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毎日新聞社から本年3月に出版された『「抗がん剤は効かない」の罪』(勝俣範之著)を皆さんはもうお読みになられたでしょうか?
私が勤務する島根県は知っての通り非常に田舎で、高齢化も進んでおり、いまだに医師‐患者関係には強いパターナリズムが残存しています。がん治療に関してもしかりで、患者および家族にインフォームドコンセントを行うと、「素人で分かりませんので、先生にお任せいたします」とたいていの方がおっしゃる、そんな土地柄です。
しかし、昨今の近藤誠医師のメディアへの露出や、あたかもすべてのがんが治癒できるかのような、がん治療に関する過度とも取れる期待が込められた報道によってその空気も変わりつつあり、あらためて患者・家族とのコミュニケーションの重要性について考えるようになりました。今回は、そのきっかけとなった症例を紹介したいと思います。
Aさんは30歳代の男性で、画像から臨床的に肺がんが強く疑われ、気管支鏡目的で当院へ入院されました。検査が終了して退院する際に、本人から近藤医師へのセカンドオピニオンの申し出がありました。まだ診断も付いていない状態でしたので、「診断が付いて当院の治療方針を聞いてから行かれては」と話すと、「近藤先生は診断が付いていなくても紹介状がなくてもいいそうなので大丈夫です」とのことでした。とはいえ、セカンドオピニオンへ行くのに紹介状を作成しないわけにもいかず、結局、私は詳細な病歴を記載した紹介状と画像データを手渡し、東京へ持参するよう伝えました。
その後、検査の結果が判明し、肺腺がんStage IV EML4/ALK融合遺伝子陽性でした。ご存じの通り、ALK陽性肺がんはクリゾチニブ単剤使用の有無で全生存期間(overall survival;OS)が大きく異なることが示唆されており、若年でPS(performance status)良好なAさんは当然クリゾチニブ内服の適応なのですが、「近藤医師から『分子標的薬を含む一切の抗がん剤は意味がない。使うな。しんどくなったらモルヒネを使ってもらいなさい。それだけでいい』と言われたので…」と内服を躊躇。結局、“近藤医師信者”である奥様と親戚の説得もあり、診断から7カ月経過した今もクリゾチニブは内服せず、緩和ケア病棟への入棟を検討しています。
Bさんは70歳代の女性、胸腺がんです。PSは良好なものの診断時すでに腫瘍は右房および甲状腺へ浸潤し、手術・放射線治療は困難な状態でした。NCCN(National Comprehensive Cancer Network)ガイドラインでは、切除不能浸潤型胸腺がんに対してはプラチナ製剤をベースとしたいくつかのレジメンが推奨されてはいますが、疾患の希少性ゆえゴールデンスタンダードの治療はない領域です。
そのことも含め、本人と家族へ説明し、最終的に抗がん剤治療の方向で話は進んでいましたが、いざ入院するとご主人より「近藤医師が週刊誌に書いている記事を読んで全くその通りだと思った。抗がん剤治療は受けさせない。近藤医師のセカンドオピニオンを受けたいと思います」との申し出があり、患者を連れ帰ってしまいました。その後、抗がん剤希望のあった患者と親戚一同から非難を浴びたご主人は改心(?)し、セカンドオピニオンへは行かずに当院で抗がん剤治療を実施することになりました。
Aさん、Bさんとも残念ながら抗がん剤では治癒が困難と考えられる進行度の腫瘍ですが、抗がん剤治療によって受けられる恩恵には大きな差があります。生存期間延長のデータがある治療法が存在するのに抗がん剤治療を選択しないAさんと、明確なエビデンスのある治療法がなく全身状態からも抗がん剤の有害事象で命を落とす可能性も考慮しておかなければならないことを承知の上で抗がん剤治療を実施するBさん…。
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お二人とも近藤医師の書かれた本や雑誌を目にし、治療方針の自己決定にある程度影響を受けたわけですが、私は自身を振り返り、主治医として近藤医師を超えるような、患者が治療方針を自己決定する上での十分な説明、介入や支援ができていただろうか、と考えました。
島根県のように、抗がん剤治療ができる病院が限られている地域では、患者が治療を受ける病院や医師を選択する自由は都会ほどありません。「担当医に嫌われたくない」「見捨てられたら困る」といった思いが根強いパターナリズムへ結び付いているとも言えます。高齢の患者がほとんどであり、ミリオンセラーとなった近藤医師の本やメディアの報道に疎い方も多いのかもしれません。それゆえに、たまに目にするセンセーショナルながん治療に関する新聞記事を見て、急に不安になる患者も多いのでしょう。
患者と家族が治療内容について吟味するためには、疾患と治療法に関する十分で正確な知識を得る必要があります。そのためには、私たち腫瘍内科医が常にがん治療の「水先案内人」として、患者と家族が決定した治療方針に心から納得するまで寄り添うことが重要です。
『「抗がん剤は効かない」の罪』でも述べられていますが、近藤医師が主張している「がんもどき理論」や「がん放置療法」が引き起こしている騒動が私たちがん治療に携わる医療人に対して提示した最大の問題点は、いかに今まで一般向けに正確な「がん」という病気にかかわる情報を私たちが発信してこなかったか、という点にあると思います。地域にかかわらず、すべての患者が等しく自身の病気についての知識を持ち、治療方針を自己決定するのに十分な情報を得ることが必要であり、そのための対策や努力が私たちには重要であるとあらためて考えました。
先に述べた2症例の治療選択に正解はありません。患者本人の人生観や家族の思い、あるいは主治医のインフォームドコンセントの内容、それによってどのような選択にもなり得るものだと思います。しかし、近藤医師の話や記事だけでなく、一般的な「がん」「抗がん剤」の知識や考え方を正確に理解していたら、選択結果が異なっていた可能性があります。
今回の症例を通して、患者と家族にとって残された大切な時間を本当に希望することに使えるよう、一緒に考え寄り添うことのできる医師でありたいと強く感じました。島根県でも、がん患者が都会と同様の医療を受けられ、がんにかかわる情報が平等に提供されるよう、今後も微力ながら努めていきたいと思っています。
執筆者プロフィール●津端由佳里(島根大学医学部内科学講座 呼吸器・臨床腫瘍学)
1995年北里大学薬学部薬学研究科修了。2007年島根医科大学医学部卒業。島根大学医学部附属病院などで臨床研修するとともに、2012 年島根大学医学研究科博士課程腫瘍専門医育成コース修了。同年より現職。認定内科医(日本内科学会)、抗酸菌・結核診療認定医、がん治療認定医、がん薬物療法専門医。
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/canceruptodate/topics/201406/536981.html
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