26. 2014年9月18日 19:31:40
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インドネシアは、現在進行形だぁ・・2000年06月04日 スマトラ島沖地震 (2000年) 7.9 スマトラ島南方沖 2004年12月26日 スマトラ島沖地震 (2004年) 9.1 バンダ・アチェ南南東沖 2005年03月28日 スマトラ島沖地震 (2005年) 8.6 メダン南西沖 2007年09月12日 スマトラ島沖地震 (2007年) 8.5 ブンクル南西沖 2009年09月30日 スマトラ島沖地震 (2009年) 7.5 パダン西北西沖 2010年04月06日 スマトラ島沖地震 (2010年4月) 7.8 バニャック諸島付近 2010年05月09日 スマトラ島沖地震 (2010年5月) 7.2 バンダ・アチェ南南東沖 2010年10月25日 スマトラ島沖地震 (2010年10月) 7.7 パダン南沖 2012年01月10日 スマトラ島沖地震 (2012年1月) 7.2 バンダ・アチェ南西沖 2012年04月11日 スマトラ島沖地震 (2012年4月) 8.6[1] バンダ・アチェ南西沖 この最中にも、多くの火山が爆発したし、大津波以外にも、中津波も数え切れない・・・
======【≪全世界の2割の地震が起きる地震で世界一の日本≫】======
阿呆の小泉や森や麻生や安倍や官僚のせいで、原発地雷、活断層真上の巨大ダム、など・・・・ 【コンクリート】に殺されてしまう・・・ 全てが人災だぁ・・・ 政権を獲った政党の時に、ジミンと官僚と越後屋の尻拭いをやらされちゃ、堪らない。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ◆タイムズ紙は、朝日の吉田調書どおりに報じていたのですが・・・◆ あの日、作業員の9割が撤退したのではなく現場を放り投げて逃げていた 敷地内に、高濃度の放射能汚染水が広がった場合は、3.12からの連鎖水素爆発の時と同じように、職場放棄をする作業員が大量に出るでしょう。 これは、2014年5月20日のタイム紙で報じられたものです。自民党が、ひた隠しに隠している吉田調書に記録されている事実について報じたものです。 その一部抜粋です。 Report: Fukushima Workers Defied Orders and Fled Plant After Accident (TIME May 20, 2014) Yoshida, who died of cancer last year at the age of 58, is widely regarded as a hero in Japan for defying the order to pour seawater on the reactors. In his account, he described how 650 workers and midlevel managers fled to another nuclear plant six miles away and left him and 68 employees to try and regain control of the plant’s runaway reactors. If true, the account challenges the way the Tokyo Electric Power Company (Tepco) recounted the day’s events. The company says it evacuated almost everyone except a small team of dedicated workers risking their lives to try and contain the crisis. The new report, coming out three years after the fact, could stoke new criticism of the government and of Tepco. The government didn’t challenge the veracity of the report, and a spokesman said the report hadn’t been disclosed because it wasn’t intended to be seen by the public. But a spokesperson for Tepco disputed the report, saying Yoshida issued an vaguely worded order to retreat to “low radiation areas,” which could have meant the neighboring plant six miles away. 【訳】 昨年、58歳でガンのために亡くなった吉田氏(元所長)は、上からの命令を無視して(独自の判断によって)海水を原子炉に注入し続けたことで、多くの人が彼を英雄視している。 彼の説明部分では、650人の原発作業員と中堅マネージャーたちがどうやって6マイル離れた福島第二原発へ逃げたのか、そして、彼のもとに残った68人の原発作業員が、原子炉をなんとか制御しようとしていたことを彼は話している。 (※なんと、あの日、現場の9割が、すっぽかして逃げてしまったのだ) これが事実であれば、この調書の記述は、当日、起きていたことを詳しく説明していた東電の話と真っ向から対立することになる。 東電は(当初の説明では)、危険を承知の上で、命がけで挑戦した少人数の“決死隊”以外は、ほぼ全員を退避させたと言っていた。 事故後3年を経て出てきた新しい報告は、政府と東京電力の新たな批判のタネになる可能性がある。 日本政府は、その報告書の信ぴょう性を確かめようとしない。 そればかりか、政府のスポークスマン(菅官房長官のこと)は、「その報告は公開を前提としていないので、開示されない」と言っている。 しかし、東電のスポークスマンは、「吉田元所長が低線量地帯に退避するように、曖昧な言葉で命令を出した」と言いながら、その報告書に異論をさしはさんでいる。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 安倍首相「川内はなんとかします」 九電会長らと会食 また「会食」だ。 安倍首相 ◆「川内はなんとかします」◆ 九電会長らと会食 (朝日デジタル 2014年7月21日) 安倍晋三首相は18日夜、視察に訪れた福岡市内で、貫正義九州電力会長ら九州の財界人と会食した。出席者から九電川内(せんだい)原発(鹿児島県)の早期 再稼働を要請された首相は「川内はなんとかしますよ」と応じたといい、再稼働に前向きな安倍政権の姿勢をより鮮明にした。 首相は福岡市博多区の料亭で約2時間、貫会長らと会食。麻生太郎副総理兼財務相の弟の麻生泰(ゆたか)九州経済連合会会長、石原進JR九州相談役らが同席した。会食後、石原氏が首相とのやりとりを記者団に明らかにした。 川内原発をめぐっては、原子力規制委員会が16日、安全対策が新規制基準を満たすとする審査書案を公表し、再稼働が確実になったばかり。 http://c.fc2.com/imgsa/http%3A%2F%2Fblog-imgs-68-origin.fc2.com%2Fk%2Fa%2Fl%2Fkaleido11%2F20140721-4.jpg/ 画像 〜〜〜〜〜〜〜 日本のメディアは信用できないので、海外から検証して欲しいものです・・・ |