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『潜入ルポ 東京タクシー運転手』(文春新書)
月収15万円!“陸の蟹工船”東京のタクシー運転手が抱える悲惨な実態
http://lite-ra.com/2015/01/post-767.html
2015.01.06. リテラ
アベノミクスで景気が上向きになっていると言われても、果たしてどれくらいの人々が実感しているのだろうか? 景気動向に左右されやすいといわれるタクシー業界にスポットを当ててみると、なんともひどい現状が見えてくる。
ノンフィクション作家の矢貫隆氏が実際にタクシー運転手となって取材し、執筆した『潜入ルポ 東京タクシー運転手』(文春新書)には、東京のタクシー業界の裏側が暴かれている。
アベノミクスの効果といわれ、日経平均株価が約5年半ぶりに15000円台に回復した2013年5月。矢貫氏は、タクシー運転手として最後の1カ月を送った。ここで矢貫氏は1カ月の水揚げ(売り上げ)50万円という目標を立てる。取材最後の1カ月ということで、
「アベノミクスという言葉を日常的に耳にするようになっていたのも追い風になると信じ、そんな強い意気込みでスタートした」
とのことだが、その結果は惨憺たるものだった。水揚げの総額は40万3230円で、この金額だと50%が運転手の取り分となる。結果、給料の総額は19万4010円で、手取りにして15万8156円しかなかったというのだ。
タクシー運転手は多くの客を乗せれば、それだけ収入も増える。もちろん中には多く稼いでいる運転手もいるだろう。しかし、誰もが簡単に稼げるわけもなく、手取り15万円程度で苦しい思いをしている運転手も多いのだ。アベノミクスの恩恵など、ほとんどのタクシー運転手は実感していないのである。
タクシー運転手の厳しさは安い給料だけではない。さらに、「運転手負担金」なるものが運転手にのしかかってくる。2013年のある月の矢貫氏の給料明細にはこんな記載があったという。
「Gカラー控除、3450円」「無線控除、1050円」「クレジット、3110円」
これらが「運転手負担金」というもので、それらが給料から引かれるのだ。
まず「Gカラー控除」とは何か。これは、黒塗りのハイグレード車で仕事をした際、1回の業務につき150円を運転手が負担するというもの。負担の根拠は「ハイグレード車の車両価格がスタンダード車よりも高いので、その差額の一部を運転手が負担する」だという。会社が所有しているはずの車の代金を、なぜだか運転手が負担しているのだ。
「無線控除」は、「無線配車を受けたら、その回数にかかわらず一業務につき300円」というもの。これもまた名目としては無線設備の費用の一部を運転手が負担していることとなる。
そして「クレジット」は、クレジットカードでの支払いの5%を手数料として負担するというものだ。クレジット会社に支払う手数料は3%なので、運転手は2%を余計に払っていることとなる。そもそもクレジットの手数料を運転手が負担するのもおかしいが、さらに2%を上乗せし、ここでもまた設備費用を負担させるというのだ。
普通の会社なら、設備投資を社員に負担させるなどということはあまり聞かないが、タクシー業界ではこれが当たり前となっている。タクシー業界がいかに運転手に負荷をかけたうえで成立しているかがわかる。
そんな厳しい状況の中、タクシー運転手たちはできるだけ多くの客を乗せようと争奪戦を繰り返すこととなる。
矢貫氏いわく、かつてはタクシー運転手の間の不文律として「道路の反対側で客が手を上げていてもUターンはしない、自分が空車で走っている場合、前を走る空車を抜かない、抜いてしまったらそのまま右車線を走り去る」といったものがあったという。しかし、今は「客を乗せるためなら何でもあり」という状況なのだ。空車同士が客を取り合って強引に割り込むことや、「回送」を表示しておいてライバルの空車を出し抜く運転手もいて、ルール無用の状態らしい。
そういった客の争奪戦を繰り返した結果、発生するのが事故だ。国土交通省が毎年発表している「自動車運送事業に係る交通事故要因分析検討会報告書」によると、タクシーの走行距離1億kmあたりの事故件数を空車時と実車時で比較すると、空車時のほうが実車時より2.4〜3倍ほど多い。“乗客の争奪戦”がどれほど危険なものであるかが理解できるだろう。
運転手同士の競争も激しいが、当然タクシー会社同士の競争も激しい。そんななか大阪で生まれたのが、初乗り500円のワンコインタクシー。ワンメーターの距離を乗るのであれば、安い方が客にとってはうれしいが、実はこれ、企業努力によって成立しているものではなく、ここでも運転手の負担が伴っているのだ。前述の『東京タクシー運転手』によると、賃金システムに「リース制」を採用することで、格安運賃を実現しているのだという。
「リース制」とは、運転手が月に20万円とか25万円とか一定の金額を会社に納め車両を借り受けるというシステム。会社によって違いはあるが、ガソリン代、タイヤ代、故障時の修理費、さらには料金表示のステッカー代まで、一切合切を運転手が負担するケースも多いという。
つまり、燃料費が高騰しようとも、売り上げが落ち込もうとも、運転手からのリース代が入ってくるタクシー会社には毎月一定の金額が入ってくるわけで、それほど大きな痛手ではない。だからこそ、ワンコインタクシーなどという暴挙とも言える格安の料金が実現できたのである。
給料は安いのに会社からはリスクを負わされるという、とにかく厳しいタクシー運転手。誰もがやりたがらない仕事だろうと思いきや、実はそうではなく、タクシー運転手は“買い手市場”なのだという。実際、矢貫氏も、複数の有名どころのタクシー会社から不採用となっている。
その理由は簡単だ。タクシー運転手が求職者の受け皿となっているのだ。
前出『東京のタクシー運転手』のなかで、広報誌『東京のタクシー2014』から「タクシー乗務員数の推移」を抜粋しているが、それによると「サブプライムローン問題が起こった2007年(平成19年)に7万4000人に達し、翌年にリーマンショックが起こるや運転手の数はさらに増え7万5000を突破して過去最高の人数となっていた」とのこと。やはり景気が悪くなるほど、タクシー運転手が増えることがわかる。ピークを過ぎた現在でもタクシー運転手の数は7万人を超えており、まだまだ“買い手市場”であることは間違いなさそうだ。
不況になると運転手が増えるのに、乗客は減ってしまうという、悪循環以外の何ものでもないタクシー業界。アベノミクスとやらが本当に功を奏してくれたら、はたして世のタクシー運転手の皆さんは笑って過ごせるようになるのだろうか。
(田中ヒロナ)
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