05. 2014年12月16日 07:12:35
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「河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学」 「夢は正社員!」と宣う“上から目線エリート”の権力の乱用 トップの熱い思いが“非正規格差”の壁を崩す 2014年12月16日(火) 河合 薫 気が付けば、あっという間にクリスマス。ああ、早い。ホントにアッという間だ。 5歳の子どもには、1年は人生の5分の1。50歳の大人には、10年が人生の5分の1。5歳の子どもの1日が、50歳には10日となる。 ジャネーの法則――。 「時間の心理的長さは、年齢に反比例するため、生きてきた年数によって、主観的に記憶される時間の長さが変わる」と19世紀のフランスの哲学者・ポール・ジャネが説いたとおり、明らかに年々1年が短くなった。 そんなわけで、今年もアッという間に、最後のコラムとなりました。 「コラ! まだ、来週があるだろう?」 はい、すみません。来週火曜日が祝日となりますゆえ、一足早く、店じまいさせていだだきます! 非正規と正社員の間に立ちはだかる厚い“壁” で、毎年最後のコラムは、1年を振り返りながら「何を書こうかなぁ?」と考えるのだが、今年ほど、さまざまな“壁”を考えさせられた1年はなかった。特に、非正規と正社員との間にそびえ立つ壁の構造は、より複雑になったと感じている。 フィールドインタビューで非正規社員の方たちから、社会や組織の“壁”を聞かされる度に、私の頭の中は複雑な「????」マークで埋め尽くされた。 ところが、正社員の“地位”を手にしている人たちは、素知らぬ顔。数年前までは、「どうにかしなきゃ」と言っていた人たちが、興味すら持たなくなった。“敗者”である非正規社員との関わりを避け、要塞化した別社会で息を潜める。 完全なる離脱。そうなのだ。今年ほど、人間が好む、優位性のいや〜な側面ばかりが目立つ年はなかったのである。 挙げ句の果てに、「夢は正社員になること!」なんてCMを、どこぞかの政党が打ち出す始末だ。正社員化を進めることは、悪いことじゃない。だが、問題の根っこにあるのは、雇用形態じゃなく“相対的格差”。賃金格差であり、機会格差だ。マニュフェストには、「同一労働同一賃金推進法を制定します。正規・非正規を問わず、すべての労働者の均等・均衡処遇、能力開発の機会を確保します」とうたっているのだから、「同一労働・同一賃金」をとことん押し出せばよろし。 これじゃ、「賃金はあがりました!」「雇用は増えました!」と、非正規雇用には目もくれず豪語しているのと大して変わらない。優位な立場の人が作ったCM。上から目線。あまり使いたくない言葉だが、やはり上から目線としか言いようがない。 「腐らずにがんばってきてよかった!」 と、まぁ、ずいぶんと冷え冷えとした書き出しになってしまったのだが、先日、「世の中捨てたもんじゃない!」と感動した出来事が起きたので、それを今回取り上げようと思う。 テーマは、「権力の正しい使い方」。 「あれ? なんでいきなり権力なわけ?」 ええ。でも、権力なんです。そう、権力。 3年前に講演会に呼んでくださったある有名企業のトップの方から届いた、「ご報告です」という件名のメールが、この上なく感動的で……。「これが正しい権力の使い方だ!」と、痛感させられたのである。 「腐らずに辞めなくて、がんばってきてよかった!」――。 彼の部下のこの一言に、すべてが含まれている。 とにかく、“ご報告”をご覧ください。 子会社トップが契約社員の正社員化を決断した訳 「ご講演頂いてからの3年以上の歳月、私の頭の中を占めていたのは、契約社員の正社員化でした。我が社は、半数近くが契約社員です。彼らの中には、正社員よりも能力が高く、仕事への意欲の高い社員がいる。ですが、どんなに彼らが結果を出そうとも、正社員登用の道は閉ざされていました。以前、数名の社員に辞めていただいたことがありまして、それから正社員化を進める前に、『確実に利益を出せる体質改善』が求められるようになってしまったんです」 「私自身が、誰にも文句を言わせないくらい経営能力があればいいのでしょうが、そんな能力のない私のような人間は悔しいですが、親会社や株主が納得できる結果を積み重ねていくしかない。当然、会社は売り上げが上がって、利益が出て、そこから社員の給料が払われているわけですから、可能な限り費用を削減し、利益を上げることを考えます」 「しかし、 これだけ多くの契約社員で支えられている我が社では、彼らのモチベーションを上げていかなければ、チーム力の向上はおろか、日々の仕事が回らないくらいの厳しい状況が予想されました」 「正社員との賃金格差だけでなく、管理職になるチャンスも、責任あるポジションに就けるチャンスもない契約社員たちのモチベーションを、どう保てばいいのか。これでもか、というくらい次々と矛盾に遭遇するんです」 「会社のトップなんていっても、オーナー企業でなければ究極の中間管理職です。お恥ずかしい話ですが、自分の社員すら守ることができないのが、情けなくて。そんなとき、あなたのコラムが私に勇気をくれました。あなたの「人」に対する強いメッセージが書かれているコラムに励まされた。今年の最初のコラムで、飛行機の操縦のこと書いていましたよね? あれを読んだときに、この1年に最後の勝負をかけよう、と覚悟したんです」 「そして、なんとか親会社を納得させる結果を達成することができ、来春には、正式に契約社員に正社員登用制度の案内ができます。いくつかの条件はありますが、これを手始めに雇用制度改革を進めたいと思っています」 「ある契約社員が、上司に言ったそうです。『今まで腐らずに、そして辞めずに頑張ってきてよかった』と。河合さん、ほんとうにありがとうございました」 メールの最後に書かれていたこの一文に、このトップの方の穏やかなホッとした様子がにじみ出ていたのである。 ちなみに、今年最初のコラムで書いた「飛行機の操縦」とは、具体的に動く(=攻める)とした私の真意を、説明するために用いた話。 計器飛行をしているパイロットが目的地の飛行場を見つけるときは、その飛行場からパイロットに送られるモールス信号だけが手がかり。ところが、その信号が聞こえる場所は、地形、気候、その他の信号の条件などで、微妙に変わる。 なので、パイロットは信号音が聞こえるように、その都度動く。高さを変え、方向を変え、ちょっとずつ動きながら、信号音が聞こえるように操縦する。その都度その都度、動くことで無事に着陸することができるのだという。 自分の目の前にあることを成し遂げるために、最善を尽くす。 どう動くかは千差万別。決まりきった答えがあるわけじゃない。遭遇するさまざまな出来事に、自分の生活世界で、具体的に動く。それが、それぞれの唯一の目的地にたどり着く、攻めの手法。 そんな趣旨のコラムを書いたのである。 トップが踏ん張ったからこそ、部下は耐えられた 「今まで腐らずに、そして辞めずに頑張ってきてよかった」――。 この一言ほど、契約社員たちがおかれている状況を如実に表現する、生きた言葉はないのではあるまいか。 どう踏ん張っても、どう努力しても、一向に光が見つからないとき、人は腐る。そんなやるせない感情に度々襲われていた契約社員たちに、扉を準備したのが、件のトップだった。 彼は、日々直面する難題と矛盾に、目的地を見失いそうになりながらも、踏ん張った。 高さを変え、速度を変え、ちょっとずつ動きながら、かすかに聞こえてくる信号音を見失わないよう、ひたすら耐えた。 多分、メチャクチャしんどかったに違いない。ときには、「なんでこんな思いをしなきゃいけない」と、逃げ出したくなったこともあったはずだ。 1人のトップの熱い思いが、大きな力になる でも、最後まで逃げずにやり遂げた。トップだけに許された“権力”を最大限に生かすことで、ナビをしてくれる人、連隊飛行してくれる人、灯りをともしてくれる人……。そんな他者の力を借りながら、目的地にたどり着いた。 「厳しい状況ではありましたが、親会社の役員や事業部長が理解し、応援してくれたことは、恵まれた環境だったのだと思っています」。トップの方はそう言っていたが、彼が権力を正しく使ったからこそ、周りも傘を差し出したのだろう。 そもそも権力とは、「仕事をやり遂げるために必要な資源を動員し、アクセスできる権利」であり、「目標達成するために必要なものを手に入れ、使うことができる能力」のこと。 一般的には社会的地位の高い人や、組織のヒエラルキーの上にいる人の支配的な力が、「権力」と捉えられるが、それは権利や能力としての権力の間違った使い方をした結果でしかない。 トップという組織で、もっとも権力あるポジションに就いた人だけに許される「必要な資源を動員できる権利」を、社員たちのために最大限に利用した。 「自分で自由に決めることができる権利があるという感覚」をもたらす権力に溺れることも、その権力にすり寄る人たちに惑わされることなく、最後まで正しく権力を行使した。 たった1人のトップの熱い思いが、大きな力を動かすことが可能だと、彼は証明したのである。 不平等感がやる気を奪い取る 念のため、繰り返すが、問題の根っこにあるのは、雇用形態ではなく、他者との相対的な格差である。相対的な格差ほど、人の心に影響を及ぼすものはない。不平等感が、自尊心を低下させ、やる気を失せさせる。 人間は他者よりも有意な立場にいるときには、さらなる優位性を好み、他者よりも不利な立場にいるときは平等性を重んじる。勝手極まりないその感情が、人間の行動だけでなく、生きる力にまで影響を及ぼす。 「まずはこのことを手始めに雇用制度改革を始めたいと思っています」というとおり、このトップは、まずは正社員化制度で、格差を是正する。だが、契約社員の中には、正社員に手をあげたくても上げられない事情を抱えている人もいるし、契約という雇用形態を自ら選択している人たちもいる。 そんな人たちも置き去りにしない制度改革。縁あって様々なバックグラウンドをもった人たちが1つの目的に向かって集まっている会社という組織で、社員1人ひとりの力を、最大限に引き出すのが着陸地点。他者との相対的な格差である。 その第一歩として、正社員移行制度を立ち上げたのだ。 競争が必要と言う人は、ほぼ100%競争に勝った人 実は、厚生労働省は2010年版「労働経済の分析」(労働経済白書)の中で、不安定な働き方が増え、労働者の収入格差が広がった点について、「労働者派遣事業の規制緩和が後押しした」と指摘している。役所が自ら国の責任を認めたのだ。 その上で、従来の日本型の長期安定雇用システムは、知識や技能の継承などで利点があるとして、旧システムへの回帰を訴えた。 あれから4年。そのときの訴えはどこにいってしまったのか? 50年以上前の1951年にILO(国際労働機関)では、同一労働同一賃金はおろか、「同一価値労働同一賃金」を最も重要な原則として、第100号条約を採択している。同一労働同一賃金は、雇用形態や性別などに関係なく、同一の職種に従事する人に同一の賃金水準を適用し、労働量に応じて賃金を支払う。一方、同一価値労働同一賃金は、職種が異なる場合であっても、労働の質が同等であれば、同一の賃金水準を適用するのだ、と。 ニッポン人が大好きな“グローバルスタンダード(世界基準)”は、後者の同一価値労働同一賃金。世界と勝負するというのなら、なぜ、世界に目を向けない? 「でも、格差って悪いことばかりじゃないでしょ? 競争化社会には格差は必要。特に賃金格差があるほうが、人はモチベーションがあがるし、いいんだよ」 そう言って、格差や不平等を容認する人たちがいるが、社会学の分野では、半世紀も前に、この考えは否定されているのだ。専門家がたちがこぞって調べても、不平等と生産性、効率の間にはトレードオフはなかった。むしろ逆に、不平等の負の側面は明らかになっている。 それに競争が必要と言う人は、ほぼ100%競争に勝った人だ。自分の地位を揺るがすような、正当な競争を認めるわけがないじゃないか。優位な立場にいる人ほど自分に甘く他者に厳しい。「自己責任」という伝家の宝刀をふるえば、どうにでもなる。 機会格差という、競争のスタートラインにすら立てない格差を、“エリート”のみなさまが作り出しているとは、これぽっちも考えやしない。 彼らが持つ権力が、彼らの地位を合理化させるのである。 「権力」を正しく使うのはとても難しい 権力は使い方次第でどうにでもなるから、実に怖い。特に企業のトップが、「権力」を正しく使うのは、相当に難しい。 社長という社会的地位の高さ、組織のヒエラルキーの最高峰という希少性ーー。それらにたくさんの人たちが群がり、頭を下げ、ヨイショする。 「仕事をやり遂げるために必要な資源を動員し、アクセスできる権利」が、「利権、カネのために必要な資源を動員し、アクセスできる権利」となり、「目標を達成するために必要なものを手に入れ、使うことができる能力」が、「自らの地位を守るための能力」に化ける。 正しい使い方をすれば、部下たちのストレスの雨に対峙するための大きな傘となるにもかかわらず、だ。 しかも、大抵の場合、無意識だからたちが悪い。無意識であるが故に、権力が権力をもたらし肥大化し、部下や社員に共感する感情が淘汰されていくのである。 最後に、件のトップが、お世辞でも「アナタのコラムに勇気づけられた」なんてことを言ってくださったことに、深く感謝している。 「あなたの話を聞いて、忘れかけていたことを思い出したよ」とか、 「そうなんですよね。あなたの言うとおり、人間の気持ちって、ちょっとしたことの積み重ねで変わるんですよね」とか、 「自分が今までやっていることで、良かったんだと確認できたよ。ありがとう」なんてことを言ってくださる方たちはいたが、 「勇気づけられた」と、 同じ目線で言ってくださったのが、素直にうれしかった。たぶん人って、自分と目線を同じにしてもらえたとき、勇気が出るのだと思う。 トップの権力は、実に大きい。ときに社員の人生を大きく変えるほどの力を持つ。来年は、正しく権力を使うトップが増えるといいと心から願っています。今年も1年間、未熟なコラムを読んでいただきありがとうございました。みなさまの励ましのコメントにも、厳しいコメントにも、たくさんの勇気をいただきました。2015年は年明け早々スタートとなりますので、引き続きよろしくお願いいたします。 このコラムについて 河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学 上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20141212/275099/?ST=print
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