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「日本の大バーゲンセール」状態の超円安はいつまで続くのか
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20141209/427608/?ST=business&P=1&rt=nocnt
2014年12月10日 伊藤元重「瀬戸際経済を乗り切る日本経営論」 nikkei BPnet
円レートが1973年以来の安値であるという。円の実質実効為替レートで見た数値によるものだ。今回はこの点について考察してみたい。
■円が40年以上前と同じ最安値とはどういうことか
1973年と言えば、日本が変動相場制に移行した年で、この年の円ドルレートは300円台であった。
戦後直後から1971年まで、円ドルレートは1ドル=360円という固定レートを維持してきた。ところが、この年に米国のニクソン大統領が金とドルの交換停止を決め、金ドル本位制は崩壊した。それでも、日本や欧州の通貨を切り上げて、なんとか固定相場制が維持された。円ドルレートは308円に切り上げられたのだ。しかし、それから2年後にこの固定レートも維持困難になり、日本は変動相場制に移行した。その年が1973年である。
円ドルレートは現在、120円前後で推移している。それが40年以上前の300円前後のレートと同じであるというのはどういうことか。そう疑問を持つ読者も多いだろう。実質実効為替レートの意味を説明する必要がある。
実質実効為替レートとは、二つの作業に基づいている。一つは、円といろいろな通貨の間の為替レートの平均をとるという作業だ。日本との貿易額などをウエートにとって、円と多通貨との平均的な為替レートの動きをとる。もう一つは実質化の作業で、各国の物価の動きを計算の中に入れるという作業だ。
実質為替レートの動きとは、名目為替レートと呼ばれる通常のレートを物価調整したものだ。この点については、この連載の中で以前説明した。日本の産業の競争力や貿易収支などの変数は、名目為替レートではなく、物価を考慮に入れた実質為替レートに影響を受ける。
■「日本の大バーゲンセール」が起きている
具体的な例で説明しよう。かりに名目で100円から90円に円高になったとしても、それが日本の物価下落によってもたらされたものであるなら、実質で見た円ドルレートには影響がない。円高になった分が、賃金や物価が下がった分によって打ち消されるなら、産業の競争力などには変化がないからだ。
さて、現在の1ドル=120円前後の状況が、1ドル=300円前後であった1973年の時期と、実質実効為替レートで見た円レートの水準でほぼ同じであるということはどういうことなのだろうか。二つのことが大きく影響している。一つはこの10年以上、日本がデフレを経験したことだ。日本の物価が諸外国に比べて大きく低下したことで、実質レートで見た円は名目レート以上に円安に動いているのだ。
そして、もう一つはドル以外の通貨の動きだ。かつては多くの国がドルとリンクした固定相場制を採用していた。しかし、現在では多くの国は変動相場制となっている。この間、多くの通貨はドルに対して通貨価値を上げている。したがって、円から見れば、円ドルレートよりは多通貨に対する実質実効為替レートの方が円安になっているのだ。
これだけ低い円レートであるので、「日本の大バーゲンセール」が起きているといってよい。海外から来る人は、日本の物価が非常に安いと感じているに違いない。また、日本から輸出される商品は、海外で非常に強い価格競争力を持つようになっている。自動車メーカーなどは史上最高の利益を上げている。
問題はこうした超円安がいつまでも続くのか、それともどこかで円高に反転するのかということだ。この点について考えてみるためにも、実質実効為替レートの動きについてもう少し詳しく検討する必要がある。
■1995年までは実質実効為替レートが円高方向に動く
円の実質実効為替レートの動きを見ると、大きな波を描きながら動いていることが分かる。為替レートは短期的にも大きく変動する。これに対して物価は粘着性があり、通常は短期的に大きく変動するものではない。そこで名目為替レートの大きな変動に応じて、実質実効為替レートも同じような動きをするのだ。
ただ、そうした変動を取り除いてみると、トレンドの動きが見えてくる。戦後から1995年頃までは、円の実質実効為替レートはずっと円高方向に動いてきているように見える。この間には1971年までは360円で名目の円ドルレートが固定された時期も含まれている。固定レートの時には名目レートは動かないが、日本の物価や賃金が諸外国よりも高くなっていくことで、実質レートが円高に動いている。1971年以降は、物価や賃金というよりは名目の円レートが円高に動くことで、実質レートも円高傾向を続けてきたのだ。
1995年まで戦後ずっと円高方向に実質実効為替レートが動いたのは、戦後の日本の経済発展と無関係ではない。日本の経済力や産業の競争力が高まってきたことが、実質実効為替レートが円高に動いていったことの原動力となっている。
■日本の産業の競争力が落ちていることが背景にある
残念ながら、1995年以降は、実質実効為替レートは円安方向に、その変化の方向を変えたように見える。大きな波を繰り返しながらの動きであるので、明確なトレンドがあるというわけではないが、1995年を円高のピークとして、その後は波を描きながら次第に円安方向に動いているのだ。そして現在は、1973年の水準にまで円安になってしまっている。
こうしたトレンドが見られるのは、日本の成長率が下がっていることと無関係ではない。日本の産業の競争力が落ちていることが、円安ということに反映されている。そしてアジアをはじめとして米国以外の多くの国の産業競争力が強くなっていることが、円ドルレートで見える以上に実質実効為替レートで見た円が安くなっていることの背景にある。
バブル崩壊の時期あたりをピークに、日本の経済力が相対的に落ちていることは否定できない事実だ。そして、それが実質実効為替レートに反映されているとすれば、円安になっていることもおかしくない。
しかし、現在の為替レート水準はあまりにも円安である。現在の日本の産業力が1973年当時と同じようなレベルであるとは考えにくい。どこかの時点で、円高方向への修正が起きると考えるのが自然だろう。ただ、どこまで円高への修正があるのかは分からない。
■足元は円安の流れ、だがどこかで転換点も
市場での為替レートの動きは、実質実効為替レートの動きを無視しているかのようだ。市場関係者はどこまで円安が進むのかに関心が強い。円安方向の動きしか見ていないようである。米国での金利上昇の流れ、日銀の大胆な金融緩和姿勢、日本の貿易収支の赤字など、多くの経済指標が円安方向の流れを示しているからだ。
私は日ごろ大学で、「素人は為替レートを名目で見るが、プロは実質で見なくてはいけない」と教えている。産業の競争力や貿易動向などは、実質レートに依存するからだ。名目為替レートだけでなく、物価や賃金の動きを見る必要があるということだ。
ただ、政府内のある為替の専門家が言っていた。「そうはいっても市場を動かしているのは素人ですから」、と。これはなかなか鋭い指摘だ。日々の為替レートの動きは、実質レートとは関係ない世界であるのだ。「1ドル=120円ぐらいの水準は、これまでの経験から見ればたいした円安ではない。円はもっと安くなってもおかしくない」というような見方を持っている市場関係者は結構多いはずだ。
こうした勢いで当面は円安の流れができている。ただ、貿易や産業の動きは、実質レートで動かされるということを忘れてはいけない。過去40年間でもっとも円安になることで、「日本の大バーゲンセール」が始まっている。海外から日本に来る人は、名目レートの円安と、日本の物価が安くなっていることのダブルで超円安を感じている。日本から海外に輸出される商品も、名目レートの円安と賃金が下がった両方の恩恵で強い価格競争力を持っている。
こうした大バーゲンセールをいつまでも続けることができるかどうか、冷静になって考えてみる必要がある。当面、円安の流れが止まりそうにも見えないが、どこかの時点でこの流れが大きく変わるかもしれない。そうした転換点も視野に入れておく必要があるだろう。
伊藤元重(いとう・もとしげ)
東京大学大学院経済学研究科教授
伊藤元重 現在、「財務省の政策評価の在り方に関する懇談会」メンバー、財務省の「関税・外国為替等審議会」会長、公正取引委員会の「独占禁止懇話会」会長を務める。著書に『入門経済学』(日本評論社)、『ゼミナール国際経済入門』『ビジネス・エコノミクス』(以上、日本経済新聞社)、『ゼミナール現代経済入門』(日本経済新聞出版社)など多数。近著に『流通大変動―現場から見えてくる日本経済』(NHK出版新書)がある。
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