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復活を待つロビン・フッド 税は資本主義を守る[日経新聞]
2014/12/18 7:00
株式の売却益に課税しない国へ移住する日本の富裕層が増えています。国が巨額の財産に目をつけて重い税を課そうとすれば、富裕層は国境を利用して何とかそれを避けようとします。富と税の関係をどう考えるべきか、青山学院大の三木義一教授に聞きました。
――日本では、豊かな人ほど重い税がかかる仕組みになっていますね。
所得税や相続税の累進税率のことですね。日本の所得税の場合、課税所得(所得からさまざまな控除を差し引いた金額)が大きいほど高い税率が適用されます。現在は最低で5%、最高で40%です。40%になるのは課税所得が1800万円を超えてからですが、課税所得が1億円だからといって税額が4000万円になるわけではありません。195万円までは5%、330万円までは10%……と計算していき、最後に1800万円を超えた分に40%をかけたものを足したのが税額です。
ですから、課税所得が税率の変わり目を超えても手取り額が減ることはありません。ちなみに、来年からは最高税率が引き上げられ、課税所得が4000万円を超える分については45%の税率が適用されます。
所得税や相続税の累進税率は、日本だけでなく多くの国が採用しています。それが主流だからこそ、そうでない国へ移住して課税を逃れようとする動きが話題になるのです。
■やむをえず生まれた数十%の税率
――主流ということは、豊かな人ほど重い税というのは古くからある原則なのですか。
実はそうでもありません。税を取る側、つまり国の支配者はたいてい豊かな人たちですから、自分たちの負担が重くなるような制度をあえて取り入れるようなことはなかなかしたがらなかったのです。税負担の公平性などの観点から所得税の累進税率が世界各国で導入されたのは19世紀の終わりから20世紀の初めにかけてで、歴史としてはまだ100年余りです。しかも、当初の最高税率はどこも1桁だったため、大きな役割を果たしたとはいえませんでした。
ところが、各国の最高税率は1910年代に急激に上昇します。なかでも米国では一気に80%近くに達しました。一体何が起きたと思いますか。
答えは戦争です。第1次世界大戦を終えると各国の財政状況はひどく悪化し、とにかく取れるところから税を取るしかなくなりました。取れるところとはつまり富裕層で、所得税の最高税率はほとんど議論の余地もなく大幅に引き上げられたのです。日本でも、第2次大戦後には所得税の最高税率が85%という時代がありました。
――財政の悪化だけが理由なら、国が復興したらすぐ元に戻ってしまいそうですが……。
理屈があとからついてきたという面もあります。トマ・ピケティ氏の著書「21世紀の資本」の中で、その後に相続税率も大きく引き上げた米英の事情が紹介されています。米国では巨額の財産を社会的に容認できないものとする考え方が根強く、第2次大戦後の英国では「金権民主主義はファシズムの台頭を防げなかった」という批判もあったようです。そうした観点から、いずれの国でも不労所得には働いて得た所得以上に重い税が課されていました。
所得税の最高税率が80%や90%だと、企業の経営者はむやみに自分の報酬を高くしようとはしません。大半を税として持っていかれてしまうからです。実際、ピケティ氏は所得税の最高税率と企業の役員報酬額に密接な関係があることを指摘しています。役員報酬が抑えられれば企業のもうけは従業員にも行き渡り、税による再配分と合わせて所得の格差は小さくなっていきます。
「資本主義の社会では自然と格差が縮まっていく」という定説は、こうした状況を念頭に生まれたものですが、その陰では税が大きな役割を果たしていたのです。戦後日本の「1億総中流」も、経済復興だけでなく高税率があったからこそ実現したといえます。「21世紀の資本」が話題になっているのは、過去200年もの世界各国のデータを分析し、戦後の時代の方が特殊で、資本主義社会ではむしろ格差は拡大していくと結論づけているからです。
■80年代に転機、再び格差広がる
――「特殊な時代」の潮目が変わったのはいつですか。
米レーガン政権と英サッチャー政権が税制改革を行った1980年代です。法人税や所得税が引き下げられ、特に配当など不労所得への課税が軽くなりました。金融制度が発達し、金融で財産を築いた層が政治的に大きな影響力を持ったという背景もあったのでしょう。
これによって企業経営者の役員報酬は跳ね上がり、企業のもうけは従業員に回りにくくなりました。財産が増えるほど、働いて得た所得以上に、配当や不動産収入といったすでに持つ資本が生む所得の割合が大きくなります。不労所得への課税が軽くなったことで、財産が多い人の方が税率は低くなるという現象も起こるようになりました。
日本では相続税が増税されますが、世界的には相続税率は下がる傾向にあり、相続税や贈与税自体を廃止した国もあります。特に少子化社会では遺産が1人の子に丸ごと相続されることも多く、豊かな家の子はさらに豊かになります。このように、富裕層への減税は格差を広げる方向に働くのです。
――税率の低い国や非課税の国への移住は、その傾向を加速させますね。
国境をまたぐ節税は、陸続きで多くの国が密集する欧州では古くからありました。小国が大国から富裕層を呼び込んで、低い税率でもいいから多額の税を納めてもらおうと考えたのです。日本は国土を海に囲まれている分、こうした問題が起きるのは遅かったのですが、国外への移動が簡単になった現代では無視できない規模になっています。
代表的なのは、子を海外に住まわせ、海外で取得した資産を贈与する「裏技」です。日本の贈与税は贈与された人にかかりますが、贈与した人にかかる国もあり、どちらの国も課税できないというケースがあったのです。2000年の法改正でこの手法は使えなくなりましたが、それでも親子そろって相続税や贈与税のない国に移住してしまえば関係ありません。
■健全な社会をつくるため必要なこと
――1億円を超える金融資産を持つ富裕層が海外に移住する場合、含み益に所得税を課すことを政府・与党が検討しています。
株式の売却益に課税しない国に永住する節税策に歯止めをかけることが目的です。対象は年100人程度にとどまるようですが、大切なのはこうした取り組みを始めるということで、規模は問題ではありません。
富裕層が国外に流出することで、国は本来得られたはずの税収を失います。米国ではこれを「タックス・ギャップ」と名付けて推計していますが、日本はしておらず、対応も後手に回ってきました。
ここへきて、税務当局はようやく対策に力を入れ始めています。国外に5000万円を超す財産を持つ人に申告を義務づけたり、超富裕層向け専門のチームをつくって情報収集したりもしています。日本で財産を築いた人はその分だけ日本に還元するという当たり前のルールを徹底するためには、こうした努力が欠かせないのです。
――そもそも格差の是正はなぜ必要なのでしょう。富裕層からすれば、苦労して築いた財産の大半を税として持っていかれ、働いていない人にまで配分されるのはむしろ不公平だと感じるかもしれません。
何が公平かというのは難しい問題ですが、少なくとも、遺産や不動産収入など働かずに手に入る財産が豊かさの差をどんどん広げていく社会は、健全とはいえないのではないでしょうか。国境を使った租税回避についても、国が税収を失うだけでなく、豊かな人ほど節税のチャンスがあるという点で問題です。
世界を見渡すと、一握りの富裕層に富が集中する傾向が強まっています。格差が広がりすぎると社会にひずみが生まれ、かつて英国でいわれたように民主主義を脅かす可能性があります。富の再配分だけが税の役割ではありませんが、税が社会を安定させるために使われるべきものなら、その機能はやはり重要です。
米経済学者でノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・トービン氏は、国際通貨取引に低率の税を課して、巨額の利益を生む投機取引を規制する「トービン税」を提唱しました。1%の富裕層に課税して99%の庶民のために使うという発想から、英国の義賊の名前を取ってロビン・フッド税とも呼ばれ、欧州連合(EU)の一部加盟国が導入を検討しています。いま世界がすべきことは、格差が広がるからといって資本主義を否定することではありません。何もしなければ格差は広がるのだと自覚した上で、健全な資本主義を維持するために税制を適切に使っていくことなのです。
(聞き手は電子報道部 森下寛繁)
三木義一(みき・よしかず) 青山学院大学法学部教授。弁護士として税務訴訟などにも関わる。民主党政権下の政府税制調査会専門家委員会委員。主な著書に「日本の税金(新版)」(岩波新書)、「よくわかる税法入門(第8版)」(有斐閣)など。
http://www.nikkei.com/money/features/71.aspx?g=DGXMZO8082864012122014000000&n_cid=DSTPCS008
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