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[地球回覧]尊厳死、米の苦悩と日本
2週間も人工呼吸器につながれた79歳男性の荷物の中からその「紙」を偶然みつけたとき、医師たちは凍り付いた。男性が自らの尊厳死に備え、生命維持処置に関する希望をしたためた「事前指示書」だった。
「延命はせず苦痛緩和にとどめてほしい」。4年前に作成したが認知症の進行で意思表示ができず、長男も存在を知らなかった。事前指示に反すれば病院側が家族に提訴される恐れがある。男性はその後、指示に沿って終末期患者の緩和ケアに専念するホスピスに移された。2015年2月、米メリーランド州ボルティモア市の大病院で実際に起きた事例だ。
米では1990年に連邦政府が「患者の自己決定に関する連邦法令」を制定し、「延命治療の拒否権」を含む事前指示の法的拘束力を認めた。米国民の間で事前指示の普及率は7割にのぼるようだ。オバマ大統領も国民に作成を呼びかけた。
だが、高齢化に伴い、事前指示を巡る米医療現場の混乱は拡大するばかりだ。駆けつけた救急隊員や医師が事前指示書を発見できない例も続発している。「患者の医療知識不足で指示が適切とは言えない」「家族が全く知らされていない」といった問題もある。
米総合病院グループ、メイヨー・クリニックのラクロス病院(ウィスコンシン州)で患者の権利保護を担当するニキジョ・ヘイガー氏は、「地域住民の啓蒙活動や医師らの徹底した倫理教育、ホスピスとの連携など、理想的な尊厳死の実現には複雑な課題が山積みだ」という。
個人による事前指示の限界を乗り越える仕組みとして注目を集めるのが、医師らが事前に本人と相談のうえで作成する「治療範囲に関する医師指示書」(POLST)だ。
米ウェストバージニア州モーガンタウン市。ウェストバージニア大医療倫理・法学センターの一室で、医療スタッフが昼夜を問わず数千件におよぶ患者情報の入力に追われる。
POLSTをいち早く導入した同大学病院では患者の死期が6〜12カ月に迫ったと判断すれば、医師や権限を持ったスタッフが患者から終末医療の要望を聞きデータベース化する。いわば「尊厳死の電子カルテ」だ。共通シートには心臓マッサージや気管挿入といった細かな選択項目がある。
入力した情報は院内や救急隊員だけでなく他州の医師らもアクセスし、担当医に照会もできる。「患者の指示書は紛失など問題が多く、期待通りの成果を上げていない」とアルビン・モス同センター教授。同教授によると全米で40近い州が制度改善に向け、なんらかの形でPOLST導入・検討に動いているという。
日本はどうか。終末期医療に関する患者の意思を法的に担保する仕組みはない。ここ10年ほどでホスピスなども広がり、病院任せでなく、人生の幕の閉じ方について本人の意思を大切にしようとの機運はある。だが日本では「家族や親族の発言力が強すぎ、終末期で必ずしも自身の意向が通らない」(医療関係者)。法整備の動きは鈍く医療界も慎重だ。
個人の選択権を法的に担保する米国型の強力な事前指示やPOLSTをそのまま導入するのにも無理がある。80年代以降、米で尊厳死が広がった背景には、長期延命した場合に家族が医療費の負担に耐えられないという事情があった。個人の権利保護と選択を重んじる米社会。終末期医療を巡る通念や死生観も日米では異なる面も多い。
米型の長所を取り入れながら患者の意思を担保する仕組みを整える。その前提として本人が家族らと尊厳死について日ごろから意思疎通を図り、社会になじむ仕組みを目指すのが大事だ。米が格闘する尊厳死の前線を歩いてそう感じた。
(ワシントン=矢沢俊樹)
[日経新聞8月30日朝刊P.15]
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