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キトラ古墳 天文図は数百年前の星空か[NHK]
7月15日 20時56分
奈良県明日香村にある「キトラ古墳」で見つかった天文図を天文学の専門家が新たに分析した結果、描かれているのは古墳が造られた時期の数百年前に観測された星空の可能性があることが分かりました。
7世紀末から8世紀初めの飛鳥時代に造られた「キトラ古墳」は、石室に極彩色の壁画が残されていたほか、天井には金ぱくで星などを表現した天文図が描かれ、本格的な天文図としては世界最古とも言われています。
これについて、天文学の2人の専門家が文化庁などとともに、いつ、どこで観測された星空を描いたものか詳しく分析しました。
このうち、国立天文台の相馬充助教は、5つの星の位置と、年代によって僅かに変わる地球の自転軸の傾きを照らし合わせ、西暦400年ごろに観測された星空ではないかと推測しました。
また、国立天文台に勤務していた中村士さんは、25の星の位置を基に分析し、紀元前80年ごろに観測されたのではないかと推測しました。
2人が指摘した時期には違いがありますが、いずれもキトラ古墳が造られた数百年前に観測された星空の可能性があるということです。
一方、観測された場所について、相馬助教は「北緯34度付近」と推測し、当時の技術水準などから古代中国の主要都市だった可能性が高いと指摘しています。
文化庁の建石徹古墳壁画対策調査官は「キトラ古墳の天文図が精密に描かれていたため、天文学者による分析も可能になった。この結果を踏まえ、さらに研究が進むよう期待している」と話しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150715/k10010152011000.html
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<キトラ古墳>天文図は紀元前後中国で観測された星の可能性
毎日新聞 7月15日(水)21時19分配信
奈良県明日香村の国特別史跡・キトラ古墳(7世紀末〜8世紀初頭)の石室天井に描かれていた天文図について、文化庁などは15日、星の位置関係を調べた結果、紀元前1世紀半ばと、紀元後4世紀に中国で観測された星が共に描かれている可能性があると発表した。謎とされていたキトラ天文図の由来に迫る成果といえそうだ。
キトラ天文図の星の配置は独特で、原図に該当する星図は見当たらないとされる。今回の研究は、文化庁と奈良文化財研究所、中村士・元帝京平成大教授(天文学史)、相馬充・国立天文台助教(位置天文学)らが共同で行った。
星の位置は年々変化しており、中村元教授は天文図に描かれた20個以上の星宿(せいしゅく)(星座)の位置から年代を推測。その結果、紀元前1世紀半ばごろの観測と判断した。紀元前の星の位置を記録したとされる古代中国の「石氏星経(せきしせいきょう)」とも整合したという。
一方、天文図には北極星の周囲にあり地平線に沈まない星の範囲を示す円が描かれている。相馬助教は円や星の位置関係などから、紀元後4世紀に北緯約34度地点で観測したと結論付けた。この緯度には古代中国の都として栄えた洛陽や長安(現西安)が位置する。
奈文研飛鳥資料館の石橋茂登学芸室長は「天文図は紀元前の中国で作られ、数百年後に修正が加えられて海を渡り、明日香にたどり着いた可能性がある」と話している。【矢追健介】
最終更新:7月16日(木)0時48分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150715-00000095-mai-soci
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