1. 2015年10月22日 09:23:04
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「Dr.村中璃子の世界は病気で満たされている」 瀬戸内寂聴から考えた子宮頸がんワクチン<ワクチンの処方箋・その1> 2015年10月22日(木)村中 璃子 (写真:ロイター/アフロ) 僧侶で作家の瀬戸内寂聴さんが去る10月11日、がんの闘病生活を経て1年5カ月ぶりに「青空説法」をしたというニュースを見ました。93歳の寂聴さんが、安保法制に反対する若者を念頭に「若さとは恋と革命よ」と言ったとして、その健在ぶりを称賛する報道もありました。
私を含め、多くの人は寂聴さんのエネルギーに圧倒され、その気力に感服することでしょう。年齢を抜きにしてもあのパワーは尋常じゃありません。病み上がりだというのにその姿を見るだけで、そして「恋と革命」という言葉を聞くだけで明るい気持ちになります。 しかし、この人を語る時にいつもセットになってくるのが、彼女の出家前の「性」の問題です。寂聴さんの代表作は、妻子ある年上の売れない作家との不倫関係と情熱的な年下男性との恋愛関係に苦悩する自らの姿を描いた『夏の終り』(1963年)。私生活を売りものにして名を立てることはもはや珍しくもなんともありませんが、その後「子宮作家」とも呼ばれることになった寂聴さんはそうやって世に出た女性の走りでしょう。 「性を背負った人間」というキャラクターが僧侶としての寂聴さんの魅力でもあり、『夏の終り』が超一級の恋愛小説であることには間違いありません。しかし、女性が幼い娘を捨てて家を出、経済的に自立しながら自らの性を選び取ったというあり方については今でも反感を持つ人が、特に女性に多いのも現実です。 ちなみに『夏の終り』は私が時々、引っ張り出しては読み返す数少ない小説のひとつですが、読み返す度、文章のうまさと物語の切なさに涙がこぼれそうになります。 性というのは本来、非常にプライベートな問題です。しかも「女の性」となればなおさらで、だからこそ物議を醸し、売り物にもなります。そのため「女の性」を公の場で科学的に考えなければならないという事態が生じた場合、そこには科学だけでは終われない非常に厄介な問題が立ち現れることがあります。 日本では現在、子宮頸がんの原因となるHPV(ヒトパピロマーウイルス)の感染を予防する「子宮頸がんワクチン」の接種が滞っています。定期接種を継続してきたオーストラリア、イギリスなどの諸外国では子宮頸がんワクチンの安全性と劇的効果が既に実証されています。 しかし、日本では一昨年ころから一部の専門家が「子宮頸がんワクチンは重篤な副作用をもたらす」と大騒ぎを始めました。メディアが科学的検証をしないままそれを報じたこともあり、接種差し控えが進み、一時7割あった接種率は現在、数パーセント。すっかり「危ないワクチン」とのイメージが定着してしまいましたが、先月17日、このワクチンの副反応を検討する厚生労働省の部会が1年2カ月ぶりにやっと再開されました。 ワクチンはHPV予防の唯一の手段 「子宮頸がんワクチンは危ない」という主張に科学的根拠はありません。この件の詳細については、現在発売中の月刊『ウェッジ』11月号とウェブマガジンWEDGE infinityに記事(前・中)を掲載中なのでご覧ください。本コラムでは、なぜこのワクチンがこんなにも敵視される事態になったのかについて、瀬戸内寂聴さんをヒントに考えてみたいと思います。 HPVはセックスやキスを介して簡単に感染する、皮膚や粘膜に常在するありふれたウイルスです。字面もHIV(エイズ)と似ているため、コンドームで予防可能な性感染症という誤解をしている人も多いようですが、HIVとは異なりペッティングやトイレの便座を通じてうつることもあり、ワクチンが唯一の予防手段です。 これまでがんは予防法がなく、なったら切るしかないという病気でした。しかし、いくつかのがんがウイルスの感染によって引き起こされることが分かってきた結果、ついに「がんを予防する史上初のワクチン」である子宮頸がんワクチンが登場し、人類に希望を与えました。HPVを発見したドイツ人のハラルド・ハウゼン氏は、この発見により2008年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。ノーベル生理学・医学賞といえば、先日、日本人の大村智さんが同じ感染症分野での功績を評価され受賞したことも記憶に新しいでしょう。 人類の英知を結集したせっかくの「がんを防ぐワクチン」。それなのに、日本でよくあるのは「ワクチンを打っていてもがんの検診は必要。検診で見つけて切れば助かるのでワクチンは要らない」という主張です。ワクチンの予防効果は100%ではないので、当然、検診は受けなければなりません。しかし、「切ればいいから罹ってもいい」というのは「女性の性」を無視した男性目線です。 確かに、仮に初期で見つかれば子宮の入り口にある子宮頚部を切り取る手術で命は助かります。しかし、子宮の入り口とはつまるところ膣の奥。プライベートなことなので大声でそれを訴える女性は多くありませんが、子宮頸がんの手術を受けた結果、性生活が楽しめなくなった、そのため性生活がうまくいかなくなり妊娠を諦めたという女性がたくさんいます。また、仮に妊娠しても子宮の入り口を切り取っているため早産になりやすく、妊娠継続がうまくいかないというケースも多々あります。日本では少なくとも年間1万人の女性がこの手術を受けています。 日本では、2012年、国会議員の山谷えり子さんが、子宮頸がんワクチンの導入は寝た子を起こし、性の乱れを助長するのではと国会で質疑して波紋を呼びました。山谷さんは以前より、避妊を含めた性教育にも猛反対していましたが、CDC(米疾病対策センター)は、ワクチンを打った子供はセックスを通じてうつる病気があることを理解するようになり、むしろ性に対して慎重になったという報告もしています。 とはいえ、アメリカでも似たようなことが起きていました。大統領選で共和党から立候補したこともある女性議員のミシェル・バックマン氏は2011年、「子宮頸がんワクチンは精神遅延を引き起こす」と発言。その翌日にはすぐに米国小児科学会が「発言には科学的根拠がなく、ワクチンは安全である」ときっぱり断定する声明を出したものの、子宮頸がんワクチンのイメージは傷つきました。 キリスト教の信仰者として知られるバックマン氏も妊娠中絶の禁止や、同性婚の禁止などを強く訴えてきた保守系議員で、特にレイプや近親婚などの緊急時を含めた妊娠中絶禁止の立場は保守中の保守。また、バックマン氏が議員を務めるテキサス州では当初から「セックスでうつる病気のワクチン接種を義務化すること」に対する議論もありました。 こうした「女性の性」に対する世間の目線、特に「女性の性」に無理解な男性目線や当の女性が「女性の性」に向ける感情的な目線は、科学的に行われるべき思考や政策決定に水を差します。 若い頃に子供を置いて男と逃げたという瀬戸内寂聴さんが、道ならぬ恋をしていた頃からは50年。51歳で出家してから数えても40年の年月がたちました。いまや寂聴さんは原発や安保法に反対する「パンクな尼僧」という時代のアイコンです。ワクチンも40年、50年と時間をかければイメージを変えるものなのかもしれませんが、こちらはそれほど長い時間をかけてよい話なのでしょうか。 がん予防のワクチンを使わないのは無策 日本では現在、子供を産む20代、30代の若い女性の子宮頸がんが増えています。しかし、今後、海外では減っていく一方のがんが、日本では減らないどころか若い人を中心に増え続けるとすればその損失はあまりにも大きすぎます。既に、より効果の高い新しいワクチンが日本でも申請されています。このワクチンを使えば日本人女性の全子宮頸がんの90%以上、現行のワクチンでも20代、30代のがんの約8割を予防することができるといいます(筑波大学附属病院・茨城西南医療センター病院のデータ)。少子化が深刻化する中、この人類史上初の「がんを予防するワクチン」を利用しないというのはあまりにも無策です。 ところで、民俗学者の酒井卯作さんが2012年、入院生活の後に発行した『南島研究』第53号のあとがきでこう書いています。 ――「命長ければ恥多し」(徒然草)といい、奄美地方では「年寄りとくぎは頭を引っ込めよ」那覇では「八十恥さらし」ともいいます。要するに老人は、もう消えてなくなれということです。去年はしみじみと人間の限界を実感しました。それなのに、この6月16日には原発反対の17万人集会(主催者発表)に参加、30度を超す暑さの中で東京代々木公園から新宿まで歩きました。恐らくこのデモ行進の中で私がいちばん年長者だと思いましたが、集会場の縁談では瀬戸内寂聴という尼さんが『私は90歳過ぎました。私より年寄りがいたら手をあげて下さい』と怒鳴っていました。あの婆さんは馬鹿か。―― 酒井卯作さんは、柳田國男の現存する唯一の弟子で、柳田と共に奄美や沖縄を旅した後、パリ大学で人類学者レヴィ・ストロースに学び、オーストリア人女優のマリア・シェルを口説いたという今年90歳になる伝説の民俗学者。私も医師として「琉球弧の死生観」を研究するプロジェクトに参加して以来お世話になっていますが、瀬戸内寂聴さんの姿を久しぶりに見てこの一文をふと思い出しました。 私もせっかくなら長生きして、素敵な年下の民俗学者から愛をこめて馬鹿呼ばわりされる婆さんになりたい! 「女性の性」はいつも科学ではなく社会的。 医療の政策決定は「女性の性」を科学で捉えることを原則とし、ひとりでも多くの日本人女性を長生きさせ、ひとりでも多くの瀬戸内寂聴さんを作ってほしい。 「ワクチンの処方箋・その1」、本日は沖縄の離島の泡盛が恋しくなった村中璃子が、「元子宮作家」の瀬戸内寂聴さんと子宮頸がんワクチンについて考えてみました。 このコラムについて Dr.村中璃子の世界は病気で満たされている 筆者は感染症とお酒を愛する女医。家庭や職場から国家、ひいては世界まで、病気の向こう側に見える意外なリスクとチャンスを考えます。「自分のカラダ」のことから「パンデミック時の株価予測」まで幅広く取り上げる、医療や健康に関心の高いビジネスパーソン必読の新ジャンルの医療コラムです。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/082600030/102000006/?ST=print
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