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2006年に誕生した子宮頸がんワクチン。原因ウイルスのHPVを発見したツアハウゼン博士はノーベル賞を受賞している(画像:JOE RAEDLE / GETTY IMAGES)
子宮頸がんワクチン薬害説にサイエンスはあるか 日本発「薬害騒動」の真相(中篇)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151023-00010000-wedge-soci
Wedge 10月23日(金)10時30分配信
2014年9月に長野で行われた一般社団法人・日本線維筋痛症学会の“子宮頸がんワクチン”セッションの会場に、医師の姿はまばらだった。大半を占めるのはメディアと被害者連絡会の関係者たち。西岡久寿樹理事長(東京医科大学医学総合研究所)による“HANS(ハンス)”についての説明に頷く記者や涙ぐむ被害者連合会の関係者らしき人たちもいる。しかし、ここから医学的なディスカッションが生じる気配はない。
■仮説に仮説を重ねて「病気」をつくる医師たち
HANSとは、14年に入ってから西岡氏らが提唱している「子宮頸がんワクチン関連神経免疫異常症候群」の略称で、子宮頸がんワクチンを接種した人に起きたと“考えられる”免疫異常を指す。痛みや疲労感、神経・精神症状、月経異常や自律神経障害、髄液異常などありとあらゆる症状を引き起こしており、今の検査技術では証明できないが脳内で起きている異常と“しか考えられない”病態だという。
すなわち、HANSという「免疫異常」の存在も仮説なら、その機序も仮説。実体のあるものが何もないのだ。世界の医学界が科学的エビデンスに基づく医療を原則とする中、この議論を鵜呑みにする専門家は少ない。
しかも、HANSの定義は「接種から経過した時間は問わない」とされ、接種後3年以上も経って症状が出てきた患者なども含めるのでさらに戸惑う。極端なことを言えば10代でワクチンを打った少女が60代で自律神経障害を来した場合、それもHANSということになってしまうからだ。
筆者は西岡氏のオフィスに取材に行き、HANSの発症機序を直接尋ねた。
「責任病巣は脳の中枢神経。原因は基本的にはアジュバントしか考えられない。これが強ければ、脳血管関門を津波のようにブワッと越えていくわけですよ。脳内に存在するミクログリアが活性化して、免疫のシステムが全部狂っちゃうわけです」
今年の線維筋痛症学会でも「HANSは脳の異常」とし、検査では分からないが「ワクチンのせいだ」とする西岡氏らのアジテートは相変わらずだった。
「HANSは脳症であり、その4大症状は中枢神経由来である」「思春期に特有の症状? ちがうよ、と僕はいった」(西岡氏)。
「心身反応だという人がいたら、その人はそこで思考停止していると思う」(横田俊平・元日本小児科学会長)。
「視床下部の異常でしか説明できない」「画像検査などにはあくまでも補助的な意味しかないという立場にいます」「人類が経験してきた視床下部の症候とはちょっと違う」(黒岩義之・日本自律神経学会理事長)。
そして、これらの仮説を主張する根拠は、科学的エビデンスではなく、豊富だという臨床経験だ。
「長年難病に携わってきて、こんな子供たちに出会ったことがない」(西岡氏)、「私は一人の臨床医として話をします」「長年小児科医をしているが、朝から頭痛が続くという子供を診たことがない」(横田氏)。
■悪魔の証明に乗り 「被害者」と共依存する「専門家」
学会なのに有意なデータは提出されず、脳機能の説明とそれに基づく仮説だけが語られることに、医師である筆者も驚く。これでは専門家が議論するための会合ではなく、一般向けシンポジウムだ。去年も今年も開かれたが、学会でわざわざメディア向けセッションが設けられるのも珍しい。
「患者さんたちは本当に気の毒だと思います。けれど、HANSはワクチンを打った後に起きたというだけで、接種からどんなに時間が経っていても、脈絡のないすべての症状をひっくるめて一つの病気だというんでしょ? それなら便秘でも発熱でも、ワクチンを打った後で起きたら何でもHANSだということになってしまう。しかも、エビデンスはないけどワクチンのせいだと言われたら、ただ黙っているしかないですよ。ないことを証明する『悪魔の証明』はできませんからね。横田先生は悪い人ではないのでしょうが、かなり迷惑しています」小児科学会理事のある医師は言った。
「そんなに危ないというのなら、小児科学会や理事会に来てお話ししてくださいと何度も言ってるんですが、絶対に来ません。一般人やマスコミは納得させられても、同僚の小児科専門医たちを納得させる自信がないからでしょう。横田先生の医局の人たちも恥ずかしいとか言っていますよ。マスコミはそれなりの肩書の人が自信をもって言えば、言われたとおりに書いてしまいますよね」
かつての横田氏は、小児科学会の会長としてヒブワクチン承認を推進するなどワクチン推進の立場にいた。しかし、西岡氏と子宮頸がんワクチンに出会ってからは反対派に転向した。筆者が「先生はなぜ小児科学会などもっと多くの専門家が集まる学会でお話しされないのですか」と尋ねると「小児科学会、アレは日本最大のワクチン利益団体だからね」と笑顔で答えた。
現在、厚労省は子宮頸がんワクチン接種にまつわる診療相談体制として全国70の協力医療機関を指定しているが、その一つである横浜市立大学附属病院を訪れている患者は現在61人。横田氏は大学を離れた身だが一人で全員を診ているという。「小児科は子供ではなく母親の相手」と言われることもあるように、小児科医である横田氏の物腰は柔らかく、わかりやすい話をするのも上手い。「優しいお医者さん」といった印象で、患者家族や記者にも大変な人気だ。
しかし、科学的であることと分かりやすく優しいことは別だ。
「僕は横田先生とは専門が違うので考え方が違うのかもしれませんが、ワクチン外来に来たからといってその患者さんが全員ワクチンのせいで病気になったと考えるのはさすがにどうかと……」と言葉を濁らせる横浜市立大学の医局員もいる。
一般の人は学会の理事長や会長、有名医大の教授などと聞けば、彼らの意見が学会や医局を代表する意見であるという印象を持つかもしれない。しかし、理事長選や教授選は政治の世界でもある。また、学会発表は会費を払い、資格さえあれば誰でも行えるので、学会発表しただけでは科学的信頼性があるとも言えない。
研究内容が科学的に意味のあるものとして初めて認められるのは、データを積み上げ、仮説を立証し、査読者のいる医学雑誌にそれが受理された時である。「STAP細胞はあります」と涙ながらに主張しても、立証できなければ科学的意味がないことについては読者もよくご存じだろう。
HANSの特徴は「数多くの症状があり、それが出たり入ったりすること」。1人で100を超える症状が現れる症例もあるという。
しかし、例えば、世界の精神医療のスタンダードDSM-4(米国精神医学会発行の「精神障害の診断・統計マニュアル」第4版)に掲載されている身体表現性障害の症状も実に多彩だ。
異なる部位の体の痛み、下痢・嘔吐・便秘などの消化器症状、月経不順を含む性的症状、運動麻痺・平衡障害・麻痺・脱力・けいれんなどの転換性障害、記憶障害などの解離性症状、意識喪失・幻覚などの偽神経学的症状などがあり、HANSで中枢神経(脳や脊髄のこと)に由来する症状として挙げられているものとよく重なる。
DSM-4が出されたのは94年。06年に子宮頸がんワクチンが登場する10年以上前から、このような症状の患者はいたことがわかる。
■「漢字を書く脳領域」だけに起きる障害?
「ワクチンのせいで漢字が書けなくなってしまったという子がよく紹介されますが、あの子はきれいなひらがなで言いたいことを全部書けていますよね。言語や文字をつかさどる脳領域の障害はあっても、漢字をつかさどる領域だけの障害が起きるというのは極めて稀です」と小児神経を専門とする医師は言う。
確かに、子宮頸がんワクチンが漢字をつかさどる脳領域だけを選択的に障害 することは考えがたい。
また、高次脳機能障害だとして論じられることの多い他の症状についてもこうコメントした。「簡単な計算もできないという症例がたくさん出てきますが、この子たちはみんな時間がかかっても全問正解しています。ワクチンを打った後に親の名前が分からなくなり『お母さんはどこ?』と親に向かって言ったなどという少女も複数出てきますが、それを『ワクチンで認知症になった』などという単純な議論で片づけてよいものか……」。
しかし、ワクチン後の少女には「心因性」と言われて傷つき、怒り、症状が悪化するケースも多い。そんな少女たちにはどんな精神科医よりも「ワクチンによる脳神経障害」だと断じ、一緒に戦ってくれる医師たちが「いい先生」なのだろう。そして、彼らにすがる少女たちもまた「新しい病気を見つけた」と主張したい医師たちにとって、欠かせない存在なのかもしれない。
■高齢者に使う認知症薬を少女に使う危険性
「16歳という処方箋を書くと61歳の間違いじゃないかって薬局から電話がかかってくることがあります」
処方箋に記載された薬の名前はメマリー。昨年の線維筋痛症学会で衝撃を受けたのは、「十分な治験が行われておらず危険なワクチン」との主張を繰り返している西岡氏らが、10代の少女たちにメマリーやアリセプトなど高齢者の認知症治療に用いられる薬を多用していると知った時だ。
メディアや被害者連絡会関係者を交えたセッションでは、これらの薬を少女へ保険適応するよう強く訴える意見も上がった。自費診療では負担が大きすぎるという。
治験に合格したワクチンで薬害が起きたと訴えておきながら、思春期の患者での治験をしていない薬を用いる矛盾。なぜ、子宮頸がんワクチンは危ないが、少女たちに認知症の薬を飲ませることは安全だと思うのか。
今年の学会で「メマリーの保険収載はうまくいきそうですか?」と西岡氏に質問すると、「もうちょっとエビデンスが欲しい。効くのは間違いないから、私は収載していいと思うがね。でも、まず厚労省がHANSを病気として認めないと。心身反応と言っているようじゃ話にならない」と返ってきた。
認知症の薬だけではない。「免疫異常」と決まったわけではないのに、静脈に大量の点滴をする、極めて作用の強いステロイド・パルス療法や免疫グロブリン療法などを選択するのもいかがなものか。報告書や書籍によれば、これらの治療の後、症状が悪化する少女もかなりいるようだ。もし、これらの治療法が不適切で体調が悪化したのだとすれば、それこそが薬害ではないのか。
中にはワクチン接種後、たまたまこれらの治療法が効く別の病気を発症した少女たちもいるだろう。もちろん、ワクチンのせいで病気になった特殊なケースもあるだろう。しかし、HANSの概念はあまりにも広く、“被害者”の数え方には疑問が残る。
そして、こうした少女たちを苦しめるものの「正体不明さ」に乗りたがる大人たちは他にもいる。
■ワクチンがあれば必ず現れる 宗教・サプリ・民間療法
例えば、昨年の線維筋痛症学会では、「世界日報」の腕章をつけた記者が最前列で写真を撮るなど目立つ行動をとっていた。「世界日報」は統一教会の広報紙である。全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会神奈川県支部は、今年8月30日、日本ホメオパシー医学協会から講師を招いて勉強会を行っている。
2012年には、婚前の性交渉を否定する同教団との関係が噂される女性国会議員が、「性の乱れを助長する」としてワクチン導入に猛反対。この議員は以前より、避妊を含めた性教育にも反対していた。
ステロイド・パルスならぬビタミン・パルス療法なるものを提供するクリニックも登場した。ビタミン剤を大量投与すると脳の血流が改善するのだそうで、黒川祥子著「子宮頸がんワクチン、副反応と闘う少女とその母たち」(集英社)に登場する「ワクチンのせいで化学物質過敏症と電磁波過敏症になった」という少女の母親によれば「ビタミンの点滴が1回1万5千円、パルスで入院すると10万円」。少女の場合、月4回のビタミンの他に様々なサプリも飲んでいるので月10万円はかかる。
その他、人気があるのは、酵素ジュースや酵素風呂、整体、カイロプラクティックなど。副腎を鍛える整体(1回1万円)もあり、核酸・水素サプリ(月3万円)、ミドリムシ・ビタミン(月1万円)、マコモ茶・麦茶(月1万円)やデトックス水(1本5000円)にたどりついたケースもある。
そして、最近口コミで患者が殺到しているのが、喉の奥(上咽頭)を綿棒で刺激するだけで、なぜか少女たちの症状が改善したという「Bスポット療法」だ。簡易な治療法だが、遠方からの患者は入院させて様子を見るらしい。先日行われた学会発表の演題は「内科疾患における上咽頭処置の重要性:今、またブレイクスルーの予感」。Bスポットという名称も学会演題も週刊誌を彷彿させる。
ワクチンをめぐり、こうした人々が登場するのは日本に限ったことではない。医学専門誌「Vaccine」に掲載された分析によれば、反ワクチンを謳うウェブサイトには、ホメオパシーなど代替医療の紹介や広告、宗教的・倫理的に許されないといった言説、データや統計のない主張などが溢れている。
注射で人工的に免疫を付与するワクチンは毒だといった自然志向、ワクチンを受けない権利や受けさせない権利といった市民権絡みの話もよくある。ワクチンを勧める国や専門家、接種する医師が金や権力と結びついて儲けているといった陰謀論は必ずと言っていいほど出てくる。
また、言うまでもなく医療訴訟は弁護士にとっては大きなビジネスチャンスだ。中でも薬害訴訟は国やメーカーを相手に巨額のリターンが見込まれるため、アメリカでは薬害訴訟に特化した弁護士事務所もあるほどである。
しかし、海外には日本のように、いったん導入された子宮頸がんワクチンの接種が、事実上滞ってしまっている国はどこにもない。国際学会も世界保健機関(WHO)もこのワクチンが安全で有用であるとの結論を覆していない。
では、日本だけがなぜ接種を停止し、専門家が再度検討を行い結論を出した後でも再開できていないという事態がおきているのだろうか。
後篇ではワクチンをめぐる日本の特殊性について考え、苦しむ少女たちに本当の意味で向き合うとはどういうことなのかについても改めて考えてみたい。
〔修正履歴〕5ページ目、「同教団は今年8月30日、ワクチン接種後の患者向けにホメオパシー講演会を主催した」との記述に誤りがありましたため、次のとおり修正いたしました。「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会神奈川県支部は、今年8月30日、日本ホメオパシー医学協会から講師を招いて勉強会を行っている」謹んでお詫び申し上げます。(10月23日、Wedge編集部)
村中璃子 (医師・ジャーナリスト
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