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白い巨塔・大学病院「出世の階段」に「医者の実力」は関係ない? 楽をするほどカネが儲かる医療界の真実(週刊現代)
http://www.asyura2.com/14/iryo4/msg/693.html
投稿者 赤かぶ 日時 2015 年 10 月 31 日 10:57:00: igsppGRN/E9PQ
 


白い巨塔・大学病院「出世の階段」に「医者の実力」は関係ない? 楽をするほどカネが儲かる医療界の真実
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/46055
2015年10月30日(金) 週刊現代 :現代ビジネス


患者にとって、医師はときに「神」のように輝いて見える。教授という肩書がつけばなおさらだ。だが、肩書が命を救ってくれるとは限らない—医師としての「実力」は「階級」に比例するのか?


■メスを握った教授の冷や汗


「教授が明らかに緊張しているのがわかりました。いつもはエラそうにふんぞり返っているのに、この時ばかりは冷や汗が止まらないようでした。途中で出血量が増えてきたので、別の若い医師に交代し、あとは教授は心配そうに横から見ているだけでした」


こう語るのは、関西の国立大学附属病院に勤める麻酔科医だ。彼は、ベテランの外科教授の行う開腹手術に立ち会った際、教授が自身の手術の力量に自信を持っていないことを如実に感じたという。


「手術を受けた患者さんの家族に『どうしても教授に執刀してほしい』と懇願されたそうです。しかし、この教授はそもそも研究畑の人で手術が得意ではないし、数もこなしてこなかった。50歳を超えていて反射神経も鈍っている。


それでも教授がまったく手術ができないとなると、病院の評判にかかわることになるので、しかたなく若くて器用な医師をつけて、体面上は教授が手術をしたということにし、患者さんに納得してもらったのです」


実は、大学病院ではこのようなケースが珍しくないという。病院の事情に詳しくない患者は、医者の階級がその実力に直結していると考えがちだからだ。


「とくに、東大病院や慶應病院といった病院名のブランドに惹かれて入院してくる患者さんやその家族に、そういう人が多いですね。助教や講師といった若い医師には見向きもせず、とにかく教授という肩書のついている人に診てもらいたがる。『うちは東大病院で、しかもエラい教授に診てもらった』ということに安心感を抱くのでしょうが、それが賢い受診のしかたかどうかは別問題なのです」(前出の麻酔科医)


医者の「実力」とその「肩書」は必ずしも比例関係にあるわけではない。研究活動を主体にしている大学病院の場合はなおさらだ。


そもそも大学病院には、診療・研究・教育という3つの役割がある。いうまでもなく、患者にとって重要なのは診療なのだが、大学病院ではむしろ研究活動に重きが置かれる場合が多い。


大学病院で出世を目指している野心のある医者は、患者を救うことよりも、いかに研究成果を上げるかということに邁進しているし、そうしないと厳しい競争で生き残ることはできないのだ。


小説『破裂』や『無痛』がテレビドラマ化され、話題を呼んでいる作家で医師の久坂部羊氏が、大学病院の根本的な矛盾について語る。


「大学病院には、患者を診る医療者と研究をする医学者が共存しています。'70年代頃までは、治療も研究も細分化されておらず、医学者が医療者を兼ねることができました。


しかし、医学の進歩によって研究にも治療にも膨大な知識が要求されるようになり、研究に専念すれば治療がおろそかにならざるをえず、逆もまたしかりの状況になりました。大学病院で出世するには、明らかに医学者(研究者)のほうが有利ですから、階級が高い医師の中には臨床が苦手な人も多いのです」


■大学病院の医師のキャリア


ここで、病院における階級と組織の成り立ちを理解するために、大学病院で働く医師のキャリアがどのようなものかを見て行こう。


6年の医学部生活を終え、医師国家試験に合格すると、5〜7年の研修医生活が始まる。当直などの激務をこなしながら、自分の専門となる診療科を決めて、2年の初期研修を終えた後は「医局」に入ることになる。


医療ドラマなどでよく耳にする言葉、「医局」こそが大学病院の権力構造を読み解く上でのキーワードだ。医局とは大学病院の教授が受け持つ講座や診療科に属する医師のグループ、人事組織のこと。前出の久坂部氏が解説する。


「入局を許されるのは、その大学の出身者ばかりでなく、他の大学の卒業生も受け入れられます。医局員の数は医局の勢力と見なされるからです。入局すると、医局のヒエラルキーに組み込まれ、出世の階段を上っていくのです」


ヒエラルキーの最底辺は研修医である。内科や外科のようなメジャーな科になると20人以上も研修医を抱える医局もある。その後、研修医を終えて、博士号を取ったら助教になる。助教の数はメジャーな科で15人くらい。


その後、30代後半で講師になる。医局内のグループを束ねる、会社でいうと課長クラス。科によって違うが、だいたい1〜3人くらいがいる。


その後、40代前半で准教授に。教授の補佐役であり、1つの医局に1人が原則だ。教授を目前にした重要なポストだが、権限はほとんどなく、教授との権力格差はとても大きい。



■医局での出世に必要な能力


科に君臨する教授は、一国一城の主、絶対権力者である。病院長といえども、科内の人事に口を出すことはなかなかできないほどだ。また、病院経営に関する重要事項はすべて教授会で決められる。教授会こそが病院の最重要意思決定機関である。


新しい教授を選ぶのも教授会だ。そのため教授選に立候補する准教授は、他の科の教授に根回しをする政治力も求められる。医療モノのテレビドラマで描かれるような、ごますりや足の引っ張りあいは、部分的に真実である。


ノーベル賞級の研究成果があるなら別だが、医学研究は細分化しており、専門外の論文を正当に評価するのはなかなか難しい。従って、建て前上、教授選では研究成果や臨床の実力が考慮されることになっているが、実際にはコネやごますりといった政治力が重要になるのだ。


ちなみに一昔前には、教授選の前に数百万円単位の「実弾」が飛び交うこともあったが、最近ではさすがにそこまで派手な金銭の受け渡しはなくなった。


「それでも博士号を取ったら、教授にお礼として『付け届け』をする人もいますよ。結婚式に来てもらっただけで100万円を渡したという先輩もいます。古い習慣だと思いますが、医局で出世するために、そこまでやる人もいる」(関東の大学病院勤務の内科医)


さらに教授が定年を迎えると、関連病院の院長などの名誉職が用意されることも多い。教授になれるかなれないかは、医師の出世の上で非常に大きな分かれ道となるのである。


こうして見ればわかるように、医局ではポストが上になればなるほど、用意される椅子は少なくなっていく。研究で結果を残しつつ、絶対権力者である教授のお眼鏡にかなうことによってしか、大学病院に残り続けることは難しい。


だから、医者がえらくなるほど、実力と肩書は比例しなくなる。実力とは、内科であれば、正しく診断し、適切な処方を下す力。外科であれば、手術のうまさだ。だが、それが出世に結びつかないとすれば、患者に向き合おうとしない医者が出てくるのは避けられない。


■開業医のほうが儲かるけれど


では、大学病院に残らなかった医者たちはどうなるのか。いちばん多いのは大学病院と関係の深い関連病院に派遣されるパターンだ。例えば、東大病院の場合、帝京大学病院や虎の門病院、三井記念病院など関連病院がいくつもある。都内のみならず、地方の辺鄙なところにも病院はあり、博士号取得後の数年間、「お礼奉公」としてそのような地方病院に派遣されるケースも多い。


興味深いのは、このように一般の関連病院に派遣されたほうが、医師としての稼ぎはずっと上がるということだ。大学病院に居続ける限り、病院から受け取る給与は他学部の教員と一律になるため、40歳の講師でも700万〜800万円程度だ。


ただし、外勤のアルバイトがあるので実質の実入りは大きな幅がある。なかにはアルバイトに精を出して、年間2000万円ものバイト代を稼ぐ「猛者」もいるが、あまりやりすぎると医局内での出世の道が閉ざされる。


一方で、一般の病院の勤務医になれば、大学病院の倍以上の給与が保証される。


一般病院では臨床が重視されるので、「出世している医者=患者にとっていい医者」となる可能性が大学病院よりも高い。ただし、ある程度出世した医者は病院経営の責任者でもある点には注意しておきたい。場合によっては、収益向上のため無駄な検査や手術が行われることもあるからだ。ビジネスの才覚があって出世した医者ほど、そのような検査を好む可能性が高い。


医局を出た医者の歩む道のもう一つのパターンは開業医だ。「お礼奉公」で地方病院に勤務しながら、開業資金を貯め、さらにローンを組んで30代後半から40代前半に開業する場合が多い。


自営業なのでそれなりのリスクを取ることになるが、開業医の年収は平均で3000万円弱。経済的に見れば、もっとも美味しいキャリアだ。開業後は、大学の医局とのつながりは弱まり、関連団体である日本医師会に所属することになる。


このように経済的に見れば、明らかに一般病院に勤務したり、開業したほうが得だ。しかし大学病院に残って医局の階段を上っていく道こそが、エリート医師の王道とされている。


研究の最先端の現場で豊富な症例に触れることができるし、学会や留学などで海外に出る機会にも恵まれる。なにより自分の研究が、医学の進歩に貢献していると実感できるのだから、やりがいは十分だ。米国での研究生活を終えて関東の国立大学病院に戻ってきたばかりの心臓外科医が語る。


「正直、割に合わない仕事だと思うこともありますよ。心臓外科は出世レースが激しい科なので、どうしても勤務時間が長くなりがちで、朝7時から夜の11時まで働くため『セブン-イレブン』といわれています。


それでも医局に残ることにこだわるのは、自分のやりたい研究があるからです。研究費を取ってきて、好きな研究をするためには出世しなければならない。手術に関しても、一番手にならないと大事な難しい手術はさせてもらえませんしね」


とはいえ、アカデミズムの道から離れて開業医になった同級生たちは平日からゴルフに行ったり、フェラーリに乗ったりする優雅な生活を満喫していて、うらやましく思うこともあるという。


「妻にもしきりに『早く開業してほしい』と言われます。でも、今は研究をあきらめるつもりはありません。


日本の医療界は楽をすればするほどカネが儲かるという変な構造になっています。最先端の医療で難病治療をするよりも、風邪の患者に解熱剤を処方しているほうが儲かるんですから。


さすがにもう少し待遇がよくてもいいかなと思うこともありますが、逆に言えば真面目な人材が研究に邁進し、カネ目当てで研究をする人がいない分だけ、日本の医学の質が担保されているともいえますね」


カネには代えられないやりがいや名誉、プライドが医局の出世コースには存在するのだ。


だが、あえて医師として「苦難の道」を選んだエリートたちが、患者が望む治療を施してくれるとは限らないことは、先に述べた通り。


次回は、東大病院をモデルに、大学病院の権力ピラミッドを詳細に見て行こう。


「週刊現代」2015年10月31日号より



 

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コメント
 
1. 2015年11月06日 11:41:25 : OO6Zlan35k
共感こそイノベーションの原動力である
2015年11月06日
ゲイリー・ハメル  ロンドン・ビジネススクール客員教授(戦略論、国際マネジメント)。
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現代経営思想の大家ゲイリー・ハメルが、サービスの革新に成功した米医療機関の事例を紹介。自著で経営の5大課題に挙げている「理念、イノベーション、適応力、情熱、イデオロギー」が、すべて凝縮されたようなエピソードだ。

 私は最近、医療機関のCEOから電話をもらった。複数の病院や医療センター、クリニックを擁するレイクランド・ヘルスは、医療スタッフ4000人を雇用し、年間およそ5億ドルの収入を上げている。その施設はいずれもミシガン州の南西部にあるのだが、同地域の平均所得は全米平均の70%にとどまり、また慢性病の発生率は全米標準を著しく上回っている。医療機関にとっては厳しい環境だ。

 私は、情熱を原動力にしたイノベーションについて見聞きするのが大好きだ。それを知るCEOは、「君が飛びつくような話がある」と電話をかけてきたのだ。

 1年前、彼はレイクランド・ヘルスの新CEOに就任した。その後まもなく、患者満足度を検証するために会議を招集した。米国の病院は、このデータを連邦政府に報告する義務がある。そしてスコアが所定の水準に達しない病院は、公的医療保険の対象額の削減という形で罰を受ける。

 ここがCEOの悩みどころであった。同院は患者満足度において、パーセンタイル順位で20〜50という下位グループに属していることがわかったのだ。なぜこうなってしまったのか――。

 幹部チームの報告によれば、その原因は努力不足ではないという。同院は患者満足度を左右する項目を追跡記録していた。ナースコールへの応答時間、疼痛管理、病院食の質、患者とのコミュニケーションの有効度などである。これらの評価基準の大半では、他の病院と比較して遜色がなかったが、それが総合満足度には表れていなかったのである。

 幹部らの指摘によれば、問題の一部は、困窮と不健康がはびこる周囲の環境にあった。レイクランド・ヘルスは人材プールに恵まれておらず、重病患者の数は、スタッフの数に見合わないほど多い(その中には保険未加入の患者も珍しくない)。また多くの患者は治療後の指示に従うことができずに、何度も再入院を繰り返していた。

 他の病院とのベンチマーク分析をした結果、相対的に恵まれた場所にある病院は概して、同程度のサービス水準でより高い患者満足度を達成していた。逆に、レイクランド・ヘルスと同等の立地条件にある病院の実績は、同院と似たり寄ったりだ。

 どうすればレイクランド・ヘルスは患者のために医療体験を改革できるだろうか、とCEOは考えた。同院ではサービス面を管轄するリーダーたちが、ベンチマーキングとベストプラクティスの適用を担ってきた。他の病院からこれ以上学べることは、それほど多くなさそうだ。また、金銭で問題を解決することも不可能である。スタッフの増員や、快適性を高める設備の新設などに、多額の投資をする元手はない。

 数週間にわたって熟考と内省を重ねた末、CEOはある考えに思い至った。スタッフが仕事に、職業的スキルだけでなく「心」を持ち込んだら、どうなるだろうか?

次のページ  心のこもった“なぜ”を患者と分かち合う

 この考えを胸に、彼は3つの市で映画館を借りるよう手配し、20を超える決起集会のスケジュールを回覧した。各会場のポスターに書かれたテーマは、「仕事に心を込めよう(Bring Your Heart To Work)」。翌数週間にわたり、週末にレイクランド・ヘルスのほぼ全スタッフがどれか1つの決起集会に参加した。CEOのメッセージは、シンプルだが意表を突き、その実行は困難に思えた。

「ここにいる誰も、顧客をたびたび失望させる組織で働きたいとは思わないはずです。私たちは現状よりもよい結果を出せるはずですし、出さなければなりません。ですから、いまから90日後に90パーセンタイル(上位10%)に入ることを目指しましょう。リソースの補充によって大きく改善するのは不可能なので、知恵を存分に発揮しなければなりません。

 患者さん1人ひとりの心に触れることで、満足度スコアを上げるのです。つまり、病気に対していかによいケアを提供しているかだけでなく、患者さんそのものをいかに大切に思っているかを、しっかりと理解してもらうのです。もっと愛情を込めることを学んでいきましょう。そのために皆さんには、新しく創造的なやり方で仕事に心を込める、という挑戦をしていただきたい」

 10?20年の経験を持つ看護師やエックス線技師にとって、ケアの提供はルーチン業務となっている。だが、患者にとっては日常とは程遠いものだ。病院での滞在はどんな人にとっても、最も感情的になる体験の1つであり、その後何年にもわたり記憶される出来事である――CEOはスタッフにそう念を押した。

 フロリダ病院で実施された調査を借用して、彼は患者の病院滞在を3幕のドラマになぞらえた。第1幕は来院で、通常は痛みや恐怖、不安が伴う。次は入院中の治療期間で、不快感と退屈が交互にやってくる。そして第3幕の退院では、患者はしばしば「退院の準備ができていない」あるいは「見放された」とさえ感じる。

 スタッフに患者役を演じさせることで、CEOはドラマの各場面でいかに患者との愛情あふれるつながりを生む機会があるかを明らかにした。関心といたわりを示し、慰めと励ましを提供することで、絆が生まれるのだ。

 医療スタッフに、台本や研修プログラムは提供しなかった。その代わり、次のような課題を突き付けた。「患者と接する時には毎回、あなたが“誰”で、“何”をするためにそこにいるのかを伝え、心のこもった“なぜ”を分かち合うこと。たとえば、『トムです。あなたの包帯を交換するためにここにいます。なぜなら、お孫さんの結婚式に間に合うように、家に戻るお手伝いをしたいからです』」。心のこもった“なぜ”を表明する時には、患者の希望と不安をドラマの中心に据えなければならない。

 CEOは、90日間で120回の“回診”をした。すべての部門、シフト、施設に姿を現し、スタッフに「調子はどうだい?」と尋ねて回った。「心のつながりを持てたかな? ぜひその話を聞きたいね。もしまだなら、いますぐロールプレイをしよう。私が患者役を演じるから」

 当初は、スタッフの多くが心のこもった“なぜ”を思いつくのに苦労した。医療現場では常にいたわりが存在するが、それを特定の個人に合わせて示すことは、自然にできない場合もある。訓練が必要なのだ。「自分がうまく心をこめられたかどうか、どうすればわかるのでしょうか」――これがCEOに最も頻繁に寄せられた質問だ。彼はこう答えた。「患者さんの笑顔に表れます。声に表れます。相手があなたの手を握った時にわかります。そして最終的には、あなた自身の心で実感するはずです」

 次の数ヵ月の間に、2つのことが明らかになった。まず、すべてのスタッフが日々、常に患者に心を開かなければ成功は見込めないこと。たった1人でも態度の悪いスタッフがいれば、その他大勢による心を込める努力が水の泡になりかねない。意外なことではないが、現場のスタッフも管理職も、態度の悪い同僚に対して以前ほど寛容でなくなった。不適切な態度が原因で、最終的に職を辞すよう求められた者も少なくない。

 第2に、取り組みの焦点はナースコールへの応答時間や疼痛管理、退院計画などに置かれてはいなかったが、心のこもったコミュニケーションが根付くにつれ、これら従来の評価基準に関しても患者満足度が上がり始めた。ここに1つの教訓がある。こちらがより多くの愛情を示せば、相手はあらゆる些細な物事についても寛大さを示すようになるということだ。

 レイクランド・ヘルスでは間もなく、心のつながりに関する逸話がたくさん聞かれるようになった。ならば、仕事に心を込めているスタッフ全員に感謝の念を示す方法はないだろうか――CEOは一案を思いつく。

 まず、ささやかでも心のこもった対応を見聞きした患者とスタッフは、それを報告する。するとシニアリーダーが数分以内に、思いやりを実践したスタッフの元へ行き直接感謝を述べる。近くに居合わせたスタッフたちに、そのリーダーはエピソードをふたたび語って聞かせ、当人にお礼を述べ、その職員証にハートマークを付ける、という仕組みだ。やがて数ヵ月のうちに、レイクランド・ヘルス全体で6000を超えるエピソードが称えられ、6000を超えるハートマークが職員証に添えられた。

次のページ  妻が末期がんを宣告された男性を抱きしめた看護師

 ここまでを聞いて、私はCEOに典型的なエピソードを1つ話してくれるように頼んだ。以下はその引用だ。

 廊下で騒動が起こり、警備員が駆け付けると、完全に取り乱している男性がいた。重症の妻に付き添って来院していた夫だ。精密検査の後、妻が末期のがんであり、生きて退院することはおそらくないだろう、と告げられたのだ。雷に打たれたようなショックを受け、彼は我を失っていた。現場に呼び出された警備員がいまにも警察に通報しようとしていた時、1人の看護師が通りかかる。

 取り乱した夫が周囲に見境なく食って掛かっているのを目にした彼女は、彼に歩み寄り、静かにこう尋ねた。「抱きしめてもいいですか?」。男性がうなずくと、彼女は両腕で彼を包み込んだ。それから20分間、彼が白衣に顔をうずめてすすり泣いている間、彼女はずっと抱きしめていた。ようやく落ち着くと、男性は妻を支えるために病室に戻り、スタッフも職務を再開した。彼女は准看護師で、コンフリクト管理や緊張緩和に関する講習を受けたことはなかった。しかし他者とのつながりを築く方法については、多くの話を聞いていたのだ。

 CEOは私に言う。「すべてのエピソードがこれほどドラマチックなわけじゃないよ。でも、多くは君の涙腺を刺激するはずだし、そのすべてが君を笑顔にするはずだ」

 スタッフの何人かは、もっと思いやりのある言い方で患者に話しかけることを学んだ。たとえば経過観察の予約を担当する受付係は、「先生はあなたに、2週間後にまた来てほしいそうです」という言い方から、「先生は2週間後に、あなたをまたお招きしたいそうです」と言い変えると、相手が笑顔になる確率が高いことを発見した。それはささやかな変化だが、ポジティブな感情を生む。

 ただし、CEOがスタッフに常に言い聞かせているように、些細なことが患者の感情を乱すおそれもある。彼がたびたび口にするのは、数年前にレイクランド・ヘルスで出産した女性と交わした会話だ。新生児は健康と幸せに恵まれて誕生したが、病院での経験を振り返る母親の目は涙で溢れたという。

 病院に到着後、彼女に産科で最初に応対したスタッフは、顔も上げず、彼女を笑顔で出迎えなかった。希望と不安を抱えた妊婦は励ましを必要としているのに、それは与えられなかったのだ。落胆した母親は、数年経ってもその時の冷たい出迎えをずっと覚えていた。

「それで」と私は口をはさみ、「6000のエピソードは後で聞くとして、最終的に患者満足度はどんな結果になったのかな?」と尋ねると、CEOこう答えた。「90日以内に95パーセンタイル(上位5%)に入った。こんなことは初めてだよ」

 彼は続けた。「満足度が改善しただけでなく、臨床面の効果もあった。我々の仕事は、命を救い、健康を増進させ、希望を取り戻すことだ。患者の心の琴線に触れれば、そこには癒しの関係ができる。この関係性によって、患者はリラックスして、血圧が下がる。幸福感につながる神経伝達物質が活性化されるし、痛みも抑えられる。患者とケア提供者の両方にとって、良い結果になるんだ」

 ところで、このCEOとは私の弟、ローレン・ハメル医師である。

 彼の話の要点は、シンプルだが核心的だ。すなわち、共感はイノベーションの原動力であるということだ。だからこそ私は、現代社会の組織が非人間的になったことをしばしば危惧している。

 典型的なCEOのスピーチ、あるいは従業員重視を謳うウェブサイトでは、次のような言葉が頻繁に登場する――執行、ソリューション、アドバンテージ、焦点、差別化、優位性。これらの言葉に落ち度があるわけではないが、人間の心の琴線に響く言葉ではない。なぜ問題なのかといえば、人がイノベーションを起こすには、まず当人が何かに心を動かされる必要があるからだ。次に職場の同僚が、そして最終的には顧客が、やはり心を動かされる必要がある。

 20世紀初頭、ドイツの名高い社会学者マックス・ウェーバーは、近代について次のように述べた。

「我々の時代の運命は、合理化、知性化、そして何にもまして、世界の脱魔術化を特徴とする。究極かつ最も崇高な価値観が、公的生活から姿を消してしまった」

 それから1世紀後の今日、この言葉はいまだに的を射ているようだ。私たちの住む社会は宗教的価値観が薄れ、機械化され、没個性化されている。それをあらためて痛感するのは、たとえば無愛想な航空会社の搭乗席に押し込められる時だ。あるいは「カスタマーサービス」を受けるために延々と電話をたらい回しされている時。必要な申請書類があるとされる役所のウェブサイトで、迷路に迷い込んでしまった時もそうだ。

 もっと他のやり方があるはずだ。これらはイノベーターの熱意の産物であっても、利用者にとってはうんざりするほど非人間的な経験となる。

 スティーブ・ジョブズがアップルのCEO末期に行ったプレゼンの1つで、自社は「テクノロジー」と「リベラルアーツ」の交差点にいると述べた。もしジョブズが違う会社のCEOであったならば、建設とリベラルアーツの交差点、あるいは航空、銀行業、エネルギーとリベラルアーツについて語ったかもしれない。ジョブズにとって、リベラルアーツとは「人文科学」の別名だった。それは、古代ギリシャの哲学者が正義、美、善と称したものを、詩や散文、芸術、音楽などに凝縮したものだ。

 最良のイノベーションは、社会を良くするものであれ経済的な価値を生むものであれ、崇高かつ時代を超越する理想の追求から生まれる。すなわち喜び、英知、美、真理、平等、コミュニティ、持続可能性、そして何にもまして、愛――。私たちはこうしたもののために生きている。

 そして真に優れたイノベーションは、人々の人生を豊かにするものだ。だからこそイノベーションの核心は、世界にふたたび魔術をかけ魅了したいと強く願うことなのだ。


HBR.ORG原文:Innovation Starts with the Heart, Not the Head June 12, 2015

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ゲイリー・ハメル(Gary Hamel)
ロンドン・ビジネススクール客員教授(戦略論、国際マネジメント)。マネジメントの進化を目指す非営利研究機関、マネジメント・ラボのディレクター。新時代のマネジメントを再発見するオープン参加型プロジェクト、マネジメント・イノベーション・エクスチェンジ(MiX)の共同創設者。C.K.プラハラッドとの共著『コア・コンピタンス経営』(日本経済新聞出版社)が注目を集める。他に『経営の未来』(日本経済新聞出版社)、『経営は何をすべきか』(ダイヤモンド社)など。
http://www.dhbr.net/articles/-/3596?page=3


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