03. 2015年1月05日 20:30:34
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倉都康行の世界金融時評 「ドル復権時代」の死角 再び金融危機以前のような経済構造を作り出すのか 2015年1月5日(月) 倉都 康行 2014年の資本市場は、多少の波はあったものの総じて「株高と低金利そしてドル高」という3つの言葉で形容することが出来る。2015年を展望するにあたり、株高と低金利が昨年のようなペースで続くかどうかにはやや留保条件を付けたくなる一方で、ドル高はやはり継続すると見ておくのが無難だろう。 ドル円は昨年末にロシア不安で一時115円台まで下落する場面もあったが、円安基調は当面継続するとの見方が大勢だ。ユーロドルも、量的緩和への前傾姿勢を強めるECBのドラギ総裁を見れば、ユーロ安方向へのトレンドは変わりそうにない。資源安を背景に、豪ドルも軟調推移が予想される。 新興国通貨も基本的に売りである。原油急落を背景にルーブルが暴落したロシア、反欧米の旗を振りまわすトルコ、構造改革への期待が薄れるブラジルなど、今年も新興国通貨はひと波乱ありそうな予感がする。 米国同様に今年利上げが見込まれる英国のポンドや、安全資産としての人気が根強いスイスフランなども、ドルとともに強含みで推移することが予想されるが、全般的な為替市場の印象を示すのに「ドル復権時代」というフレーズは、決して誇張表現ではないだろう。 ドルの一方的な上昇に関しては、米企業への業績やインフレ率へのマイナス材料になると懸念する声もあるが、独り勝ちの様相を強める米国経済を見れば、誰もドルを売る気にはなれないだろう。12月のFOMCで明らかになったように、FRBもあれこれ気を遣いながら第2四半期以降の利上げ時期を探る姿勢を堅持している。 ドルに不可解な上昇はない 準備通貨として国際金融のインフラ通貨となっているドルが一度上昇気流に乗れば、そのトレンドは長期化する傾向が強い。株には不思議な上昇があるが、ドルに不可解な上昇はない。 JPモルガン・アセット・マネジメントは「不透明感の強い市場で最も透明感があるのはドル高だ」として、現在のドルの上昇率はまだ序の口に過ぎず、新たな時代の幕開けに過ぎないのではないか、と指摘している。 その考え方の根底にあるのは、米国以外に運用市場として魅力のある対象が乏しい、ということだろう。それは、通貨価値を引き下げて何とか景気を浮揚させようとする以外に成長戦略の見当たらない日本やユーロ圏の経済政策を見れば、一目瞭然である。 だが、人々は市場のコンセンサスが往々にして裏切られることを知っている。1年を通してみれば、ドル安転換かと思わせるような地合いも何度か起きるだろう。所謂「リスクオフ」が円の買い戻しを誘い、海外資産に比重を置く日本の投資家をヒヤリとさせる場面も何度かある筈だ。 昨年も、中東やウクライナなどにおける地政学リスクや原油相場下落などのサプライズがドル売りを加速する場面があった。こうした事象は市場に付き物なのだ。そして今年は、先進国の金融政策に関してもサプライズが起きることも想定される。問題は、それがドル高の大きな流れを止めて反転させる力を持つかどうか、である。 ドル安をもたらす要因としてまず考えられるのは、FRBが利上げを大幅に延期するシナリオである。FRBは6ー7月を利上げ時期として想定しているようだが、原油価格の低水準が定着してディスインフレ傾向が強まれば、まだ少数派に過ぎない「2016年への先送り説」が優勢になるかもしれない。 12月のFOMCで示された今年のインフレ率見通しは、1.0〜1.6%とかなり幅の広いレンジとなった。これは、原油価格の影響が必ずしも一時的とは言えない、という不安感を示しているようにも見える。FRBの物価見通しに揺らぎが生じれば、ポジション調整としてのドル売りが誘発されることもあるだろう。 昨年秋以降の原油価格下落で窮地に陥る米エネルギー企業が社債市場でデフォルトを起こし、ジャンク債の急落が株式市場にも波及したりすれば、市場に「リスクオフ」のムードが高まることになる。これもドル売りを誘うだろう。 また日本の輸出が急回復し、貿易赤字が縮小傾向を辿って円安ムードが消えていく、という日本発のシナリオも有り得る。市場には、物価上昇率の低迷に悩む日銀がさらなる緩和政策へと追い込まれる、という見方が強いようだが、量的緩和効果の限界は流石に日銀も肌で感じている筈である。 また追加緩和といっても、前回の5対4という薄氷を踏むような決定会合の状況を見れば、黒田総裁もそう簡単には提案を切り出せないだろう。同総裁には、増税先送りという煮え湯を飲まされた、との思いも強いかもしれない。 さらに、共和党が上下院を握る米議会が日本の円安誘導に対して注文を付け始める可能性もある。TPPに絡んだ交渉で日本の為替政策への批判が出始めれば、政府も慎重な態度を取らざるを得ないだろう。いずれにしても、市場に燻る追加緩和への観測は、かなり甘い期待感に基づいているように思われる。 国債買い入れで迷走するECB 一方で、ユーロ圏にもユーロ買いを引き起こす可能性が残っている。それは、市場がほぼ確信しているECBによる国債買い入れが発動できないシナリオだ。1月22日あるいは遅くとも3月5日の定例理事会でECBは量的緩和を開始する、というのがコンセンサスではあるが、内部の議論は日銀以上に迷走している感がある。 それは、国債買い入れはユーロ圏の問題解決にはならないとの声が強まりつつあるからだ。また、一度国債購入に踏み切れば、1回で終わるとは限らない。それは、日英米の辿ったプロセスを見れば一目瞭然である。市場においても、1兆ユーロ程度のバランスシート拡大では効果は薄いとの見方が大勢だ。 中央銀行が国債買い入れを行うのに猛反対しているのは「ECBをバッド・バンクにするな」と、ドラギ総裁の方針を厳しく批判するドイツ連銀のバイトマン総裁である。同氏は、インフレ率がマイナスになったとしても国債買い入れを許す訳にはいかない、とまで言い切っている。 ECB内部では、同氏を支持する勢力が増えているようだ。英エコノミスト誌は、現時点では理事のうち量的緩和反対派が6〜7名おり、6名の役員会では3対3の状況だ、と報じている。仮にECBが量的緩和で立ち往生すれば、ユーロ売りのポジションは一斉に買い戻されるだろう。 こうした円高やユーロ高への反転シナリオは、ある程度頭の隅に置いておくべきだ。但し、それがドル高の転換点になるかと言えば、米国と日欧の構造的ともいえる「経済格差」を見る限り、取り敢えず「NO」であると考えておきたい。ドル円が110円台に戻ったり、ユーロドルが1.25ドルを超えたりする場面があったとしても、それは一時的な踊り場に終わるのではないか。基調はやはり「ドル復権」であろう。 ドル高基調は、円安神話の根強い日本株市場には順風となる。一方で、円安は輸入コストの上昇を通じて家計や内需型企業には悪影響を与え、円安倒産も増える。130円といった水準に到達すれば、内外で悪い円安論が噴出するだろう。 ユーロ圏では高失業率や低成長に苦しむ南欧諸国にも恵みの雨となるが、弱い通貨を嫌うドイツなどでは「反ユーロ」感情が高まるかもしれない。あまりに安いユーロは、域内の南北対立をさらに強めるリスクがある。ユーロ圏の経常黒字をさらに高め、不均衡拡大という問題を再燃させる可能性もある。 ドル建て債務を抱える新興国企業には重荷に もっとも、ドル復権時代の到来に一番眉をひそめるのは新興国だろう。過去の歴史を紐解いても、ドル高時代の新興国はインフレ率上昇や資本流出などで苦しんできた。今回はそれに加えて、ドル建て債務返済の苦しみが加わりそうだ、とBISの四半期報告書は警告している。 先月上旬に公表されたその報告書は「ドル高と原油安が資源国を厳しい状況に追い込む可能性がある」と懸念を示したが、それはまさにルーブル暴落で現実のものとなった。ロシアに関する市場の注目点は専ら原油安に向けられているが、ドル高に意識を傾ければ、他の新興国に多大な為替リスクが生じ始めていることに気付かずにはいられない。 今日の新興国は、外貨準備の増加や経常赤字の縮小、ソブリンにおけるドル建て債務の減少などを通じて「打たれ強さ」が増しているのは事実だが、企業部門の対外債務に関しては逆に「ドル建て債務の増加」という弱点が浮き彫りになりつつある。 BISが公表した資料に拠れば、新興国の民間部門による国際市場での社債発行残高2.6兆ドルのうち、約2/3がドル建て債務となっている。また銀行借入残高も3.1兆ドルに上っているが、欧米銀行による融資は殆どがドル建てであると思われる。ドル高は、間違いなく債務返済義務を負う新興国企業の重荷となる。 だが、上記の数字は過小評価されている可能性すらある、とFT紙は指摘している。2009年から5年間にわたり、新興国企業が債券や融資で調達した資金の約半分はオフショア拠点経由であったために、その金額が「民間負債」ではなく「対外直接投資」に計上されているからだ、という。 オフショア拠点で調達されたドルは、現地通貨に交換されて本社に送金される。BISに拠れば、ブラジル・ロシア・中国の3カ国で2013年第1四半期だけでそうした取引総計は350億ドルに及ぶ、と推計しているが、現時点で世界にどの程度の為替リスクが内包されているのか、全く分からない状況だ。そんな盲目飛行の中で、ひたひたとドル高が進んでいる。もはやこれを、想定外のリスクと呼ぶ訳にはいかない。 また昨年6月末時点でのクロス・ボーダー融資残高は3010億ドル増えて前年同期比1.2%増と、約3年ぶりに増加しているが、そこで目立つのは外銀のアジア向け、特に中国向けの融資であり、その額は2012年末からほぼ倍増して1.1兆ドルに達している。景気の失速を恐れる中国が、金融緩和策を通じて人民元安へと誘導することになれば、こうしたドル建て債務が内包する為替リスクは、ボディー・ブローのように企業経営を圧迫してくことになるだろう。日本でも今年は円安倒産の増加が懸念されているが、新興国はもっと深刻な状況にあると見てよい。 以上は米国以外の国々におけるドル高の影響であるが、足許の米国で忘れてはならないリスクが一つある。それはドル資本の大量流入による金融市場の「慢心」と「傲慢」である。復習がてら、2007年以前の国際資本市場をざっと振り返ってみよう。 ウォール街に復活する慢心や傲慢 思い出すのは、2004年当時、利上げを開始したFRBのグリーンスパン議長が、短期金利を引き上げても長期金利が上昇しない債券市場を指して「コナンドラム(謎)」と表現し、政策金利に連動しない長期債の動きに首を傾げた場面である。 その頃、FRB理事であったバーナンキ前議長は、その長期金利の低水準を「グローバル・セイビング・グラット(世界的な貯蓄余剰)」に求めた。その分析の中心を占めていたのが、拡大する中国の貿易黒字であったが、欧州の資本もまた有利な商品を求めて米国市場に大量に流入したのである。 そんな世界中の資金が米国市場に集まって低金利が継続すれば、リスク・テイク指向も強まる。FRBがドットコム・バブル崩壊の後始末で政策金利を1%にまで下げた2003年半ば以降、家計は借金を通じて過剰な消費へ向かい、機関投資家はレバレッジ利用に傾いていった。そしてウォール街は新たな不動産バブルの風に乗ってサブプライム・ローンの証券化にのめり込み、挙句の果てに政府支援なしには経営不能となる大失態を演じたのであった。 今でも中国の余剰貯蓄の状況は変わらないし、ドイツに代表されるユーロ圏諸国の経常黒字も輸入減で拡大中である。同地域の貯蓄は、マイナス金利も手伝って米国を中心とした資本市場に流れ込んでいる。さらに日本はGPIFの運用改革を通じて、米国債や米国株に大量の資金を投じることが予想されている。 こうして米国への投資が加速されドル高となれば、ウォール街は勢い付く。大手米銀は昨年の中間選挙で大勝した共和党に積極的に働き掛けており、昨年末には規制緩和を求める執拗なロビイングを通じてファンド保有などの規制実施時期の2年先延ばしに成功した。慢心や傲慢は、徐々に復活しつつあるのかもしれない。 グリーンスパン時代の「コナンドラム」が、その後の金融危機への遠因となったことを考えれば、イエレン議長も気が気ではないだろう。低金利とドル高の共存は、ウォール街がバブルを醸成するのにまたとない環境なのだ。 今日のFRBには、バランスシートに積み上げられた長期債を売却して投機的ムードを抑制する手法が残されているが、それは長期金利の予想以上の上昇を伴って巡航速度に向かい始めた経済を冷却させてしまうリスクを伴う。そう簡単にはカードは切れない。 ドル中心の市場経済は、再び金融危機以前と似たような経済構造を作り出そうとしているようにも見える。そのリスクが今年顕在化することはないと思いたいが、学習効果が薄いという資本市場の弱点は依然として残されたままである。資産運用にしても事業経営にしても、ドル高の死角は常に心の中に留めておきたいものである。 このコラムについて 倉都康行の世界金融時評 日本、そして世界の金融を読み解くコラム。筆者はいわゆる金融商品の先駆けであるデリバティブズの日本導入と、世界での市場作りにいどんだ最初の世代の日本人。2008年7月に出版した『投資銀行バブルの終焉 サブプライム問題のメカニズム』で、サブプライムローン問題を予言した。理屈だけでない、現場を見た筆者ならではの金融時評。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20141224/275562/?ST=print
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