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現代人全体への友愛の物語
高畑勲
宮崎駿の前作『風の谷のナウシカ』は、日本のアニメーション史上空前の高い評価をかちえ、幅広い層の人々を感動させてアニメーションの観客層を一挙に上方へ拡大した。そしていま、宮崎駿の次回作に各方面のあつい視線が注がれている。当然、『ナウシカパートU』を期待する声も高い。
宮崎駿はしかし、機熟さずとしてあえて『ナウシカパートU』を避け、アニメーションの初心にかえり「愉快な血わき肉おどる古典的な冒険活劇」を現代の観客に通ずる映像でおもう存分展開してみたいという。本企画、娯楽超大作『天空の城ラピュタ』がそれである。
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『天空の城ラピュタ』は、「機械がまだ機械の楽しさをもつ時代、科学が必ずしも人間を不幸にするとはきまっていない頃、一寸西洋風だが何処かわからない国」を舞台にくりひろげられる。そこではまだ人間が世界の主人公であり、人々は自分の肉体と精神を信じ、農夫は収穫をよろこび、職工は腕を誇り、商人は品物を大切にしている。人々の運命は自分によって変えもできるし、きりひらく事のできるものであり、人は自分の生き方を自分にまかされ、貧乏もあるが助けあう心もあり、収穫もあるがひでりも凶作もある。そして善良な人々と共に、悪人もちゃんと悪人らしい顔つきで生きている。欲望をかくすことなく、なりふりかまわず突き進む壮烈な悪人がそれはそれでいっそ爽快に生き、死ぬことのできる世界。この世界に登場する機械達は、大量生産の工場製品ではなく、機能むきだしの楽しさと手づくりのあたたかさを持っている。空にも地にも風がわりな手づくりの発明品が舞い走り、人々はそれを手なずけ、繕いながら乗りこなしている。
この世界の上空を、かつてガリバー旅行記第三部に報告された空中の浮島ラピュタ帝国の一部が、帝国滅亡後も人しれず漂いつづけていた。その無人化した広大壮麗な宮殿には地上の国から奪った数知れぬ財宝が眠っているという。
はるか雲の峰の彼方、いずこともなく漂う空中王宮のありかを示す飛行石のかけらが地上に伝えられていた。飛行石とはラピュタ帝国を空中に支え、空とぶ船を動かした強力な力を秘めた結晶である。
飛行石を手に入れ、空中帝国の主となって世界に君臨する野望をもつ政府調査機関の男・ムスカ。発明家にして母、老婆にして頑健、物欲と食欲において並ぶ者ない根性の人、空中海賊ドーラと大男の三人息子。両者からつけ狙われる古いラピュタの王族の血をひく少女シータ。そしてかくされた飛行石のありかをめぐる争いにまきこまれた発明家を夢みる見習機械工の少年パズー。
少年と少女は困難の中で出会い、心をかよわせ、助け合っていく。二人がラピュタの宮殿の奥深く見出した真の宝とは何だったか。少年と少女との愛と友情を横糸に、飛行石をめぐる活劇とラピュタ空中王宮への旅を縦糸に、波乱万丈の物語が展開される……。
< 2 >
宮崎駿はその企画覚え書きにこう記している。
ーー『天空の城ラピュタ』の目指すものは、若い観客達が、まず心をほぐし、楽しみ、よろこぶ映画である。笑いと涙、真情あふれる素直な心、現在もっともクサイとされるもの、しかし実は観客達が、自分自身気づいていなくてももっとも望んでいる、相手への献身、友情、自らの信ずるものへひたむきに進んでいく少年の熱意を、てらわずに、しかも今日の観客に通ずる言葉で語ることである。
ーー多数の作品が企画されながら、対象年齢が次第に上がっていく傾向はアニメーションの将来につながらない。マイナー趣味の中にアニメーションを分類し、多様化の中で行方不明にしてはいけない。アニメーションはまずもって子供のものであり、真に子供のためのものは大人の鑑賞に充分たえうるものなのである。
『天空の城ラピュタ』は本来の源にアニメーションをとりもどす企画である。
『風の谷のナウシカ』は、巨大産業文明崩壊後千年の地球という危機的な時代設定のもとに、そのおそるべき状況を創造的かつ説得力のある映像として提出し、自然に対して人間はどうあるべきかを考えさせられるきわめて今日的なテーマを清新なキャラクターと力強あふれるアクションによって鮮烈に展開した問題作であった。それにくらべ、『天空の城ラピュタ』の原案はあまりに古典的であり、覚え書きにみられる企画意図はいかにも古くさい開き直りのようにうけとめられるかもしれない。いかに確信をもって語られていようと、これは結局『ナウシカパートU』などの大作問題作を期待されている宮崎駿が、いわば一時の息ぬきとして、あるいは手慣れた間奏曲として企画した子供向けお伽話への自己弁護ではないのか、と疑われるむきもあろう。
もう一度虚心に前の覚え書きの前段を読み直していただきたい。そしてそこにこめられた狙いが、もしそのまま完全に実現したとしたら、それがどんなに素晴らしいことかに深くおもいをめぐらせていただきたい。皮膚ケイレン的な笑いしか知らない現代の子供達を腹の底から笑わせ、手に汗を握らせ、主人公に全身全霊で没入させてしまう。そして晴ればれと英雄気取りで大股に映画館から出てこさせる。それはすべての「活動屋」の夢だった。この万古不易の正論的企画意図が、そのまま「ナウ」な風潮に対するアンチテーゼになっているのである。もしこの意図が新鮮にきこえないとすれば、それは、数多くの作品でそれが満たされないままただの威勢の良い宣伝文句に終わっていることに馴らされきっているからであり、いまどきそんなものは不可能だとあきらめているからにすぎない。
冒険活劇ファンタジーこそ、日常の抑圧から解きはなたれて心ゆくまで楽しみながら、同時に覚え書きに語られているような人間のもつべき根本的な諸価値をもっとも強くもっとも端的明快に心に刻みつけてくれるジャンルであるべきはずである。だがいったいこの何年かのあいだに、宣伝文句としてでなく本当にこのような人間主義的な「愉快で血わき肉おどる冒険活劇」がアニメーションに登場したことがあっただろうか。一見冒険活劇の楽しさを与えているかのような多くのSFメカもので、人間の肉体的能力が、人間の生みだしたはずの「メカ」とよばれる巨大機械の非人間的魔法的能力の前に、いかに卑小であるかをみせつけられつづけて来たのではなかったのか。そこでは、人間はただメカをTVゲームのように操作する神経症的緊張のみを背負わされて、「血湧き肉躍る」官能性は皆無に等しいのである。そしてわずかに、宮崎駿自身の『未来少年コナン』その他の作品が、その人間謳歌によって観客の渇きをいやして来たにすぎない。
ファンタジーもまた現実の反映である以上、現代においてあらゆる意味で冒険活劇がつくりにくくなっていることは否定できない事実である。しかし、ある時代の子供に必要だったものが、他の時代の子供には与えられなくてよい、というのはどこかおかしいのではなかろうか。
冒険活劇のつくりにくさは、なによりもまず、そのような物語や人間像が現代の観客からみてもリアリティをもって成りたつような虚構の世界をうちたてることのむずかしさにあると思われる。虚構であってしかも細部に至るまで具体的映像的な存在感をしっかりともち、生き生きと人物を活躍させて冒険活劇を展開する舞台としての世界をつくりあげること。これはたとえこころざしがあったとしても、よほど強靭な想像力案出力の持主でないかぎり、とてもその任に耐えられない。しかもその舞台がすでに冒険活劇の面白さのあの手この手を生みだす胎盤的装置として、ストーリーに有機的に結びついていなければならないのである。
宮崎駿は『風の谷のナウシカ』で、かたちをかえてこのような総合的な想像力の持主であることを見事に証明してみせた。宮崎駿ならば、「現代の観客に通ずる映像で」まったく新しい冒険活劇ファンタジーをつくりあげることができるだろう。まったく架空の世界を設定し、その生産関係から生活様式までを創造し、乗物や武器やアジト等の珍妙な発明品の数々を生みだすための案出力の大きさをおもうとき、 『天空の城ラピュタ』は、『風の谷のナウシカ』に倍する力業を宮崎駿に要求するのではないかと考えられる。決して息抜きや手慣れでなしとげられる仕事ではないのである。
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宮崎駿が『長靴をはいた猫』や『どうぶつ宝島』のメインスタッフとして、また『ルパン三世 カリオストロの城』や『名探偵ホームズ』などでみせた抱腹絶倒の愉快な活劇の手腕は、『未来少年コナン』や『風の谷のナウシカ』でも随所に発揮されている。そしてそれが一見「ナウ」なものとは決してみえないにもかかわらず、現代の観客にとっていかに魅力的なものであるかは、これらの作品に対するファンの層が時とともに拡大し、熱狂がひろがっていく様子によって充分に証明されている。
ストーリー設定があまりに古典的であることに関していえば、覚え書きにのべられた人間性の諸価値を「てらいなく」うたいあげるためにどうしても宮崎駿にとって必要な枠組みであり、いいかえれば、それだけ宮崎駿がそれらの諸価値を純血性を保ったまま強く信じていることのあかしであり、だからこそ古典的であることにこそ意味があるのだ、というしかない。しかしまた同時に、『風の谷のナウシカ』を生みだした宮崎駿が、この原点から『天空の城ラピュタ』をつくりあげていく過程でそこに現代を反映させずにはおかないことはあらためて言うまでもないであろう。
大人から子供まで、けなげにも非人道的なディジタル的なものに無理やり適応しようと涙ぐましい努力をしている現在、あらゆる面でアナログ的なものこそ人間的であると信じ、徹底してその復権を作品世界の中でめざす熱血漢宮崎駿の、これは現代人全体への友愛の物語であり、冒険活劇をめぐる不幸な現状に対し、果敢に挑戦する大きな野心作なのである。
(「天空の城ラピュタ」記者発表用資料より)
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