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2015年 大特集日本経済の常識が大きく変わる「1ドル=160円」を覚悟せよ
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41522
2014年12月25日(木) 週刊現代 :現代ビジネス
会社も景気も生活も、そしてこの国も大変なことに
もう止まらない。総選挙が終わった。自民党の圧勝だ。安倍総理は円安・株高のアクセルをより強く踏み込むだろう。常識はずれの円安が、異次元モードへ突入する。なにが起きてもおかしくない。
■業界地図も様変わり
「あの日」以来、生活はガラリと様変わりした。岡野幸三(仮名、56歳)は東京・新橋にあるオフィスを出て、近くの定食屋に行くと痛感した。少し前にはワンコインで済んだのに、いまではサバの味噌煮定食など定番メニューが1500円と高騰。隣のファミレスは富裕層向けの高級レストランと化し、サラリーマンの身では足が向かない。
相変わらず株価は上り調子で証券会社の前には人だかりができているが、株を買う余裕もない岡野には関係のないこと。かつては妻と銀座でショッピングも楽しんだが、いまや中国人観光客だらけ。ユニクロのレジは半分以上が免税対応の窓口に切り替わった。
円安がすべてを変えてしまった。汗を流して働いて貯めた預金は目下の円安でドル換算での価値は目減りする一方で、定年後の夢だった海外旅行にも行けそうにない。郊外の持ち家の値段も下がり続け、「10億円マンション」が続々と売れる都心部が別世界に映る。
電気料金も、健康保険料も上がり、生活苦が止まらない。近くの日比谷公園では、円安破綻した企業の失業者が炊き出しの列をなしている。そこに大学時代の友人に似た顔を見つけ、岡野は目を逸らした—。
これは1ドル=160円という超円安が現実化した際の近未来予想図だ。目下の為替相場が1ドル=120円の時代に何を言っているのかと思われるかもしれないが、絵空事だと思わないほうがいい。東京大学大学院教授の渡辺努氏が言う。
「黒田東彦総裁率いる日本銀行は大規模な金融緩和をすることで円安↑物価高をもたらし、日本をデフレ社会からインフレ社会に転換しようとしています。しかし、今年4月の消費増税の影響でモノが売れなくなることを懸念したスーパーなどが特売を増やし、物価はデフレ方向に引き戻された。これを再びインフレシフトさせるために、黒田総裁は3度目の金融緩和に踏み切る可能性がある。まさに1ドル=160円というのは、黒田総裁が目指す物価上昇率2%をもたらす為替水準。だから私は来年に日銀が追加緩和に踏み切り、年後半に1ドル=160円になってもおかしくないと思います」
先の衆議院選挙で291議席の圧勝を収めた安倍晋三総理にしても、デフレ脱却を目指すアベノミクスの真価を問うべく解散したのだから、インフレをもたらす円安誘導のためにどんな手でも使ってくる。すでに安倍政権は、大半を日本国債で運用していた国民の年金資金を外国株、外国債券に振り向けることで円安誘導しているが、これをさらに加速させる可能性もある。総額130兆円を超える年金資産を1割でも動かせば、その先にはおのずと1ドル=160円が見えてくる。
日本経済を好景気に導くといわれた円安株高が進んでいるのに、庶民の生活は悪化するばかり。アベノミクスが「異次元」と称されたまさにそのまま、日本経済そのものが異次元の段階に足を踏み入れようとしている。もはや何が起きてもおかしくない。1ドル=160円を覚悟して情報武装したほうが得策だろう。
1ドル=160円で日本はどう変わるのか。
実は円安で儲かると言われる大企業からして安心してはいられない。優勝劣敗が鮮明化し、業界地図が大きく塗り替わると専門家たちは指摘する。
たとえば自動車業界では、「国内生産比率が高く、かつ販売の海外依存が高い富士重工業とマツダが躍進。すでにスバルの株価はホンダを抜いているが、マツダの株価もホンダを超えていくでしょう」(経済ジャーナリストの塚本潔氏)。
トヨタは対米ドルで1円円安になると営業利益が400億円のプラスになるので、1ドル=160円となれば5兆円の営業利益を達成する見込みだが、問題になってくるのが米国自動車業界の対応。トヨタの営業利益が5兆円を超えると、米ゼネラルモーターズやフォードなどは太刀打ちできなくなり、米共和党が日本車の輸入制限を要求する可能性がある。そこで、「トヨタは円安だからといっても極端な値引きによる販売、インセンティブを上乗せして販売量を増やす戦略は取りづらい。一方で日産は逆にそうした戦略に動き始めているとも聞く。今後はトヨタより日産の伸びが大きくなるかもしれない」(東短リサーチ代表の加藤出氏)。
■中国人だらけになる
電機業界では、「輸出が少ないソニー、パナソニックに円安の恩恵はほとんどない。ソニーに至っては対米ドルで1円円安に振れると30億円の減益になる」(いちよしアセットマネジメント執行役員の秋野充成氏)。ソニーはすでに赤字体質なので、かなりの苦境に追い込まれる公算が大である。
従来の大手が苦戦する中で、代わって存在感を示してくるのが、「たとえばオリンパス。圧倒的な技術力を誇る同社の内視鏡が、本格的に世界で売れ出す。オリンパスは青森に研究開発所を集中投資しているので、青森にハイテク産業が広がっていく可能性もある」(元マイクロソフト日本法人代表の成毛眞氏)。円高時代に耐えて日本でのモノ造りを維持し、世界で戦える技術力を磨いた企業の「倍返し」が始まるというわけだ。
小売・サービス業界は円安がデメリットに働くため、「海外で生産した製品を輸入して販売しているニトリなどは厳しい」(証券アナリストの植木靖男氏)。ユニクロ(ファーストリテイリング)の場合、「円安デメリットを補うために、東南アジアより人件費が安いアフリカに工場を移すことも考えられる」(ちばぎん証券顧問の安藤富士男氏)。
そうした中で急速に台頭してくるのが、「円安で2000万人が訪れる外国人観光客を取り込める企業で、マツモトキヨシ、ドン・キホーテ、さらには100円ショップのダイソーなどがすでに外国人観光客に人気」(前出・秋野氏)。外国人観光客は都心部を訪れるので、都心型の家電量販店のビックカメラには恩恵があり、郊外型のヤマダ電機との差が広がるとの指摘もある。
さらに、「マクドナルド、ワタミといった外食産業は、人件費の高騰、消費増税に加えて、円安による輸入物価高という三重苦に襲われる。コスト高に値上げで対応するしかないが、そうすれば客が減る。業態自体が存亡の危機に晒される」(コア・コンセプト研究所代表の大西宏氏)。となれば外国資本が疲弊した日本企業を買収し、外国人観光客用に業態転換したショップ、外食などが日本のあちこちに広がる事態も考えられる。
「航空業界では円安によるエネルギーコスト増を吸収できるうえ、国際線優位なJALがANAより勝ってくる。業界地図が大きく変わり、就職人気ランキングの上位に外国人観光客向けで伸びるラオックスなどが入ってくるかもしれない」(前出・安藤氏)
もちろんわれわれの生活もすさまじく変わる。まず、一部の富裕層以外は食うに困るような時代になる。
というのも、「日本は食料の60%を輸入に依存しており、1ドル=160円になれば食料の輸入価格が30%ほど上昇するから。実際、醤油、味噌、豆腐、納豆など日本食の中核食材の原料である大豆の自給率は7%で、もろに円安によって価格アップに直面する」(カルビー元社長の中田康雄氏)。同じく輸入に頼る小麦、肉などの畜産品の価格も上がる。しかも消費増税のダブルパンチで値上がりすることを考えれば、一般家庭でいままで通りの献立を並べるのがいかに困難になるかご想像頂けるだろう。
原材料高は外食産業に即座に影響するので、「生姜焼き定食、サバの味噌煮定食などの定番メニューも1500円が当たり前という水準になる」(経営コンサルタントの鈴木貴博氏)。経済ジャーナリストの荻原博子氏によれば、すでに値上げに踏み切っている牛丼は1000円になり子供の誕生日など特別な日に行く場所、ファミレスもお金持ちだけが利用する高級レストランと化す可能性もある。
ちなみに、「チーズをつまみにワインで晩酌というのは超富裕層だけの楽しみになる。私の調査では900円だった輸入チーズがすでに1400円。これが1ドル=160円になれば、さらに3割は上がる」(経済ジャーナリストの磯山友幸氏)。
結局は、円安の影響を比較的受けにくいコメ、日本の近海で獲れた魚などが中心の質素な食生活になっていかざるをえない。ただし、「日本の農業は円安で輸出しやすい環境が整うので、日本のブランド米など、いいものほどまずは海外に回されるようになる。次に日本の富裕層が買い占める。庶民に回ってくるのは最後になる」(前出・鈴木氏)。
■多くの日本人が単純労働者に
まともに「住めない」時代も本格化する。
安倍政権が誕生した2年前には1ドル=80円だったため、1ドル=160円というのは「諸外国から見れば日本全体が半額になったのと同義。まず狙われるのは日本の不動産で、都心の主だったマンションは中国の個人資産家に買い荒らされる。連れて都心部の賃料が急騰し、日本人サラリーマンは都心部に住めなくなる」(前出・鈴木氏)。
郊外の格安物件や都心部の空き家物件を購入して住む手も考えられるが、「実はそこも外国人用に使われる。2000万人の外国人観光客が日本に殺到し、その人数をさばくために、使われなくなった民家などを改造して宿泊施設などに利用する動きが加速する」(S&SInvestments代表の岡村聡氏)。'80年代のバブル期に、日本人が円高の力を使って米国のビルなどを買い漁ったのと同じことを、今度は外国からやられるのである。
元大手小売り執行役員によれば、輸入に頼る衣料品に関しても、現在市場に出回っているものは1ドル=100~105円で決済されたものなので、来春から1~2割の値上げは必至。これが1ドル=160円になると、製品価格は優に倍になるという。日本人が衣食住すべてにおいて高値地獄に襲われる社会の到来だ。
こうした価格急騰に追いつくほどに給料が上がっていれば問題はないのだが、「日本全体の8~9割を占める中小企業には円安メリットはほとんどない。大多数の家計の収入は増えない。すでに貯蓄がない世帯が大幅に増えているが、そうした世帯にも円安株高のメリットはなく、持たざる者に厳しい時代になる」(日本リサーチ総合研究所主任研究員の藤原裕之氏)。
すでに、「大手製造業の下請けでも、原材料高の分を価格転嫁できず、むしろ大手から値下げを要求されているのが現状。賃上げすれば会社が疲弊、下げれば人が辞めていくジレンマに陥っている。これが1ドル=160円になれば、円安倒産の急増は避けられない」(公認会計士の柴山政行氏)。給料アップどころか、職を失う危険性のほうが高いのだ。
円安になれば大手企業が海外に移していた工場を日本に戻し、雇用が生まれ、「製造業大国ニッポン」の活況が戻るという夢を抱く向きもあろうが、「その可能性はありません。日本の大手企業は為替レートが変動しても業績が影響を受けない体制をいかにつくるかを考えている。円安によって収益力をつけた企業が、むしろ海外生産を増やすグローバル化を推し進める可能性もある」(前出・加藤氏)。
さらに悪いことに、「中小製造業は円安による原材料高で生き延びられなくなる。日本のモノ造りを支えてきた中小部品メーカーが倒れ始めれば、部品を国内で安定確保できないと思った大手企業が逆に工場の海外移転を進めるきっかけになる」(前出・塚本氏)。
ちなみに、このほど米アップルが日本に研究開発拠点を作ることが明らかになり、同様の動きも期待されているが、「円安で海外企業が日本に工場を作る流れは加速するだろうが、研究開発拠点ではなく、所詮は安値の製品を作る単純生産ラインがほとんどになる。日本人の雇用は増えるが、安価な賃金で単純労働者として従事する人が増えるだけです」(前出・鈴木氏)。
要するに一部の大企業は儲かるが、その儲けは海外に投資される。国内では外国資本が参入し、利益を得ていく。さらに少数の金持ちは資産を円からドルに替えて資産防衛を図り、これがますます円安を加速させていく。円安はこうして、日本の資産を急速に海外に流出させていく。その結果、「大多数の日本人は、より貧しくなっていく。国民健康保険料を支払えない人が増えるので、健康保険料が値上げされ、日本が誇ってきた国民皆保険も崩壊するかもしれない。その上、電気やガスの料金も上がっていく。年金生活者にとっては、年金減額と物価高のダブルパンチとなる。弱い者がさらに弱くなるという悪循環は止まらない。日本はどんどん縮小していく」(金融・経済評論家の津田栄氏)。
それでも、「株は上がっていく。仮に来年1ドル=160円になると、海外投資家から見れば日本株はかなり割安になるので、日経平均株価が2万円超えを目指す展開でしょう。しかし、それは足元の実体経済が悪化する中での株バブルに過ぎない」(スプリングキャピタル代表の井上哲男氏)。
異常な株高は日本になにをもたらすのか。
「週刊現代」2014年12月27日号より
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