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再生医療 飛躍への課題
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投稿者 あっしら 日時 2016 年 4 月 20 日 02:09:56: Mo7ApAlflbQ6s gqCCwYK1guc
 


再生医療 飛躍への課題

(上)iPS、進む応用研究
安全評価の温度差が壁

 iPS細胞を使う再生医療が本格的な治療応用を前に足踏みしている。研究は活発で、予算や法制度の面で国の支援も進んだ。だが、移植する細胞の安全性の評価や臨床の進め方などで研究者間の意見の違いもみられ、計画に遅れが出ている。iPS細胞の開発から10年、国際競争が激しくなる中で、再生医療の「離陸」へ向けた関係者の模索は続く。


 「再生医療は可能性の模索ではなく、普遍的な治療となる」。今月中旬、日本再生医療学会の記者会見で、理事長を務める大阪大学の澤芳樹教授はこう強調した。大阪市で開かれた学会では、iPS細胞を使った再生医療の実用化につながる成果の発表が相次いだ。

 だが、会場から難病患者らが実現時期を次々に質問する姿はなかった。技術的には実用化に近づいているが、臨床応用が思うように進まないことが影響している。

 理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーらが目の難病の加齢黄斑変性の患者を治療する臨床研究を実施したのは2014年。だが昨年、2例目の実施を見送った。文部科学省は昨年12月、iPS細胞を使った再生医療実現の工程表を改訂、一部の病気で臨床の開始時期を遅らせた。

 背景にあるのが安全性に対する考え方の違いだ。高橋リーダーらは2例目の実施前、移植に使う予定だった細胞に遺伝子の変異を見つけた。詳しく調べ、移植してもがん化するおそれはまずないと判断したが、臨床研究を審査する厚生労働省の委員会から「安全とはいい切れないのでは」と指摘された。高橋リーダーは「混乱すると思って中断した」と明かす。

 「あまりにも慎重すぎる」。先週、京都市で開かれた国内外の有力研究者を集めた国際会議。マサチューセッツ工科大学のルドルフ・イェーニッシュ教授は理研の安全性評価を聞いてこう漏らした。すかさず同大学のリチャード・ヤング教授が「あらゆる問題に配慮しながら進めるべきだ」と反論した。米国でも見解は定まっていない。

 厚労省と文科省が設置した研究班は安全性の評価基準づくりを進めている。3月末までにまとめる予定だが、作業は遅れ気味で、研究者や企業は慎重になるとの見方が多い。iPS細胞の生みの親である京都大学の山中伸弥教授は「研究者が苦しみながらでも責任をもって考えなくてはならない」と話す。そのうえで「遺伝子変異の安全性への影響は一つ一つのケースごとに判断していくしかない」とも指摘する。

 iPS細胞から作った移植用の細胞などを製品化して普及させるには、法に基づいて厳格な審査・承認を受ける臨床試験(治験)が必要だ。しかし日本では、早く治療を試みるため、治験の手続きを経ずに臨床研究を進める場合も多い。理研の高橋リーダーらが実施した治療もこのケースだ。

 再生医療学会は治療内容によっては臨床研究と治験の両方が必要との立場だ。阪大の澤教授は患者の太ももの筋肉細胞から心臓シートを作る技術を開発し、昨年9月、テルモが製造・販売の承認を受けた。「臨床研究でしっかり調べたのが治験で役立った」という。

 一方で、治験から進めるべきだという意見も根強い。臨床研究は研究者が都合の悪い結果を省くケースもあるなど問題点も指摘されている。臨床研究情報センターの福島雅典センター長は「後から治験をするのは二度手間」と主張する。

 国、研究者、医師が一枚岩にならないと臨床は進まない。考え方の違いはあれ、難病を克服したいという思いは共通する。再生医療の歩みを止めないために共通項を見いだす努力が必要だ。


米英、治験開始へ加速

 人のiPS細胞や受精卵から得られる胚性幹細胞(ES細胞)などの万能細胞を再生医療に応用する試みは、米国や英国で加速している。米スクリプス研究所やバック加齢研究所、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターはそれぞれ万能細胞から作った神経細胞を移植してパーキンソン病を治す臨床試験(治験)を計画する。最初の治療が2017年秋ごろまでに始まる見通しだ。

 英ロンドン大学のグループはES細胞から、これまで難しいとされてきた網膜の視細胞を作製した。理化学研究所の故・笹井芳樹氏らの手法を応用し微細構造まで再現した。3年内に加齢黄斑変性の治験開始をめざす。

 富士フイルムが買収した米セルラー・ダイナミクス・インターナショナル(CDI)もiPS細胞を使った治験を始める。17年に米国立衛生研究所(NIH)の助成で網膜色素上皮細胞を作り加齢黄斑変性に使う治験を、19年にはパーキンソン病や心臓病の治験をそれぞれ始める予定だ。

 治療に不可欠な安全で高品質なiPS細胞の備蓄も進む。米ニューヨーク幹細胞財団は拒絶反応を起こしにくいタイプの臍帯血(さいたいけつ)から、米国人の20〜30%に使えるiPS細胞を作製した。

 セルラー・ダイナミクスも約35%に利用可能な細胞を作製済み。今年は50%のカバーをめざして備蓄を拡充、最終的に95%に引き上げる。将来は日本や中国、欧州とも連携し、これらの国・地域の人口の約半分をカバーしたいという。

[日経新聞3月28日朝刊P.13]

(中)体内の幹細胞実用化 先行 若手研究者の不足懸念

 重症の心不全患者の治療に用いるテルモの再生医療製品が、近く販売される。患者の太ももの筋肉から採った細胞を培養して作った「ハートシート」だ。心臓に貼ると活性物質が分泌され、心機能を改善する。


食道がん患者の口の中の粘膜細胞を培養して作ったシートを食道に移植し、狭窄を防ぐ(長崎大学提供)

 臨床試験(治験)を受けた患者は7人。従来の法制度下で承認を得るにはもっと多くの症例が必要だったとみられるが、2014年11月に施行された医薬品医療機器等法によって道が開けた。

 日本の再生医療研究は20年ほど前に始まったが実用化では海外に後れを取った。12年末時点で欧州では20品目、米国で9品目、韓国で14品目の再生医療製品が承認されていたが、日本は2品目にとどまった。

 再生医療に使うのは、患者などから提供された細胞だ。個々の差異が大きく、対象者も少ない。医薬品のように治験で有効性を証明するのは難しく、実用化が進まない原因になっていた。

 新法では新たに「再生医療等製品」という枠を設け、少数例でも効果を推定できれば、一定の条件のもとで、期限つきで承認することを認めた。ハートシートの期限は5年。その間に60例のデータを集め、改めて承認申請する必要がある。

 再生医療では、iPS細胞やES細胞といった万能細胞を使うものが注目されがちだ。だが実用化で先行するのは、体内にあり、特定の細胞になる「体性幹細胞」を使う再生医療だ。

 ハートシートと同時に承認されたJCRファーマの「テムセルHS注」は患者以外の骨髄から採取した「間葉系幹細胞」という体性幹細胞だ。造血幹細胞移植の後に起きる合併症の治療に使う。

 ここ数年で、体性幹細胞を使う再生医療を実用化するための環境整備は格段に進んだ。

 厚生労働省は2月、試行的に始めた「先駆け審査指定制度」に、ニプロと札幌医科大学が共同開発している脊髄損傷の治療向けの間葉系幹細胞など2件を指定した。薬事承認の審査などで優先的に取り扱われる。

 また自由診療で幹細胞治療を行う民間病院が続々と現れて安全性への懸念が高まり、厚労相への計画の事前提出を義務付けた。

 治験の前段階となる体性幹細胞を使った臨床研究は、2月末で29件が実施されている。長崎大学病院は東京女子医科大学と共同で、早期食道がんの手術後に起きる食道狭窄(きょうさく)を防ぐ再生医療の臨床研究を患者10人に実施した。

 患者の口内から採った粘膜細胞を培養しシートにして食道に移植する。組織が硬くなると狭窄が起きるが、移植した患者は「組織が柔らかく、経過はおおむね順調」(江口晋長崎大教授)。年内にも別の医療機関で治験が始まる予定だ。

 体性幹細胞を使った再生医療はようやく走り出した感があるが、海外に追いつき追い越すには課題もある。研究現場における人材不足だ。再生医療全体の問題だが、特に体性幹細胞の研究はiPS細胞などと比べて予算が付きにくい。

 日本医療研究開発機構再生医療研究課の武井良之調査役は「50歳以下の研究者の予算が不足しており、次代の研究者をいかに育てるかが課題」と話す。「細胞培養やその管理をする人材も不足している」という。

 今後は体性幹細胞で臨床の実績をいかにiPS細胞やES細胞などを使う再生医療の実用化につなげていくかが問われることになりそうだ。

[日経新聞4月4日朝刊P.13]


(下)治療応用へ環境整備必要 資金集めや患者連携カギ

 京都大学iPS細胞研究所長を務める山中伸弥教授が今、時間と労力を割いているのは病気治療用のiPS細胞を備蓄する取り組みだ。関係省庁などとの擦り合わせも必要で、忙殺される。「優秀な頭脳がもったいない」。同教授をよく知る大学研究者はこう嘆く。

iPS細胞研究に関する海外の成果も多く報告された(3月に京都市内で開いた国際シンポジウム)

 文部科学省は2012年に山中教授のノーベル賞受賞が決まると、10年間に1100億円のiPS細胞研究費を投じると決めた。このうちの一部を細胞備蓄用とした。

 再生医療を望む患者からその都度iPS細胞を作り、様々な組織に育てて使うのでは時間も費用もかかる。治療が間に合わない場合もある。そこで、他人の体内でも拒絶反応を起こしにくい免疫タイプの人からiPS細胞を作って凍結保存し、必要な時にすぐ使えるようにするのが備蓄だ。

 再生医療の普及に欠かせないインフラとして米英でも整備が進むが、1つの大学に作製から安全性評価、備蓄まで委ねてはいない。米国立衛生研究所(NIH)は企業に委託し細胞を作製・備蓄する。英国でも研究から治療への橋渡しを担う国の関係機関が製造設備や専門の人員をそろえる。

 作製・備蓄した細胞は安全に使えなければならない。山中教授は細胞のゲノム(全遺伝情報)を詳細に解析し、がん化の恐れがないか調べている。だが、リスクがないと断言するのは難しい。iPS細胞ができる仕組みやがん化の過程は未解明な点も多いためだ。

 政府は再生医療を国の成長戦略の柱の一つに据え、日本医療研究開発機構を通じて治療応用という「出口」を意識した研究を推進する。iPS細胞の備蓄はそのモデルと位置づけるが、研究者出身の末松誠・同機構理事長は「研究者を出口へとせかしすぎてはいけない」と話す。分子生物学などの幅広い研究をもとに安全性を評価する必要があるとの考えからだ。

 山中教授は資金集めにも奔走している。優秀な人材を通常の教員ポストと同じように無期雇用したいためだ。文科省のiPS細胞研究予算の一部は、期間が5年前後の複数の計画に割り振られている。終了とともに予算は打ち切られるので、従事する研究者やスタッフの多くは有期雇用だ。

 そこで京大iPS研では基金を設立、集まった資金を人件費や研究費に充てる仕組みを作った。個人や企業から計10億円を超える寄付が集まる年もあり国内屈指だが、米国などに比べると資金源は限られ規模も小さい。

 例えば米カリフォルニア州が出資する同州再生医療研究所は今後5年間に10億ドルを投じ、50件の臨床試験(治験)を実施する計画だ。フランスの筋ジストロフィー協会はテレビ番組と組み年間100億円規模の募金を集め、半分を研究助成に回す。

 米欧では研究者と患者も緊密に連携する。「一緒に規制当局に治験の審査基準見直しを訴えることもある」。鎌状赤血球貧血という病気の米患者組織アクシス・アボカシーのエードリアン・ベルコース科学技術アドバイザーは話す。日本で再生医療を加速させるにはこうした工夫も参考に課題を再点検し、もう一段アクセルを踏み込める環境を整える必要がある。

 編集委員 安藤淳、西山彰彦、草塩拓郎が担当しました。

[日経新聞4月18日朝刊P.15]

 

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