05. 2014年11月19日 06:15:53
: jXbiWWJBCA
【第524回】 2014年11月19日 ダイヤモンド・オンライン編集部 【NHKが追い続ける「メガ自然災害」の脅威(下)】 なぜ巨大地震のリスクは終わることがないのか? 最先端研究でわかったXデーの「最後の引き金」 ――白川友之・NHKチーフ・プロデューサー 巨大地震は、常に警戒すべき存在である。しかし、東日本大震災から約3年8ヵ月が経った今、人々の地震に対する危機意識は風化しかけていないだろうか。 ともすれば危機意識が低下しがちな日本人に対し、自然災害のリスクを再認識させる上で大きな役割を果たしたのが、『NHKスペシャル』のシリーズ企画「巨大災害 MEGA DISASTER〜地球大変動の衝撃〜」だ。その制作陣が、テレビマンとして視聴者に訴えようとしたメッセージとは何か。
前回の「火山大噴火」に続いて、今回取り上げるのは「巨大地震」。いまだ研究体制が不十分な火山噴火に対して、日本は地震の分野では世界トップクラスの研究が行われている。 特に東日本大震災以降は、研究が急ピッチで進められ、これまで謎に包まれていた巨大地震の発生メカニズムが明らかになりつつある。その過程において、地震を引き起こす「最後の引き金」と言われる“ある物質”の存在も浮かび上がってきた。 最先端の研究現場では、巨大地震のメカニズムがどこまで解き明かされているのか。いずれ必ず来るであろう「運命のとき」に備えて、我々ができることは何か――。 NHKスペシャルにおいて「巨大地震 MEGAQUAKE」シリーズ、「巨大災害 MEGA DISASTER〜地球大変動の衝撃〜」シリーズを手がけた白川友之氏(日本放送協会 大型企画開発センター チーフ・プロデューサー)が、膨大な取材の過程で得た知見や最新情報を紹介しながら、我々に警鐘を鳴らす。(構成/ダイヤモンド・オンライン編集部 安田有希子、小尾拓也 編集協力/ダイヤモンド社 ソリューション企画部 宮田和美 番組画像提供/日本放送協会) 東日本大震災を誰が想像できたか? 巨大地震は現実に起こり得るもの 白川 友之(しらかわ ともゆき) NHK大型企画開発センター チーフ・プロデューサー 1967年生まれ。大阪府出身。1991年 大阪大学基礎工学部卒業後、NHK入局。番組制作局科学番組部、札幌局、制作局科学・環境番組部などを経て現所属。これまで主にクローズアップ現代やNHKスペシャルなどを担当。制作した番組はNHKスペシャル『人体特許』(2001年)、『テクノクライシス・シリーズ』(2006年)、『病の起源・シリーズ』(2008年)、『巨大津波』(2011年)、『巨大地震 MEGAQUAKEU・シリーズ』(2012年)などがある Photo:DOL 東日本大震災は、全ての日本人にとって災害に対する見方を変えた出来事だ。我々は以前から、何人かの科学者から断片的にではあるが、かつて想像を絶する地震が発生し、巨大な津波が沿岸部を襲っていたという話は聞いていた。しかし科学者にとって、かつての巨大地震の規模も津波が到達していた範囲も十分には描き切れておらず、研究が続けられているという状況だった。
2011年3月11日の巨大地震は、1000年以上も前に起きていたと指摘されていた “想像を絶する”地震と津波だった。 我々メディアは、不安を煽るようなことはあってはならないが、科学的にある程度明らかになってきた災害の最悪の姿については伝え、そのとき何が起きるのか、どう行動しなければならないのか、被害を最小限にするにはどうすればよいのかなどは、迷わず随時伝えていくべきだと実感させられた。 たとえば、「マグニチュード9の地震が起きる」という情報が出たとする。巨大地震が起きることは理解できても、それによっていったいどんな状況に陥るのか、どういう対応が可能なのかということについて、あなたには想像がつくだろうか。 人は、何らかの状況に出くわしたとき何が起きていのるか理解できないと納得できず、次の行動に移れないところがある。逆に言えば、いつ襲って来るかわからない巨大地震を理解し、実際に起き得るものとして意識していることが、災害時に適切かつ素早い行動を可能にし、命を守ることにもつながるのだ。 NHKは、「災害対策基本法」で報道機関として唯一、指定公共機関に定められ、大規模な災害が起きたときは、被災者の生命と財産を守るため、防災情報を正確・迅速に伝える責務を負っている。我々は、さらに災害発生時だけでなく、日頃から災害が起こる可能性の有無や、想定される被害、起こったときの対策などを検証・予測し、放送していかなければならない。命を守るために、平時こそ災害に関する情報を積極的に発信していきたい。こうした使命感もあった。 9月に放送した「巨大災害 MEGA DISASTER〜地球大変動の衝撃〜」シリーズの第3集「巨大地震 見えてきた脅威のメカニズム」では、3.11巨大地震について明らかになった事実に加えて、地球規模のスケールで見た場合、巨大地震がどこで、どんな仕組みで起きているのかを紹介した。 取材の過程で新たに明らかになったことで、今後の地震の予測に大きく役立つことが期待されるものとしては、「プレートの山の存在」と「水が地震に関係している」ことがある。最新の研究を紹介しながら、巨大地震のリスクをお伝えして行きたい。 なぜ過去100年間で一度も地震が 起きなかった場所が震源だったのか? そもそもNHKでは、地震については東日本大震災以前から「巨大地震 MEGAQUAKE」シリーズを放送するなど、様々な番組で放送してきた。 東北沖で発生する地震については、5年ごと、あるいは10年ごとといった一定の間隔で、同じ場所を震源とし、同じような規模の地震が起きていることが明らかになっていた。地震発生のメカニズムは、海溝型地震では強く固着した断層面が、あるとき急激にずれて地震波を出すというもので、その震源は「アスペリティ」と呼ばれている。そうした震源の研究から、次はどこでどれほどの規模の地震が起きるか、将来の地震発生がある程度は予測できるようになってきたと考えられていた。 東北沖の日本海溝付近の海底地形(高さ方向を強調)。右側が沈み込む太平洋プレート しかし、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(3.11巨大地震)は、過去100年間で一度も地震が起きたことのない場所が震源となった。その震源を起点に、南北500キロ、東西200キロもの範囲がズレ動いていた。研究者にとって、この事実は衝撃的だった。大震災以降、巨大地震のメカニズムを解明するために、その震源域が徹底的に研究された。
地震計が捉えた地震波 巨大地震は近年、インドネシアやチリなどで起きているが、観測体制が整った場所で起きた巨大地震は、3.11巨大地震が唯一と言っていい。以前から地震が多い東北地方には、多くの地震計が設置され精密な観測網がある。そこで3.11の巨大地震が発生し、その後も余震が相次いだため膨大なデータが得られた。地震が発生する地下の構造がより詳しく見えるようになり、巨大地震の発生メカニズムの解明が進むことになった。
「地震波トモグラフィー」でわかった 地下に潜む標高2000メートルの山の正体 では、東日本大震災を引き起こした巨大地震の発生メカニズムとは、実際にどんなものだったのか。 地震波は、地下の硬い領域では早く伝わり(青)、柔らかい領域では遅くなる(赤)。地震波トモグラフィーは、多くの地震で発生した地震波データを解析し地下の構造を描き出す
地震波トモグラフィーが描き出した東北沖のプレート境界の構造。青い(硬い)領域で大きな地震が発生している データ提供:東北大学大学院理学研究科 趙大鵬教授 拡大画像表示 地下の構造は、「地震波トモグラフィー」という、見えない地下を画像化する技術によって解析が進んでいる。地震波トモグラフィーで地下を可視化し、そのデータと実際に起きている現象を重ね合わせたとき、ある法則性が明確になった。それは、「プレートの硬い場所では比較的大きな地震が起こる」というものだ。 さらに、その硬い場所で何が起きているのかについては、JAMSTEC(海洋研究開発機構)の深海調査研究船の調査によってわかってきた。調査の内容は、エアガンと呼ばれる装置で人工地震を起こし、地下からの反射波を捉え、東北沖のプレート境界を詳細に分析するというものだ。 そこで発見されたのが、冒頭で述べた「プレート境界で見つかった“山のような構造”の存在」である。実は、3.11の巨大地震の震源近くの陸側のプレートと太平洋プレートの境目は凹凸に富んでおり、そこには標高2000メートルもの“巨大な山”が存在していた。 エアガンによる調査で描きだされた東北沖の地下のプレート構造。上が巨大地震の震源付近の断面。下は他の場所の断面 データ提供:海洋研究開発機構 小平秀一上席研究員
東北沖の巨大地震の震源付近のプレート境界で見つかった高さ2000メートルの “山のような構造”。左側の細い白線は、推測による境界 データ提供:海洋研究開発機構 小平秀一上席研究員 この山のような構造が、陸側のプレートと強く固着して、少なくとも600年にわたってひずみを溜め続けていた。それが2011年3月11日に突然にずれ動き、あの巨大地震を引き起こしたのではないかということが、新たにわかったのだ。 ではなぜ、プレート境界に2000メートルもの“山のような構造”が存在しているのか。その秘密は、地球表面を覆う10数枚のプレートの動きが深くかかわっている。プレートは、それぞれが一定の方向に年間数センチずつ移動している。爪が伸びるほどの速さで動いているといわれる。プレートは、移動する過程で冷やされ少しずつ厚みを増し、重くなっていく。東北沖の日本海溝に沈み込む太平洋プレートの場合、表面には海山や地塁・地溝構造(プレートが沈み込む際に出来る構造)と呼ばれる凹凸が見られる。3.11の巨大地震の震源付近で見つかった“山のような構造”は、かつて海底にあった巨大な凹凸が、海溝から沈み込んだものと考えられている。 世界の主なプレートの動き。一定の方向に年間数センチずつ動き続けている 拡大画像表示 しかし、「プレートは動く」としても、岩石実験などで強い圧力をかけると、岩石どうしは簡単には滑ることはない。何か滑らせるものがないと、固く噛み合った地下のプレートが、滑る(ズレる)という現象自体、説明がつかないと科学者たちは考えている。
プレートを滑らせるものとは何か。これについても3.11の巨大地震は大きな手掛かりを残していた。 地震の「最後の引き金」は水だった!? 海水に含まれたヘリウム3とは何か 実は、「滑らせるもの」の正体は「水」だった。それを証明したのは、地震とは別の分野の研究が発端だった。 震災以前から東北沖で海の水の循環を調べていた東京大学の佐野有司教授が、たまたま大震災の1ヵ月後にとった水から、普段は見られない「ヘリウム3」という物質が大量に含まれていることを発見したのだ。 巨大地震で、マントルからの水がプレート境界を通って出たと考えられている 「ヘリウム3」は通常、地下のマントルの中にある物質である。その物質が、震災直後に東北沖の海水から得られたことから、巨大地震の際に大量の水と共に出てきたものと推測された。地下深くにあった水が、固くかみ合っていたプレートの境界に徐々に入り込み、プレートを滑らせ巨大地震を発生させたのではないかと考えられている。
つまり、巨大地震の「最後の引き金」を引いていたのは、潤滑剤のような役割をしていた「水」だったのだ。 地震発生直前に地下水の水位が上昇する現象が起きていたという証言は昔から多数あり、「地震には水が関係している」と、言われてきたが科学的に明確には解明されていなかった。それが今回、地上にはほとんど見られないヘリウム3が見つかったことで、地震と水の関係が明確になったのだ。 今後、地下の水の動きが観測できるようになれば、地震発生を予測する手掛かりとなる可能性が出てきている。 広範囲で発見された「ひずみ」 南海トラフ大地震は本当に起きるのか? フィリピン海プレート。赤い線が南海トラフ それでは、こうした地震発生のメカニズムを踏まえた上で、今後日本のどこで巨大地震が起きる可能性が高いのかを、考えてみよう。
日本列島は、プレートが沈み込んでいる場所にあるという意味では、地震発生のリスクはどこにでもある。しかし、かねてより発生が危惧されている南海トラフの巨大地震については、リスクが最も大きい地震の1つと言える。GPSを使って計測したデータによると、東海沖から四国沖にかけての広い範囲で「ひずみ」がたまっていることがとらえられている。 南海トラフにたまったひずみ。赤い部分ほど大きい。 データ提供:京都大学防災研究所 西村卓也准教授 拡大画像表示 さらに、東海沖や四国南東沖のプレート境界をエアガンで調べると、東北沖に存在していたような巨大なひずみをためる“山のような構造”がいくつも見つかっている。
南海トラフにおける直近の大地震の発生は、70年ほど前。過去の発生間隔には長短はあるが、確実に大きな地震が起きているので、「そう遠くない将来、巨大地震が起きる」と多くの研究者が考えている。 南海トラフの巨大地震で危惧されているのは、人口が多い地域に激しい揺れが襲いかかること。そして地震発生後、極めて短い時間で大津波が沿岸部に到達することにある。早い地域ではわずか数分で到達すると予想されており、高台への避難を含め、今から念入りに対策を検討しておかなければならない。 では、来るべき巨大地震を見据えてとるべき対策とは何か。それを考えることが何より重要だ。 地震の揺れへの対策については、日本では1923年の関東大震災以降、大きな地震のたびに建築基準法などの法令が改正され、建物の耐震化が進められてきた。しかし建築物は一旦作られると長期間利用されるため、古い耐震基準で建てられた建物や構造物については耐震補強を急ぐ必要がある。また建物が倒壊を免れても、天井が落ちてきたり室内の家具が倒れてくれば、人が下敷きになる恐れがある。更に屋外への脱出や避難を阻む要因にもなる。自分の家の中に潜むリスクについても一度、考えてみてほしい。 津波については、東日本大震災以降、各地の海岸に近い場所には、標高を記した海抜表示板や津波警戒標識などが次々と設置されている。海岸近くに住んでいる人はもちろんのこと、レジャーで訪れた場合でも、自分がいる場所の標高を確認し、いざという時はどこに避難すればよいのかを常に考えるよう習慣づけて欲しい。 更に巨大地震が発生した場合、各自が迅速に安全な場所に避難するのが大前提だが、その際に携帯電話などの通信手段が使えなくなっている可能性が高い。家族がバラバラになってしまったときに備え、集合場所を決めておく必要もある。こうした細かいことまで、家族や会社でできる限りのシミュレーションをしておくことが、命を守ることにつながっていく。 巨大地震の対策を考える材料に 命だけは守れる仕組みづくりを 理想を言うなら、そもそも地震が起きないように食い止められる方法があればいいのだが、現段階では夢のまた夢の話だ。また、人類が100%の確率で地震予知をできるようになる時代も、おそらく我々が生きている間には来そうにない。 マントルの中に落下したプレート。地球内部の大循環を引き起こしている データ提供:東北大学大学院理学研 趙 大鵬教授
冷えたプレートがマントルの底に落ち、地球内部から高温のマントル物質が上昇。熱を放出する対流が起きている データ提供:海洋研究開発機構 柳澤孝寿主任研究員 地球は、太陽系のなかで唯一、水がありプレートが動き続ける惑星だ。このことが生命を誕生させ、美しい景観を作り出す原動力となってきたと考えられている。46億年前、隕石衝突などでマグマオーシャンと呼ばれる高温だった地表が、徐々に冷えプレートが誕生。冷えて重くなったプレートが地球内部に沈み込み始めて以来、現在に至るまで、プレート運動は続いている。地震は、水が存在しプレートが動き続ける“生きている惑星”の宿命なのだ。 巨大地震が起きることは、受け入れざるを得ない。だからこそ、常に危機意識を持つことと、いざ起きたときに命だけは守れるよう個人レベル・社会レベルで仕組みをつくることが、最も重要だと考える。 隕石衝突だってないとは言い切れない 自然に対する謙虚さを思い出すべき 災害について私たちが陥りがちなのが、「これまで大丈夫だったから、きっと次も大丈夫」ということだ。しかし、人知を超えた自然現象は稀にではあるが、必ず起こり得る。「100万年に1回」とも言われている巨大隕石の衝突だって、我々が生きている間に絶対にないとは言い切れない。 高度な文明社会を生きる現代人は、人工的な環境で暮らし自然と触れ合う機会が激減してしまった。そして自然に対する謙虚さがなくなってきている。しかし自然は、時として猛威をふるい災害となって我々に襲いかかってくる。 戦前の著名な物理学者である寺田寅彦は、「文明が進むほど災害による被害も大きくなる。」と指摘している。確かに100年前までは高層ビルや地下街などはなく、人口も少なかったことを考えると、かつては起こり得なかったような事態が巨大地震によって起きうるのだ。そして文明が発展すればするほど、新たなリスクも生まれる。 災害は毎年のように起きて、多くの被害が出ている現実がある。犠牲者を出さないためにはどうすればいいかを、常に考え続けなければならない。 地球を揺るがすほどの巨大地震を前に、我々は「こうすればいい」という完全な答えは導き出せていない。しかし、何もしないでそのときを待つわけにもいかない。我々は、多くの人に起こりうる事態を正確にお伝えし、それぞれがそのときに備えて考えを巡らし、出来ることから取り組んでいって欲しいと願っている。 http://diamond.jp/articles/-/62401
|