つは経済だ。エネルギーの売却と投資の呼び込みが柱で、いずれも日本をその適切な相手とみている。もう一つの理由は地政学、つまり中国の台頭だ。中国と約4000キロメートルの国境線を持つロシアは、中国の台頭の意味を肌で感じている。中国を絶対に刺激しないとともに、中国以外の国と手を結ぼうとする。つまり文明論的な共通項を持つ日本だ」
――プーチン大統領の北方領土問題解決への意欲も衰えていないのでしょうか。
「北方四島の帰属問題を決着する大統領のキーワードは引き分けだ。その中身は『2+アルファ』だろう。アルファが大きくなるか小さくなるかは分からないが、現状ではこの立場を変えていない。正当性はともかく、クリミア半島の国境が変わったのは大変なことだ。世界の国境の大変動が起きた時はチャンスとも言える。ただし、日本が独自の対ロ外交を堂々と動かし、日ロ関係を経済と安全保障を含めて強化していく路線を変えないことが前提となる」
――日本独自の対ロ外交は現実的に可能ですか。
「日本外交の体力次第だろう。それが可能になる絶対的な必要条件は、米国との信頼関係だ。信頼がないままロシアに近づき過ぎると、米国との関係が崩れ、日本の存亡の危機になる。中国が尖閣問題で攻勢に出てきても対応不可能になるからだ。半面、日本が米国の言いなりになれば、日ロ関係は領土交渉にとどまらず完全に潰れる。プーチン大統領にとって、そんな日本との交渉は全くメリットがないからだ。日ロが完全に潰れれば、結果的にロシアを中国に追いやることになる」
「日本外交の全体的な安定が不可欠だ。その根っこは日米関係にある。安倍晋三政権は歴史問題、とくに靖国神社への参拝と従軍慰安婦問題が米国の信頼を損ねている現実を直視すべきだ」
とうごう・かずひこ 東大卒。外務省で条約局長、欧亜局長などを歴任。10年から京都産業大世界問題研究所長。69歳。
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〈聞き手から〉試される外交の機微
日ロ首脳会談のたびに、プーチン大統領が好んで引用する数字がある。日ロ間の貿易額だ。かつては年50億ドル前後にとどまっていたが、2011年に300億ドルを超え、13年まで3年連続で過去最高を更新した。
アジア重視を掲げる大統領にとって、右肩上がりを続ける貿易や投資の実績が座標軸となり、対日外交を進める原動力になっているのだろう。
その数字が今年は落ち込むかもしれない。ウクライナ危機の影響で投資環境が冷え込みつつあるからだ。ストレリツォフ氏も東郷氏も、ロシアは日本との関係悪化を望んでおらず、対ロ制裁をめぐる日本の対応にも現状では理解を示しているとみているが、いつまでも続くわけではない。
国際秩序を揺るがすロシアに厳しい態度を示すのは、G7の一員としての責務だ。一方で、北方領土問題や中国の台頭という北東アジアの情勢変化を踏まえれば、日ロの対話の継続は欠かせない。長期的な戦略に基づく、日本外交の機微が試されている。
(池田元博)
[日経新聞5月4日朝刊P.9]
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