http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/230.html
Tweet |
良くエジソンの伝記などにあるエピソード。
幼きエジソン君は言いました。
「1+1は2と言うけれど、泥だんごを2個組み合わせたら1個の大きな泥だんごになるから1+1は1じゃないの?」と。
泥だんごをこね合わせれば確かにそうだ。でもそれが石なら1+1は多くの場合2でしょう。
つまり、場合によって計算式の答えが変わる。
計算式はそれ自体は抽象的な約束事ですが、約束事が成り立つには寄って立つ前提があります。
おそらく、人間がこれまで生きて社会を営む中では、泥だんごをこね合わせるような場合よりも、石の数を数えるような場合の方が多かったでしょう。
そして学校のテストはそのような(よりマジョリティーな)場合を想定して約束事を決めているので、1+1は2なのでしょう。
でも場合が変われば1+1は1にも0にも3にもなり得ます。
自分が教師ならエジソン君に何と伝えるか?
「人は一人じゃ生きていけなくて、学校は社会を営む力を磨くところだから、より多く存在する場合を想定してテストでは1+1は2になります。でもそうでない場合もあるから、エジソン君の考え方も大事にして欲しい。それがエジソン君自身の、あるいは他の誰かの役に立つ時もあると思うから。」
僕だったらそんな風に答えそうな気がします。
=============あやみさんへ==============
先日、学ぶの語源を考える( http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/226.html )のコメント欄にて質問に答えていただきありがとうございました。
とても参考になりインスパイアされております。
考えがまとまらず、返信もお礼もできずにいた非礼をお許しください。
投稿コメント全ログ コメント即時配信 スレ建て依頼 削除コメント確認方法
▲上へ ★阿修羅♪ > 雑談・Story41掲示板 次へ 前へ
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。