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ミジンコが教えてくれる世界
鑪迫 典久
私たちPJ1(第2期中期計画 環境リスク研究プログラム 中核研究プロジェクト1)では化学物質が環境に及ぼす影響について、それらの環境中の動態予測、バイオアッセイを用いた影響量予測と監視、そしてそれらを統合して、化学物質管理に役立つための総合解析システムの開発を行っています。
ここでは私達が提案しているミジンコを使った新しい生物試験法について紹介します。
「ミジンコの単為生殖と有性生殖」の模式図
図1:ミジンコの単為生殖と
有性生殖の模式図
1. ミジンコとは
ミジンコは鰓脚綱枝角目ミジンコ科ミジンコ属に属する甲殻類の仲間で、世界中に分布している比較的大型の淡水性プランクトンです(一部は海水もいます)。
通常は単為生殖を行い、交尾をせずに直接仔虫を生んで増えますが、環境要因の変化(餌不足、低温、短日、過密など)によってオスが生まれると、交尾して(有性生殖)耐久卵を作ることが知られています(図1)。
耐久卵は低温や乾燥に強く、数ヶ月〜数年間土の中で生きていることが知られています。環境要因がミジンコにとって好転すると、耐久卵からは2個体のメスが孵化し、再び単為生殖を行い爆発的に増殖します。
ミジンコは化学物質に対して感受性が高いため、化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律)やOECDの化学品テストガイドラインなどで定められている生物試験、あるいは生態毒性試験の実験生物として用いられています。
2. 節足動物のホルモンとは
昆虫やエビ・カニなどの甲殻類(節足動物)は世界中の生物種の90%以上を占めていると言われていますが、実はそれらに共通に存在する2つの主要なホルモンとして脱皮ホルモン(EcH)と幼若ホルモン(JH)があります。EcHが脱皮を司る一方、JHはその脱皮の質をコントロールすることによって、幼虫から蛹、成虫への変態を可能にしています。
また、JHは昆虫では長翅短翅などの相変異、社会性昆虫のカースト分化、ミツバチのワーカーの役割分担などといった多様な生活史を制御していることがわかっています。そして、EcHはステロイド骨格、JHはセスキテルペノイド構造を持ち、節足動物全般にほぼ共通の化学構造を有していることは興味深い事実です。
ミジンコも甲殻類として、エビ・カニと同じ形のホルモンを有していることが知られています。しかしEcHの受容体は発見されていますがJHは未だその受容体が発見されていないなど、解明されていない部分も多く残されています。
3. 無脊椎動物の内分泌かく乱
環境ホルモン汚染の問題は、“人類だけでなく地球上のあらゆる生物の種の存続の危機を招いている”という危惧の元に始まりましたが、化学物質によってかく乱される側の本来のホルモンとして女性ホルモン、男性ホルモン、甲状腺ホルモンが対象となったため、それらを有している生物、つまり哺乳類、爬虫類、鳥類、両棲類、魚類が主な研究・調査の対象となりました。
脊椎動物同士のヒトと魚が同じ女性ホルモンを持っていることもある意味驚きですが、節足動物が含まれる無脊椎動物は、脊椎動物とは全く違うホルモン体系を持っていることを理解した上で、無脊椎動物の内分泌かく乱について調べる必要があります。
ヒトは存続しているけど、いつの間にか昆虫が居なくなった、という未来世界がこないようにする必要があります。
4. 私達の研究
「ミジンコのオスとメスの見分け方を示した写真」
図2:オスメスの見分け方
A 第一アンテナの形が違う, B 後肢のつめの形が違う,
C 腹突がメスには有るがオスには無い
私達はミジンコ(Daphnia magna)にJHおよびJHと同等の作用を示す農薬を投与すると、ミジンコがオスの仔虫を生むことを明らかにしました。
従来の教科書では、環境が悪化するとオスが出る、と思われていたところ、オスの発生に化学物質が関与し、それがホルモン(JH)である事を明らかにした最初の発見です。オスメスの見分け方を図2に示します。
その知見を元にして、私達はミジンコ(D. magna)オス仔虫発現を用いたJHの検出(Tatarazako et al. 2003, Chemosphere 53, 827-33)、およびそれらに関する背景データの集積(Oda et al. 2005, Chemosphere 61, 1168-74)、薬物およびJHホルモンに対する感受性の異なる世界中から入手したクローン数種類の比較(Oda et al. 2006, Chemosphere 77, 78-86)およびミジンコのcDNA(注1)ライブラリーの作成(Watanabe et al. 2005, Genome 48, 606-9)などを行ってきました。
「産仔数の低下とオス仔虫の発生について示した」グラフ
図3:産仔数の低下とオス仔虫の発生について
・化学物質の違いによりオス仔虫が出てくる濃度が異なる
JHの生物検出法が今までは手術でアラタ体を除去したカイコの蛹化制御などが代表的で、確実・鋭敏な手法が存在していなかったことに対し、私達の開発したミジンコのオス仔虫発現によるJHの検出系はカイコを用いた系より確実・鋭敏・簡易に検出できるためJH作用の解明を行う上で有利な点が多いと思われます(図3)。
そして上記知見の集積の上で、OECDに対して無脊椎動物の内分泌撹乱を明らかにする試験法を提案しました(仮称Enhanced TG211)。現在プレリングテストの結果(Oda et al. 2007,Ecotoxicol Environ Saf. 67(3), 399-405)を踏まえてOECD加盟国の12ラボによるリングテストを行い、その結果についてOECDに対して報告書を作成しているところです。また、オオミジンコの脱皮ホルモンの受容体遺伝子取り出し、脱皮ホルモン受容体に結合する物質を検出する仕組みも作りました(Kato et al. 2007, J. Endocrinol. 193, 183-194)。さらに、ミジンコの遺伝子の発現変化をもとにした、化学物質の影響を短時間で明らかにできる手法も作成しています(Watanabe et al. 2007, Environ. Toxicol. Chem. 26, 669-676)。
5. 将来構想
オス仔虫が発生することに、JHが関与していることはほぼ間違いのない事実ですが、そのメカニズムについてはまだ分かっていません。つまり今後JH受容体の解明や関与している遺伝子のスクリーニングなどが必要です。
また現在私達が作用を明らかにした化学物質は、本来昆虫が有しているホルモンと害虫や有害昆虫駆除のためにホルモンかく乱を意図して作られた農薬の合計10物質しかありません。農薬は非意図的に散布されることは無いでしょうから、危惧すべきは日常使われている化学物質が環境に流出した場合に知らずにJH 作用を持つものがあるかどうかの確認です。
またJHは先に述べたように生物毎にその作用が異なる可能性があるため、実際の環境中ではJH作用を持つ化学物質によって、どの生物に何が起きているのか、起こる可能性があるのかについても明らかにする必要があります。
またこのミジンコの試験系では甲殻類のもう一方の主要なホルモンであるEcHの検出についてはあまり有効ではありません。その点は既に私達のグループで昆虫の培養細胞を用いたレセプターバインディング系を持っているので、それで補えると考えていますが、実用化にはまだ時間がかかりそうです。以上まだまだやるべきことが残されています。
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注1 cDNA: 相補的DNA(そうほてきDNA、complementary DNA)は、mRNA から逆転写酵素を用いた逆転写反応によって合成された DNA。一般には「相補的」を意味する英語、complementary の頭文字をとって、cDNA と省略される。
http://www.nies.go.jp/risk_health/hiroba/hiroba02_01.html
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